第一部「ガイと出会い、仲間たちと旅をする」
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第二十話「不穏な影 ー探り合う者たちー」
船の中からナタリアが姿を現した。
「皆様、どうしたんですか。」
何かあったのかと、心配そうにみんなの顔を覗き込む。
「えっ、ナタリア。今、気づいたのか?」
「えー、だから言ったんですよ。お城の中と、外は違うし。」
「まあ、何を言いますか! 私は、キムラスカの王女ナタリアです! この両国の和平条件という大事な時に、王女の私が行かなくてはと思って来たんですよ!」
仁王立ちになり、腰に手を当てるナタリア。
その高圧的とも取れる態度に、アニスは露骨に嫌悪感を露わにする。
「ちっ、何、このムカつく態度。」
「――あの、アニス。ここはまだルークもいますし、その辺で……」
イオンがアニスをそっと諭すが、彼女のイライラは収まらない。
「全く、本当になんなの……あっ」
しまった。という風にルークの視線に気づくと。
アニスは慌てて体を揺らし、媚びるように腕を組んだ。
「はぁーなんだ。騒がしいな。」
「ルーク様ぁ! このナタリアがいじめるよぉ。」
「まあ、ルーク! あなたは私の婚約者ですのよ!?」
ナタリアを怒らせたアニスがルークを巻き込み、甲板の上は一気に収拾がつかなくなっていく。
「……ナタリア様、もういいから。」
「ガイ! あなたもルークを甘やかすから!」
「あっ……」
ガイは「しまった」というような顔をした。
「やばいな……。」
ナタリアの、王女としての気高さと幼馴染ゆえの容赦のなさに、ガイは苦笑いを浮かべながらジリジリと後退りする。
女性恐怖症の彼にとって、幼少期から知っているナタリアは「平気な相手」のはずだが、それでも彼女の凄まじい剣幕にはタジタジだった。
「ちょっとルーク! あなた、私の話を聞いていますの!?」
「あーもう、うるっせえな! なんだよ! 急に出てきて偉そうに!」
「ルーク!ナタリア様、落ち着いて。」
「まあ、ルーク。私と言う婚約者がいながら。あなた2人の女性相手になんですの!」
ーーティアは場を収めようとしたが。
さらに、わあわあと騒がしくなる。
甲板の様子を、ジェイドは相変わらず胡散臭い笑みを浮かべながら眺めている。
アニスはルークの後ろでナタリアに向かって、べーっと舌を出している。
イオンがオロオロとそれを宥めようとする中、はるは杖を抱え直しながら、密かにその光景を見つめていた。
(なんて、平和で……賑やかだ……。)
ゲームの画面越しではない、目の前の生々しくも愛おしい日常に、ほんの少しだけ楽しむ余裕さえ生まれていた。
――しかし、そんな喧騒の最中。
ふっと、タルタロスの周囲の空気が変わった。
重厚で、圧倒的な存在感を放つ、第七音素(セブンスフォニム)の波動か。
はるの耳がその音を捉えた瞬間、背筋に冷たい戦慄が走る。
(このフォニムの響き……間違いない。来るんだ――!)
「――何やら、随分と賑やかなようだな」
低く、よく通る厳格な声が響き渡る。
一行がハッとして声のする方へと、視線を向けると。
そこには、オラクル騎士団の軍服を身に纏い、堂々たる体躯で歩み寄ってくる男の姿があった。
六神将を束ねる主席総長であり、ルークの剣の師。
ヴァン・グランツ――。
「ヴァン師匠!!」
それまでナタリアと口論していたルークの顔が、一瞬でパッと輝いた。
まるで、待ち焦がれた親を見つけた子供のように、ルークは嬉しさを爆発させてヴァンの元へと駆け寄る。
「師匠、本当に来てくれたんだな! どこに行ってたんだよ、心配したんだぞ!」
「すまないな、ルーク。色々と処理せねばならん雑務があってね。だが、無事で何よりだ」
ヴァンはふっと目を細め、ルークの頭に優しく手を置いた。その様子は、どこからどう見ても、不器用ながらも愛弟子を心から案じる「良き師」そのものだった。
ルークが本当に嬉しそうに、誇らしげに笑っている。
その笑顔を見れば見るほど、はるの胸は締め付けられるように痛んだ。
(ルークは、あんなにヴァン総長を信じ切っている……。なのにこの人は、あの計画を持って……これからルークは……!)
