<テルゆひ> 惑星の花嫁
地面から感じる強い揺れに、立ち上がったテルはすぐに焚き火を消そうと砂を掛ける。明るかった一面は暗い闇へと飲まれ、テルは神経を研ぎ澄まして警戒態勢をとった。
敵襲なのか、それとも別のものか、暗闇に慣れた視界でまわりを見渡す。特に人の気配は無いが、目の前に一筋の光が天へ向かって突き上がっていくのが見える。
紫色に輝く光の柱。とても禍々しく、テルはその光を見つめ続けていたが、その光は直ぐに消えていくのと同時に、地面の揺れも収まった。
「何が起こった」
状況が読めないテルは嫌な予感が走った。先程の光の柱があった場所は、ユーヒが言っていた遺跡。
つまり、遺跡に何かが起こった可能性が高い。
「まさか」
こういう時、テルの予感は的中する。両足に力を入れ、一気に駆け出す。目指す場所はもちろん遺跡だ。
遺跡が見え、テルは高い崖から飛び降りて着地する。足の裏から痺れる感覚に襲われるが、気にせずに走り続けていく。飛び降りる前に、まわりを見渡したがユーヒ達の姿は見えなかった。
つまり、ユーヒ達は何らかのキッカケで、遺跡へ連れて行かれた可能性は高い。
「急がなければ、間に合わなくなる」
もし、ユーヒが何かのきっかけでアースダマーの力を解放した場合、一番に被害合うの存在は決まっている。それを想像したテルは、全身の血液が引いていくのを感じていく。
失いたくないと。壊さないでくれと。その感覚にテルは我に返り、走っていた足をゆっくり止める。
「私は今、何を考えた?」
何故、彼を失いたくないと思ったのか。何故、ユーヒの力によって、彼が壊れて欲しくないと考えたのか。何故、ユーヒより彼の安否を優先したのか。テルは自分の感情に理解が追いつかず、戸惑った。
ほんの数十時間しか過ごしていない、興味が無い存在であるのにーー
「いや、今はあの遺跡に向かう方が先だ」
答えが出せない事にテルは一旦考えることをやめ、遺跡の中へと入って行く。明かりも何も無い、暗闇の世界。
テルは視界を慣れさせようと目を凝らし、少しだが徐々に遺跡の中の状態が見えるようになっていく。
「闇雲に探し回る訳にはいかないが」
どうしたものかと、テルは考え込む。もしすれ違い、合流するのに時間が掛かるのは避けたい。
だとしても、もし手遅れな事が起きてしまえば、それこそ取り返しのつかないことに、自分は後悔してしまう。「どうすれば」と、テルは小さく呟くと胸ポケットから光が点滅する。
それに気がつき、テルはポケットに手を入れ、ある物を取り出す。
「コレを使うということは非常事態か」
握り締めてる機械を眺めながら、テルは画面に点滅している赤を見つめて目を細める。もし、ユーヒとなんらかで離れ離れになった場合として渡していた発信機。
そして、もし敵に囚われた時に自動的に発信するようにもしてある。ユーヒが自発的にやったか、それとも敵に囚われ機械を手放しているか。
「とにかく、探そう」
テルは発信機が示してる場所へと向かおうと歩き出す。
神経を研ぎ澄まし、少しでも気配や声が拾えるようにと。
◇◇◇
この手は絶対に離してはいけない。ユーヒはそう思いながら、遊飛の手を握り締め続けていた。
未知の場所へと転送され、離れ離れになってしまえば、何か取り返しのつかない事が起きてしまうと思ったからだ。
それでも全身に襲い掛かる強い突風に、ユーヒは掴んでいた遊飛の手を離してしまう。
「ユウ!」
素早く離れていく遊飛に向けて名前を呼び、ユーヒは手を伸ばしたまま何処かへと引きずり込まれていく。
真っ白であった空間は消え、ユーヒはそのまま地面へと叩きつけられる。
「いたたたた……」
地面へ強打したお尻を摩り、ユーヒはまわりを見渡す。脈を打つように点滅している淡い紫色の光。
