sweetie
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ーーよく晴れた日曜日の午後。私はとあるホテルの中にいた。
(ふふっ……楽しみだな~!)
ここは毎日十組しか予約を取ることができないホテル内にある超有名スイーツバイキングで、味も最高だと巷で話題になっている店なのだ。
先日ついに予約を取ることが出来て、昨日の夜なんて楽しみすぎて全然寝付けなかった。ソファに座って最初は何から食べようかなあと考えてると、目の前に知らない男の人が現れた。
「なあ、ここ座ってもいいか?」
「あっ、はい!大丈夫ですよ」
言うが早いか、男の子はサンキューと言うと音を立てて椅子に座り、机上に置かれたメニュー表を眺めはじめた。
そういえばこのお店は相席システムだったなあ。ぐるりと店内を見回してみるともうほとんどの席は埋まっている。大体の人たちは二人組やらカップルやら複数人で来店してるようだ。
(みんな楽しそう。やっぱり甘いものが目の前にあるとテンション上がるんだね!)
なんだか見ているだけで幸せな気持ちになってきてニコニコしていると、目の前の彼が私のことをジッと見つめてきた。
「お前さあ、スイーツ好きなの?」
「え、は、はいっ!すっごく!好きなんです!!」
ずっと来たかったんですけど中々来れなくて、だから今日すっごく嬉しくて、お店のなかにいる皆も楽しそうだから嬉しくなっちゃって……と、スイーツについて聞かれたのが嬉しすぎて、饒舌になってしまった。
ちらりと顔を見てみると男の人はポカンとした顔をしていた。まずい、驚かせちゃったかな?と少し不安になったのだけれど、次の瞬間彼はくしゃりと笑った。
「はは、お前すげぇ喋るな!俺もスイーツ好きだからさ。気持ち分かるぜい」
「本当?!わ、嬉しい……!男の人が一人で来てるの珍しいって思ってたんだけど、そういうことだったんだ」
「そうそう、ダチ誘ったんだけどさぁ『お前の食欲には付き合えるほど俺の胃袋は強くない』って言われちまって。全く、横にいるだけでいいのによ」
引かれるどころか、彼は乗ってきてくれた。砕けた口調で話してくれるのが嬉しくて、話がどんどん盛り上がる。
「へぇ……!いっぱい食べるんだね」
「へへっまあな。俺が食ってる最中、ビビるなよ?」
「お客様、お待たせいたしました。準備が整いましたので、これよりバイキングを開始いたします。列に並んでお待ちくださいませ」
会話に花を咲かせていると、開始時間になったようで店員さんが呼びに来てくれた。スイーツが並べられているメインスペースを見てみると、色とりどりのスイーツが所狭しと並べられている様が見えた。
「おっと、ついにだな!行こうぜ」
「うん!」
私たちは意気揚々と立ち上がり、指示された方向へと向かっていった。
「ふふっ……選べなくていっぱい取っちゃった~!最初は何から食べようかなあ」
まるで宝石のように並べられていたスイーツを、皿の容量が許す限り詰め込んだ。ーーつい先程の出来事なのだけれど、席へ戻ってる途中にすれ違う人々皆が私の持つ皿を見るたびにぎょっとした顔をしていたのが印象的だった。私は甘いものに関しては自他共に認める大食いになるので、そういう視線を向けられるのも仕方ないことだと思う。
(あ、あの人、もう戻ってきてる)
いっぱい食べるって話してたけど、どのくらい取ってきたんだろう。席に座って前をチラリと見てみると、私の量と変わらないくらい皿いっぱいにスイーツが詰め込まれているソレが目に入った。
「わあ。本当にいっぱい取ってきたんだね!すごいや」
「おっ、戻ってきた……って、お前も俺と同じくらい盛ってるじゃねぇか」
「えへへ……選べなくて」
「その気持ち、分かるけどな。さぁ、さっさと食おうぜ!」
何となく気恥ずかしくてはにかむと、早く席につけと促してきた。
「もしかして、私のこと待っててくれたの?」
「ああ。折角相席なんだから、一緒に食う方が楽しいだろい」
「わ。嬉しいな、ありがとう!……よし、じゃあ!」
席について、フォークを利き手に持って、ふと、前をちらりと見ると彼と目が合う。その瞬間お互い笑顔になって「いただきます!」と口にして、ケーキに手を伸ばした。
「~~~っ!このチョコムース、美味しい~!」
口内に入れた瞬間、クリームが蕩けた。ふんわりとした口当たりも最高で、こんなレベルの高いチョコムースケーキ、今まで食べたことがない。さすがはホテルのバイキング……!