そう、ヴァンがルークに向ける視線の裏にある、冷酷な計画。
世界を崩落させ、レプリカで満たそうとするその狂気。
そして、いずれ訪れる――アクゼリュスの崩壊。
恐怖で指先が震えそうになるのを、はるはぎゅっと拳を握りしめて堪えた。
絶対に、あの悲劇を繰り返させてはいけない。
原作の展開を知っている自分がここにいるなら、未来を変えてみせる。
そんなはるの強い決意と、隠しきれない警戒の視線に気づいたのか――。
ヴァンはルークの髪を撫でていた手を下ろすと、ゆっくりと視線を動かし、ジェイド、そして―― はるの方へと、その冷徹な眼差しを向けた。
「……お初にお目にかかる。私がオラクル領主軍主席総長、ヴァン・グランツだ。我が愛弟子が世話になっているようだな。」
ヴァンの目が、はるを真っ直ぐに捉える。
すべてを見透かすようなジェイドの視線とはまた違う、世界のすべてを品定めするような重苦しい圧迫感に、はるは息を呑んだ。
「……えっ、あの……」
「そう緊張せずとも良い。名前は?」
「師匠!こいつははるってんだ! ーー‥‥さっきの戦いもよくわからねーけど、敵の場所が何故か解るっつーか、すごいんだぞ!」
「ほう……それは聞いたことがないな。貴女は、第七音素(セブンスフォニム)の素養がありそうだが」
「そうだろ! 俺たちと一緒だ!」
嬉しそうに話すルークとは裏腹に、ヴァンの目は興味深げに細められる。
その尋常ではない探りように、ガイがすっと間に割って入った。
「ええっと……彼女は民間人です。町まで護衛するために、皆には無理を言って、彼女に付いて来てもらって。」
「また先程の戦いも〝運が良かったから”ということでして‥‥。」
「ガイ、何言ってんだ? はるが一緒に来たいって言うから、特別に行くことになったじゃないか。」
ルークは不思議そうに眉をひそめる。
しかしガイは、ルークの言葉を受け流すように、あえておどけた風に肩をすくめて見せた。
「お前なぁ、はるは譜術士でもなけりゃ、俺たちみたいに剣が振れるわけでもないんだぞ。
普通の女性だ。戦場に巻き込まれたら危ないだろ。
今回のタルタロスでの件だって、たまたま上手くいっただけさ。」
ガイの声は軽かったが、その目は一切笑っていなかった。
ヴァンの油断ならない本性や背後にある危険性を本能的に察知し、はるをこれ以上ヴァンの関心から遠ざけようと、必死に壁になろうとしてくれている。
「ふむ……。」
ヴァンは顎に手を当て、深く、探るような声を漏らした。
その視線は、ガイの言葉を額面通りには受け取っていないようで、はるの魂の奥底まで見透かそうとするかのように鋭い。
「しかし、戦えない者が、敵の正確な動向をフォニムの音で察知した、か……。実に興味深いな。第七音素の異能、あるいは――」
ヴァンがそこまで言いかけた時、それまで静観していたジェイドが、コツンと靴音を響かせて一歩前に出た。
「おや、主席総長。我が国の大事な親善大使を前にして、一人の女性に随分とご執心のようですね。まずは今後の航路についての話し合いが先決かと思いますが?」
いつもと変わらない、貼り付けたような胡散臭い笑み。
しかし、その声音には明確な牽制が含まれていた。
ジェイドにとっても、はるは「謎の多い警戒対象」ではあるが、それをオラクル騎士団のトップであるヴァンに下調べされるのは面白くないのだろう。
二人の視線が、空中で火花を散らす。
その重苦しい空気に、ルークも。
「なんだよ、みんなしてピリピリしやがって。」
と、居心地悪そうに首をすくめた。
ヴァンはフッと表情を和らげ、視線をはるから外した。
「……失礼した。ネクロマンサー大佐。」
「確かにその通りだ。ルーク、それにナタリア王女殿下、イオン様。皆さんが無事で本当に良かった。これより、我々の進むべき道について、船内で改めて話をすり合わせましょう。」
ヴァンのその言葉で、ようやく甲板を支配していた張り詰めた空気が和らいだ。
「これから先に進みますのね。」
とナタリアがフンスと鼻を鳴らし、アニスがその後ろで小さく舌を出す。
一行がゾロゾロと船内へ移動し始める中、はるはその場に立ち尽くしていた。
背中には、ぐっしょりと冷たい汗が張り付いている。
(助かった……。)
(ガイ、それにジェイド大佐も……本当にありがとう……。)
心の中で激しく感謝していると、最後尾を歩いていたガイが、すれ違いざまに――キラッと、はるに向かってウィンクしてみせた。
(!!)
