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<テルゆひ> 惑星の花嫁

 合羽井テルからのアプローチを受けてから、この数日間。遊飛はどうにか遭遇しないようにと気をつけていた。なるべく仕事にも支障しない様にと、言われた通りにユウディアスのそばにいながら。こうしていれば、きっとテルも言いに来ないだろう。とそう考えていたからだ。
 だが、ここ最近の仕事は奇怪なことばかりが起きた。ユウディアスの上官であるズウィージョウが現れたり、ソリッドビジョンであるモンスターが実体化するなど、非現実的な出来事が立て続けに発生したこと。そして、その原因がアースダマーの力だと気がついた時は、既に手遅れに近かった。

「まさかモンスターの中に入るなんて」

 重力がない空間にいるからか、身体を浮かせた状態で遊飛は目の前の光景に息を飲んだ。傷ついているユウディアスの姿、自分を抱き締めて守ってる遊歩と、そばに居るマナブとニャンデスター。
 今、自分の意思がズウィージョウのエースモンスター、ヴォイドヴェルグ・レクイエムと同化している。アースダマーの力によって引き寄せられたのか、それとも無意識に入ってしまったのか。そこは遊飛も分からない。

 ただ、これだけは遊飛は分かっていた。

「これ以上、被害を出しちゃダメだ」

 楽しいラッシュデュエルが、破壊の道具として使っていいはずない。けど、ユウディアスは遊飛がヴォイドヴェルグ・レクイエムの中に居ると知ってから、うまく攻撃宣言をせずに他の方法を考えているのが見える。
 ユウディアスの優しい部分には、遊飛も嬉しく感じてはいるが、もう時間があまりないのを感じていた。

「それに……俺も意識が持たない……」

 身体は浮いているがまだ動かせることが出来る。だが、この中に入ってから、遊飛は異変を感じていた。
 それは遊飛の耳元からずっと聞こえる声。その声が、遊飛の意識を引っ張っていく。

<おいで、おいで……こっちにおいで……ボクの元へおいで……ボクと一緒にいようよ……一緒に遊ぼうよ……楽しいよ……だからこっちにおいで……>

 とても明るく元気な声であるが、どこか怖さを感じる声に、遊飛は瞼が重くなっていくのを感じる。両手で耳を塞いでも、脳内で語り掛けてるのか聞こえ続けていく。
 あの時、テルとのデュエル後に倒れた時と似た感覚に、遊飛はどうすればいいのか悩んだ。その時は、テルが声を掛けてくれたおかげで戻ってこれたが今回は違う。
 今この場に助けてくれる人はいない。自分でどうにかしなければならない。本当に、自分一人で出来るのか。そう思い続けていると、背後から誰かの腕が遊飛を優しく抱締める。

<大丈夫だよ。君は誰よりも強い子だから>

 さっきの声とは違う声が聞こえたと同時に、遊飛の気持ちはすっと軽くなった。重かった身体も自由に動けることを確認し、遊飛は耳を塞いでいた両手を離した。
 ずっと聞こえていた声は嘘のように何も聞こえなくなり、思考もクリアになって晴れ晴れしていく。

「何が起こったか分からないけど、今しかないっ!」

 このチャンスを逃す訳にはいかない。遊飛は意識を集中し、遊歩へこの気持ちを代弁してもらおうと送った。
 ユウディアスには勝ってもらいたい。その為には、自分のことは気にせずにデュエルしてほしいと。全ての思いを遊歩に託し、遊飛は息を吐いて少し肩の力を抜いた。
 そして、遊飛は誰もいないはずの方へと視線を向けて口を開く。

「なぁ、そこに居るんだろ?ズウィージョウ」

 遊飛が声をかけると、一部の景色が歪み始める。そして、その歪みからズウィージョウの姿が現れた。
 お互い驚かず、ただ黙ってジッと見つめ合う。その数秒後、先に語り始めたのはズウィージョウだった。
 
「既に覚悟は出来ているのか。地球人の少年よ」
「この先、俺がどうなるか分からないならな」

 遊飛がそう言うと、ズウィージョウは軽くフッと半笑いした。だが、その笑いは貶すものではない。
 遊飛の瞳から感じる覚悟の闘志に、死闘で戦い続けたズウィージョウにとっては好感度が上がる感覚であった。