まるで生き物の体内へ入ってしまったのではないかと、そう感じてしまうユーヒは、地面に触れて何か気がつく。
「ここは……遺跡の中なのか?」
居場所がわかり、ユーヒは内心焦った。遺跡が意図的に連れて来たのならば、目的は明確である。
自分達の胎内にあるアースダマーを求めているのだろう。
「どうしよう。ユウがもし彼処に行ってたら……」
自分の身代わりとなってしまった場合を想像してしまい、ユーヒは軽く首を横に振った。そして、両手で自身の頬を叩き、深く息を吐いていく。
「落ち着くんだ」
頬からじんじん感じる痛みによって、ユーヒは冷静さを取り戻す。頬を叩いた手を離し、あることを思い出し首にかけている薬袋を手に取る。
「彼にも連絡しなくちゃ」
薬袋の装飾にある赤いボタンを押し、チカチカと点滅が始まる。これでテルに緊急事態であることを伝えられた、とユーヒはゆっくり立ち上がった。
「ユウ、何処にいるの」
少しでも遊飛の気配を感じ取れないか、神経を研ぎ澄ます。遠いが微かに遊飛のアースダマーを感じ、ユーヒは矛先をそちらへと向けた。
「どうか無事でいて」
少しでも早く歩こうと足を動かしていく。地面は柔らかく、何度かその糠にバランスが崩れそうになり、踏み留まろうと筋肉に余計な力を入れてしまう。
「力尽きないように気をつけなきゃ」
そう呟きながら、ユーヒは歩き続ける。
それから、どれぐらいの時間が経ったのか。額から汗が垂れ落ち、熱を少しでも逃そうとストールを脱ぎ、首筋から外の空気を入れていく。
呼吸をする度、喉の奥がチリチリして痛い。酸素を取り込み、動く肺から痛みを感じる。両足のふくらはぎは、これ以上は歩けないと言ってるかのように痺れ渡る。
少しでも休むべきなのはユーヒも理解している。だが、その間に遊飛の身に何かが起こることも不安であった。
「はぁ、はぁ……げほっ!げほっ!」
咳き込むと喉から血の味を感じる。咳のし過ぎで切れたのだろう。それとも、自分の時間がもう無いのかもしれない。そう思いながらも、ユーヒは口端に付いた唾を手の甲でぬぐい取る。
深く息を吸い、少しだけの休憩を挟んだ後にユーヒは歩き出す。遊飛とは違う、別の気配が近くにあることに。ユーヒはそれが何か悟っていながら向かう。
「ここが……そうなんだね」
そして、目的地でもあった場所へとたどり着く。真ん中に魔法陣のような彫られた模様があり、そのまわりには四本の岩の柱が立っている。
その前には何語かわからない文字が彫られている岩の扉が立っており、眺めていたユーヒは目を細めて軽く息を吐く。少しだけ気を緩んだからなのか、ひゅっと気管から逆流してくる液体に、ユーヒは咄嗟に手で口を覆いかぶせる。
「ゴホッ!ゴホッ!」
今までの中で肺を圧迫させるような咳。手の平から感じる生暖かい液体に、ユーヒはそれが何かわかる。
覆い被せていた手を口から離し、視界に入るのは真っ赤に染まっている手の平。目の奥が熱くなり、目を細めたユーヒは下唇を噛んだ。
「なんでこんなにも身体が弱いんだ……」
生まれた時から身体はそこまで強くはなかった。それはアースダマーが原因だと聞いている。あの膨大なエネルギーに、ユーヒの身体は耐えきれなかった可能性もあると。
(あぁ、ダメだ。こんなマイナスな感情を出してしまったら……)
アースダマーに呑まれてしまう。と、ユーヒはそう思考では理解していても、一度動いた感情は止まることは出来ない。
ユーヒのまわりには禍々しいオーラがまとい始め、気持ちがドロッとした黒い何かに塗り潰されていく。身体が重く、視界が暗くなっていくことにユーヒは地面へと座り込む。
「強い身体がほしい……強い身体があれば僕は……」
「なら、俺がお前の足になるよ」
「っ!」
隣から聞こえた声に、ユーヒの視界はクリアになっていく。手首を優しく取られ、その先にいる人物にユーヒは視線を向ける。
