短編
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「詩織。お前、鳳のことが好きなんだってな」
放課後。今日が〆切の会議録を先生に提出するために、同じ委員会の若と二人で交友棟にある教室の中で黙々とまとめていたら、突然そんな私にとって爆弾のような問いを投げかけられた。
「えっお、なに、鳳くん!?!ていうか、何で若が知ってるの?!」
「驚きすぎだろ」
若は睨むようにしてこちらを向いたと思ったら、すぐノートに目を落とした。急に気になってる人の話題が幼なじみの口から出た事実を私は受け入れられなくて、心臓がバクバクし始めた。
「いつだったかは忘れたが。前、廊下で女と一緒に鳳についてはしゃいで話してただろ。声が大きかった。聞こうとしなくても耳に入ってくる」
場所柄を弁えろ。と若は言った。確かに、一昨日そういった事を話した記憶がある。
「恥ずかしい……鳳くんに聞かれちゃってたらどうしよう」
「アイツはあの時部室にいた筈だから聞いてねえよ」
「良かった……」
ホッと胸を撫で下ろす。どうやら鳳くんに痴態を晒してはいなかったらしい、ひと安心だ。
「しかしまあ、鳳か」
「なあに、何が悪いの」
「悪いとは言ってねえだろうが。ただお前と鳳の共通点が思いつかなかっただけだ」
そう。若の言う通り私と鳳くんにはほとんど共通点がない。クラスも委員会も部活動も違う。一緒なのは学年くらいだ。
「せめてクラスが一緒だったら、運動会とか文化祭とかで近づけたかもしれないのに……!」
悔しい悔しいと唸りながらノートにペンを走らせる。横のページは若の担当。若の文字は、悔しいけれど達筆だ。私の文字は今の心情を表しているかのように、ぐねぐねとミミズがのたくったような形になっている。
「ちゃんとまとめる気がないなら書くな。俺がやる」
「ああもう、ごめんって。でも若が悪いんだよ。急に鳳くんの話振ってくるから」
もう。と頬を膨らませて怒ったような声を出したら若はこちらを一瞥した。
「……ていうか、鳳くんを好きになったキッカケも若なんだからね」
「はあ?」
「五月の家庭科の授業で自分の赤ちゃんの頃の写真を持ってくるって課題あったでしょ?それで若が写真が見つからないって電話してきたから、私の家にあった写真貸すよって話になってさ」
「ああ……そんなこともあったな」
「でしょ?それで休み時間に若のクラスに渡しに行って、教室の外から呼んだのに、全然気づいてくれなかったんだもん」
「中に入ってくれば良かっただろう」
「他のクラスって入りにくいの!その時若、鳳くんと何か話してたでしょ。それで鳳くんが私のこと気づいてくれて、わざわざ外に出てきてくれたんだよ」
「岬さん、どうしたの?」
「あっ……!えっと、この写真を若に渡してほしいんだけど、お願いしてもいいかな?」
「うん、構わないけど……わあ、赤ちゃんのときの日吉?可愛いね」
鳳くんは写真を見るとくすりと笑う。その顔がとても綺麗で、見とれてしまっている私がいた。
「じゃ、じゃあ悪いけど後はよろしくね!私、次の授業が音楽で、もう移動しなくちゃいけなくて」
「そうなんだ、引き留めちゃってごめんね。間違いなく渡しておくよ」
じゃあね、と手を振ってくれた鳳くんに礼をして、急いで特別教室棟へと走った。
「でね?何とか音楽の授業には間に合ったんだけど……あの日からずっと!鳳くんの笑顔と優しさが忘れられないの」
これってやっぱり恋だよねー!と盛り上がる私を余所に、若は会議録の最後のまとめに手をつけ始めていた。
「若が聞いてきたんだからちゃんと最後まで聞いてよ!」
「フン、好きになった理由は分かった。そこまで自覚しているなら、さっさと告白したらどうだ?」
「こくはく?!そんな、告白なんて!まだ全然仲良くないのに……それに、フラれたりしたら私絶対学校来れなくなる」
