<テルゆひ> 惑星の花嫁
小さい頃の遊飛はやんちゃで、無茶なことばかり起こし、夜もなかなか寝ずに遊んでばかりいて、その度に説教されてたりしていた。
とても元気な子供だと、まわりの大人達はそう言っていたが、あの日の夜だけはいつもと違っていた。たまたま喉が乾き、目を覚ました遊歩は起きるといつも隣で寝息を立てている音が聞こえなかった。
遊歩は瞼を擦りながら隣を見てみると遊飛の姿はなく、布団の上はもの抜けの空である。自分と同じく途中で目が覚めてしまったのだろうかと、そう考えながら遊歩は起き上がってみると顔から涼しい風を感じた。
「まどが、あいてる?」
寝る前に閉めたはずだった窓が開いており、そこから夜風が入り込んでいた。布団から出た遊歩は窓の方へと近づくと、カーテンの内側から人影が見えた。
その人影は誰なのかすぐに分かり、遊歩はカーテンを開けてベランダの外にいる遊飛の背中を見つめる。
「ゆうひ??」
声を掛けると、それに反応した遊飛が振り返る。その時、遊歩は違和感を感じた。遊飛なのに遊飛ではない、そんなオーラを感じ取ったからだ。
遊飛の瞳、表情、仕草。それが全て子供らしくなく、大人の雰囲気。遊歩は睨みつけるように目を細める。
「だれ?」
警戒しながら問い掛けると、一瞬だけ遊飛は呆気をとっていた。だが、すぐに表情は切り替わり、遊歩の警戒を解くように優しく微笑む。
「わかるんだね。よかった」
優しい声と言葉に、遊歩の心は暖かく包み込まれるような感覚がした。この人は危険じゃない。と、そう思いながら遊歩は遊飛の元へと近づく。
隣に並んだ遊歩に遊飛は顔を上げ、満月の空を見つめながら語り始める。
「君のお兄ちゃんはね、ちょっと狙われやすい体質かもしれない」
「そうなの?」
「もしかしたら、遠い所へ連れて行かれちゃう可能性もある」
「ゆあむはいっしょにいけないの?」
遊歩の問い掛けに、遊飛は申し訳なさそうな表情をしていた。つまり、一緒に行けないということを理解した遊歩は遊飛の手を取り、力強く握り締める。
「わ、わたしがまもる!ゆうひはゆあむのたいせつなおにいちゃんだもん!」
たった一人の兄が居なくなるかもしれない。それを聞いた遊歩は瞳を潤ませ、今にも泣きそうで、それでも必死に繋いだ手を握っていた。
そんな彼女の強い意志を見つめていた遊飛は、一瞬の間を開けるがすぐに優しく微笑む。
「優しいね。君はこの子の半身で、血の繋がりがある。だから、君にこの力を少しだけ貸してあげる」
そう言い、遊飛は遊歩の額に人差し指を当てる。
遊歩は特に抵抗もせず、じっとしていると額から光が見えた。
(なんだろう。とてもあたたかい……)
優しく、心地いい熱に遊歩はホッとしていると、その光は徐々に消えていく。温もりも消え、遊歩は何度か瞬きをしていると、指先を離した遊飛は目を細めて笑った。
「これで君はこの子との縁は結ばれた。この子がもし、深い闇へと連れて行かれそうになった時は、声をかけ続けてほしい」
遊飛はそう言いながら、遊歩の頭の上に手を置いた。兄とは違う撫で方に、遊歩は少し戸惑いながらも大人しく受け入れていた。そして優しく撫で続けていたその手を離した。
「それでも君が難しかったら、その時は……」
遊飛からの最後の言葉に、遊歩は軽く首を傾げた。どういう意味なのか、よく分からずにいたが遊飛を守る為のもう一つの手段なんだろうと思った。
だから遊歩は軽く頷いた。それを見た遊飛は微笑み、そのまま眠りについてしまった。これが、遊歩と遊飛の中に居た誰かとの最後の対話だった。
◇◇◇