その先に居たのは優しく微笑み、手を取っている遊飛の姿があった。
「ユウ」
「お前はまだ諦めてないだろ?」
そう言われながら手を引かれ、ユーヒは立ち上がった。さっきまで鉛のような重さがあったのに、遊飛と手を取った途端にそれが無くなり、羽のように軽くなったような感覚だ。
ゆっくり立ち上がり、遊飛の身体へと少し委ねるように寄り掛かる。
「見つかってよかった〜!怪我とかしてないか?」
「うん」
重たいはずなのに、遊飛は特に気にしてないように笑顔を向けてくれる。その雰囲気にユーヒは安心感があった。
遊飛の問い掛けに軽く頷き、ユーヒは怪我がないことを伝える。ただ、自分の寿命が限界に超えてることは伏せて。
「それで、ユーヒは何処を向かおうとしてるんだ?」
「えっと……」
彼に伝えてもいいのだろうか。と、ユーヒは一瞬だけ悩んだ。もし、自分のアースダマーと遊飛のアースダマーが衝突した時、どうなってしまうのか予測が出来ない。
もしかすると、全惑星を破壊してしまうかもしれない。もしかすると、遊飛の命を使って自分が生き残ってしまうかもしれない。いろんな仮説がわき出てしまい、ユーヒは口篭ってしまう。
「大丈夫だよ」
「えっ?」
「俺が守るからさ!まぁ、カッパほどの力はないけど」
遊飛は少し苦笑いしながら言い、ユーヒは遊飛の言葉に大丈夫な気持ちへと変わっていく。自然と笑みを浮かべたユーヒは腕を上げ、先程見ていた儀式へと指先を向ける。
「あそこまで連れて行ってほしいんだ」
「わかった!」
元気よく返事をする遊飛と共に歩き出す。少し坂になっている地面をゆっくり降りていき、ユーヒは遊飛の横顔を見つめて目を細める。
「君は本当に優しい子だね」
「俺はユーヒがしたい事を手伝いたいだけだよ」
「そっか……僕の生まれ変わりが、こんなにも優しい子でよかった」
「っ!なん、で?」
身体を支えてくれている遊飛の手の力が入っているのを感じ、ユーヒは驚いている遊飛を見つめる。揺れている気持ちが瞳にも現れており、ユーヒは微笑みながら口を開く。
「わかるよ。元の魂は一緒なんだから」
そう伝えると、「そっか」と遊飛は返した後、口を閉じて無言になった。お互いの足音だけが鳴り響き、ユーヒは近くなってくる魔法陣を眺めていると、「なぁ」と遊飛に声を掛けられる。
「こんな時に聞くのもあれだけどさ」
「うん」
「俺さ、カッパ……の事が、その……好きでさ」
「うん」
「この気持ちって、ユーヒの影響が強く出てるのかな?」
まさかこのタイミングで、そんな事を聞かれるとは思わなかったユーヒは瞬きをしーー
「ぷっ、あははははは!」
遊飛には申し訳ないが、つい笑ってしまった。洞窟内で響き渡る笑い声。遊飛も場違いな問い掛けだったと思っているのか、顔が徐々に赤くなっている。
それを見たユーヒは「ごめんね」と謝り、笑った後に深く息を吐き、遊飛の問い掛けに答える。
「君が思ってるほどの関係じゃないよ」
「で、でもアイツ!お前のこと花嫁だって!」
遊飛の言葉に、ユーヒは納得する。何故、遊飛はこんなにも気持ちを隠そうとしていたのかを。
ユーヒは問題点であった部分を、遊飛へ気づかせてあげようと口を開く。
「そこは、僕の種族の問題でもあるかな」
「種族の問題?」
「うん。僕の種族はね、番がいないと長生きできないんだ」
「えっ……」
「だから彼は少しでも僕をっていうか、アースダマーの研究する為に、番になったようなものなんだよね」
ユーヒは語りながら思い出す。初めて合羽井テルと出会ったことを。アースダマーを保有していることで同族には嫌悪され、ずっと鳥籠の様に幽閉され、このまま自分の命は尽きると思っていた。
そんな中、テルが壊して外へ連れ出してくれた。アースダマーの研究する為だけと言って。その為に、ユーヒと番になる事も厭わなかった。
