ハジジュ -短編集-
大掃除、お節料理の準備、年越しそば、餅つき。
新年を迎える為に、やるべき事を全てやり終えた。
そして、みんなと騒いで年越しをし、初日の出を見に行って、その後に初詣に向かい、成人組はお酒を飲んで、未成年組は甘酒を飲んで過ごした。
みんなと過ごしたのは楽しかったが、今年は他の企画をジューゴは用意していた。
「と、いうわけで行くぞ」
「はっ?」
大きなカバンを持ってそう言うジューゴに、コタツで九と一緒に横になっていたハジメは首を傾げた。
この二日間、大晦日から元旦までウノの他に色んな人々がジューゴとハジメの家へお邪魔し、お祭り騒ぎをしていた。それはもう近所迷惑になるのではないかというくらい、どんちゃん騒ぎをして、その翌日には台風が去ったかの様なゴミを置いていき、それぞれ母国へと帰っていった。
最初は残っていた星太郎と大和家族が手伝うと言ったが、それぞれ用事がある筈だとハジメは断り、ようやくひと段落して落ち着いて寝そべっていた。
それが今度は同棲している恋人が何か言い出し、正直言ってハジメはこれ以上、トラブルに巻き込まれたくはなかった。
「一応聞くが。何処へ行くつもりなんだ」
「熱海!」
「はぁっ!?」
まさかそんな事を言い出すとは思っていなかったハジメはつい上ずった声を上げると、ジューゴはしてやったりと笑い、ポケットから二枚の紙を見せる。
「熱海温泉で一泊二日旅行だ!もちろん、ペット可だからクーも行ける!」
「な~う!」
「おっ!嬉しいかクー?」
ジューゴの問い掛けに答えるように鳴く九は、コタツから出てきてジューゴの元へと近寄り、そしてペット用の籠の中へと入って行った。
「行く気満々か」
軽く溜息をついたハジメは一人と一匹に見つめられている事に、どうしたものかと眉間に指を当てて解す様に揉み込む。
「わかった……さっさと行くぞ」
コタツから出てきたハジメは後頭部に手を当て、軽く掻きながらジューゴの元へと近寄ると、ジューゴは目を輝かせながらハジメの腕を掴む。
「おうっ!ハジメの荷物も用意してるからな!」
「お前がやったのか?」
「いや、星太郎に手伝ってもらった!」
ニカッと笑いながら答えるジューゴに、ハジメはデコピンをしたのであった。
◇◇◇
「とりあえず熱海に着いたけど、気になる店とかあった?」
煌めく海を眺めた後、ジューゴは隣に並んでいるハジメに問い掛けると、ハジメはとあるお店の方へ指差して口を開いた。
「温泉饅頭を食べるか」
「了解!」
敬礼ポーズをとったジューゴはカバンを持ち上げ、ハジメが指差していた方のお店へと向かって行った。
「おい!そんなに急いでるとこけるぞ!」
「ふぎゃっ!」
ハジメの忠告はむなしく無駄に終わり、目の前で盛大にずっこけたジューゴに重たい溜息をついた。
「言った早々にずっこけるなバカ」
「バカって言うな!しょーがねーじゃん。まだ、うまくバランスが取れないんだよ」
右手を振りながら、黒い枷がないのをハジメに見せながら、ジューゴはゆっくり立ち上がって怪我がないか確認をする。
「まだ慣れねーのか」
「長い付き合いだったしな。やっぱ、感覚がおかしい時もあるな」
どうにか枷を外せられないか、一舎の主任である兎万兎と科学部長である飾との協力によって、試行錯誤と何度もの繰り返した結果、ついに枷を外す事に成功した。
同じ枷をつけられていたザクロも無事に外れ、自由の身になったザクロは世界を見て回りたいと言い、現在は色んな国へと旅歩きをしている。
一方、ジューゴはというと、枷が外れた瞬間にハジメから結婚前提のお付き合いを申し込まれ、ジューゴはそれを受け入れ同棲をしていた。
それを思い出しながら怪我がない事を確認したジューゴは、ズボンについた砂を叩き落としていると、目の前にハジメの手が差し出された。
「ほら、掴まれ」
「なんで」
「また目の前でずっこけられたら困る」
「ガキ扱いすんなよ」
少し頬を膨らませるジューゴだが、差し出された手を素直に繋いで握り締める。
「なら、恋人繋ぎをご所望か?」
「ばっ!ばっかじゃねーの!」
トマトの様に真っ赤に染め上げたジューゴは声を上げ、明後日の方角へと顔を向けて黙りこんだ。
流石に言い過ぎたかとハジメはそう思っていたが、耳まで赤くなっているジューゴを見て、自然と笑みをこぼして手に力を入れる。
「おら、さっさと買いに行くぞ」
