短編
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「なあ、岬」
「はい?何ですか向日先輩」
ミーティングが終わり部員たちがぞろぞろと着替えるために部室へ向かい始めている中、私はテニスコートに残って皆が使用したタオルをかき集めていた。後ろから呼び掛けられて振り向くと、そこには向日先輩が立っていた。
「お前と鳳ってさあ、本当に付き合ってるんだよな?」
「そ、そうですけど……いきなりですね」
向日先輩の言う通り、私と鳳くんは恋人同士だ。しかも、つい最近付き合い始めたばかり。
「そうだよな?お前らカップルなのにさー。全然一緒にいるとことか見たことねーんだけど」
「部活中に堂々とイチャイチャされるの、向日先輩は平気なんですか?」
「いや、そりゃ度が過ぎればアレだけど。マジで鳳、宍戸とばっかりいるからさあ。嫌じゃねえの?」
鳳くんは三年生の宍戸先輩とダブルスを組んでいる。だから、必然的に二人は一緒に練習することになるのだ。
本気で練習を頑張っている鳳くんたちの邪魔はしたくないから、部活中は恋人とかそういう浮かれたことは考えないようにしてマネージャー業務に取り組むことにしている。
「鳳くんには、もっと強くなって氷帝を全国大会優勝に導いてほしいんです。だから、嫌とかそういうことは考えたことないです」
……とはいえ、全く寂しくないという訳ではない。年頃のカップルらしく休みの日にデートしたり、何でもない日にプレゼントを送りあったりしてみたい。マネージャーとしての願いと鳳くんの彼女としての願いが私の中でせめぎ合っている。
向日先輩はじっと見つめてきたと思ったら、私の言葉を聞いてくしゃりと笑った。
「お前、本当に良いマネージャーだな」
「え」
「でも部活のことだけじゃなくて、自分のこともしっかり考えろよな!お前ら2年にはまだ来年もあるんだしよ!」
そう言うと向日先輩はタオルの入ったカゴを持って部室へ歩き始めた。
「ちょっと待ってくださいよ向日先輩!カゴは私が持ちます!」
「いいからいいから!さっさと片付けて帰ろーぜ」
置いていかれそうになり、私は向日先輩を追いかけるようにしてテニスコートを後にした。
「わ、鳳くん!宍戸先輩に芥川先輩も、お疲れ様です」
「岬さん!もう仕事は終わったの?お疲れ様」
部室に戻るともう殆どの部員は帰ったようで、室内はがらんとしていた。残っていたのは鍵当番の鳳くんと宍戸先輩、そして芥川先輩の三人だった。
「そっか鳳くん、今日鍵当番だったもんね」
「うん、ついさっきまで宍戸さんと日誌を記入してたところ。向日さんも、ありがとうございます」
「おーう」
練習で疲れてるだろうに鳳くんは嫌な顔一つせず椅子から立ち上がって、向日先輩からカゴを受け取り、タオルを元の場所に戻す手伝いをしてくれる。
「おい、長太郎。お前今日はもう帰っていいぜ。後は俺がやっておく」
「え!そんな、宍戸さん……悪いですよ」
「先輩には甘えとけよ鳳。俺だっているし、あと鍵を返すだけなんだろ?」
「ああ。まだまだジローも起きそうにねえしな」
「zzz……」
な?と宍戸先輩が芥川先輩を指差して笑う。
「じゃあ、お言葉に甘えます。ありがとうございます。えっと、岬さん」
「あ、わ、はい!」
「あの、一緒に帰ろっか」
「っ、うん!」
一緒に帰れることになるとは全く思って無かったから、声が裏返ってしまった。
じゃあ着替えてくるねと言って鳳くんはロッカーへと向かっていった。私は先輩たちにお礼と挨拶をして、校門前で鳳くんを待つことにした。
鳳くんと並んで家路を辿る。もう日が傾き始めているというのに風は生温い。
「まだまだ暑いね」
「そうだね、熱中症には気を付けないと……そういえば今日のタオル、あれって部活の前に凍らせてたの?」
「ふふ、気づいてくれたんだ。そっちの方が涼しいかなあって思って、朝仕込んでおいたんだ」
「とっても気持ちよかったよ、先輩たちからも好評だったし。岬さんって本当に……」
「本当に?」
「部員皆のことを考えて行動できて、優しくて、素敵な人だなあって思うよ」
「あっ……ありがとう」
鳳くんはこういう恥ずかしいことをさらりと言ってくることがある。私なんかよりも鳳くんの方がもっといっぱい努力してるのに。照れ隠しのせいで返事がぞんざいになってしまい、話がぷつりと途切れた。こういうところ、私の悪いところだなあと思う。
セミの鳴き声がコンクリートに反響している。なんだか、私と鳳くんの間の静寂を埋めてくれているような気がした。
じわじわ、じわじわとセミは鳴き続ける。この微妙な距離感のまま、家に着いちゃうのかな。それは嫌だな。
''でも部活のことだけじゃなくて、自分のこともしっかり考えろよな!''