(もしかして、今のは……私が生で見逃してしまった、あのゲームの初登場シーンで見たっていう、幻のウィンク……!?)
「大丈夫か? 顔色が真っ青だぜ。」
本気で心配してくれているガイをよそに、はるの脳内にはあの爽やかな初登場シーンが鮮烈に過っていた。
「あっ、いや……。ちょっと、圧倒されてしまって……」
内心は、はじめて彼を見たあの頃のファンとしてのときめきが蘇ってしまい、胸が激しくざわついている。
心配してもらっているというのに、不謹慎で情けない。しかし、一度上がってしまったテンションはなかなか落ち着かなかった。
「無理もないさ。あの人が放つ威圧感は特別だからな。……だけど、安心しろ。何があっても、俺がお前を守ってやるからさ。」
ガイはいつもの優しい言葉に添えて、ロイヤルブルーの瞳で再び悪戯っぽくウィンクしてみせた。
その温かさに、はるの凍りつきそうだった心がじんわりと解けていく。
――しかし。船内の薄暗い通路へと足を踏み入れ、前方を歩くヴァンの大きな背中を見つめるはるの瞳からは、警戒の光は消えなかった。
あの背中の向こうには、世界を滅ぼさんとする狂気と、そして――ルークを待ち受ける地獄のような罠が隠されている。
(ヴァン……。あなたは本当に強くて、ルークにとっては大切な師匠。)
(だけど、私は絶対に、あなたの思い通りにはさせない。この物語の結末を、私は変えてみせる……!)
胸の中で、誰にも言えない強い決意をより一層深く固めるはる。
……固めた、はずだったのだが。
(――いや、それはそれとして、待って。)
(贅沢を言わせてもらえるなら、ゲームのあの『ガイ様華麗に登場!』のシーン、やっぱり生で見たすぎたんだけど……!
神様お願いです、いつかあの華麗な登場シーンを私に見せてください……!)
緊迫した状況から一転、心の中で密かに「推しへの本音」を炸裂させ、頭を抱えて悶絶しそうになるはるなのであった。
船の中からナタリアが姿を現した。
「皆様、どうしたんですか。」
何かあったのかと、心配そうにみんなの顔を覗き込む。
「えっ、ナタリア。今、気づいたのか?」
「えー、だから言ったんですよ。お城の中と、外は違うし。」
「まあ、何を言いますか! 私は、キムラスカの王女ナタリアです! この両国の和平条件という大事な時に、王女の私が行かなくてはと思って来たんですよ!」
仁王立ちになり、腰に手を当てるナタリア。
その高圧的とも取れる態度に、アニスは露骨に嫌悪感を露わにする。
「ちっ、何、このムカつく態度。」
「――あの、アニス。ここはまだルークもいますし、その辺で……」
イオンがアニスをそっと諭すが、彼女のイライラは収まらない。
「全く、本当になんなの……あっ」
しまった。という風にルークの視線に気づくと。
アニスは慌てて体を揺らし、媚びるように腕を組んだ。
「はぁーなんだ。騒がしいな。」
「ルーク様ぁ! このナタリアがいじめるよぉ。」
「まあ、ルーク! あなたは私の婚約者ですのよ!?」
ナタリアを怒らせたアニスがルークを巻き込み、甲板の上は一気に収拾がつかなくなっていく。
「……ナタリア様、もういいから。」
「ガイ! あなたもルークを甘やかすから!」
「あっ……」
ガイは「しまった」というような顔をした。
「やばいな……。」
ナタリアの、王女としての気高さと幼馴染ゆえの容赦のなさに、ガイは苦笑いを浮かべながらジリジリと後退りする。
女性恐怖症の彼にとって、幼少期から知っているナタリアは「平気な相手」のはずだが、それでも彼女の凄まじい剣幕にはタジタジだった。
「ちょっとルーク! あなた、私の話を聞いていますの!?」
「あーもう、うるっせえな! なんだよ! 急に出てきて偉そうに!」
「ルーク!ナタリア様、落ち着いて。」
「まあ、ルーク。私と言う婚約者がいながら。あなた2人の女性相手になんですの!」
ーーティアは場を収めようとしたが。
さらに、わあわあと騒がしくなる。
甲板の様子を、ジェイドは相変わらず胡散臭い笑みを浮かべながら眺めている。
アニスはルークの後ろでナタリアに向かって、べーっと舌を出している。
イオンがオロオロとそれを宥めようとする中、はるは杖を抱え直しながら、密かにその光景を見つめていた。
(なんて、平和で……賑やかだ……。)
ゲームの画面越しではない、目の前の生々しくも愛おしい日常に、ほんの少しだけ楽しむ余裕さえ生まれていた。
――しかし、そんな喧騒の最中。
ふっと、タルタロスの周囲の空気が変わった。
重厚で、圧倒的な存在感を放つ、第七音素(セブンスフォニム)の波動か。
はるの耳がその音を捉えた瞬間、背筋に冷たい戦慄が走る。
(このフォニムの響き……間違いない。来るんだ――!)