「お、おう……」
ハジメに手を引っ張られ、ジューゴはその後を歩いてお店へと向かっていった。
「これが温泉饅頭か」
目の前で蒸している籠から饅頭のいい香りが漂い、ジューゴは自然と目を輝かせながらよだれを垂らして
いた。
「よだれ」
「っ!」
ハジメの指摘に我に返ったジューゴは、垂れていたよだれを服の袖で拭い取った。
その姿を眺めていたハジメは、前までは食べ物等。そんなに興味を示していなかったジューゴが、こうして興味を抱いて好奇心が育まれている事に嬉しさを感じた。
「あらあら、よだれを出すほどだなんて嬉しいじゃないかい!」
販売しているおばちゃんは嬉しそうに声を出しながら接客すると、ハジメは財布を取り出して注文をする。
「温泉饅頭を二つ頼めるか」
「あいよ!出来立てのをあげるからちょいと待ってちょうだい!」
そう言っておばちゃんは湯気がたっている饅頭を紙袋へと入れ、笑顔を向けながらジューゴへと手渡した。
「熱いから気を付けて食べるんだよ!」
「あ、ありがとう」
受け取った紙袋は暖かく、ジューゴは手から感じる温もりに微笑んでいると、会計を済ませたハジメは近くにあったベンチの方へと指差した。
「あそこのベンチで食べるか」
「別に食べ歩きでもいいじゃんか」
「お前が舌を火傷して饅頭を地面に落とすのに一票」
「なーう」
ハジメの言葉に賛同するように鳴いた九に、そこまで自分がドジするのかとジューゴは肩を落とした。
だが、確かに紙袋から感じる熱は、猫舌であるジューゴにとっては確実に火傷すると目に見えた。
そう考えると少し虚しく感じたが、せっかくおばちゃんが作ったものを落とすのは心苦しく感じたジューゴは、大人しくベンチへと向かって座り込んだ。
「これ食べたら、旅館に行ってチェックインするからな」
「そうだな。ちょうどいい時間だしな」
「なう!」
ジューゴは紙袋から饅頭を取り出すと、指先から来た熱さに驚き手を離す。
「あっちぃ!」
ヒリヒリ痛む指先を振り、悲痛を叫ぶジューゴはつい紙袋を手放してしまう。
「やべっ!」
落ちていく紙袋にジューゴは慌てて取ろうとすると、先にハジメがその紙袋を掴み取り地面へと落ちずにすんだ。
「あっぶねぇな!」
「ハジメ!ナイスキャッチ!」
親指を立てて褒めるジューゴに反省の色はなく、ハジメは溜息しながらジューゴの額にデコピンをした。
「反省しろ」
「悪かったよ……」
ヒリヒリ痛む額を擦りながら涙目で謝るジューゴは少し唇を尖らせており、あまり反省していない事が伝わったハジメはグッと拳を作り上げる。
「拳骨がよかったか?」
「よくない!」
両手で頭をかばうようにして怒るジューゴに、また溜息をついたハジメは紙袋から饅頭を取り出してジューゴへと手渡す。
「この寒さだ。すぐに冷めると思うからゆっくり食え」
「わかった」
受け取ったジューゴは、さっきより熱くなくなっている饅頭をパクリと食べる。
ふっくらな生地に、中にある餡はしっとりとしていて仄かに熱があり、ジューゴはハフハフと金魚の口の様に何度か開けたり閉じたりを繰り返していた。
「美味しい!」
「そりゃよかったな」
「クーは食べられるかな」
「饅頭の皮なら大丈夫だろ」
口を開けて待っている九に、ジューゴは饅頭を切り離して一部の皮を九の口の中へと入れる。
「うまいか、クー?」
軽く尻尾を振って返事をする九に、嬉しそうに笑いながらもう一切れ九にあげるジューゴ。
その光景を眺めていたハジメも饅頭を食べ、口の中に広がる甘さを味わいながらジューゴが食べ終わるのを待っていた。
「双六様ですね。お待ちしておりました。お部屋へご案内いたします」
笑顔を向けてお出迎えしたホテルの従業員は、部屋を案内して室内について軽く説明をし始めた。
説明途中でジューゴと九は部屋の中を探索し始め、結局はハジメ一人で従業員からの説明を聞いており、説明を終えた従業員はハジメに向けて微笑み掛けた。
「とても素敵な恋人ですね」
「えっ?」
「実は私が予約担当を受け持ったんですけど、当時のジューゴ様はとても緊張しており、可愛らしい方だと思っていたんですよ」
ふふふっと振り袖に口元に当てて笑った従業員は、その時の事を思い出しているのだろう、楽しそうに語りながらジューゴの方へ視線を向けた後、ハジメの方へと視線を向ける。
「恋人の為に、思い出に残る旅行にしたいと仰っておりました」