あの一夜限りに出会っていた人物が、遊飛の前世であるユーヒだったのだと、遊歩はそう考えついた。
過去の記憶を思い出しながら、遊歩はゆっくり瞼を上げる。全てが真っ暗闇であり、何も見えないことに怖さを感じた。
「ここが、遊飛の心の中?」
とても静かで何も聞こえない場所。自分がいま地面に足をつけてるのかも分からず、遊歩は恐怖を感じた。
だが、遊飛を見つけなければいけないと、遊歩は周りを見渡していく。真っ暗闇の中でも、微かに感じる遊飛の気配を手探りしていった。
「あれ?ここだけ何かある?」
コツンッと指先に何か固いものを触れ、遊歩はそれを撫でてみる。真っ黒だったそこは、まるで汚れが落ちるように剥がれ落ち、真っ白な背景が見えた。遊歩はその隙間を覗いて見ると、その先に居たのは遊飛の後ろ姿だった。
「遊飛!」
「遊歩!?なんでここに!?」
遊歩の声に、遊飛は驚きながら振り返った。遊飛が無事であったことに、遊歩は安堵の息をついたが、いつまた遊飛が閉じ込められるか分からない。
急いで遊飛を連れ戻そうと、遊歩は優しく微笑みながら声を掛ける。
「一緒に帰ろう。ユウディアスやみんなが待ってるヨ」
「遊歩、俺は……」
《ダメだよ!君はこの中に居てもらわなくちゃ!》
突然の二人の会話から割り込むアースダマーの声に、遊飛と遊歩は顔を上げる。遊飛と同じ姿でいるアースダマーは、遊飛が居る方へと向かって中に入り、遊飛を抱き締めてそのまま奥へと向かっていく。
連れて行かれていく遊飛に遊歩は手を伸ばすが、アースダマーがキッと遊歩へ睨み着くと、強い突風が遊歩へ襲い掛かる。
「遊飛!」
「遊歩!」
吹き飛ばされていく遊歩は必死に遊飛へ手を伸ばすが、視界がシャットダウンするかのように真っ暗闇へとなっていく。
「っ!」
ハッと現実へと引き戻された遊歩は先程の衝撃のダメージが身体にも響いたのか、全身に響き渡る痛みに座り込む。身体中の関節が痛み、あまりの苦痛に声が出せなかった。
そんな遊歩にテルは肩に触れ、遊歩の容態を確認しようと声を掛ける。
「大丈夫か!」
「うん……弾き飛ばされただけだから……」
まだ痛みは響くが、どうにかその痛みに耐えながら遊歩はゆっくり立ち上がる。そして、アースダマーと戦っているユウディアスに向けて声を出した。
「ユウディアス!もう少しアースダマーを抑えられる?」
「UTS!」
もう一度、遊飛の中へ入ろうと試みる遊歩。だが、先程のように上手く入れなかった。きっとアースダマーが妨害しているだと、遊歩はそれを悟りながら内心焦っていた。
(ダメだ。どんなに声を掛けても、私の声が遊飛に届かない……どうしたらいい?考えろ、考えるんだ……)
「無理だよ!遊飛は更に奥へ連れ込んだんだから!君がいくら声掛けても、その声は遊飛には届かないよ!」
そう言うアースダマーに、遊歩はギリッと歯を食いしばりながら睨みつく。だが、遊歩はすぐに首を横に振って気持ちを切替える。
いま怒りの感情を出してしまえば、それもネガティブな力となり、アースダマーの栄養となってしまう。それはダメだと遊歩は深く息を吸い込み、精神を落ち着かせようと吐き出す。
その時、遊歩は思い出す。過去に遊飛を助けて欲しいとお願いした、あの一夜限りに出会ったユーヒの言葉を。
『それでも君が難しかったら、その時は……彼を使って』
『かれ?』
『素直じゃないカッパさん』
ユーヒが言っていた人物が、あの時の遊歩は分からなかった。だが、今の遊歩はその人物が誰なのかすぐに理解した。
(私の考えに間違いがないなら!賭けるしかない!)