再び若が爆弾を投下した。軽々しく告白しろなんて言ってくるけど、実行に移すまでの勇気がどれほど必要なのかが分からないからこんなことを言えるんだ。
「とにかく、まだ無理!無理無理!せめて中等部卒業までには告白したいと思ってるけど……」
それを聞いた若は、溜め息を漏らした。
「あのな、アイツは意外とモテるんだぞ。しかもバカみたいに優しい。お前より先に誰か別の女が告白してきたとしたら、多分間違いなく付き合うだろうな」
「え?!」
鳳くんがモテるのは勿論知ってる。バレンタインにチョコレート、女の子からいっぱい貰ってたって風の噂で聞いたし。でも、もし鳳くんが学園の知らない女の子とお付き合いをするなんて。想像するだけで私は……
「……」
「オイ、妄想だけで泣くなよ」
「泣いてないし、涙出そうなだけだし。でもやだ、私だって鳳くんと付き合いたいもん……!!」
「だから、声が大きい。そう思うなら行動を起こすしかないだろうな」
若はぐすんぐすんと鼻をすすりながら喚く私を瞥見すると、職員室に向かうために椅子から立ち上がった。
「会議録まとめおわった。先生に提出しに行くぞ」
「はあい……」
何だか悲しくなってきた。私が後を追ってきたのを確認すると、若は教室のドアをガラリと開いた。そして間もなく、ドン!と若が何かにぶつかって尻餅をついた。
「若っ?!大丈夫?……え」
「ってぇな……あ?鳳?」
「や、やあ。日吉、ごめんね。怪我はしてない?」
若の声を受けてドアの向こう側を見ると、そこには今の今まで二人で話題にしていた鳳くんが立っていた。
「な、え、あ、おーとりくん、ええ……」
「鳳。何故ここにいる」
「跡部さんから伝言。正レギュラーは部室に来いってさ。最初F組に行ったんだけど見つけられなくて……それでクラスの人に聞いたらここにいるって言われたから来たんだ」
「なるほどな」
驚きすぎてちゃんとした日本語を話せていない私を無視して、若と鳳くんは何かを話している。
「悪いが今から先生にノートを提出しに行かなければいけなくてな。少し待っていてもらえるか。嫌なら先に行っても構わないが」
「大丈夫。俺ここで待ってるよ。」
「そうか、わかった。詩織、さっさと行くぞ」
「あっうん!待って若……!」
再び職員室に向かうために早歩きし始めた若を追おうと、ふと鳳くんと目が合った。どんな顔していいのか分からなくて戸惑った私とは裏腹に、鳳くんはあの時のように笑顔を浮かべて「いってらっしゃい」と手を振ってくれた。鳳くん、やっぱり優しい……!
その後まもなく、無事に先生に会議録を提出した私と若は職員室前で別れた。自分のクラスに荷物を取りに行って、そのまま帰途につく。
「ん~……鳳くん、あのとき話聞いてたのかなあ。どうなんだろう」
鳳くんが盗み聞きするなんて、そんな姿想像つかないけど。アレはタイミングが悪すぎた。
「もし聞かれてたなら恥ずかしすぎるし。うう、気になる……」
若、鳳くんにそれとなく問いかけてくれてたりしてないかなあ。今夜メールで聞いてみよう。そんなことを考えながら、私は帰り道をのんびり歩いていた。
早足で交友棟へと戻ると、鳳は憂いを帯びた目で窓の外を見つめながら壁に寄り掛かっていた。待たせたことを詫びて、俺たちは二人並んで部室へと向かった。
「ねえ、日吉。岬さんの事なんだけどさ」
「あ?お前、詩織のこと知ってたのか」
「知ってるよ。俺と岬さん、幼稚舎の時一年間だけクラス一緒だったんだよね。」
「へえ……」
何だ、共通点あったじゃねぇか。それにしても、たった一年間だけクラスメイトだった奴の名前を忘れないなんて。流石は鳳だなと俺は思った。
「いっつも明るくて、みんなの中心にいて……ほら、幼稚舎の時の俺って今より大人しかっただろ?クラスの輪に入れなくてオロオロしてた俺に岬さんが優しく話しかけてくれたこと、嬉しくてずっと忘れられないんだよね」
「ふーん」