そう言って従業員は軽くお辞儀をして引き戸に手を掛ける。
「それでは、ごゆっくりお過ごしください」
笑顔を向けて閉めた従業員に、残されたハジメは室内へと入っていきジューゴの元へと近づく。
背後に立っているハジメの気配を感じたジューゴは笑顔を向け、ベランダの先にある景色を指差した。
「ハジメ!すっげぇここの眺めいいぞ!」
ベランダの先にある広がる海の眺めにジューゴは少し興奮状態で話しており、その表情が愛おしく感じたハジメはジューゴの腕を掴んで自身の胸元へと引き寄せて抱き締めた。
「ちょっ!ハジメ!?」
突然抱き締められ、ジューゴは驚いた表情をして頬を赤く染め上げていたが、耳元から聞こえるハジメの心音に少しずつ力が抜けていき、そして腕をハジメの背中へと回して抱き返した。
「珍しいじゃん、ハジメから抱きつくなんて」
「たまにはいいだろ」
「はは、すっげぇ心臓の音が鳴ってる」
とくとく、と早く脈だっているハジメの心音に、ジューゴは笑みをこぼしながら、その心地よい音に耳をすませて目を閉じる。
しばらくその心音を聞き、温もりを堪能して満足したジューゴはハジメから離れ、ある引き戸の方へと指差した。
「この部屋、露天風呂付きなんだよ!」
「個室専用露天風呂だと!?」
そんな部屋だったとは思っていなかったハジメは、絶対にここの宿泊金額は高いのではないかと思っていたが、ジューゴの所持金を思い出せばこれくらいの金額は特に何も感じなかったのではないかと思った。
だが、彼氏としてそして年下相手にそこまで尽くされるのは、年上としてのプライドが少し傷ついた様な感覚と胃がキリキリと少し痛んだ。
それに気がついていない当の本人は露天風呂に入る準備を進めており、ハジメに向けて笑顔を振りまく。
「夕飯が来るまで入ろうぜ!もちろん、クー用のお風呂もあるからな!」
「なーう」
タオルと着物と九を持ったジューゴは先に露天風呂へと向かって行き、残されたハジメもその後を追いかけて露天風呂へと入って行った。
中に入ると木製で作られている檜木が香り、そして景色はちょうど夕焼けによって赤く染まっている海の光景が綺麗に見えていた。
ここまでの絶景はそうそう見られるものではないのだろう。と、ハジメはそう思いながら湯船に浸かる前に身体を洗おうと向かった。
それに気がついたジューゴは、九をペット用の湯船へと置いて行き、少し駆け足でハジメの元へと近寄った。
「ハジメ、そのさ……背中、流してやるよ」
ジューゴは少し照れ臭そうにそう告げると、何を言い出したのかハジメは一瞬分からずにいたが、すぐに思考は戻って軽く首を傾げた。
「どうしたんだ急に」
「い、いいから!ほら、ここに座れって!」
ぐいぐいと押していくジューゴに、どういう風の吹き回しなのか分からないままハジメは座らされ、ジューゴは泡を立てたタオルをハジメの背中に当てる。
「カユイトコロアリマセンカー?」
「なんで片言なんだよ」
ごしごしとそんなに力を入れずにジューゴはハジメの背中を流していたが、視線が左右動いており、なんとなく察したハジメは口角を上げて笑う。
「俺の裸なんか見慣れてんだろ」
「み、見慣れるわけねーだろ!ばかっ!」
湯気で顔が火照ってんのか、それとも図星を突かれて恥ずかしくて赤く染めているのか、ジューゴは顔を真っ赤にしながら慌てて反論していた。
それがまた可愛らしく感じたハジメは内心笑っていると、背中を洗っていたジューゴの手が止まった事に気がつく。
「俺ってハジメには何度も助けられたよな」
ジューゴは大きくて広いハジメの背中を眺め、そして右手を伸ばして指先をその背中に触れて目を細める。
「こうして俺が普通に過ごしていられるのも、ハジメやみんなのおかげだって思っているんだ」
これまで色んな事があり、死闘を繰り返していき、泣いたり傷ついたりしていたが、今はこうして自由を手に入れて普通の人として過ごしている事に、感謝の気持ちで一杯になっていた。
出会ってよかったと本当にその想いが募り、ジューゴはこつんっと自身の額をハジメの背中へと当てて目を閉じる。
「ありがとう、ハジメ。俺はお前に出会えてよかった」
この想いが届く様にとジューゴは告げ、だんだん恥ずかしくなっていき、慌てて桶に入れていたお湯をハジメの背中へとかける。
「ほ、ほら!背中洗い終わったぞ!」