「このレアチーズケーキもサイコー!こりゃ大当たりだな……!」
向かいの彼は感嘆しながらもフォークを動かす手は全く止まっていない。これは負けていられない!と、私もケーキを食べるスピードを早めた。
ーーそれからアップルパイやバウムクーヘンとか、プリンセスケーキとかシムネルケーキとか!自分の胃袋が許す限りのありとあらゆるスイーツを食して、大満足でこのバイキングを終えることができた。
「ふう~……いっぱい食べた!美味しかったぁ~!」
数時間前、ここに来たときより少しだけ張ったお腹を擦りながらホテルのエントランスを通る。今日は晩ごはん入らなさそうだなぁと考えつつ道を曲がると、見知った顔に出会った。
「よっ。待ってたぜい」
「あれ、さっきの!どうしたの?」
先程まで一緒の席でスイーツを食べていた赤髪の男の人!姿が見えないと思ってたら、先に出てたんだ。
「いやさ、ケーキ食いながらお前のこと見てたんだけど、良い食べっぷりだって思ってさ。見てて気持ちよかったぜい」
「あはは、ありがとう!」
「それでな。お前がよければ何だけど」
くるりと身を翻したと思ったら、いつのまにか右手にスマホを持っていた。
「連絡先、交換しねえ?さっきも言ったけど俺、中々一緒にスイーツ店回ってくれるダチいなくて。お礼と言っちゃ何だけど、俺オススメの店も教えてやるからさ」
「えっ……勿論いいよ、嬉しい!交換したいしたい!!」
願ってもない申し出に、大手を振って喜んだ。私も一緒にスイーツ巡りできる友達欲しいってずっと思ってたし。騒ぐ私を見た彼は、元気だなと微笑んでくれた。
「ちょっと待ってね。今アプリ開くから……あ、えっと、名前って聞いたっけ?」
「丸井ブン太。ブン太でいいぜい。お前は?」
「私は岬詩織。……よし、登録完了。ブン太くん、よろしくね!」
「ああ、シクヨロ」
それからお互い電車帰るってことが判明して、一緒に駅まで向かって歩いた。道中はずっと、横浜の駅前にあるケーキ屋さんが美味しいとか、湘南には知る人ぞ知るフルーツタルト専門のお店があるとか、ブン太くんが教えてくれる様々な情報を私は目を輝かせながら聞いていた。
「じゃあ、良さげな店あったら連絡する。またな、詩織」
「うん、私も発見したらメッセージ送るね!ブン太くんばいばーい!」
乗る路線は一緒だったけど向かう方向が逆らしく、改札の中の階段前でさよならをした。それにしてもこんな短時間で人と仲良くなるなんて、何だかすごく貴重な体験をした気がする。やっぱりスイーツって、すごいなあ!