「中等部に上がってからも、何となく目で追っちゃうんだよ。廊下ですれ違った時とか、全校集会で整列してる時とか。自分でもずっと不思議だなあって思ってたんだけどさ」
「……」
「それでね。さっき岬さんと日吉が話してたこと、聞いちゃって」
「盗み聞きか。お前にそんな趣味があったとはな」
「俺は日吉を呼びに来ただけ、偶然なんだってば。……で、最初は誰のことか分からなくて。勝手に他人の好きな人なんて聞いちゃダメだ!って思ってここを離れようとしたんだけど」
「お前の名前が出た、と」
「うん。まさか俺だとは思わなくて、扉の前で立ち尽くしちゃった。……でも、そのおかげで自分の気持ちにようやく気がつけたのかもしれない」
「フン……」
チラリと鳳の方を向くと、少しだけ頬が赤らんでいる。目線も上にいったり下にいったりで、焦りを覚えているのが見てとれた。
(何だよ詩織。俺が心配しなくても鳳とナカヨクやれそうじゃねえか)
二人の思いは、微弱ながらも通じあっていた。こんなことってあるんだな、と俺は表情に出さずに悦に入った。
「ね、日吉。お願いがあるんたけど」
「聞くだけ聞いてやる」
「あのね……」
その日の夜、日吉にメールを送ろうとして起動した詩織のスマホのホーム画面には、鳳からのメッセージが一件届いていた。
びっくりして椅子から転げ落ちる詩織と、返信をベッドの上で正座して待つ鳳と、そんな二人のことを考えながらぼんやりと縁側に座り、庭を眺める日吉。
そんな三人のことを、夜空に浮かぶ満月は静かに見守っていた。
放課後。今日が〆切の会議録を先生に提出するために、同じ委員会の若と二人で交友棟にある教室の中で黙々とまとめていたら、突然そんな私にとって爆弾のような問いを投げかけられた。
「えっお、なに、鳳くん!?!ていうか、何で若が知ってるの?!」
「驚きすぎだろ」
若は睨むようにしてこちらを向いたと思ったら、すぐノートに目を落とした。急に気になってる人の話題が幼なじみの口から出た事実を私は受け入れられなくて、心臓がバクバクし始めた。
「いつだったかは忘れたが。前、廊下で女と一緒に鳳についてはしゃいで話してただろ。声が大きかった。聞こうとしなくても耳に入ってくる」
場所柄を弁えろ。と若は言った。確かに、一昨日そういった事を話した記憶がある。
「恥ずかしい……鳳くんに聞かれちゃってたらどうしよう」
「アイツはあの時部室にいた筈だから聞いてねえよ」
「良かった……」
ホッと胸を撫で下ろす。どうやら鳳くんに痴態を晒してはいなかったらしい、ひと安心だ。
「しかしまあ、鳳か」
「なあに、何が悪いの」
「悪いとは言ってねえだろうが。ただお前と鳳の共通点が思いつかなかっただけだ」
そう。若の言う通り私と鳳くんにはほとんど共通点がない。クラスも委員会も部活動も違う。一緒なのは学年くらいだ。
「せめてクラスが一緒だったら、運動会とか文化祭とかで近づけたかもしれないのに……!」
悔しい悔しいと唸りながらノートにペンを走らせる。横のページは若の担当。若の文字は、悔しいけれど達筆だ。私の文字は今の心情を表しているかのように、ぐねぐねとミミズがのたくったような形になっている。
「ちゃんとまとめる気がないなら書くな。俺がやる」
「ああもう、ごめんって。でも若が悪いんだよ。急に鳳くんの話振ってくるから」
もう。と頬を膨らませて怒ったような声を出したら若はこちらを一瞥した。
「……ていうか、鳳くんを好きになったキッカケも若なんだからね」
「はあ?」
「五月の家庭科の授業で自分の赤ちゃんの頃の写真を持ってくるって課題あったでしょ?それで若が写真が見つからないって電話してきたから、私の家にあった写真貸すよって話になってさ」
「ああ……そんなこともあったな」
「でしょ?それで休み時間に若のクラスに渡しに行って、教室の外から呼んだのに、全然気づいてくれなかったんだもん」
