番外編 ー彼らの記憶の欠片ー
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プロローグ
まっさらなノートに書いていく、見慣れない文字。
フォニック文字だ。
オールドランドでは、日常的に使われている文字らしい。
けれど。
日本語に近いわけではない。
どちらかと言えば、英語に似ている……。
――ような気がする。
いや。
正直に言えば、さっぱり分からない。
旅の行く先々で、困ることが少しずつ増えてきた。
看板が読めない。
地図が読めない。
簡単な案内さえ、誰かに聞かなければ分からない。
そんな時。
いつも私を助けてくれたのは、イオン様だった。
第5話「フォニック文字講座」―イオン先生―
「すみません……。分からないです」
机の上に置かれたノートを見つめる。
そこには、イオンが書いてくれたフォニック文字。
文字の隣には、意味も書いてある。
なのに。
頭に入ってこない。
「これは『リンゴ』ですよ」
「ええ……そうなんですか」
「はい」
イオンが、文字を指差す。
「この文字を見たら、『リンゴ』だと思ってください」
「……リンゴ」
「そうです」
「アップル?」
「え?」
「なんて違うかな?」
「ふふ……」
イオンが小さく笑う。
「日本語では、リンゴでしたよね」
「はい」
イオン様には私が使う言葉は日本語だと伝えると、納得してくれた。
やっぱり、優しい。
イオン様。
いや先生だ。
「はい、先生!」
「ふふ‥」
もう一度、文字を見る。
……リンゴ。
「まず、頭の中にリンゴを浮かべてみてください」
「はい」
「赤くて、美味しそうなリンゴです」
「美味しそうな……リンゴ」
「それを食べるためには、どうしますか?」
「えっと……」
少し考える。
「包丁で切って、そのまま食べるか……」
「はい」
「それとも……」
「それとも?」
「焼いて、焼きリンゴにするか」
「……!」
「どっちも好きです!」
「……あ」
イオンが目を瞬かせる。
「確かに……どちらも美味しそうですね」
「イオン様!」
「はい?」
すると、横からアニスが声を上げた。
「待って、頷かない!」
「す、すみません」
「勉強中ですよ!」
「そうでしたね」
イオンは困ったように笑った。
アニスは頷くと。
「では、もう一度」
「はい!」
「この文字を見たら――」
「リンゴ!」
「そうです」
「赤いリンゴ!」
「はい」
「切って食べる!」
「……はい」
「焼きリンゴ!」
「はい」
「美味しい!」
「……」
イオンが黙る。
「イオン様?」
「……なるほど」
「?」
イオンは、少し考えるようにノートを見つめた。
「はるは、文字そのものを覚えるのが苦手なのかもしれませんね」
「……そうなんですか?」
「ええ。でも、意味が分かると、そこから色々と思い出せる」
「……?」
「さっきもそうでした」
イオンが微笑む。
「『リンゴ』という言葉だけでは難しかったのに、実際のリンゴを思い浮かべたら、食べ方まで出てきましたよね」
「あ……」
「もしかすると、はるは――」
イオンはノートに新しい文字を書いた。
「自分が知っているものや、実際に経験したことと結びつけたほうが、覚えやすいのかもしれません」
「……自分が知っているもの」
「はい」
「身近なもの……?」
「そうです」
イオンが頷く。
「では、やり方を変えてみましょう」
「え?」
「文字を覚えるのではなく、まず意味を覚えます」
「意味を?」
「そして、その意味をはる自身の経験に結びつけてみるんです」
「……!」
なんだか。
さっきより分かりそうな気がした。
「じゃあ……やってみたいです!」
「はい。一緒にやりましょう」
イオン様が新しい文字を書く。
「これは『水』です」
「水……」
私は少し考える。
「毎日飲んでます」
「そうですね」
「旅の途中でも飲むし……」
「はい」
「喉が渇いたら飲む」
「その通りです」
「じゃあ、この文字を見たら……水!」
「正解です」
「分かった!」
思わず顔を上げる。
イオンが嬉しそうに笑った。
「ふふ。今度はちゃんと覚えられましたね」
「はい!」
さっきまで、ただの見慣れない文字だったものが。
少しだけ。
意味のあるものに見えてきた。
「イオン様」
「はい?」
「次もお願いします!」
「もちろんです」
「先生よりーーやっぱり、イオン様かな!」
「ふふ‥ありがとうございます」
イオン様は微笑んで、またノートに文字を書いた。
「では、次は――」
「これは『道』です」