「ーーでね!話も面白くて、すっごくフレンドリーで楽しい人と友達になれたんだよ~!今度また一緒にスイーツ食べに行こうねって約束もしたんだあ」
そして次の日のお昼休み、ごはんを食べながら昨日あった嬉しい出来事を友達に報告していた。
「ふーん、男の人ねぇ。これは今まで食い気だけで生きてきた詩織にも、ようやく春が来るのかもねぇ」
「確かに、詩織の恋愛話って聞いたことなかったかも。付き合ったら教えてよね」
「もう、ちゃんと私の話聞いてよ~!付き合うとかそんなんじゃなくて、スイーツ友達が出来たんだってば~!!」
手をばたつかせて怒ると、二人はごめんごめんと笑いながら頭を撫でてきた。私、もう中学二年生なんだけどなあ。何だかすごく子ども扱いされてる気がするけど悪い気はしない、撫でられるのは嬉しい。
「はーい。怒らない、怒らない。てか帰りが同じ路線だったってことは、もしかしたら学校も一緒の可能性あるんじゃない?!例のその人、うちらの学年とかだったりしないの?」
「確かに。ていうか写真見せてよ写真。名前も知りたい」
「あ、名前言ってなかったっけ。待ってね、スマホスマホ……」
メッセージアプリを起動して、ブン太くんのプロフィールを表示する。液晶を見せながらこの人、見たことある?と聞いてみると、二人はぴしりと固まってしまった。
「え、わ、ええ……詩織……マジで……?」
「ちょっ、これヤバイよ詩織、まさかのブン太先輩……?!」
「せんぱ……?え、もしかしてブン太くんって立海生?私たちより上の学年の人なの?!」
「しー!しー!!」
衝撃の事実。驚いて反射的に聞き返したら、鬼のような形相で口を塞がれた。
「もごご」
「あのね、詩織。ブン太先輩ってめっちゃかっこいいって学校中で評判なの。普段は三強に隠れてあんまり話題にはならないけど、このクラスにもファンの子いっぱいいるから」
「そう。あのテニス部レギュラーの三年生なんだからね……ほら!去年の海原祭のRIKKAIスペシャル!覚えてない?!あれ作ったのもブン太先輩だよ!」
「もごっ……えぇ!あの人が?!」
それは鮮明に覚えてる。料理大会を観戦中に、急に体育館に現れたドデカいケーキ。見た目も味も最高だったと審査員に大絶賛されていて、私も食べたーい!!!と観覧席で絶叫した記憶があるからだ。
「わあ、わ~……ブン太くん、さん……先輩?すごい人だったんだなあ」
でも、そんなすごい人もスイーツ大好きって知れて何だか嬉しい!と笑ってみせると、二人は驚いたような顔をした。
「詩織はぶれないねぇ」
「このマイペース女めー。でも、だからブン太先輩ともお近づきになれたのかもね」
「もー。もしかしてバカにしてる?」
「ふふ、してないしてない」
お弁当を片付けながら雑談していると、教室のドアが勢いよく開いた。ピシャリと音が鳴った瞬間、教室中が静まり返る。
「よっ。詩織ってヤツ、いる?」
「わっ……ブン太くん!」
私の名前が出た瞬間、左端に座っていた女の子グループからキャアと黄色い声が聞こえた。本当だ、本当にかっこいいって言われてる。ブン太くんってすごいなあ……
急いで席から立ち上がるとブン太くんは私に気づいてくれたようで、こっちこっちと手を振ってくれた。
「びっくりした……しました。先輩だったんですね。知らなかった……」
「俺も知らなかった。朝練のとき、昨日のコト赤也に話したらソイツ俺と同学年っすよ!って教えてくれてさあ」
「ああ、切原くん!テニス部の!」
「そーそー。つーかさ、別に敬語じゃなくていいぜ?今さらだろい」
それよりさ、とブン太くんは何だかウキウキした様子で右手に持った紙をひらつかせる。
「それは……何?」
「さっきクラスメートからチラシ貰ってさ。いってもたってもいられなくなってお前に会いに来たんだよ」
チラシに注目すると、そこには『NEW OPEN!東日本初出店の極上シュークリーム!!』と書かれていた。
「!!!ブン太くん、これってまさか、あの……!」
「そう、長崎で生まれて今までずっと九州圏内でしか販売されていなかったあのシュークリーム店が!ついにこの神奈川にもやって来るんだとよ!!……これはもう、行くっきゃねえだろい?」
「うん、うん……!行きたい!絶対行きたい!!」
喜びのまま、ブン太くんの両手をがしりと掴んでぶんぶん振る。
傍目を気にせず二人揃って廊下のど真ん中でテンションを上げまくっているので、周りには全く人は寄ってこない。きっと二年が三年の先輩を引っ付かんで握手してるなんて、端から見たら異様な光景だと思う。
「っしゃ、なら話は早い!次の日曜、ここ行こーぜ!詳しいことは今日の夜にメッセージ送るわ」
「わかった、すっごい楽しみ!……わ、チャイム鳴っちゃったね」
ノンストップで喋っていたら、いつの間にか昼休みも終わりに近づいていたようだ。少しだけ名残惜しい。
「げ、じゃあ俺は三年棟に帰るぜい。じゃあな、また日曜!」
「うんっ!よろしくねー!」
ばいばいと笑顔で手を振ってブン太くんを見送った。それにしても、シュークリーム……シュークリーム!!