ユーヒもそれで良かった。少しでも長生きし、アースダマーをどうにかする為なら、お互い使われていこうと思っていたし、初めて出来た友人とも思っていた。
「僕は恋愛というより、友愛の方が強いかな」
「友愛……」
「だから、君のその気持ちは君から起きてるものだ」
「ユーヒは友愛だとしても、アイツは……」
「それはどうかなぁ」
ユーヒの一言に遊飛は「なんで?」と言いたげな表情をしている。だが、ユーヒはヒントを与えるのはここまでだと思った。
自分がどんな言葉や答えを遊飛へ伝えても、それは遊飛のためにならないからだ。ここまで拗れ合ったのなら、それは当事者同士で解していかなければならない。
「ま、そこは直接本人に聞いた方がいいと思うよ」
そう言い、ユーヒは遊飛から離れていく。数歩先へ進み、魔法陣の上へと立ったユーヒは振り返り、遊飛と見つめ合う。
これが最後の会話になるかもしれない。そう寂しく思いながら、ユーヒは口を開く。
「君の本当の名前……教えてくれないかな?」
ユーヒの問いに、遊飛の唇は少しだけ悩むような動きをしている。数秒の間を開けた後、遊飛の眼差しが変わった。
「俺の名前は、王道遊飛」
「王道遊飛……いい名前だね」
遊飛の本当の名前を聞けて、ユーヒは満足した。真名を知れば、この先の未来までの縁が結べたからだ。
しばらくの間の別れとなる事に、ユーヒの瞼を閉じる。
「ありがとう、僕達に会ってくれて……そして、ごめんね。遊飛には重たい役割を背負わせちゃって」
ユーヒはそう言葉を発し、同時に指を鳴らす。すると、ユーヒの足元にある魔法陣は光り輝き出した。
紫色の眩い光に、遊飛は何が起きるのか分からなかったが、ユーヒの身に何かが起きるだけは理解する。ユーヒを止めようと手を伸ばすと、指先が透け始めているのが目に入る。
「なに、これ!?」
手だけではない。全身が透けており、遊飛は自分の身に起きてる事に戸惑う。それを安心させるかのように、「大丈夫だよ」とユーヒの優しい声が聞こえる。
「本来の場所へ帰るだけだよ」
その言葉にどういう意味なのか、遊飛は理解する。気がつけば駆け寄り、ユーヒの両肩を掴む。
「ダメだ、ユーヒ!俺はユーヒを救わなきゃダメなんだ!」
「それは逆だよ遊飛」
「えっ?」
「僕が遊飛を守らないといけないんだ。そう、遠い遠い未来の君が生まれて、テルと遊飛が再会するまで」
ユーヒは笑顔を遊飛へ向けた後、すぐに真剣な顔へと変えて後ろへと視線を向ける。
「だから、アースダマーには大人しくしてもらわないとね」
「っ!」
ユーヒの背中から現れたアースダマーに、遊飛はユーヒを庇おうと前へ出ようとする。だが、ユーヒに止められてしまう。
「アースダマー、遊飛は闇へ堕ちないよ」
その言葉がアースダマーの癪に触れたのか、ユーヒへ向かって襲い掛かる。ユーヒはそばに居る遊飛の肩に手を当て、思いっ切り突き飛ばした。
「ユーヒ!」
ユーヒの笑顔がアースダマーに呑み込まれ、姿が見えなくなった。その光景を信じられず、遊飛は膝を崩して地面へ蹲り、悲痛な声を上げる。
守れなかった。守ると決めていたのに、ユーヒを守るどころか守られてしまった。
「なんの為に、俺はここに来たんだよ……!」
遊飛は両手の拳を、地面へ強く叩きつける。痛みなんて、感じている暇なんてなかった。自分の不甲斐なさに、遊飛は怒りすら感じてしまう。
「ユーヒ……ごめん、ユーヒ……」
涙で地面を濡らし、謝り続ける遊飛。その中、力を全て吸いきったのか、アースダマーはユーヒから離れる。
次の狙いは遊飛なのだろう。津波のように襲い掛かるアースダマーに、遊飛は動かずに睨みつけた。
「お前だけは!」
絶対に許さない。そう、遊飛は叫ぼうとした瞬間、アースダマーは弾け飛び、消えてなくなった。何が起きたのか遊飛は瞬きしていると、背後に誰かがいる気配を感じる。