遊歩は隣に居るテルへと視線を変える。目が合ったテルは少し驚いていたが、遊歩は気にせずにテルへ向けて手を差し出した。
「合羽井テル!君の力が必要だヨ!」
そう言い、遊歩はキュッと下唇を噛み締める。
(あぁ、悔しいな。悔しいヨ。私が一番遊飛のそばに居たのに……)
自分だけしか出来ない事だと、当時の遊歩はそう思っていた。自分だけしか遊飛を助けられないと。自分だけが遊飛のヒーローなんだと。だが、結果は違っていた。
(私の力だけじゃ、遊飛を助け出せられないなんて)
今は悔しく思っている時ではないと、遊歩は噛み締めていた下唇を離す。
「彼に譲ってもらった力を、君へ渡すヨ!」
「彼?まさか、ユーヒと会ったのか!」
「いいから!早く!」
そう言い、遊歩はテルの手を掴む。その同時に遊歩はテルを、遊飛の精神世界へと連れていこうと集中する。遊歩の身体から眩い光が輝き、テルは眩しさのあまりに目を瞑った。
光は一瞬であり、眩しくなくなったことにテルは目を開けると、真っ暗闇の空間にいた。
「ここは……」
「遊飛の心の中だヨ」
そう言い、遊歩はテルの手を引っ張っていく。遊飛が居た場所へと連れて行き、宙に浮いている丸いものがあった。
「この中に遊飛がいるヨ……」
そう言う遊歩にテルはこの先、どうすればいいのか聞こうとしたが、遊歩の姿を見て目を見開いた。遊歩の身体が透け始めている事に、先程言っていた力を自分へ譲渡した原因で力尽き始めてるだろう。
テルは何か言おうとしたが、遊歩に両手をギュッと握り締められる。
「お願い。遊飛を連れ戻して……」
姿が消えた遊歩にテルは頷く。遊飛が居る真っ黒な円に触れ、それに向かって声を掛けようと口を開く。
「私の声が聞こえますか。王道遊飛」
触れていた指先から揺れ動くのを感じ取る。声がちゃん届いている事に、テルは少し安心しながら目を細めた。
「まったく。まさか、アースダマーがこんな力を持っていたなんて思わなかった」
少し悪口をこぼし、テルは優しく円を撫でながら様子を見てみる。何か遊飛を連れ戻し、アースダマーを引き離す方法はないかと。
「君をこんな所に囲うなんて」
なるべく遊飛に向けて語り続けていると、テルはあることに気がつく。見つけた答えにテルは眉間に皺を寄せ、少しけわしい表情へと変わっていった。
「いや、違う。君、自ら閉じ篭っているんだね」
そう呟いたテルは握り拳を作り、ジッと真っ黒な円を見つめる。何故、テルはその答えへと導いたのか、それは簡単なものだった。
アースダマーの仕業だと声を掛けた時、指先から感じた揺れは何か否定するかのようなものであった。アースダマーのせいではないと、言ってるかのように。
それならば何故、遊飛はこの精神世界に居るのか。テルは額を円に当てて声を掛ける。
「どうして閉じ篭っている」
テルの声に強く揺れ動く。問い掛けに答えたくないような、そんな拒絶してる遊飛の振動に、テルはとにかく遊飛に言葉を掛け続けようとし続けた。
◇◇◇
そんなテルの声を黙って聞き続けていた遊飛は、ギュッと唇を噛み締めながら見つめていた。マジックミラーのようになってるのか、自分にはテルの姿は見えているが、テルは自分の姿が見えていないのを察した。
ずっと声を掛け続けてくれるテルに、遊飛は体育座りをして自分自身の身体を抱き締める。
「そんなに優しい声で俺に話し掛けるなよ……お前が話し掛けたいのは、俺じゃないんだろ」