「その覚悟、称賛に値する 」

 ズウィージョウの言葉に、遊飛もまたズウィージョウの瞳を見ながら疑問を抱いていた。聞くならば今しかないのではないかと、遊飛はジッと見つめながら問いを投げた。

「俺、ずっと気になってることがあるんだ」
「なんだ」
「ズウィージョウはどうして、わざと悪いことをしてるんだ?」

 遊飛の問いに、ズウィージョウの瞳が大きく見開く。瞳はすぐに元に戻り、ズウィージョウは目を細めながら遊飛を睨みついた。

「ワレの事を、そう見えるのか」

 ズウィージョウの問いに、遊飛はすぐに頷く。
 その返答にズウィージョウはどう思ったのか、それは遊飛は分からない。だが、遊飛にとってズウィージョウとはそんなに悪い宇宙人ではないと感じていた。
 今こうして、同じ精神世界にいるからなのか。遊飛は少しでもズウィージョウの本心に触れたかったのだ。
 だが、その気持ちはズウィージョウには届いていなかった。

「甘すぎる思考だな地球人。ワレはこの力を使い、全ての惑星を支配してみせる!」

 ズウィージョウがそう言うと同時に、禍々しいオーラがズウィージョウを包み込む。アースダマーの力だと、すぐに遊飛は理解した。
 このままではいけない。その力は間違ったら取り返しのつかないことになる。アースダマーの力をよく理解してない遊飛ではあるが、それだけは分かっていた。ズウィージョウの身が大変なことになると。
 アースダマーの力を止めなければ。と、遊飛は両手を強く握り締め、息を大きく吸い込んで肺が空気でいっぱいになった所で吐き出した。

「これ以上、好き勝手するなっ!」

 力強く、遊飛は叫んだ。アースダマーの力を止めようと。自分の意思を強く持って、命令するかのようにアースダマーに向けて。
 それがアースダマーにも届いたのか、ズウィージョウの身に纏っていた禍々しいオーラは分散されていった。

「やった!」

 成功したことに遊飛は喜んでいたが、ピシッとガラスに亀裂が走るような音が聞こえた。何も無い空間の中、なぜそのような音がしたのかと、遊飛は聞こえた方へと振り返る。
 最初は小さいヒビであったが、徐々にそれは広がっていき、ガラスが割れる様な音が鳴り響く。
 そして、そこに風穴が空いたからか、吸い込む力が遊飛とズウィージョウへと襲い掛かった。まるでブラックホールのようであり、遊飛はズウィージョウを連れて逃げようとしたが、ズウィージョウは特に抵抗もなく風穴へと吸い込まれていく。

「ズウィージョウッ!」

 伸ばした手は届かず、ズウィージョウの姿は消え去ってしまった。一人残された遊飛は助けられなかったことが悔しく、ギリッを歯を噛み締める。だがそんな余裕もすぐになくなってしまう。

「わわわっ!ちょっと、えっ、これ吸い込まれたら、どうなるのぉ!?」

 必死に踏ん張っていたが、掴むものもないまま遊飛の身体は宙へと浮かび、そのまま吸い込まれて行った。
 まるで流れの早い川に落ちたような感覚に、遊飛は抵抗できないまま流されていく。重圧に押し潰されそうで、息苦しく、このままでは窒息死するのではないかと、遊飛は意識が遠くなっていくのを感じる。
 あぁ、こんな所で死にたくないなぁ。と、そう思いながら遊飛はゆっくり瞼を閉じた。

『いかないでくれ……』
「えっ?」

 聞こえた声に遊飛は目を開ける。遊飛の視界に入ったのは、遺跡のような場所。バチバチと地面や空間が電流で響き渡っており、天井からは崩れかけているのか壁の破片が落ちている。どう見ても危険な場所であるのは一目瞭然であった。
 そして、その先にいるテルの背中。泣きそうになってるのか、肩を震わせて誰かを抱き締めている。

『私はやっと気がついたんだ……』

 あんなにも必死に抱き締め、声を掛けているテルの姿を初めて見た遊飛は胸あたりにツキッと痛みが走る。自分ではない、別の人物に向けていることが、モヤモヤする感覚が襲い掛かった。それがなんなのか、どういう意味を指すのか、遊飛は理解出来ずにいた。
 遊飛はテルに声を掛けようとすると、急に目の前が真っ暗へと変わっていきテルの姿は消えていく。

「なんだ?今の……」

 まるで記録の映像が一部流れていたかのようで、遊飛は何故それを見たのかが分からなかった。自分には記憶に全くないもの。だが、何故か少し懐かしさもあった。
 それはいつ。どこで。思い出そうとすればする程、頭痛が走っていき遊飛は両手で頭を抱え、蹲るように座り込む。

「なんでアイツは泣いてるんだ?アイツが抱き締めてる人は誰なんだ?」

 何故。どうして。分からない。でも懐かしいという気持ちの他に、ムカムカする気持ちが混ざりあって胃もたれのような感覚に、気分が悪くなっていく。自分の身に一体何が起きてるのか。まるで自分が自分ではない、別の誰かの記憶を見てるかのようだ。
 そう思いながら遊飛は唸り続けていると、目の前が急に明るくなっていく。