「道……?」
はるは考える。
でも今度は、すぐに自分の経験に結びつける。
「旅をするときに歩くところ!」
「そうです」
「じゃあ、道!」
「正解です」
ちょっと嬉しくなって、はるがどんどん答える。
ただ、調子に乗って――
「これは?」
「『森』です」
「森!」
「では、これは?」
「……木?」
「惜しいですね」
アニスが横から、
「はる、さっきから食べ物に結びつけすぎじゃない?」
「え?」
「森って聞いて、木の実とかキノコとか考えてない?」
「……考えました」
「やっぱり! もう!」
「あははっ」
頬を膨らませて、笑うアニス。
はるも釣られて笑った。
そのあと、少し難しい文字が出てきて、はるが黙り込む。
そこでイオンが、
「焦らなくて大丈夫ですよ」
って待ってくれる。
はるはノートを見ながら、自分の経験を思い出す。
ーーそして。
「……あ」
「分かりましたか?」
「これ、前に見た看板に書いてあった文字……?」
「はい。よく覚えていましたね」
ここで初めて「勉強した文字」と「旅の記憶」が繋がる。
最後に翌日、街を歩いていて看板を見る。
今までなら読めなかった文字。
でも今回は――
「……これ、『水』って書いてある」
イオンが振り返る。
「そうです」
「読めた……!」
って、はるが嬉しくなる。
アニスも、
「おおー! やったじゃん!」
って喜ぶ。
イオンは微笑んで。
「ちゃんと身につきましたね」
ーーその日。
私は少しずつ、フォニック文字を覚えていった。
言葉だけではなく。
自分の知っているもの。
自分が経験したこと。
それらと一緒に。
一文字ずつ。
ーー後日。
「そういえば、はる。フォニック文字の勉強、イオン様から教わったんだって?」
「うん!」
「へえ。ずいぶん頑張ったんだな」
「イオン様が教えてくれたの」
「イオン‥先生ってところ、か」
「……?」
「いや。随分と立派な先生だと思ってな」
「違うよ」
私は首を横に振る。
「イオン様は、イオン様だよ」
「……そうか」
ガイは少しだけ笑った。
「はるらしいな」
「?」
「いや、なんでもない」
ーーそんな、小さな出来事があった。
旅の中で覚えた、一つの文字。
それはきっと。
この世界で生きていくための、
最初の一歩だった。
まっさらなノートに書いていく、見慣れない文字。
フォニック文字だ。
オールドランドでは、日常的に使われている文字らしい。
けれど。
日本語に近いわけではない。
どちらかと言えば、英語に似ている……。
――ような気がする。
いや。
正直に言えば、さっぱり分からない。
旅の行く先々で、困ることが少しずつ増えてきた。
看板が読めない。
地図が読めない。
簡単な案内さえ、誰かに聞かなければ分からない。
そんな時。
いつも私を助けてくれたのは、イオン様だった。
第5話「フォニック文字講座」―イオン先生―
「すみません……。分からないです」
机の上に置かれたノートを見つめる。
そこには、イオンが書いてくれたフォニック文字。
文字の隣には、意味も書いてある。
なのに。
頭に入ってこない。
「これは『リンゴ』ですよ」
「ええ……そうなんですか」
「はい」
イオンが、文字を指差す。
「この文字を見たら、『リンゴ』だと思ってください」
「……リンゴ」
「そうです」
「アップル?」
「え?」
「なんて違うかな?」
「ふふ……」
イオンが小さく笑う。
「日本語では、リンゴでしたよね」
「はい」
イオン様には私が使う言葉は日本語だと伝えると、納得してくれた。
やっぱり、優しい。
イオン様。
いや先生だ。
「はい、先生!」
「ふふ‥」
もう一度、文字を見る。
……リンゴ。
「まず、頭の中にリンゴを浮かべてみてください」
「はい」
「赤くて、美味しそうなリンゴです」
「美味しそうな……リンゴ」
「それを食べるためには、どうしますか?」
「えっと……」
少し考える。
「包丁で切って、そのまま食べるか……」
「はい」
「それとも……」
「それとも?」
「焼いて、焼きリンゴにするか」
「……!」
「どっちも好きです!」
「……あ」
イオンが目を瞬かせる。
「確かに……どちらも美味しそうですね」
「イオン様!」
「はい?」
すると、横からアニスが声を上げた。
「待って、頷かない!」
「す、すみません」
「勉強中ですよ!」
「そうでしたね」
イオンは困ったように笑った。
アニスは頷くと。
「では、もう一度」
「はい!」
「この文字を見たら――」
「リンゴ!」
「そうです」