(……!)
ふと、あの時投げかけられた向日先輩の言葉を思い出した。せっかく大好きな鳳くんと両想いになれたのに。せっかく宍戸先輩たちが気を利かせてくれてこうして一緒に帰れてるのに。
私はもっと、鳳くんのことを好きになりたいし、好きになってほしい。
そっと、制服の裾を掴む。鳳くんはこちらを振り向いた。
「?どうしたの、岬さん」
「あのね、ちょ……長太郎くん。これから長太郎くんのこと、名前で呼んでもいいかな」
え、っとすっとんきょうな声が住宅街に響く。
あ、とかわ、とか汗を飛ばしながら顔を真っ赤にしている長太郎くん。スーーーッと大きく深呼吸したと思ったら、私の手を両手でぎゅっと包み込んできた。
「勿論だよ。こういうことは俺から言うべきなのに、女の子のキミから言わせちゃうなんて。ごめんね詩織さん。俺も、キミのことを名前で呼んでもいい?」
「うん、とっても嬉しい……!ありがとう、長太郎くん」
長太郎くんは私の瞳を見据えて真剣な目で訴えかけてきた。綺麗なアーモンド色の眼をずっと見つめていると、なんだか吸い込まれそうな気持ちになる。
そのままずっと見つめ合っていたら、どちらからともなく笑みがこぼれた。そして手を繋いだまま、またゆっくりと二人並んで道を歩き始めた。
名前で呼び合うだけで、手を繋ぐだけで、ヒトってこんなに幸せな気持ちになれるんだなって思えた。
「詩織さん、次の日曜日なんだけど何か用事は入ってる?」
「?特にないよ」
「そっか、良かった。あのね……あった!」
長太郎くんは片手で器用に鞄を漁って、何かのチケットを二枚取り出した。
「えっと、『東山魁夷画展』?」
「うん。近くの美術館で開催される展覧会なんだ。俺、この人が描く絵が大好きで……発表されたのを見かけたとき、絶対詩織さんと一緒に行きたいって思ってチケット取っておいたんだ。だから次の日曜、一日デートしない?」
「デ、デート?!」
「そう、デート」
綺麗な木々が描かれたチケットを手渡された。それにしたってデート。長太郎くんとデート!何だか物事が良いように進みすぎていて怖いくらいに幸せだ。
そうこうしている内に、交差点に着いてしまった。長太郎くんとはここで別れなきゃいけない。寂しいな……と考えていたら長太郎くんが微笑みながら口を開いた。
「じゃあ、ここでサヨナラだね」
「そうだね」
「そんな寂しそうな顔しないで。帰したくなくなっちゃうから」
「ふふっ……もう、長太郎くんったら」
「あ、もう。笑わないでよ。本気なんだからね」
頬を膨らませて拗ねる長太郎くんが可愛くて、何だか笑えてきてしまった。
「ね、長太郎くん。寝る前にメッセージ送ってもいい?デートでどこ行くかとか、お昼何食べるとか、いっぱい話したい」
「勿論だよ、電話もしよう。お風呂上がったらすぐ連絡するよ」
「うん、うん……!長太郎くん、私今すっごく幸せ」
「俺も。……じゃあね?詩織さん。バイバイ」
「うん!バイバイ!」
さっきまでの寂しさは、少し言葉を交わしただけでどこかへ吹き飛んでしまった。早く長太郎くんの声が聞きたい。
そうして、私は全速力で自宅へと駆けていった。
「なあ宍戸。お前、鳳に何かアドバイスとかしたの?」
「あ?何もしてねえよ」
「お人好しな宍戸が何も言わないとか意外だC」
「なんだよジロー。起きてるなら自分で歩け」
「嫌~」
「アイツ恋愛話とか苦手だし、俺が首突っ込むことじゃねぇしな。ていうかよ、俺が変にアドバイスなんかしなくても長太郎は詩織の事を何よりも大切に思ってるだろうし、自分から何か行動を起こすと思うんだよな」
「買い被りすぎじゃねえの?」
「んな訳ねぇだろ!長太郎はやるときはやる男だぜ!」
「流石ダブルスパートナー。信頼関係半端ないC~」
「……でもま。せっかく両想いになったんだからさあ、幸せになってほしいよな」
「岳人がそんな事言うなんて意外」
「意外だねえ」
「うっせえ」
「はい?何ですか向日先輩」
ミーティングが終わり部員たちがぞろぞろと着替えるために部室へ向かい始めている中、私はテニスコートに残って皆が使用したタオルをかき集めていた。後ろから呼び掛けられて振り向くと、そこには向日先輩が立っていた。
「お前と鳳ってさあ、本当に付き合ってるんだよな?」