『駄目だよ遊飛、怒りは自分の視野を狭めちゃうから』
「ユーヒ……」
『僕は君の中で、僕のやるべき事をやるよ。だから遊飛も動いて、自分の心のままに……』
そう言い残し、ユーヒの気配はなくなった。光り輝いていた魔法陣も消え、残されたのは横たわっているユーヒの姿。
遊飛は涙を零し続け、自分の身体が光の粒子へと変わっていく。
「うぁっ……ああああっ!」
響き渡る自分の泣き声。遊飛は地面に爪を立て、土を抉るように手を握り締める。
そうしていると、自分の声の他に何か音が聞こえた。遊飛は顔を上げ、現れた人物を見た遊飛の表情は、悲しみで歪んでいく。
「なんだこれは……」
戸惑うテルの声と姿に、遊飛はキュッと心が痛んだ。きっと責められる。そう分かっていても、今の状況を説明しようと遊飛は立ち上がる。
「ごめん。ユーヒ、救えられなかった……」
ポロポロと涙を零し、謝る遊飛。どんどん身体が透けていってるのを見て、ここに居られる時間も残り僅かしかない。
だからこそ、消える前にテルからの罵声を受けるつもりもあった。なのに、テルの表情は怒りの表情とかではない、別のものへとなっている。
何故、こんなにも泣きそうな表情をしているのか。遊飛は分からずにいると、遊飛の元へとテルが駆け寄って来る。
「お前、身体が……」
「俺は大丈夫。だから、ユーヒのそばにいて」
自分は未来で会えるが、ユーヒは今でしか時間が作れない。そう思いながら、遊飛はテルから離れようとした。
だが、その動きを止めるかのように、テルが手を伸ばして遊飛の腕を掴んでくる。殴られるのかと遊飛は思ったが、そのまま引っ張られてテルの腕の中へと抱き締めてきた。
突然の事で、遊飛は驚きが隠せられなかった。どうにか離れようと身体を動かしてみるが、テルの腕の力が入ってしまい身動きが取れなくなってしまう。
「俺じゃなくてユーヒの所に……っ!」
「いかないでくれ……私はやっと気がついたんだ……」
「……えっ?」
テルの言葉を聞いて、遊飛は目を大きく見開いた。この言葉は、前にズウィージョウを止める為にした時に見えた過去の記憶。
(そっか……その言葉はユーヒじゃなくて、俺に向けてたんだ)
そして、この光景をユーヒは見ていた。だから、これまで遊飛が見てきた記憶の視界があべこべだったのだ。
第三者が見ているかのような視点と、自分自身が見てきた視点。遊飛とユーヒが見てきたものの記憶が混ざり合っていたんだという事を。
ならば自分も後悔しないようにと、遊飛は手を伸ばしテルの頬へと触れる。
その触れた手を掴み、必死に居なくなるなと懇願するテルの表情を見た遊飛は心が痛んだ。それでも、いつか出会える事を伝えようと微笑む。
「また会おうな……テル」
初めて本人の前で名前を呼ぶと、テルの顔が近くなり唇から柔らかい感触がした。その一瞬の出来事に、遊飛はキスされたのだと理解する前に、また強く抱き締められる。
「君が消えても、私は見つけてみせる。何年だろうと、何百年だろうと……」
耳元から聞こえる言葉に、遊飛はテルの背中に手を当て抱き返す。強く頷きながら「うん、うん」と返事をしていくと、自分の身体が消えていくのが見えていく。
「君は私の花嫁なのだから」
テルの最後の言葉を聞き、遊飛の視界は真っ暗となった。
続く
2024/08/01
敵襲なのか、それとも別のものか、暗闇に慣れた視界でまわりを見渡す。特に人の気配は無いが、目の前に一筋の光が天へ向かって突き上がっていくのが見える。
紫色に輝く光の柱。とても禍々しく、テルはその光を見つめ続けていたが、その光は直ぐに消えていくのと同時に、地面の揺れも収まった。
「何が起こった」
状況が読めないテルは嫌な予感が走った。先程の光の柱があった場所は、ユーヒが言っていた遺跡。