「――何やら、随分と賑やかなようだな」
低く、よく通る厳格な声が響き渡る。
一行がハッとして声のする方へと、視線を向けると。
そこには、オラクル騎士団の軍服を身に纏い、堂々たる体躯で歩み寄ってくる男の姿があった。
六神将を束ねる主席総長であり、ルークの剣の師。
ヴァン・グランツ――。
「ヴァン師匠!!」
それまでナタリアと口論していたルークの顔が、一瞬でパッと輝いた。
まるで、待ち焦がれた親を見つけた子供のように、ルークは嬉しさを爆発させてヴァンの元へと駆け寄る。
「師匠、本当に来てくれたんだな! どこに行ってたんだよ、心配したんだぞ!」
「すまないな、ルーク。色々と処理せねばならん雑務があってね。だが、無事で何よりだ」
ヴァンはふっと目を細め、ルークの頭に優しく手を置いた。その様子は、どこからどう見ても、不器用ながらも愛弟子を心から案じる「良き師」そのものだった。
ルークが本当に嬉しそうに、誇らしげに笑っている。
その笑顔を見れば見るほど、はるの胸は締め付けられるように痛んだ。
(ルークは、あんなにヴァン総長を信じ切っている……。なのにこの人は、あの計画を持って……これからルークは……!)
そう、ヴァンがルークに向ける視線の裏にある、冷酷な計画。
世界を崩落させ、レプリカで満たそうとするその狂気。
そして、いずれ訪れる――アクゼリュスの崩壊。
恐怖で指先が震えそうになるのを、はるはぎゅっと拳を握りしめて堪えた。
絶対に、あの悲劇を繰り返させてはいけない。
原作の展開を知っている自分がここにいるなら、未来を変えてみせる。
そんなはるの強い決意と、隠しきれない警戒の視線に気づいたのか――。
ヴァンはルークの髪を撫でていた手を下ろすと、ゆっくりと視線を動かし、ジェイド、そして―― はるの方へと、その冷徹な眼差しを向けた。
「……お初にお目にかかる。私がオラクル領主軍主席総長、ヴァン・グランツだ。我が愛弟子が世話になっているようだな。」
ヴァンの目が、はるを真っ直ぐに捉える。
すべてを見透かすようなジェイドの視線とはまた違う、世界のすべてを品定めするような重苦しい圧迫感に、はるは息を呑んだ。
「……えっ、あの……」
「そう緊張せずとも良い。名前は?」
「師匠!こいつははるってんだ! ーー‥‥さっきの戦いもよくわからねーけど、敵の場所が何故か解るっつーか、すごいんだぞ!」
「ほう……それは聞いたことがないな。貴女は、第七音素(セブンスフォニム)の素養がありそうだが」
「そうだろ! 俺たちと一緒だ!」
嬉しそうに話すルークとは裏腹に、ヴァンの目は興味深げに細められる。
その尋常ではない探りように、ガイがすっと間に割って入った。
「ええっと……彼女は民間人です。町まで護衛するために、皆には無理を言って、彼女に付いて来てもらって。」
「また先程の戦いも〝運が良かったから”ということでして‥‥。」
「ガイ、何言ってんだ? はるが一緒に来たいって言うから、特別に行くことになったじゃないか。」
ルークは不思議そうに眉をひそめる。
しかしガイは、ルークの言葉を受け流すように、あえておどけた風に肩をすくめて見せた。
「お前なぁ、はるは譜術士でもなけりゃ、俺たちみたいに剣が振れるわけでもないんだぞ。
普通の女性だ。戦場に巻き込まれたら危ないだろ。
今回のタルタロスでの件だって、たまたま上手くいっただけさ。」
ガイの声は軽かったが、その目は一切笑っていなかった。
ヴァンの油断ならない本性や背後にある危険性を本能的に察知し、はるをこれ以上ヴァンの関心から遠ざけようと、必死に壁になろうとしてくれている。
「ふむ……。」
ヴァンは顎に手を当て、深く、探るような声を漏らした。
その視線は、ガイの言葉を額面通りには受け取っていないようで、はるの魂の奥底まで見透かそうとするかのように鋭い。