そう言いながら遊飛は、目の奥が熱くなっていくのを感じた。今泣いても意味がない。今はアースダマーが表に出ているが、ここの何処かに居る自分の前世が、きっとアースダマーの力を抑えてくれる。
そして、テルと再会してハッピーエンドになるんだと、遊飛はそのシナリオに受け入れるつもりであった。それなのに、まさか遊歩がテルを連れてくるとは想定外だった。
俯いた遊飛は指に力を入れ、ズボンにシワを作っていくと、その指を優しく触れてくる手が見えた。
『君は勘違いしてるよ』
「えっ?」
テルではない、別の声に遊飛は顔を上げる。そして、遊飛の視界に入った人物を見て大きく目を見開く。
遊飛の目の前に、ユーヒの姿があったのだから。初めて対面する自身の前世に、遊飛はどう声を掛ければいいのか分からなかった。
早くテルに会ってきてほしい。ただそれを言えばいいだけなのに、何故かうまく声を出すことが出来なかった。口ごもる遊飛にユーヒは何も気にせず、笑顔を向けながら声を掛けた。
『久しぶりだね』
「久しぶり?」
そう言うユーヒに遊飛は戸惑った。こうして対面する事は初めてなのに、どうしてユーヒの方は思い出深く、友人と久々に会ったかの様に言ってくるのかと。
遊飛の返答に、ユーヒは最初は「あれ?」と言いたげな表情をしていたが、すぐに納得したものへと切り替わり、頷ける様に相槌をしていた。
『あぁ、まだこの時じゃないのか』
一人で話を進めていくユーヒに、遊飛はますます意味がわからなくなっていると、急に腕を引っ張られて立ち上げさせられる。
『それじゃあ、君には行ってきてもらわないとね』
「行くってどこに?」
遊飛が問い掛けたと同時に、胸元から強い衝撃が来た。ドンッと突き飛ばされバランスを崩した遊飛は、いつの間にか後ろにあった落とし穴へと入っていく。
『君の意思で進むんだ。王道遊飛』
見下ろしながら手を振っているユーヒ。その光景を眺め、遊飛は重力に引っ張られていくかのように真っ逆さまへと落ちていった。
「うわああああああっ!」
悲鳴をあげながら真っ白だった空間は、綺麗な青空へと変わっていく。空へと放り投げられたのだと、遊飛は地面に向かっていってる事に、この後に来る衝撃に目を瞑った。
ドサッ!と何かにぶつかる音と、身体から温かい熱を感じた。少し柔らかい何かに当たり、遊飛はクッション的なものが偶然に地面にあったのかと思った。
「いたたた……」
それでも全身に痛みはあり、軽く首を横に振りながら身体を起こした。自分は一体何処へ落とされたのか、遊飛はまだ霞む視界にピントを合わせようとすると、緑色の何かが見えた。
「早くどいてくれないか」
「っ!」
間近から聞こえるテルの声に、遊飛は目の前にいる人物が誰なのかすぐに分かった。結局、自分が表に出てきてしまったのかと、遊飛はそう思いながらボヤけていた視界が徐々にクリアになっていく。
そして、テルの姿を見た遊飛は瞳を大きく見開いた。ボロボロなポンチョに、パサパサな乾いてる肌。手入れもしてないのか、艶のない長い髪に、少し幼さがある顔つきと敵視してる眼差しで睨んでくるテルの姿。
「ご、ごめんっ!」
遊飛はすぐにテルから離れ、謝罪をする。そんな遊飛を睨みつけながら、テルは上半身を起こして砂を落とすように、手でポンチョを叩いていた。
不機嫌なままであるテルに、どう声を掛ければいいのか遊飛は悩んでいたが、テルの後ろにいる人物を見て更に驚きが隠せられなかった。
(なんで、この人も居るんだ?)