つまり、遺跡に何かが起こった可能性が高い。
「まさか」
こういう時、テルの予感は的中する。両足に力を入れ、一気に駆け出す。目指す場所はもちろん遺跡だ。
遺跡が見え、テルは高い崖から飛び降りて着地する。足の裏から痺れる感覚に襲われるが、気にせずに走り続けていく。飛び降りる前に、まわりを見渡したがユーヒ達の姿は見えなかった。
つまり、ユーヒ達は何らかのキッカケで、遺跡へ連れて行かれた可能性は高い。
「急がなければ、間に合わなくなる」
もし、ユーヒが何かのきっかけでアースダマーの力を解放した場合、一番に被害合うの存在は決まっている。それを想像したテルは、全身の血液が引いていくのを感じていく。
失いたくないと。壊さないでくれと。その感覚にテルは我に返り、走っていた足をゆっくり止める。
「私は今、何を考えた?」
何故、彼を失いたくないと思ったのか。何故、ユーヒの力によって、彼が壊れて欲しくないと考えたのか。何故、ユーヒより彼の安否を優先したのか。テルは自分の感情に理解が追いつかず、戸惑った。
ほんの数十時間しか過ごしていない、興味が無い存在であるのにーー
「いや、今はあの遺跡に向かう方が先だ」
答えが出せない事にテルは一旦考えることをやめ、遺跡の中へと入って行く。明かりも何も無い、暗闇の世界。
テルは視界を慣れさせようと目を凝らし、少しだが徐々に遺跡の中の状態が見えるようになっていく。
「闇雲に探し回る訳にはいかないが」
どうしたものかと、テルは考え込む。もしすれ違い、合流するのに時間が掛かるのは避けたい。
だとしても、もし手遅れな事が起きてしまえば、それこそ取り返しのつかないことに、自分は後悔してしまう。「どうすれば」と、テルは小さく呟くと胸ポケットから光が点滅する。
それに気がつき、テルはポケットに手を入れ、ある物を取り出す。
「コレを使うということは非常事態か」
握り締めてる機械を眺めながら、テルは画面に点滅している赤を見つめて目を細める。もし、ユーヒとなんらかで離れ離れになった場合として渡していた発信機。
そして、もし敵に囚われた時に自動的に発信するようにもしてある。ユーヒが自発的にやったか、それとも敵に囚われ機械を手放しているか。
「とにかく、探そう」
テルは発信機が示してる場所へと向かおうと歩き出す。
神経を研ぎ澄まし、少しでも気配や声が拾えるようにと。
◇◇◇
この手は絶対に離してはいけない。ユーヒはそう思いながら、遊飛の手を握り締め続けていた。
未知の場所へと転送され、離れ離れになってしまえば、何か取り返しのつかない事が起きてしまうと思ったからだ。
それでも全身に襲い掛かる強い突風に、ユーヒは掴んでいた遊飛の手を離してしまう。
「ユウ!」
素早く離れていく遊飛に向けて名前を呼び、ユーヒは手を伸ばしたまま何処かへと引きずり込まれていく。
真っ白であった空間は消え、ユーヒはそのまま地面へと叩きつけられる。
「いたたたた……」
地面へ強打したお尻を摩り、ユーヒはまわりを見渡す。脈を打つように点滅している淡い紫色の光。
まるで生き物の体内へ入ってしまったのではないかと、そう感じてしまうユーヒは、地面に触れて何か気がつく。
「ここは……遺跡の中なのか?」
居場所がわかり、ユーヒは内心焦った。遺跡が意図的に連れて来たのならば、目的は明確である。
自分達の胎内にあるアースダマーを求めているのだろう。
「どうしよう。ユウがもし彼処に行ってたら……」
自分の身代わりとなってしまった場合を想像してしまい、ユーヒは軽く首を横に振った。そして、両手で自身の頬を叩き、深く息を吐いていく。
「落ち着くんだ」
頬からじんじん感じる痛みによって、ユーヒは冷静さを取り戻す。頬を叩いた手を離し、あることを思い出し首にかけている薬袋を手に取る。