「中に入ってくれば良かっただろう」
「他のクラスって入りにくいの!その時若、鳳くんと何か話してたでしょ。それで鳳くんが私のこと気づいてくれて、わざわざ外に出てきてくれたんだよ」
「岬さん、どうしたの?」
「あっ……!えっと、この写真を若に渡してほしいんだけど、お願いしてもいいかな?」
「うん、構わないけど……わあ、赤ちゃんのときの日吉?可愛いね」
鳳くんは写真を見るとくすりと笑う。その顔がとても綺麗で、見とれてしまっている私がいた。
「じゃ、じゃあ悪いけど後はよろしくね!私、次の授業が音楽で、もう移動しなくちゃいけなくて」
「そうなんだ、引き留めちゃってごめんね。間違いなく渡しておくよ」
じゃあね、と手を振ってくれた鳳くんに礼をして、急いで特別教室棟へと走った。
「でね?何とか音楽の授業には間に合ったんだけど……あの日からずっと!鳳くんの笑顔と優しさが忘れられないの」
これってやっぱり恋だよねー!と盛り上がる私を余所に、若は会議録の最後のまとめに手をつけ始めていた。
「若が聞いてきたんだからちゃんと最後まで聞いてよ!」
「フン、好きになった理由は分かった。そこまで自覚しているなら、さっさと告白したらどうだ?」
「こくはく?!そんな、告白なんて!まだ全然仲良くないのに……それに、フラれたりしたら私絶対学校来れなくなる」
再び若が爆弾を投下した。軽々しく告白しろなんて言ってくるけど、実行に移すまでの勇気がどれほど必要なのかが分からないからこんなことを言えるんだ。
「とにかく、まだ無理!無理無理!せめて中等部卒業までには告白したいと思ってるけど……」
それを聞いた若は、溜め息を漏らした。
「あのな、アイツは意外とモテるんだぞ。しかもバカみたいに優しい。お前より先に誰か別の女が告白してきたとしたら、多分間違いなく付き合うだろうな」
「え?!」
鳳くんがモテるのは勿論知ってる。バレンタインにチョコレート、女の子からいっぱい貰ってたって風の噂で聞いたし。でも、もし鳳くんが学園の知らない女の子とお付き合いをするなんて。想像するだけで私は……
「……」
「オイ、妄想だけで泣くなよ」
「泣いてないし、涙出そうなだけだし。でもやだ、私だって鳳くんと付き合いたいもん……!!」
「だから、声が大きい。そう思うなら行動を起こすしかないだろうな」
若はぐすんぐすんと鼻をすすりながら喚く私を瞥見すると、職員室に向かうために椅子から立ち上がった。
「会議録まとめおわった。先生に提出しに行くぞ」
「はあい……」
何だか悲しくなってきた。私が後を追ってきたのを確認すると、若は教室のドアをガラリと開いた。そして間もなく、ドン!と若が何かにぶつかって尻餅をついた。
「若っ?!大丈夫?……え」
「ってぇな……あ?鳳?」
「や、やあ。日吉、ごめんね。怪我はしてない?」
若の声を受けてドアの向こう側を見ると、そこには今の今まで二人で話題にしていた鳳くんが立っていた。
「な、え、あ、おーとりくん、ええ……」
「鳳。何故ここにいる」
「跡部さんから伝言。正レギュラーは部室に来いってさ。最初F組に行ったんだけど見つけられなくて……それでクラスの人に聞いたらここにいるって言われたから来たんだ」
「なるほどな」
驚きすぎてちゃんとした日本語を話せていない私を無視して、若と鳳くんは何かを話している。
「悪いが今から先生にノートを提出しに行かなければいけなくてな。少し待っていてもらえるか。嫌なら先に行っても構わないが」
「大丈夫。俺ここで待ってるよ。」
「そうか、わかった。詩織、さっさと行くぞ」
「あっうん!待って若……!」
再び職員室に向かうために早歩きし始めた若を追おうと、ふと鳳くんと目が合った。どんな顔していいのか分からなくて戸惑った私とは裏腹に、鳳くんはあの時のように笑顔を浮かべて「いってらっしゃい」と手を振ってくれた。鳳くん、やっぱり優しい……!