「遊飛っ!」

 名前を呼ばれ、ハッと遊飛は目を覚ます。長い間、水中に潜らされた後に引き上げられた感覚の様に、遊飛は意識を朦朧としながら軽く頭を横に振る。

「あれ……俺……」

 まだ意識がはっきりせず、遊飛はふわふわする感覚や汗をかいていたのか、ベッタリと布が肌に張り付いている感触に気持ち悪さもあった。
 そして、そばに居た遊歩とユウディアスから戦いがどうなったか、ズウィージョウはどうなったのか話を、遊飛はほっと安堵の息を漏らす。
 ズウィージョウも無事に戻ってきていたこと、被害はビルだけですんだこと。
 そして、ビルを破壊していったアサカのそばにテルが居たと聞いた時、遊飛はまた助けられたのかと思った。胸あたりがトクトクと響き、温かくなっていくのを感じるが、それと同時に先程の見た記憶を思い出し、指先が冷たくなっていくのを感じるのであった。

 ◇◇◇

 あの事件から数日が経ち、体調も良くなった遊飛はようやく外出許可が取れた。高熱でうなされ、全ての関節が痛みを叫んでいたのだから致し方ない。久しぶりの外の空気に遊飛は両腕上げ、大きく背筋を伸ばしていく。

「ん〜〜っ!……はぁっ、ずっと寝っぱなしだったから、身体が訛ってるよ」
「だが遊飛がこうして元気になって外に出れること、ソレガシは嬉しいぞ!」
「はは、ありがとな」

 ユウディアスの本心を真正面から受け止め、遊飛も嬉しそうに笑みを浮かべる。今日は久しぶりにラッシュデュエルしようとなり、いつもなら遊飛の部屋でやっているが外でやることを決めたのだ。
 きっとユウディアスなりの気遣いかと思うが、遊飛以上にワクワクしながら隣で歩いている。そんな姿を見ていると、こちらも気持ちは明るくなっていく。

(そこがユウディアスのいい所なんだろうな)

 そう思いながら歩き続け、十字路を通り過ぎろうとした時。その横から何かが現れ、遊飛の手首を掴んでくる。
 遊飛は掴まれた事で悲鳴を上げようとしたが、その前に強く引っ張られてしまい、一気にユウディアスと引き離されていく。名前を呼びたかったが、それすらも出来ないくらいの速さであり。

「遊飛?」

 ユウディアスが気がついた時には、既に遊飛の姿はなかった。

 ◇◇◇

「えっ!?なになになになに!?」

 急に路地裏まで連れてこられ、遊飛は抵抗できないまま戸惑っていた。この間の件でアースダマーの存在を知られ、もしかすると別の宇宙人が狙いに来たのか。それとも、ズウィージョウの仲間なのか。
 だとしても、ユウディアスが近くにいる所で連れ去ろうとするなんて大胆なことをすると思いながら、相手が誰なのか遊飛は顔を上げてみる。そして、相手の姿を見た瞬間、目を大きく見開く。

「え、ビジョガッパ!?」

 目の前に居たのはテルであり、遊飛は驚きのあまりに声を上げてしまった。まさかこのタイミングで再会するとは、遊飛は思ってもいなかったからだ。今会ったとして、どう接していいのか分からず戸惑いながらも、とりあえず勝手に裏路地まで連れてきた理由を聞こうと声を上げた。

「お前、なんだよ急にこんな所まで連れてきて!」

 いつも通りにと大声で叫んでみたが、テルの反応は全くない。最初は無視されているのかと思ったが、どうやら違うみたいだ。こうも無反応にされると、遊飛も不安になっていく。

「どうしたんだよ?なぁ?」

 何度、声を掛けても反応を返さず俯くテルに、遊飛は顔を覗き込もうとした。前髪の毛先から垂れる雫を眺めながら見上げると、バチッとテルと目が合う。
 びっくりした遊飛は離れようとしたが、テルからの強い視線に身動きが取れなかった。まるで、蛇に睨まれた蛙の様な感覚だ。
 何か言葉を発したくても、発することすら許されないような感覚に襲われる。遊飛はただ黙ってじっと見つめていると、固く閉ざしていたテルの口がようやく動いた。

「よかった……」
「えっ?うわっ!」

 腕の中へと閉じ込められ、強く抱きしめられる遊飛。急な展開に一瞬何が起きたのか分からず、ドキッと胸が鳴った。
 同性相手に抱き締められて、どうして嫌な気持ちにならないのかと遊飛は疑問抱きながらも、じわっと衣服から濡れる感じに我に返った。