「彼にも連絡しなくちゃ」
薬袋の装飾にある赤いボタンを押し、チカチカと点滅が始まる。これでテルに緊急事態であることを伝えられた、とユーヒはゆっくり立ち上がった。
「ユウ、何処にいるの」
少しでも遊飛の気配を感じ取れないか、神経を研ぎ澄ます。遠いが微かに遊飛のアースダマーを感じ、ユーヒは矛先をそちらへと向けた。
「どうか無事でいて」
少しでも早く歩こうと足を動かしていく。地面は柔らかく、何度かその糠にバランスが崩れそうになり、踏み留まろうと筋肉に余計な力を入れてしまう。
「力尽きないように気をつけなきゃ」
そう呟きながら、ユーヒは歩き続ける。
それから、どれぐらいの時間が経ったのか。額から汗が垂れ落ち、熱を少しでも逃そうとストールを脱ぎ、首筋から外の空気を入れていく。
呼吸をする度、喉の奥がチリチリして痛い。酸素を取り込み、動く肺から痛みを感じる。両足のふくらはぎは、これ以上は歩けないと言ってるかのように痺れ渡る。
少しでも休むべきなのはユーヒも理解している。だが、その間に遊飛の身に何かが起こることも不安であった。
「はぁ、はぁ……げほっ!げほっ!」
咳き込むと喉から血の味を感じる。咳のし過ぎで切れたのだろう。それとも、自分の時間がもう無いのかもしれない。そう思いながらも、ユーヒは口端に付いた唾を手の甲でぬぐい取る。
深く息を吸い、少しだけの休憩を挟んだ後にユーヒは歩き出す。遊飛とは違う、別の気配が近くにあることに。ユーヒはそれが何か悟っていながら向かう。
「ここが……そうなんだね」
そして、目的地でもあった場所へとたどり着く。真ん中に魔法陣のような彫られた模様があり、そのまわりには四本の岩の柱が立っている。
その前には何語かわからない文字が彫られている岩の扉が立っており、眺めていたユーヒは目を細めて軽く息を吐く。少しだけ気を緩んだからなのか、ひゅっと気管から逆流してくる液体に、ユーヒは咄嗟に手で口を覆いかぶせる。
「ゴホッ!ゴホッ!」
今までの中で肺を圧迫させるような咳。手の平から感じる生暖かい液体に、ユーヒはそれが何かわかる。
覆い被せていた手を口から離し、視界に入るのは真っ赤に染まっている手の平。目の奥が熱くなり、目を細めたユーヒは下唇を噛んだ。
「なんでこんなにも身体が弱いんだ……」
生まれた時から身体はそこまで強くはなかった。それはアースダマーが原因だと聞いている。あの膨大なエネルギーに、ユーヒの身体は耐えきれなかった可能性もあると。
(あぁ、ダメだ。こんなマイナスな感情を出してしまったら……)
アースダマーに呑まれてしまう。と、ユーヒはそう思考では理解していても、一度動いた感情は止まることは出来ない。
ユーヒのまわりには禍々しいオーラがまとい始め、気持ちがドロッとした黒い何かに塗り潰されていく。身体が重く、視界が暗くなっていくことにユーヒは地面へと座り込む。
「強い身体がほしい……強い身体があれば僕は……」
「なら、俺がお前の足になるよ」
「っ!」
隣から聞こえた声に、ユーヒの視界はクリアになっていく。手首を優しく取られ、その先にいる人物にユーヒは視線を向ける。
その先に居たのは優しく微笑み、手を取っている遊飛の姿があった。
「ユウ」
「お前はまだ諦めてないだろ?」
そう言われながら手を引かれ、ユーヒは立ち上がった。さっきまで鉛のような重さがあったのに、遊飛と手を取った途端にそれが無くなり、羽のように軽くなったような感覚だ。
ゆっくり立ち上がり、遊飛の身体へと少し委ねるように寄り掛かる。
「見つかってよかった〜!怪我とかしてないか?」
「うん」
重たいはずなのに、遊飛は特に気にしてないように笑顔を向けてくれる。その雰囲気にユーヒは安心感があった。
遊飛の問い掛けに軽く頷き、ユーヒは怪我がないことを伝える。ただ、自分の寿命が限界に超えてることは伏せて。