「ずっと食べたかったんだよなぁ~!!あそこのシュークリーム!!」
前にテレビで特集されていたのを見てネットで調べて九州限定ということを知って落胆したのが中三だったから……何と二年越しの出会い!ようやくあの幻のクリームを味わえるんだね……!!
何かもう、ブン太くんが先輩とか、すごい人気者とか、色々考えてたことが頭の中から完全にすっぽ抜けてしまった。もう私の脳内は完璧にシュークリームに支配された。
幸せオーラ全開で教室へと戻ると、友人たちが席を片付けてくれていたようだ。ありがたい。お礼を言うと、片方の子が小声で先程の様子を伺ってきた。
「詩織……ブン太先輩どうだった?何か言われた?」
「あのねっ、シュークリーム!」
「はあ?」
「次の日曜シュークリーム屋さんに一緒に行くことになったの!それが今までずっと九州限定でやってきたお店でね……もう、すっごい楽しみ!!」
シュークリームの写真、送ってもいい?!と勢いよく聞くと、友人はきょとんとした顔をしたと思ったら、これだから詩織は……苦笑しながらため息を吐いた。
(ふふっ……楽しみだな~!)
ここは毎日十組しか予約を取ることができないホテル内にある超有名スイーツバイキングで、味も最高だと巷で話題になっている店なのだ。
先日ついに予約を取ることが出来て、昨日の夜なんて楽しみすぎて全然寝付けなかった。ソファに座って最初は何から食べようかなあと考えてると、目の前に知らない男の人が現れた。
「なあ、ここ座ってもいいか?」
「あっ、はい!大丈夫ですよ」
言うが早いか、男の子はサンキューと言うと音を立てて椅子に座り、机上に置かれたメニュー表を眺めはじめた。
そういえばこのお店は相席システムだったなあ。ぐるりと店内を見回してみるともうほとんどの席は埋まっている。大体の人たちは二人組やらカップルやら複数人で来店してるようだ。
(みんな楽しそう。やっぱり甘いものが目の前にあるとテンション上がるんだね!)