そう言ってジューゴはハジメから離れようとすると、右手首を掴まれてそれを阻止される。
「今度は俺がお前の背中を流してやるよ」
「へっ?」
そう言われたジューゴは気がつけばバスチェアに座らされており、そして背後にいるハジメは泡立てたタオルをジューゴの背中に当てた。
「ちいせぇ背中だな」
「お前がでかすぎるんだよ」
「それに傷だらけだ」
「それは、まぁ、何度も脱獄して移動していたからな」
他愛もない会話をしながら、ジューゴはどうしてこうなったんだと内心パニックになっていた。
そんなジューゴに気づいていないハジメは、じっとジューゴの背中を眺めながらこれまでの事を思い出していた。
「でも、その背中でいろんなもんを背負っていたんだもんな」
「ハジメ?」
「最初は何も興味なくて、自分の意思も決められなくて、自分で答えを考えなくて、本当にクソムカつくガキだと思っていたよ」
「うぐっ!」
正論的な言葉にグサッと心に刺さったジューゴは(喧嘩売ってんのか)と最初はそう思い文句言おうと振り返ったが、ハジメの顔を見てその思考は止まった。
真剣な眼差しで見つめているハジメの瞳に、心が奪われたからだ。
「ちゃんと自分の意思で考え始めたら急に成長しやがるし、気がつけば目が離せられなくなっていた。こうしてお前が自由を手に入れているのは、お前の成果だ」
「ハジメ……」
「頑張ったなジューゴ」
その言葉に感動したジューゴは涙をこらえていると、ハジメの手がいつの間にか太ももの方へと触れている事に気がついた。
「ちょっ!どこ触ってんだよ!」
「あっ?そういう雰囲気になってんだ。そのまま流されろよ」
「流されるかアホ!クーもいんだぞ!」
「気にすんな。アイツも空気が読める猫だ」
「そういう問題じゃねー!」
ジューゴの怒鳴り声と同時に手に持っていた桶をハジメの頭へクリーンヒットさせ、ハジメの悲痛な声と転がり落ちる桶の音が鳴り響いた。
そんな光景を眺めていた九は、温泉を堪能していたのであった。
◇◇◇
露天風呂から上がったハジメは、まだ痛む頭を摩りながら睨みついた。
「テメェ、夜は覚悟してろよ」
「あーあー聞こえないー!」
両手で耳を塞ぎながら聞こえないフリをするジューゴに、舌打ちをしながらハジメは目の前にある料理を眺めた。
「随分と豪華だな」
「富士さんと草津に聞いて、ここの旅館を紹介してもらったからな」
「あー」
なんとなく察してはいたが、やはりその二人が関わっていたのかとハジメは納得しながら箸を持って料理に手をつける。
「よく、あの二人と連絡が取れたな」
「星太郎がたまに連絡取り合ってるって聞いたから教えてもらったんだよ」
囚人との縁が多い星太郎にお願いをし、温泉関連に強い二人から問い合わせたジューゴは丸一日、温泉や旅館に関するいろはを叩き付けられていた。
「富士さんが言ってた。ここの景色と料理も最高だし、温泉が格別にいいってな」
「だろうな」
「最初に熱海がいいって言ったのは草津なんだよ」
「そうか」
話していく内にハジメの表情が変わっていっている事に気がついたジューゴは、一旦食事を止めて恐る恐る問い掛ける。
「なぁ、ハジメ」
「なんだ」
「なんでだんだん顔つきが強ばっているんだよ」
「他の野郎の話を聞いて嫉妬している」
「嫉妬って……」
まさか世間話感覚で話していたつもりが、ハジメにとっては嫉妬になっていた事にジューゴは(大人気ない)と思いながらも、それを言ったらきっとさらに不貞腐れて面倒な事になると判断した。
「じゃあこの話は終わり!」
そう言ってジューゴはマグロの刺身を橋で掴み、隣に座っている九へと向ける。
「ほらクー、この刺身もうまいぞ」
箸を下ろして九の口へと入れようとしたが、先にハジメに手を掴まれて矛先を変えられ、気がつけばそのマグロはハジメの口の中へと入っていった。
「なっなっなっ!」
「確かにうめぇな」
口元の端についているマグロの汁をぺろりと舐め取りながら言うハジメ。
ジューゴは顔を赤くし、強制あーんをされた事にだんだん恥ずかしくなっていき、気がつけばお盆を手に取って振り上げる。
「お前はクーじゃねーだろ!」
「いだっ!」
そしてそのままハジメの頭に向けて振り下ろし、本日二度目のクリーンヒットされたハジメは決めた。
今夜は絶対に何言っても寝かせるつもりはないと―――
END