ユーヒの姿を見た遊飛は、テルと交差しながら視線を動かす。そして、遊飛はある答えを導き出す。
ここはユーヒとテルの過去の世界であるということに、自分が過去の世界へとタイムスリップしたことに、遊飛は悲鳴を上げるしかなかった。
2023/10/01
とても元気な子供だと、まわりの大人達はそう言っていたが、あの日の夜だけはいつもと違っていた。たまたま喉が乾き、目を覚ました遊歩は起きるといつも隣で寝息を立てている音が聞こえなかった。
遊歩は瞼を擦りながら隣を見てみると遊飛の姿はなく、布団の上はもの抜けの空である。自分と同じく途中で目が覚めてしまったのだろうかと、そう考えながら遊歩は起き上がってみると顔から涼しい風を感じた。
「まどが、あいてる?」
寝る前に閉めたはずだった窓が開いており、そこから夜風が入り込んでいた。布団から出た遊歩は窓の方へと近づくと、カーテンの内側から人影が見えた。
その人影は誰なのかすぐに分かり、遊歩はカーテンを開けてベランダの外にいる遊飛の背中を見つめる。
「ゆうひ??」
声を掛けると、それに反応した遊飛が振り返る。その時、遊歩は違和感を感じた。遊飛なのに遊飛ではない、そんなオーラを感じ取ったからだ。
遊飛の瞳、表情、仕草。それが全て子供らしくなく、大人の雰囲気。遊歩は睨みつけるように目を細める。
「だれ?」
警戒しながら問い掛けると、一瞬だけ遊飛は呆気をとっていた。だが、すぐに表情は切り替わり、遊歩の警戒を解くように優しく微笑む。
「わかるんだね。よかった」
優しい声と言葉に、遊歩の心は暖かく包み込まれるような感覚がした。この人は危険じゃない。と、そう思いながら遊歩は遊飛の元へと近づく。
隣に並んだ遊歩に遊飛は顔を上げ、満月の空を見つめながら語り始める。
「君のお兄ちゃんはね、ちょっと狙われやすい体質かもしれない」
「そうなの?」
「もしかしたら、遠い所へ連れて行かれちゃう可能性もある」
「ゆあむはいっしょにいけないの?」
遊歩の問い掛けに、遊飛は申し訳なさそうな表情をしていた。つまり、一緒に行けないということを理解した遊歩は遊飛の手を取り、力強く握り締める。
「わ、わたしがまもる!ゆうひはゆあむのたいせつなおにいちゃんだもん!」
たった一人の兄が居なくなるかもしれない。それを聞いた遊歩は瞳を潤ませ、今にも泣きそうで、それでも必死に繋いだ手を握っていた。
そんな彼女の強い意志を見つめていた遊飛は、一瞬の間を開けるがすぐに優しく微笑む。
「優しいね。君はこの子の半身で、血の繋がりがある。だから、君にこの力を少しだけ貸してあげる」
そう言い、遊飛は遊歩の額に人差し指を当てる。
遊歩は特に抵抗もせず、じっとしていると額から光が見えた。
(なんだろう。とてもあたたかい……)
優しく、心地いい熱に遊歩はホッとしていると、その光は徐々に消えていく。温もりも消え、遊歩は何度か瞬きをしていると、指先を離した遊飛は目を細めて笑った。
「これで君はこの子との縁は結ばれた。この子がもし、深い闇へと連れて行かれそうになった時は、声をかけ続けてほしい」
遊飛はそう言いながら、遊歩の頭の上に手を置いた。兄とは違う撫で方に、遊歩は少し戸惑いながらも大人しく受け入れていた。そして優しく撫で続けていたその手を離した。
「それでも君が難しかったら、その時は……」
遊飛からの最後の言葉に、遊歩は軽く首を傾げた。どういう意味なのか、よく分からずにいたが遊飛を守る為のもう一つの手段なんだろうと思った。
だから遊歩は軽く頷いた。それを見た遊飛は微笑み、そのまま眠りについてしまった。これが、遊歩と遊飛の中に居た誰かとの最後の対話だった。