「そ、そうですけど……いきなりですね」
向日先輩の言う通り、私と鳳くんは恋人同士だ。しかも、つい最近付き合い始めたばかり。
「そうだよな?お前らカップルなのにさー。全然一緒にいるとことか見たことねーんだけど」
「部活中に堂々とイチャイチャされるの、向日先輩は平気なんですか?」
「いや、そりゃ度が過ぎればアレだけど。マジで鳳、宍戸とばっかりいるからさあ。嫌じゃねえの?」
鳳くんは三年生の宍戸先輩とダブルスを組んでいる。だから、必然的に二人は一緒に練習することになるのだ。
本気で練習を頑張っている鳳くんたちの邪魔はしたくないから、部活中は恋人とかそういう浮かれたことは考えないようにしてマネージャー業務に取り組むことにしている。
「鳳くんには、もっと強くなって氷帝を全国大会優勝に導いてほしいんです。だから、嫌とかそういうことは考えたことないです」
……とはいえ、全く寂しくないという訳ではない。年頃のカップルらしく休みの日にデートしたり、何でもない日にプレゼントを送りあったりしてみたい。マネージャーとしての願いと鳳くんの彼女としての願いが私の中でせめぎ合っている。
向日先輩はじっと見つめてきたと思ったら、私の言葉を聞いてくしゃりと笑った。
「お前、本当に良いマネージャーだな」
「え」
「でも部活のことだけじゃなくて、自分のこともしっかり考えろよな!お前ら2年にはまだ来年もあるんだしよ!」
そう言うと向日先輩はタオルの入ったカゴを持って部室へ歩き始めた。
「ちょっと待ってくださいよ向日先輩!カゴは私が持ちます!」
「いいからいいから!さっさと片付けて帰ろーぜ」
置いていかれそうになり、私は向日先輩を追いかけるようにしてテニスコートを後にした。
「わ、鳳くん!宍戸先輩に芥川先輩も、お疲れ様です」
「岬さん!もう仕事は終わったの?お疲れ様」
部室に戻るともう殆どの部員は帰ったようで、室内はがらんとしていた。残っていたのは鍵当番の鳳くんと宍戸先輩、そして芥川先輩の三人だった。
「そっか鳳くん、今日鍵当番だったもんね」
「うん、ついさっきまで宍戸さんと日誌を記入してたところ。向日さんも、ありがとうございます」
「おーう」
練習で疲れてるだろうに鳳くんは嫌な顔一つせず椅子から立ち上がって、向日先輩からカゴを受け取り、タオルを元の場所に戻す手伝いをしてくれる。
「おい、長太郎。お前今日はもう帰っていいぜ。後は俺がやっておく」
「え!そんな、宍戸さん……悪いですよ」
「先輩には甘えとけよ鳳。俺だっているし、あと鍵を返すだけなんだろ?」
「ああ。まだまだジローも起きそうにねえしな」
「zzz……」
な?と宍戸先輩が芥川先輩を指差して笑う。
「じゃあ、お言葉に甘えます。ありがとうございます。えっと、岬さん」
「あ、わ、はい!」
「あの、一緒に帰ろっか」
「っ、うん!」
一緒に帰れることになるとは全く思って無かったから、声が裏返ってしまった。
じゃあ着替えてくるねと言って鳳くんはロッカーへと向かっていった。私は先輩たちにお礼と挨拶をして、校門前で鳳くんを待つことにした。
鳳くんと並んで家路を辿る。もう日が傾き始めているというのに風は生温い。
「まだまだ暑いね」
「そうだね、熱中症には気を付けないと……そういえば今日のタオル、あれって部活の前に凍らせてたの?」
「ふふ、気づいてくれたんだ。そっちの方が涼しいかなあって思って、朝仕込んでおいたんだ」
「とっても気持ちよかったよ、先輩たちからも好評だったし。岬さんって本当に……」
「本当に?」
「部員皆のことを考えて行動できて、優しくて、素敵な人だなあって思うよ」
「あっ……ありがとう」
鳳くんはこういう恥ずかしいことをさらりと言ってくることがある。私なんかよりも鳳くんの方がもっといっぱい努力してるのに。照れ隠しのせいで返事がぞんざいになってしまい、話がぷつりと途切れた。こういうところ、私の悪いところだなあと思う。
セミの鳴き声がコンクリートに反響している。なんだか、私と鳳くんの間の静寂を埋めてくれているような気がした。
じわじわ、じわじわとセミは鳴き続ける。この微妙な距離感のまま、家に着いちゃうのかな。それは嫌だな。
''でも部活のことだけじゃなくて、自分のこともしっかり考えろよな!''