新年を迎える為に、やるべき事を全てやり終えた。
そして、みんなと騒いで年越しをし、初日の出を見に行って、その後に初詣に向かい、成人組はお酒を飲んで、未成年組は甘酒を飲んで過ごした。
みんなと過ごしたのは楽しかったが、今年は他の企画をジューゴは用意していた。
「と、いうわけで行くぞ」
「はっ?」
大きなカバンを持ってそう言うジューゴに、コタツで九と一緒に横になっていたハジメは首を傾げた。
この二日間、大晦日から元旦までウノの他に色んな人々がジューゴとハジメの家へお邪魔し、お祭り騒ぎをしていた。それはもう近所迷惑になるのではないかというくらい、どんちゃん騒ぎをして、その翌日には台風が去ったかの様なゴミを置いていき、それぞれ母国へと帰っていった。
最初は残っていた星太郎と大和家族が手伝うと言ったが、それぞれ用事がある筈だとハジメは断り、ようやくひと段落して落ち着いて寝そべっていた。
それが今度は同棲している恋人が何か言い出し、正直言ってハジメはこれ以上、トラブルに巻き込まれたくはなかった。
「一応聞くが。何処へ行くつもりなんだ」
「熱海!」
「はぁっ!?」
まさかそんな事を言い出すとは思っていなかったハジメはつい上ずった声を上げると、ジューゴはしてやったりと笑い、ポケットから二枚の紙を見せる。
「熱海温泉で一泊二日旅行だ!もちろん、ペット可だからクーも行ける!」
「な~う!」
「おっ!嬉しいかクー?」
ジューゴの問い掛けに答えるように鳴く九は、コタツから出てきてジューゴの元へと近寄り、そしてペット用の籠の中へと入って行った。
「行く気満々か」
軽く溜息をついたハジメは一人と一匹に見つめられている事に、どうしたものかと眉間に指を当てて解す様に揉み込む。
「わかった……さっさと行くぞ」
コタツから出てきたハジメは後頭部に手を当て、軽く掻きながらジューゴの元へと近寄ると、ジューゴは目を輝かせながらハジメの腕を掴む。
「おうっ!ハジメの荷物も用意してるからな!」
「お前がやったのか?」
「いや、星太郎に手伝ってもらった!」
ニカッと笑いながら答えるジューゴに、ハジメはデコピンをしたのであった。
◇◇◇
「とりあえず熱海に着いたけど、気になる店とかあった?」
煌めく海を眺めた後、ジューゴは隣に並んでいるハジメに問い掛けると、ハジメはとあるお店の方へ指差して口を開いた。
「温泉饅頭を食べるか」
「了解!」
敬礼ポーズをとったジューゴはカバンを持ち上げ、ハジメが指差していた方のお店へと向かって行った。
「おい!そんなに急いでるとこけるぞ!」
「ふぎゃっ!」
ハジメの忠告はむなしく無駄に終わり、目の前で盛大にずっこけたジューゴに重たい溜息をついた。
「言った早々にずっこけるなバカ」
「バカって言うな!しょーがねーじゃん。まだ、うまくバランスが取れないんだよ」
右手を振りながら、黒い枷がないのをハジメに見せながら、ジューゴはゆっくり立ち上がって怪我がないか確認をする。
「まだ慣れねーのか」
「長い付き合いだったしな。やっぱ、感覚がおかしい時もあるな」
どうにか枷を外せられないか、一舎の主任である兎万兎と科学部長である飾との協力によって、試行錯誤と何度もの繰り返した結果、ついに枷を外す事に成功した。
同じ枷をつけられていたザクロも無事に外れ、自由の身になったザクロは世界を見て回りたいと言い、現在は色んな国へと旅歩きをしている。
一方、ジューゴはというと、枷が外れた瞬間にハジメから結婚前提のお付き合いを申し込まれ、ジューゴはそれを受け入れ同棲をしていた。
それを思い出しながら怪我がない事を確認したジューゴは、ズボンについた砂を叩き落としていると、目の前にハジメの手が差し出された。
「ほら、掴まれ」
「なんで」
「また目の前でずっこけられたら困る」
「ガキ扱いすんなよ」
少し頬を膨らませるジューゴだが、差し出された手を素直に繋いで握り締める。
「なら、恋人繋ぎをご所望か?」
「ばっ!ばっかじゃねーの!」
トマトの様に真っ赤に染め上げたジューゴは声を上げ、明後日の方角へと顔を向けて黙りこんだ。
流石に言い過ぎたかとハジメはそう思っていたが、耳まで赤くなっているジューゴを見て、自然と笑みをこぼして手に力を入れる。
「おら、さっさと買いに行くぞ」
「お、おう……」
ハジメに手を引っ張られ、ジューゴはその後を歩いてお店へと向かっていった。