◇◇◇
あの一夜限りに出会っていた人物が、遊飛の前世であるユーヒだったのだと、遊歩はそう考えついた。
過去の記憶を思い出しながら、遊歩はゆっくり瞼を上げる。全てが真っ暗闇であり、何も見えないことに怖さを感じた。
「ここが、遊飛の心の中?」
とても静かで何も聞こえない場所。自分がいま地面に足をつけてるのかも分からず、遊歩は恐怖を感じた。
だが、遊飛を見つけなければいけないと、遊歩は周りを見渡していく。真っ暗闇の中でも、微かに感じる遊飛の気配を手探りしていった。
「あれ?ここだけ何かある?」
コツンッと指先に何か固いものを触れ、遊歩はそれを撫でてみる。真っ黒だったそこは、まるで汚れが落ちるように剥がれ落ち、真っ白な背景が見えた。遊歩はその隙間を覗いて見ると、その先に居たのは遊飛の後ろ姿だった。
「遊飛!」
「遊歩!?なんでここに!?」
遊歩の声に、遊飛は驚きながら振り返った。遊飛が無事であったことに、遊歩は安堵の息をついたが、いつまた遊飛が閉じ込められるか分からない。
急いで遊飛を連れ戻そうと、遊歩は優しく微笑みながら声を掛ける。
「一緒に帰ろう。ユウディアスやみんなが待ってるヨ」
「遊歩、俺は……」
《ダメだよ!君はこの中に居てもらわなくちゃ!》
突然の二人の会話から割り込むアースダマーの声に、遊飛と遊歩は顔を上げる。遊飛と同じ姿でいるアースダマーは、遊飛が居る方へと向かって中に入り、遊飛を抱き締めてそのまま奥へと向かっていく。
連れて行かれていく遊飛に遊歩は手を伸ばすが、アースダマーがキッと遊歩へ睨み着くと、強い突風が遊歩へ襲い掛かる。
「遊飛!」
「遊歩!」
吹き飛ばされていく遊歩は必死に遊飛へ手を伸ばすが、視界がシャットダウンするかのように真っ暗闇へとなっていく。
「っ!」
ハッと現実へと引き戻された遊歩は先程の衝撃のダメージが身体にも響いたのか、全身に響き渡る痛みに座り込む。身体中の関節が痛み、あまりの苦痛に声が出せなかった。
そんな遊歩にテルは肩に触れ、遊歩の容態を確認しようと声を掛ける。
「大丈夫か!」
「うん……弾き飛ばされただけだから……」
まだ痛みは響くが、どうにかその痛みに耐えながら遊歩はゆっくり立ち上がる。そして、アースダマーと戦っているユウディアスに向けて声を出した。
「ユウディアス!もう少しアースダマーを抑えられる?」
「UTS!」
もう一度、遊飛の中へ入ろうと試みる遊歩。だが、先程のように上手く入れなかった。きっとアースダマーが妨害しているだと、遊歩はそれを悟りながら内心焦っていた。
(ダメだ。どんなに声を掛けても、私の声が遊飛に届かない……どうしたらいい?考えろ、考えるんだ……)
「無理だよ!遊飛は更に奥へ連れ込んだんだから!君がいくら声掛けても、その声は遊飛には届かないよ!」
そう言うアースダマーに、遊歩はギリッと歯を食いしばりながら睨みつく。だが、遊歩はすぐに首を横に振って気持ちを切替える。
いま怒りの感情を出してしまえば、それもネガティブな力となり、アースダマーの栄養となってしまう。それはダメだと遊歩は深く息を吸い込み、精神を落ち着かせようと吐き出す。
その時、遊歩は思い出す。過去に遊飛を助けて欲しいとお願いした、あの一夜限りに出会ったユーヒの言葉を。
『それでも君が難しかったら、その時は……彼を使って』
『かれ?』
『素直じゃないカッパさん』
ユーヒが言っていた人物が、あの時の遊歩は分からなかった。だが、今の遊歩はその人物が誰なのかすぐに理解した。
(私の考えに間違いがないなら!賭けるしかない!)