「しかし、戦えない者が、敵の正確な動向をフォニムの音で察知した、か……。実に興味深いな。第七音素の異能、あるいは――」
ヴァンがそこまで言いかけた時、それまで静観していたジェイドが、コツンと靴音を響かせて一歩前に出た。
「おや、主席総長。我が国の大事な親善大使を前にして、一人の女性に随分とご執心のようですね。まずは今後の航路についての話し合いが先決かと思いますが?」
いつもと変わらない、貼り付けたような胡散臭い笑み。
しかし、その声音には明確な牽制が含まれていた。
ジェイドにとっても、はるは「謎の多い警戒対象」ではあるが、それをオラクル騎士団のトップであるヴァンに下調べされるのは面白くないのだろう。
二人の視線が、空中で火花を散らす。
その重苦しい空気に、ルークも。
「なんだよ、みんなしてピリピリしやがって。」
と、居心地悪そうに首をすくめた。
ヴァンはフッと表情を和らげ、視線をはるから外した。
「……失礼した。ネクロマンサー大佐。」
「確かにその通りだ。ルーク、それにナタリア王女殿下、イオン様。皆さんが無事で本当に良かった。これより、我々の進むべき道について、船内で改めて話をすり合わせましょう。」
ヴァンのその言葉で、ようやく甲板を支配していた張り詰めた空気が和らいだ。
「これから先に進みますのね。」
とナタリアがフンスと鼻を鳴らし、アニスがその後ろで小さく舌を出す。
一行がゾロゾロと船内へ移動し始める中、はるはその場に立ち尽くしていた。
背中には、ぐっしょりと冷たい汗が張り付いている。
(助かった……。)
(ガイ、それにジェイド大佐も……本当にありがとう……。)
心の中で激しく感謝していると、最後尾を歩いていたガイが、すれ違いざまに――キラッと、はるに向かってウィンクしてみせた。
(!!)
(もしかして、今のは……私が生で見逃してしまった、あのゲームの初登場シーンで見たっていう、幻のウィンク……!?)
「大丈夫か? 顔色が真っ青だぜ。」
本気で心配してくれているガイをよそに、はるの脳内にはあの爽やかな初登場シーンが鮮烈に過っていた。
「あっ、いや……。ちょっと、圧倒されてしまって……」
内心は、はじめて彼を見たあの頃のファンとしてのときめきが蘇ってしまい、胸が激しくざわついている。
心配してもらっているというのに、不謹慎で情けない。しかし、一度上がってしまったテンションはなかなか落ち着かなかった。
「無理もないさ。あの人が放つ威圧感は特別だからな。……だけど、安心しろ。何があっても、俺がお前を守ってやるからさ。」
ガイはいつもの優しい言葉に添えて、ロイヤルブルーの瞳で再び悪戯っぽくウィンクしてみせた。
その温かさに、はるの凍りつきそうだった心がじんわりと解けていく。
――しかし。船内の薄暗い通路へと足を踏み入れ、前方を歩くヴァンの大きな背中を見つめるはるの瞳からは、警戒の光は消えなかった。
あの背中の向こうには、世界を滅ぼさんとする狂気と、そして――ルークを待ち受ける地獄のような罠が隠されている。
(ヴァン……。あなたは本当に強くて、ルークにとっては大切な師匠。)
(だけど、私は絶対に、あなたの思い通りにはさせない。この物語の結末を、私は変えてみせる……!)
胸の中で、誰にも言えない強い決意をより一層深く固めるはる。
……固めた、はずだったのだが。
(――いや、それはそれとして、待って。)
(贅沢を言わせてもらえるなら、ゲームのあの『ガイ様華麗に登場!』のシーン、やっぱり生で見たすぎたんだけど……!
神様お願いです、いつかあの華麗な登場シーンを私に見せてください……!)
緊迫した状況から一転、心の中で密かに「推しへの本音」を炸裂させ、頭を抱えて悶絶しそうになるはるなのであった。