なんだか見ているだけで幸せな気持ちになってきてニコニコしていると、目の前の彼が私のことをジッと見つめてきた。
「お前さあ、スイーツ好きなの?」
「え、は、はいっ!すっごく!好きなんです!!」
ずっと来たかったんですけど中々来れなくて、だから今日すっごく嬉しくて、お店のなかにいる皆も楽しそうだから嬉しくなっちゃって……と、スイーツについて聞かれたのが嬉しすぎて、饒舌になってしまった。
ちらりと顔を見てみると男の人はポカンとした顔をしていた。まずい、驚かせちゃったかな?と少し不安になったのだけれど、次の瞬間彼はくしゃりと笑った。
「はは、お前すげぇ喋るな!俺もスイーツ好きだからさ。気持ち分かるぜい」
「本当?!わ、嬉しい……!男の人が一人で来てるの珍しいって思ってたんだけど、そういうことだったんだ」
「そうそう、ダチ誘ったんだけどさぁ『お前の食欲には付き合えるほど俺の胃袋は強くない』って言われちまって。全く、横にいるだけでいいのによ」
引かれるどころか、彼は乗ってきてくれた。砕けた口調で話してくれるのが嬉しくて、話がどんどん盛り上がる。
「へぇ……!いっぱい食べるんだね」
「へへっまあな。俺が食ってる最中、ビビるなよ?」
「お客様、お待たせいたしました。準備が整いましたので、これよりバイキングを開始いたします。列に並んでお待ちくださいませ」
会話に花を咲かせていると、開始時間になったようで店員さんが呼びに来てくれた。スイーツが並べられているメインスペースを見てみると、色とりどりのスイーツが所狭しと並べられている様が見えた。
「おっと、ついにだな!行こうぜ」
「うん!」
私たちは意気揚々と立ち上がり、指示された方向へと向かっていった。
「ふふっ……選べなくていっぱい取っちゃった~!最初は何から食べようかなあ」
まるで宝石のように並べられていたスイーツを、皿の容量が許す限り詰め込んだ。ーーつい先程の出来事なのだけれど、席へ戻ってる途中にすれ違う人々皆が私の持つ皿を見るたびにぎょっとした顔をしていたのが印象的だった。私は甘いものに関しては自他共に認める大食いになるので、そういう視線を向けられるのも仕方ないことだと思う。
(あ、あの人、もう戻ってきてる)
いっぱい食べるって話してたけど、どのくらい取ってきたんだろう。席に座って前をチラリと見てみると、私の量と変わらないくらい皿いっぱいにスイーツが詰め込まれているソレが目に入った。
「わあ。本当にいっぱい取ってきたんだね!すごいや」
「おっ、戻ってきた……って、お前も俺と同じくらい盛ってるじゃねぇか」
「えへへ……選べなくて」
「その気持ち、分かるけどな。さぁ、さっさと食おうぜ!」
何となく気恥ずかしくてはにかむと、早く席につけと促してきた。
「もしかして、私のこと待っててくれたの?」
「ああ。折角相席なんだから、一緒に食う方が楽しいだろい」
「わ。嬉しいな、ありがとう!……よし、じゃあ!」
席について、フォークを利き手に持って、ふと、前をちらりと見ると彼と目が合う。その瞬間お互い笑顔になって「いただきます!」と口にして、ケーキに手を伸ばした。
「~~~っ!このチョコムース、美味しい~!」
口内に入れた瞬間、クリームが蕩けた。ふんわりとした口当たりも最高で、こんなレベルの高いチョコムースケーキ、今まで食べたことがない。さすがはホテルのバイキング……!
「このレアチーズケーキもサイコー!こりゃ大当たりだな……!」
向かいの彼は感嘆しながらもフォークを動かす手は全く止まっていない。これは負けていられない!と、私もケーキを食べるスピードを早めた。
ーーそれからアップルパイやバウムクーヘンとか、プリンセスケーキとかシムネルケーキとか!自分の胃袋が許す限りのありとあらゆるスイーツを食して、大満足でこのバイキングを終えることができた。
「ふう~……いっぱい食べた!美味しかったぁ~!」
数時間前、ここに来たときより少しだけ張ったお腹を擦りながらホテルのエントランスを通る。今日は晩ごはん入らなさそうだなぁと考えつつ道を曲がると、見知った顔に出会った。