遊歩は隣に居るテルへと視線を変える。目が合ったテルは少し驚いていたが、遊歩は気にせずにテルへ向けて手を差し出した。
「合羽井テル!君の力が必要だヨ!」
そう言い、遊歩はキュッと下唇を噛み締める。
(あぁ、悔しいな。悔しいヨ。私が一番遊飛のそばに居たのに……)
自分だけしか出来ない事だと、当時の遊歩はそう思っていた。自分だけしか遊飛を助けられないと。自分だけが遊飛のヒーローなんだと。だが、結果は違っていた。
(私の力だけじゃ、遊飛を助け出せられないなんて)
今は悔しく思っている時ではないと、遊歩は噛み締めていた下唇を離す。
「彼に譲ってもらった力を、君へ渡すヨ!」
「彼?まさか、ユーヒと会ったのか!」
「いいから!早く!」
そう言い、遊歩はテルの手を掴む。その同時に遊歩はテルを、遊飛の精神世界へと連れていこうと集中する。遊歩の身体から眩い光が輝き、テルは眩しさのあまりに目を瞑った。
光は一瞬であり、眩しくなくなったことにテルは目を開けると、真っ暗闇の空間にいた。
「ここは……」
「遊飛の心の中だヨ」
そう言い、遊歩はテルの手を引っ張っていく。遊飛が居た場所へと連れて行き、宙に浮いている丸いものがあった。
「この中に遊飛がいるヨ……」
そう言う遊歩にテルはこの先、どうすればいいのか聞こうとしたが、遊歩の姿を見て目を見開いた。遊歩の身体が透け始めている事に、先程言っていた力を自分へ譲渡した原因で力尽き始めてるだろう。
テルは何か言おうとしたが、遊歩に両手をギュッと握り締められる。
「お願い。遊飛を連れ戻して……」
姿が消えた遊歩にテルは頷く。遊飛が居る真っ黒な円に触れ、それに向かって声を掛けようと口を開く。
「私の声が聞こえますか。王道遊飛」
触れていた指先から揺れ動くのを感じ取る。声がちゃん届いている事に、テルは少し安心しながら目を細めた。
「まったく。まさか、アースダマーがこんな力を持っていたなんて思わなかった」
少し悪口をこぼし、テルは優しく円を撫でながら様子を見てみる。何か遊飛を連れ戻し、アースダマーを引き離す方法はないかと。
「君をこんな所に囲うなんて」
なるべく遊飛に向けて語り続けていると、テルはあることに気がつく。見つけた答えにテルは眉間に皺を寄せ、少しけわしい表情へと変わっていった。
「いや、違う。君、自ら閉じ篭っているんだね」
そう呟いたテルは握り拳を作り、ジッと真っ黒な円を見つめる。何故、テルはその答えへと導いたのか、それは簡単なものだった。
アースダマーの仕業だと声を掛けた時、指先から感じた揺れは何か否定するかのようなものであった。アースダマーのせいではないと、言ってるかのように。
それならば何故、遊飛はこの精神世界に居るのか。テルは額を円に当てて声を掛ける。
「どうして閉じ篭っている」
テルの声に強く揺れ動く。問い掛けに答えたくないような、そんな拒絶してる遊飛の振動に、テルはとにかく遊飛に言葉を掛け続けようとし続けた。
◇◇◇
そんなテルの声を黙って聞き続けていた遊飛は、ギュッと唇を噛み締めながら見つめていた。マジックミラーのようになってるのか、自分にはテルの姿は見えているが、テルは自分の姿が見えていないのを察した。
ずっと声を掛け続けてくれるテルに、遊飛は体育座りをして自分自身の身体を抱き締める。
「そんなに優しい声で俺に話し掛けるなよ……お前が話し掛けたいのは、俺じゃないんだろ」
そう言いながら遊飛は、目の奥が熱くなっていくのを感じた。今泣いても意味がない。今はアースダマーが表に出ているが、ここの何処かに居る自分の前世が、きっとアースダマーの力を抑えてくれる。