「これが温泉饅頭か」
目の前で蒸している籠から饅頭のいい香りが漂い、ジューゴは自然と目を輝かせながらよだれを垂らして
いた。
「よだれ」
「っ!」
ハジメの指摘に我に返ったジューゴは、垂れていたよだれを服の袖で拭い取った。
その姿を眺めていたハジメは、前までは食べ物等。そんなに興味を示していなかったジューゴが、こうして興味を抱いて好奇心が育まれている事に嬉しさを感じた。
「あらあら、よだれを出すほどだなんて嬉しいじゃないかい!」
販売しているおばちゃんは嬉しそうに声を出しながら接客すると、ハジメは財布を取り出して注文をする。
「温泉饅頭を二つ頼めるか」
「あいよ!出来立てのをあげるからちょいと待ってちょうだい!」
そう言っておばちゃんは湯気がたっている饅頭を紙袋へと入れ、笑顔を向けながらジューゴへと手渡した。
「熱いから気を付けて食べるんだよ!」
「あ、ありがとう」
受け取った紙袋は暖かく、ジューゴは手から感じる温もりに微笑んでいると、会計を済ませたハジメは近くにあったベンチの方へと指差した。
「あそこのベンチで食べるか」
「別に食べ歩きでもいいじゃんか」
「お前が舌を火傷して饅頭を地面に落とすのに一票」
「なーう」
ハジメの言葉に賛同するように鳴いた九に、そこまで自分がドジするのかとジューゴは肩を落とした。
だが、確かに紙袋から感じる熱は、猫舌であるジューゴにとっては確実に火傷すると目に見えた。
そう考えると少し虚しく感じたが、せっかくおばちゃんが作ったものを落とすのは心苦しく感じたジューゴは、大人しくベンチへと向かって座り込んだ。
「これ食べたら、旅館に行ってチェックインするからな」
「そうだな。ちょうどいい時間だしな」
「なう!」
ジューゴは紙袋から饅頭を取り出すと、指先から来た熱さに驚き手を離す。
「あっちぃ!」
ヒリヒリ痛む指先を振り、悲痛を叫ぶジューゴはつい紙袋を手放してしまう。
「やべっ!」
落ちていく紙袋にジューゴは慌てて取ろうとすると、先にハジメがその紙袋を掴み取り地面へと落ちずにすんだ。
「あっぶねぇな!」
「ハジメ!ナイスキャッチ!」
親指を立てて褒めるジューゴに反省の色はなく、ハジメは溜息しながらジューゴの額にデコピンをした。
「反省しろ」
「悪かったよ……」
ヒリヒリ痛む額を擦りながら涙目で謝るジューゴは少し唇を尖らせており、あまり反省していない事が伝わったハジメはグッと拳を作り上げる。
「拳骨がよかったか?」
「よくない!」
両手で頭をかばうようにして怒るジューゴに、また溜息をついたハジメは紙袋から饅頭を取り出してジューゴへと手渡す。
「この寒さだ。すぐに冷めると思うからゆっくり食え」
「わかった」
受け取ったジューゴは、さっきより熱くなくなっている饅頭をパクリと食べる。
ふっくらな生地に、中にある餡はしっとりとしていて仄かに熱があり、ジューゴはハフハフと金魚の口の様に何度か開けたり閉じたりを繰り返していた。
「美味しい!」
「そりゃよかったな」
「クーは食べられるかな」
「饅頭の皮なら大丈夫だろ」
口を開けて待っている九に、ジューゴは饅頭を切り離して一部の皮を九の口の中へと入れる。
「うまいか、クー?」
軽く尻尾を振って返事をする九に、嬉しそうに笑いながらもう一切れ九にあげるジューゴ。
その光景を眺めていたハジメも饅頭を食べ、口の中に広がる甘さを味わいながらジューゴが食べ終わるのを待っていた。
「双六様ですね。お待ちしておりました。お部屋へご案内いたします」
笑顔を向けてお出迎えしたホテルの従業員は、部屋を案内して室内について軽く説明をし始めた。
説明途中でジューゴと九は部屋の中を探索し始め、結局はハジメ一人で従業員からの説明を聞いており、説明を終えた従業員はハジメに向けて微笑み掛けた。
「とても素敵な恋人ですね」
「えっ?」
「実は私が予約担当を受け持ったんですけど、当時のジューゴ様はとても緊張しており、可愛らしい方だと思っていたんですよ」
ふふふっと振り袖に口元に当てて笑った従業員は、その時の事を思い出しているのだろう、楽しそうに語りながらジューゴの方へ視線を向けた後、ハジメの方へと視線を向ける。
「恋人の為に、思い出に残る旅行にしたいと仰っておりました」
そう言って従業員は軽くお辞儀をして引き戸に手を掛ける。