(……!)
ふと、あの時投げかけられた向日先輩の言葉を思い出した。せっかく大好きな鳳くんと両想いになれたのに。せっかく宍戸先輩たちが気を利かせてくれてこうして一緒に帰れてるのに。
私はもっと、鳳くんのことを好きになりたいし、好きになってほしい。
そっと、制服の裾を掴む。鳳くんはこちらを振り向いた。
「?どうしたの、岬さん」
「あのね、ちょ……長太郎くん。これから長太郎くんのこと、名前で呼んでもいいかな」
え、っとすっとんきょうな声が住宅街に響く。
あ、とかわ、とか汗を飛ばしながら顔を真っ赤にしている長太郎くん。スーーーッと大きく深呼吸したと思ったら、私の手を両手でぎゅっと包み込んできた。
「勿論だよ。こういうことは俺から言うべきなのに、女の子のキミから言わせちゃうなんて。ごめんね詩織さん。俺も、キミのことを名前で呼んでもいい?」
「うん、とっても嬉しい……!ありがとう、長太郎くん」
長太郎くんは私の瞳を見据えて真剣な目で訴えかけてきた。綺麗なアーモンド色の眼をずっと見つめていると、なんだか吸い込まれそうな気持ちになる。
そのままずっと見つめ合っていたら、どちらからともなく笑みがこぼれた。そして手を繋いだまま、またゆっくりと二人並んで道を歩き始めた。
名前で呼び合うだけで、手を繋ぐだけで、ヒトってこんなに幸せな気持ちになれるんだなって思えた。
「詩織さん、次の日曜日なんだけど何か用事は入ってる?」
「?特にないよ」
「そっか、良かった。あのね……あった!」
長太郎くんは片手で器用に鞄を漁って、何かのチケットを二枚取り出した。
「えっと、『東山魁夷画展』?」
「うん。近くの美術館で開催される展覧会なんだ。俺、この人が描く絵が大好きで……発表されたのを見かけたとき、絶対詩織さんと一緒に行きたいって思ってチケット取っておいたんだ。だから次の日曜、一日デートしない?」
「デ、デート?!」
「そう、デート」
綺麗な木々が描かれたチケットを手渡された。それにしたってデート。長太郎くんとデート!何だか物事が良いように進みすぎていて怖いくらいに幸せだ。
そうこうしている内に、交差点に着いてしまった。長太郎くんとはここで別れなきゃいけない。寂しいな……と考えていたら長太郎くんが微笑みながら口を開いた。
「じゃあ、ここでサヨナラだね」
「そうだね」
「そんな寂しそうな顔しないで。帰したくなくなっちゃうから」
「ふふっ……もう、長太郎くんったら」
「あ、もう。笑わないでよ。本気なんだからね」
頬を膨らませて拗ねる長太郎くんが可愛くて、何だか笑えてきてしまった。
「ね、長太郎くん。寝る前にメッセージ送ってもいい?デートでどこ行くかとか、お昼何食べるとか、いっぱい話したい」
「勿論だよ、電話もしよう。お風呂上がったらすぐ連絡するよ」
「うん、うん……!長太郎くん、私今すっごく幸せ」
「俺も。……じゃあね?詩織さん。バイバイ」
「うん!バイバイ!」
さっきまでの寂しさは、少し言葉を交わしただけでどこかへ吹き飛んでしまった。早く長太郎くんの声が聞きたい。
そうして、私は全速力で自宅へと駆けていった。
「なあ宍戸。お前、鳳に何かアドバイスとかしたの?」
「あ?何もしてねえよ」
「お人好しな宍戸が何も言わないとか意外だC」
「なんだよジロー。起きてるなら自分で歩け」
「嫌~」
「アイツ恋愛話とか苦手だし、俺が首突っ込むことじゃねぇしな。ていうかよ、俺が変にアドバイスなんかしなくても長太郎は詩織の事を何よりも大切に思ってるだろうし、自分から何か行動を起こすと思うんだよな」
「買い被りすぎじゃねえの?」
「んな訳ねぇだろ!長太郎はやるときはやる男だぜ!」
「流石ダブルスパートナー。信頼関係半端ないC~」
「……でもま。せっかく両想いになったんだからさあ、幸せになってほしいよな」
「岳人がそんな事言うなんて意外」
「意外だねえ」
「うっせえ」
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