そして、テルと再会してハッピーエンドになるんだと、遊飛はそのシナリオに受け入れるつもりであった。それなのに、まさか遊歩がテルを連れてくるとは想定外だった。
俯いた遊飛は指に力を入れ、ズボンにシワを作っていくと、その指を優しく触れてくる手が見えた。
『君は勘違いしてるよ』
「えっ?」
テルではない、別の声に遊飛は顔を上げる。そして、遊飛の視界に入った人物を見て大きく目を見開く。
遊飛の目の前に、ユーヒの姿があったのだから。初めて対面する自身の前世に、遊飛はどう声を掛ければいいのか分からなかった。
早くテルに会ってきてほしい。ただそれを言えばいいだけなのに、何故かうまく声を出すことが出来なかった。口ごもる遊飛にユーヒは何も気にせず、笑顔を向けながら声を掛けた。
『久しぶりだね』
「久しぶり?」
そう言うユーヒに遊飛は戸惑った。こうして対面する事は初めてなのに、どうしてユーヒの方は思い出深く、友人と久々に会ったかの様に言ってくるのかと。
遊飛の返答に、ユーヒは最初は「あれ?」と言いたげな表情をしていたが、すぐに納得したものへと切り替わり、頷ける様に相槌をしていた。
『あぁ、まだこの時じゃないのか』
一人で話を進めていくユーヒに、遊飛はますます意味がわからなくなっていると、急に腕を引っ張られて立ち上げさせられる。
『それじゃあ、君には行ってきてもらわないとね』
「行くってどこに?」
遊飛が問い掛けたと同時に、胸元から強い衝撃が来た。ドンッと突き飛ばされバランスを崩した遊飛は、いつの間にか後ろにあった落とし穴へと入っていく。
『君の意思で進むんだ。王道遊飛』
見下ろしながら手を振っているユーヒ。その光景を眺め、遊飛は重力に引っ張られていくかのように真っ逆さまへと落ちていった。
「うわああああああっ!」
悲鳴をあげながら真っ白だった空間は、綺麗な青空へと変わっていく。空へと放り投げられたのだと、遊飛は地面に向かっていってる事に、この後に来る衝撃に目を瞑った。
ドサッ!と何かにぶつかる音と、身体から温かい熱を感じた。少し柔らかい何かに当たり、遊飛はクッション的なものが偶然に地面にあったのかと思った。
「いたたた……」
それでも全身に痛みはあり、軽く首を横に振りながら身体を起こした。自分は一体何処へ落とされたのか、遊飛はまだ霞む視界にピントを合わせようとすると、緑色の何かが見えた。
「早くどいてくれないか」
「っ!」
間近から聞こえるテルの声に、遊飛は目の前にいる人物が誰なのかすぐに分かった。結局、自分が表に出てきてしまったのかと、遊飛はそう思いながらボヤけていた視界が徐々にクリアになっていく。
そして、テルの姿を見た遊飛は瞳を大きく見開いた。ボロボロなポンチョに、パサパサな乾いてる肌。手入れもしてないのか、艶のない長い髪に、少し幼さがある顔つきと敵視してる眼差しで睨んでくるテルの姿。
「ご、ごめんっ!」
遊飛はすぐにテルから離れ、謝罪をする。そんな遊飛を睨みつけながら、テルは上半身を起こして砂を落とすように、手でポンチョを叩いていた。
不機嫌なままであるテルに、どう声を掛ければいいのか遊飛は悩んでいたが、テルの後ろにいる人物を見て更に驚きが隠せられなかった。
(なんで、この人も居るんだ?)
ユーヒの姿を見た遊飛は、テルと交差しながら視線を動かす。そして、遊飛はある答えを導き出す。
ここはユーヒとテルの過去の世界であるということに、自分が過去の世界へとタイムスリップしたことに、遊飛は悲鳴を上げるしかなかった。
2023/10/01