「それでは、ごゆっくりお過ごしください」
笑顔を向けて閉めた従業員に、残されたハジメは室内へと入っていきジューゴの元へと近づく。
背後に立っているハジメの気配を感じたジューゴは笑顔を向け、ベランダの先にある景色を指差した。
「ハジメ!すっげぇここの眺めいいぞ!」
ベランダの先にある広がる海の眺めにジューゴは少し興奮状態で話しており、その表情が愛おしく感じたハジメはジューゴの腕を掴んで自身の胸元へと引き寄せて抱き締めた。
「ちょっ!ハジメ!?」
突然抱き締められ、ジューゴは驚いた表情をして頬を赤く染め上げていたが、耳元から聞こえるハジメの心音に少しずつ力が抜けていき、そして腕をハジメの背中へと回して抱き返した。
「珍しいじゃん、ハジメから抱きつくなんて」
「たまにはいいだろ」
「はは、すっげぇ心臓の音が鳴ってる」
とくとく、と早く脈だっているハジメの心音に、ジューゴは笑みをこぼしながら、その心地よい音に耳をすませて目を閉じる。
しばらくその心音を聞き、温もりを堪能して満足したジューゴはハジメから離れ、ある引き戸の方へと指差した。
「この部屋、露天風呂付きなんだよ!」
「個室専用露天風呂だと!?」
そんな部屋だったとは思っていなかったハジメは、絶対にここの宿泊金額は高いのではないかと思っていたが、ジューゴの所持金を思い出せばこれくらいの金額は特に何も感じなかったのではないかと思った。
だが、彼氏としてそして年下相手にそこまで尽くされるのは、年上としてのプライドが少し傷ついた様な感覚と胃がキリキリと少し痛んだ。
それに気がついていない当の本人は露天風呂に入る準備を進めており、ハジメに向けて笑顔を振りまく。
「夕飯が来るまで入ろうぜ!もちろん、クー用のお風呂もあるからな!」
「なーう」
タオルと着物と九を持ったジューゴは先に露天風呂へと向かって行き、残されたハジメもその後を追いかけて露天風呂へと入って行った。
中に入ると木製で作られている檜木が香り、そして景色はちょうど夕焼けによって赤く染まっている海の光景が綺麗に見えていた。
ここまでの絶景はそうそう見られるものではないのだろう。と、ハジメはそう思いながら湯船に浸かる前に身体を洗おうと向かった。
それに気がついたジューゴは、九をペット用の湯船へと置いて行き、少し駆け足でハジメの元へと近寄った。
「ハジメ、そのさ……背中、流してやるよ」
ジューゴは少し照れ臭そうにそう告げると、何を言い出したのかハジメは一瞬分からずにいたが、すぐに思考は戻って軽く首を傾げた。
「どうしたんだ急に」
「い、いいから!ほら、ここに座れって!」
ぐいぐいと押していくジューゴに、どういう風の吹き回しなのか分からないままハジメは座らされ、ジューゴは泡を立てたタオルをハジメの背中に当てる。
「カユイトコロアリマセンカー?」
「なんで片言なんだよ」
ごしごしとそんなに力を入れずにジューゴはハジメの背中を流していたが、視線が左右動いており、なんとなく察したハジメは口角を上げて笑う。
「俺の裸なんか見慣れてんだろ」
「み、見慣れるわけねーだろ!ばかっ!」
湯気で顔が火照ってんのか、それとも図星を突かれて恥ずかしくて赤く染めているのか、ジューゴは顔を真っ赤にしながら慌てて反論していた。
それがまた可愛らしく感じたハジメは内心笑っていると、背中を洗っていたジューゴの手が止まった事に気がつく。
「俺ってハジメには何度も助けられたよな」
ジューゴは大きくて広いハジメの背中を眺め、そして右手を伸ばして指先をその背中に触れて目を細める。
「こうして俺が普通に過ごしていられるのも、ハジメやみんなのおかげだって思っているんだ」
これまで色んな事があり、死闘を繰り返していき、泣いたり傷ついたりしていたが、今はこうして自由を手に入れて普通の人として過ごしている事に、感謝の気持ちで一杯になっていた。
出会ってよかったと本当にその想いが募り、ジューゴはこつんっと自身の額をハジメの背中へと当てて目を閉じる。
「ありがとう、ハジメ。俺はお前に出会えてよかった」
この想いが届く様にとジューゴは告げ、だんだん恥ずかしくなっていき、慌てて桶に入れていたお湯をハジメの背中へとかける。
「ほ、ほら!背中洗い終わったぞ!」
そう言ってジューゴはハジメから離れようとすると、右手首を掴まれてそれを阻止される。