「赤いリンゴ!」
「はい」
「切って食べる!」
「……はい」
「焼きリンゴ!」
「はい」
「美味しい!」
「……」
イオンが黙る。
「イオン様?」
「……なるほど」
「?」
イオンは、少し考えるようにノートを見つめた。
「はるは、文字そのものを覚えるのが苦手なのかもしれませんね」
「……そうなんですか?」
「ええ。でも、意味が分かると、そこから色々と思い出せる」
「……?」
「さっきもそうでした」
イオンが微笑む。
「『リンゴ』という言葉だけでは難しかったのに、実際のリンゴを思い浮かべたら、食べ方まで出てきましたよね」
「あ……」
「もしかすると、はるは――」
イオンはノートに新しい文字を書いた。
「自分が知っているものや、実際に経験したことと結びつけたほうが、覚えやすいのかもしれません」
「……自分が知っているもの」
「はい」
「身近なもの……?」
「そうです」
イオンが頷く。
「では、やり方を変えてみましょう」
「え?」
「文字を覚えるのではなく、まず意味を覚えます」
「意味を?」
「そして、その意味をはる自身の経験に結びつけてみるんです」
「……!」
なんだか。
さっきより分かりそうな気がした。
「じゃあ……やってみたいです!」
「はい。一緒にやりましょう」
イオン様が新しい文字を書く。
「これは『水』です」
「水……」
私は少し考える。
「毎日飲んでます」
「そうですね」
「旅の途中でも飲むし……」
「はい」
「喉が渇いたら飲む」
「その通りです」
「じゃあ、この文字を見たら……水!」
「正解です」
「分かった!」
思わず顔を上げる。
イオンが嬉しそうに笑った。
「ふふ。今度はちゃんと覚えられましたね」
「はい!」
さっきまで、ただの見慣れない文字だったものが。
少しだけ。
意味のあるものに見えてきた。
「イオン様」
「はい?」
「次もお願いします!」
「もちろんです」
「先生よりーーやっぱり、イオン様かな!」
「ふふ‥ありがとうございます」
イオン様は微笑んで、またノートに文字を書いた。
「では、次は――」
「これは『道』です」
「道……?」
はるは考える。
でも今度は、すぐに自分の経験に結びつける。
「旅をするときに歩くところ!」
「そうです」
「じゃあ、道!」
「正解です」
ちょっと嬉しくなって、はるがどんどん答える。
ただ、調子に乗って――
「これは?」
「『森』です」
「森!」
「では、これは?」
「……木?」
「惜しいですね」
アニスが横から、
「はる、さっきから食べ物に結びつけすぎじゃない?」
「え?」
「森って聞いて、木の実とかキノコとか考えてない?」
「……考えました」
「やっぱり! もう!」
「あははっ」
頬を膨らませて、笑うアニス。
はるも釣られて笑った。
そのあと、少し難しい文字が出てきて、はるが黙り込む。
そこでイオンが、
「焦らなくて大丈夫ですよ」
って待ってくれる。
はるはノートを見ながら、自分の経験を思い出す。
ーーそして。
「……あ」
「分かりましたか?」
「これ、前に見た看板に書いてあった文字……?」
「はい。よく覚えていましたね」
ここで初めて「勉強した文字」と「旅の記憶」が繋がる。
最後に翌日、街を歩いていて看板を見る。
今までなら読めなかった文字。
でも今回は――
「……これ、『水』って書いてある」
イオンが振り返る。
「そうです」
「読めた……!」
って、はるが嬉しくなる。
アニスも、
「おおー! やったじゃん!」
って喜ぶ。
イオンは微笑んで。
「ちゃんと身につきましたね」
ーーその日。
私は少しずつ、フォニック文字を覚えていった。
言葉だけではなく。
自分の知っているもの。
自分が経験したこと。
それらと一緒に。
一文字ずつ。
ーー後日。
「そういえば、はる。フォニック文字の勉強、イオン様から教わったんだって?」
「うん!」
「へえ。ずいぶん頑張ったんだな」
「イオン様が教えてくれたの」
「イオン‥先生ってところ、か」
「……?」
「いや。随分と立派な先生だと思ってな」
「違うよ」
私は首を横に振る。
「イオン様は、イオン様だよ」
「……そうか」
ガイは少しだけ笑った。
「はるらしいな」
「?」
「いや、なんでもない」
ーーそんな、小さな出来事があった。
旅の中で覚えた、一つの文字。
それはきっと。
この世界で生きていくための、
最初の一歩だった。
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