「よっ。待ってたぜい」
「あれ、さっきの!どうしたの?」
先程まで一緒の席でスイーツを食べていた赤髪の男の人!姿が見えないと思ってたら、先に出てたんだ。
「いやさ、ケーキ食いながらお前のこと見てたんだけど、良い食べっぷりだって思ってさ。見てて気持ちよかったぜい」
「あはは、ありがとう!」
「それでな。お前がよければ何だけど」
くるりと身を翻したと思ったら、いつのまにか右手にスマホを持っていた。
「連絡先、交換しねえ?さっきも言ったけど俺、中々一緒にスイーツ店回ってくれるダチいなくて。お礼と言っちゃ何だけど、俺オススメの店も教えてやるからさ」
「えっ……勿論いいよ、嬉しい!交換したいしたい!!」
願ってもない申し出に、大手を振って喜んだ。私も一緒にスイーツ巡りできる友達欲しいってずっと思ってたし。騒ぐ私を見た彼は、元気だなと微笑んでくれた。
「ちょっと待ってね。今アプリ開くから……あ、えっと、名前って聞いたっけ?」
「丸井ブン太。ブン太でいいぜい。お前は?」
「私は岬詩織。……よし、登録完了。ブン太くん、よろしくね!」
「ああ、シクヨロ」
それからお互い電車帰るってことが判明して、一緒に駅まで向かって歩いた。道中はずっと、横浜の駅前にあるケーキ屋さんが美味しいとか、湘南には知る人ぞ知るフルーツタルト専門のお店があるとか、ブン太くんが教えてくれる様々な情報を私は目を輝かせながら聞いていた。
「じゃあ、良さげな店あったら連絡する。またな、詩織」
「うん、私も発見したらメッセージ送るね!ブン太くんばいばーい!」
乗る路線は一緒だったけど向かう方向が逆らしく、改札の中の階段前でさよならをした。それにしてもこんな短時間で人と仲良くなるなんて、何だかすごく貴重な体験をした気がする。やっぱりスイーツって、すごいなあ!
「ーーでね!話も面白くて、すっごくフレンドリーで楽しい人と友達になれたんだよ~!今度また一緒にスイーツ食べに行こうねって約束もしたんだあ」
そして次の日のお昼休み、ごはんを食べながら昨日あった嬉しい出来事を友達に報告していた。
「ふーん、男の人ねぇ。これは今まで食い気だけで生きてきた詩織にも、ようやく春が来るのかもねぇ」
「確かに、詩織の恋愛話って聞いたことなかったかも。付き合ったら教えてよね」
「もう、ちゃんと私の話聞いてよ~!付き合うとかそんなんじゃなくて、スイーツ友達が出来たんだってば~!!」
手をばたつかせて怒ると、二人はごめんごめんと笑いながら頭を撫でてきた。私、もう中学二年生なんだけどなあ。何だかすごく子ども扱いされてる気がするけど悪い気はしない、撫でられるのは嬉しい。
「はーい。怒らない、怒らない。てか帰りが同じ路線だったってことは、もしかしたら学校も一緒の可能性あるんじゃない?!例のその人、うちらの学年とかだったりしないの?」
「確かに。ていうか写真見せてよ写真。名前も知りたい」
「あ、名前言ってなかったっけ。待ってね、スマホスマホ……」
メッセージアプリを起動して、ブン太くんのプロフィールを表示する。液晶を見せながらこの人、見たことある?と聞いてみると、二人はぴしりと固まってしまった。
「え、わ、ええ……詩織……マジで……?」
「ちょっ、これヤバイよ詩織、まさかのブン太先輩……?!」
「せんぱ……?え、もしかしてブン太くんって立海生?私たちより上の学年の人なの?!」
「しー!しー!!」
衝撃の事実。驚いて反射的に聞き返したら、鬼のような形相で口を塞がれた。
「もごご」
「あのね、詩織。ブン太先輩ってめっちゃかっこいいって学校中で評判なの。普段は三強に隠れてあんまり話題にはならないけど、このクラスにもファンの子いっぱいいるから」
「そう。あのテニス部レギュラーの三年生なんだからね……ほら!去年の海原祭のRIKKAIスペシャル!覚えてない?!あれ作ったのもブン太先輩だよ!」
「もごっ……えぇ!あの人が?!」
それは鮮明に覚えてる。料理大会を観戦中に、急に体育館に現れたドデカいケーキ。見た目も味も最高だったと審査員に大絶賛されていて、私も食べたーい!!!と観覧席で絶叫した記憶があるからだ。