「今度は俺がお前の背中を流してやるよ」
「へっ?」
そう言われたジューゴは気がつけばバスチェアに座らされており、そして背後にいるハジメは泡立てたタオルをジューゴの背中に当てた。
「ちいせぇ背中だな」
「お前がでかすぎるんだよ」
「それに傷だらけだ」
「それは、まぁ、何度も脱獄して移動していたからな」
他愛もない会話をしながら、ジューゴはどうしてこうなったんだと内心パニックになっていた。
そんなジューゴに気づいていないハジメは、じっとジューゴの背中を眺めながらこれまでの事を思い出していた。
「でも、その背中でいろんなもんを背負っていたんだもんな」
「ハジメ?」
「最初は何も興味なくて、自分の意思も決められなくて、自分で答えを考えなくて、本当にクソムカつくガキだと思っていたよ」
「うぐっ!」
正論的な言葉にグサッと心に刺さったジューゴは(喧嘩売ってんのか)と最初はそう思い文句言おうと振り返ったが、ハジメの顔を見てその思考は止まった。
真剣な眼差しで見つめているハジメの瞳に、心が奪われたからだ。
「ちゃんと自分の意思で考え始めたら急に成長しやがるし、気がつけば目が離せられなくなっていた。こうしてお前が自由を手に入れているのは、お前の成果だ」
「ハジメ……」
「頑張ったなジューゴ」
その言葉に感動したジューゴは涙をこらえていると、ハジメの手がいつの間にか太ももの方へと触れている事に気がついた。
「ちょっ!どこ触ってんだよ!」
「あっ?そういう雰囲気になってんだ。そのまま流されろよ」
「流されるかアホ!クーもいんだぞ!」
「気にすんな。アイツも空気が読める猫だ」
「そういう問題じゃねー!」
ジューゴの怒鳴り声と同時に手に持っていた桶をハジメの頭へクリーンヒットさせ、ハジメの悲痛な声と転がり落ちる桶の音が鳴り響いた。
そんな光景を眺めていた九は、温泉を堪能していたのであった。
◇◇◇
露天風呂から上がったハジメは、まだ痛む頭を摩りながら睨みついた。
「テメェ、夜は覚悟してろよ」
「あーあー聞こえないー!」
両手で耳を塞ぎながら聞こえないフリをするジューゴに、舌打ちをしながらハジメは目の前にある料理を眺めた。
「随分と豪華だな」
「富士さんと草津に聞いて、ここの旅館を紹介してもらったからな」
「あー」
なんとなく察してはいたが、やはりその二人が関わっていたのかとハジメは納得しながら箸を持って料理に手をつける。
「よく、あの二人と連絡が取れたな」
「星太郎がたまに連絡取り合ってるって聞いたから教えてもらったんだよ」
囚人との縁が多い星太郎にお願いをし、温泉関連に強い二人から問い合わせたジューゴは丸一日、温泉や旅館に関するいろはを叩き付けられていた。
「富士さんが言ってた。ここの景色と料理も最高だし、温泉が格別にいいってな」
「だろうな」
「最初に熱海がいいって言ったのは草津なんだよ」
「そうか」
話していく内にハジメの表情が変わっていっている事に気がついたジューゴは、一旦食事を止めて恐る恐る問い掛ける。
「なぁ、ハジメ」
「なんだ」
「なんでだんだん顔つきが強ばっているんだよ」
「他の野郎の話を聞いて嫉妬している」
「嫉妬って……」
まさか世間話感覚で話していたつもりが、ハジメにとっては嫉妬になっていた事にジューゴは(大人気ない)と思いながらも、それを言ったらきっとさらに不貞腐れて面倒な事になると判断した。
「じゃあこの話は終わり!」
そう言ってジューゴはマグロの刺身を橋で掴み、隣に座っている九へと向ける。
「ほらクー、この刺身もうまいぞ」
箸を下ろして九の口へと入れようとしたが、先にハジメに手を掴まれて矛先を変えられ、気がつけばそのマグロはハジメの口の中へと入っていった。
「なっなっなっ!」
「確かにうめぇな」
口元の端についているマグロの汁をぺろりと舐め取りながら言うハジメ。
ジューゴは顔を赤くし、強制あーんをされた事にだんだん恥ずかしくなっていき、気がつけばお盆を手に取って振り上げる。
「お前はクーじゃねーだろ!」
「いだっ!」
そしてそのままハジメの頭に向けて振り下ろし、本日二度目のクリーンヒットされたハジメは決めた。
今夜は絶対に何言っても寝かせるつもりはないと―――
END
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