「待って!濡れてる!めっちゃ服濡れてる!」

 衣服が濡れ始めていることに気がついた遊飛は、離れてもらうようにお願いしながらテルの腕の中で暴れ回る。だが、体格も身長も遊飛より上であるテルから逃れることが出来ず、返って逆に強く抱き締められてしまう。少しだけ身体からミシッと音が聞こえたが、そこは敢えてスルーした。

「力強っ!待てって!本当に服が、ひっ!」

 じわじわと染み渡ってくる水気は、ついに腹部の衣服まで濡らし始めていく。肌と濡れた布がくっつき、ヌルッとする感触に鳥肌が立った。流石に我慢の限界であり、遊飛は殴ってでも止めようと腕を振り上げる。

「お前、いい加減にっ!」
「君はここに居る……」

 耳元で囁かけるテルの声に、ピタッと遊飛は動きが止まった。テルの声が震えており、よくよく見てみると身体も小刻みに揺れている。泣いているのかと、遊飛は顔を上げてみると、涙なのかカッパ体液なのか、テルの頬には濡れている跡があった。

 それを見て、遊飛の胸はキュッと締め付けられた。

「泣くなよ。お前が泣いてると、俺……」

 心が苦しくなる。と、遊飛はそう呟きながら見つめていると、テルの顔が近づいてくることに気がつく。真っ直ぐ見つめている熱い視線に遊飛は自然と目を瞑る。
 近づいてくる気配と唇から感じる吐息に、遊飛の心臓はドキドキしながら待っていたその時である。

「遊飛ー!どこにいるのだー!」
「っ!」

 ユウディアスの声で、遊飛は我に返った。目を開け、顔が近いテルに驚いた声を上げて、咄嗟に突き飛ばしてしまった。
 後ろへとよろめくテルだが、今の遊飛には謝る思考はなかった。むしろ一瞬、キスされるのを受け入れかけていたことに、遊飛は顔が熱くなっていくのを感じた。
 いたたまれないこの空気に、早くテルから離れようと遊飛は動き出す。

「俺、行かなきゃ」

 そう言って後ろへと振り返り、ユウディアスが居る方へと歩き出そうとした。早くこの場から逃げないといけない思いで一杯だったが、腕を掴まれた遊飛は逃げられなくされてしまう。

「行かないでください」
「なんでだよ。ユウディアスのそばにいろって言ったのお前じゃんか」

 こう言えばきっと手を離してくれる。そう遊飛は思っていた。だがテルの表情は眉間に皺を寄せ、険しいものへと変貌している。怒りがあらわにしてるかのようであり、遊飛は何も言えなくなってしまい息を飲む。
 それと同時に掴まれた腕から痛みが走った。

「いたっ!」
「私の前で、他の男の名前を呼ばないでくれませんか」

 強く掴まれた腕は引っ張られ、気がつくと後頭部にはもう片方空いているテルの手が支えられる。そして、視界一面にテルの顔になったと同時に唇から感じた、柔らかくて生温かい感触。
 今キスされていることに気がついた遊飛は、目を徐々に大きく見開いていく。そして重ね合わせていた唇は離れ、一瞬の出来事ではあったが遊飛は顔を赤く染め上げていく。

「おま、え……」
「愛してます……愛しているんです」

 ぎゅうっと再び強く抱き締め、必死に思いを伝えるテルに遊飛はドキドキしながら両腕を動かし、テルの背中へと回そうとしたが動きを止める。
 あの時の光景を思い出したのだ。別の誰かを抱き締め、必死に声を掛け続けていたテルの姿を。前に言っていた「何百年経っても、花嫁である君を見つけると」という言葉を。

(本当にお前は俺の事……好きなのか?)

 そう疑問を抱いてしまえば、遊飛の心は不信で満ち溢れていく。唇をきゅっと結び、そしてテルの胸元に手を当てトンッと押した。距離を離し、後ろへと下がった遊飛は顔を上げる。
 急に押されて驚いたのか、テルの瞳は揺れ動いていた。そんな彼の表情を見ながら、遊飛は拳を作って問いを投げる。

「お前のその言葉ってさ、本当に俺に向けて言ってるの?」

 遊飛は思っていた事をテルに向けて言葉を発した。
 あの記憶を見てから、ずっと思い、悩み続けていたことを。その問いによって、テルがどう答えるのか遊飛は緊張しながら息を飲み込む。

 この言葉が遊飛にとって、始まりの序章だと--

 とても切なく、悲しい物語の幕開けだということを--

 まだ、彼は知らない--


2023/07/03
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