その後まもなく、無事に先生に会議録を提出した私と若は職員室前で別れた。自分のクラスに荷物を取りに行って、そのまま帰途につく。
「ん~……鳳くん、あのとき話聞いてたのかなあ。どうなんだろう」
鳳くんが盗み聞きするなんて、そんな姿想像つかないけど。アレはタイミングが悪すぎた。
「もし聞かれてたなら恥ずかしすぎるし。うう、気になる……」
若、鳳くんにそれとなく問いかけてくれてたりしてないかなあ。今夜メールで聞いてみよう。そんなことを考えながら、私は帰り道をのんびり歩いていた。
早足で交友棟へと戻ると、鳳は憂いを帯びた目で窓の外を見つめながら壁に寄り掛かっていた。待たせたことを詫びて、俺たちは二人並んで部室へと向かった。
「ねえ、日吉。岬さんの事なんだけどさ」
「あ?お前、詩織のこと知ってたのか」
「知ってるよ。俺と岬さん、幼稚舎の時一年間だけクラス一緒だったんだよね。」
「へえ……」
何だ、共通点あったじゃねぇか。それにしても、たった一年間だけクラスメイトだった奴の名前を忘れないなんて。流石は鳳だなと俺は思った。
「いっつも明るくて、みんなの中心にいて……ほら、幼稚舎の時の俺って今より大人しかっただろ?クラスの輪に入れなくてオロオロしてた俺に岬さんが優しく話しかけてくれたこと、嬉しくてずっと忘れられないんだよね」
「ふーん」
「中等部に上がってからも、何となく目で追っちゃうんだよ。廊下ですれ違った時とか、全校集会で整列してる時とか。自分でもずっと不思議だなあって思ってたんだけどさ」
「……」
「それでね。さっき岬さんと日吉が話してたこと、聞いちゃって」
「盗み聞きか。お前にそんな趣味があったとはな」
「俺は日吉を呼びに来ただけ、偶然なんだってば。……で、最初は誰のことか分からなくて。勝手に他人の好きな人なんて聞いちゃダメだ!って思ってここを離れようとしたんだけど」
「お前の名前が出た、と」
「うん。まさか俺だとは思わなくて、扉の前で立ち尽くしちゃった。……でも、そのおかげで自分の気持ちにようやく気がつけたのかもしれない」
「フン……」
チラリと鳳の方を向くと、少しだけ頬が赤らんでいる。目線も上にいったり下にいったりで、焦りを覚えているのが見てとれた。
(何だよ詩織。俺が心配しなくても鳳とナカヨクやれそうじゃねえか)
二人の思いは、微弱ながらも通じあっていた。こんなことってあるんだな、と俺は表情に出さずに悦に入った。
「ね、日吉。お願いがあるんたけど」
「聞くだけ聞いてやる」
「あのね……」
その日の夜、日吉にメールを送ろうとして起動した詩織のスマホのホーム画面には、鳳からのメッセージが一件届いていた。
びっくりして椅子から転げ落ちる詩織と、返信をベッドの上で正座して待つ鳳と、そんな二人のことを考えながらぼんやりと縁側に座り、庭を眺める日吉。
そんな三人のことを、夜空に浮かぶ満月は静かに見守っていた。