「わあ、わ~……ブン太くん、さん……先輩?すごい人だったんだなあ」
でも、そんなすごい人もスイーツ大好きって知れて何だか嬉しい!と笑ってみせると、二人は驚いたような顔をした。
「詩織はぶれないねぇ」
「このマイペース女めー。でも、だからブン太先輩ともお近づきになれたのかもね」
「もー。もしかしてバカにしてる?」
「ふふ、してないしてない」
お弁当を片付けながら雑談していると、教室のドアが勢いよく開いた。ピシャリと音が鳴った瞬間、教室中が静まり返る。
「よっ。詩織ってヤツ、いる?」
「わっ……ブン太くん!」
私の名前が出た瞬間、左端に座っていた女の子グループからキャアと黄色い声が聞こえた。本当だ、本当にかっこいいって言われてる。ブン太くんってすごいなあ……
急いで席から立ち上がるとブン太くんは私に気づいてくれたようで、こっちこっちと手を振ってくれた。
「びっくりした……しました。先輩だったんですね。知らなかった……」
「俺も知らなかった。朝練のとき、昨日のコト赤也に話したらソイツ俺と同学年っすよ!って教えてくれてさあ」
「ああ、切原くん!テニス部の!」
「そーそー。つーかさ、別に敬語じゃなくていいぜ?今さらだろい」
それよりさ、とブン太くんは何だかウキウキした様子で右手に持った紙をひらつかせる。
「それは……何?」
「さっきクラスメートからチラシ貰ってさ。いってもたってもいられなくなってお前に会いに来たんだよ」
チラシに注目すると、そこには『NEW OPEN!東日本初出店の極上シュークリーム!!』と書かれていた。
「!!!ブン太くん、これってまさか、あの……!」
「そう、長崎で生まれて今までずっと九州圏内でしか販売されていなかったあのシュークリーム店が!ついにこの神奈川にもやって来るんだとよ!!……これはもう、行くっきゃねえだろい?」
「うん、うん……!行きたい!絶対行きたい!!」
喜びのまま、ブン太くんの両手をがしりと掴んでぶんぶん振る。
傍目を気にせず二人揃って廊下のど真ん中でテンションを上げまくっているので、周りには全く人は寄ってこない。きっと二年が三年の先輩を引っ付かんで握手してるなんて、端から見たら異様な光景だと思う。
「っしゃ、なら話は早い!次の日曜、ここ行こーぜ!詳しいことは今日の夜にメッセージ送るわ」
「わかった、すっごい楽しみ!……わ、チャイム鳴っちゃったね」
ノンストップで喋っていたら、いつの間にか昼休みも終わりに近づいていたようだ。少しだけ名残惜しい。
「げ、じゃあ俺は三年棟に帰るぜい。じゃあな、また日曜!」
「うんっ!よろしくねー!」
ばいばいと笑顔で手を振ってブン太くんを見送った。それにしても、シュークリーム……シュークリーム!!
「ずっと食べたかったんだよなぁ~!!あそこのシュークリーム!!」
前にテレビで特集されていたのを見てネットで調べて九州限定ということを知って落胆したのが中三だったから……何と二年越しの出会い!ようやくあの幻のクリームを味わえるんだね……!!
何かもう、ブン太くんが先輩とか、すごい人気者とか、色々考えてたことが頭の中から完全にすっぽ抜けてしまった。もう私の脳内は完璧にシュークリームに支配された。
幸せオーラ全開で教室へと戻ると、友人たちが席を片付けてくれていたようだ。ありがたい。お礼を言うと、片方の子が小声で先程の様子を伺ってきた。
「詩織……ブン太先輩どうだった?何か言われた?」
「あのねっ、シュークリーム!」
「はあ?」
「次の日曜シュークリーム屋さんに一緒に行くことになったの!それが今までずっと九州限定でやってきたお店でね……もう、すっごい楽しみ!!」
シュークリームの写真、送ってもいい?!と勢いよく聞くと、友人はきょとんとした顔をしたと思ったら、これだから詩織は……苦笑しながらため息を吐いた。
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