「それで、ユーヒは何処を向かおうとしてるんだ?」
「えっと……」
彼に伝えてもいいのだろうか。と、ユーヒは一瞬だけ悩んだ。もし、自分のアースダマーと遊飛のアースダマーが衝突した時、どうなってしまうのか予測が出来ない。
もしかすると、全惑星を破壊してしまうかもしれない。もしかすると、遊飛の命を使って自分が生き残ってしまうかもしれない。いろんな仮説がわき出てしまい、ユーヒは口篭ってしまう。
「大丈夫だよ」
「えっ?」
「俺が守るからさ!まぁ、カッパほどの力はないけど」
遊飛は少し苦笑いしながら言い、ユーヒは遊飛の言葉に大丈夫な気持ちへと変わっていく。自然と笑みを浮かべたユーヒは腕を上げ、先程見ていた儀式へと指先を向ける。
「あそこまで連れて行ってほしいんだ」
「わかった!」
元気よく返事をする遊飛と共に歩き出す。少し坂になっている地面をゆっくり降りていき、ユーヒは遊飛の横顔を見つめて目を細める。
「君は本当に優しい子だね」
「俺はユーヒがしたい事を手伝いたいだけだよ」
「そっか……僕の生まれ変わりが、こんなにも優しい子でよかった」
「っ!なん、で?」
身体を支えてくれている遊飛の手の力が入っているのを感じ、ユーヒは驚いている遊飛を見つめる。揺れている気持ちが瞳にも現れており、ユーヒは微笑みながら口を開く。
「わかるよ。元の魂は一緒なんだから」
そう伝えると、「そっか」と遊飛は返した後、口を閉じて無言になった。お互いの足音だけが鳴り響き、ユーヒは近くなってくる魔法陣を眺めていると、「なぁ」と遊飛に声を掛けられる。
「こんな時に聞くのもあれだけどさ」
「うん」
「俺さ、カッパ……の事が、その……好きでさ」
「うん」
「この気持ちって、ユーヒの影響が強く出てるのかな?」
まさかこのタイミングで、そんな事を聞かれるとは思わなかったユーヒは瞬きをしーー
「ぷっ、あははははは!」
遊飛には申し訳ないが、つい笑ってしまった。洞窟内で響き渡る笑い声。遊飛も場違いな問い掛けだったと思っているのか、顔が徐々に赤くなっている。
それを見たユーヒは「ごめんね」と謝り、笑った後に深く息を吐き、遊飛の問い掛けに答える。
「君が思ってるほどの関係じゃないよ」
「で、でもアイツ!お前のこと花嫁だって!」
遊飛の言葉に、ユーヒは納得する。何故、遊飛はこんなにも気持ちを隠そうとしていたのかを。
ユーヒは問題点であった部分を、遊飛へ気づかせてあげようと口を開く。
「そこは、僕の種族の問題でもあるかな」
「種族の問題?」
「うん。僕の種族はね、番がいないと長生きできないんだ」
「えっ……」
「だから彼は少しでも僕をっていうか、アースダマーの研究する為に、番になったようなものなんだよね」
ユーヒは語りながら思い出す。初めて合羽井テルと出会ったことを。アースダマーを保有していることで同族には嫌悪され、ずっと鳥籠の様に幽閉され、このまま自分の命は尽きると思っていた。
そんな中、テルが壊して外へ連れ出してくれた。アースダマーの研究する為だけと言って。その為に、ユーヒと番になる事も厭わなかった。
ユーヒもそれで良かった。少しでも長生きし、アースダマーをどうにかする為なら、お互い使われていこうと思っていたし、初めて出来た友人とも思っていた。
「僕は恋愛というより、友愛の方が強いかな」
「友愛……」
「だから、君のその気持ちは君から起きてるものだ」
「ユーヒは友愛だとしても、アイツは……」
「それはどうかなぁ」
ユーヒの一言に遊飛は「なんで?」と言いたげな表情をしている。だが、ユーヒはヒントを与えるのはここまでだと思った。
自分がどんな言葉や答えを遊飛へ伝えても、それは遊飛のためにならないからだ。ここまで拗れ合ったのなら、それは当事者同士で解していかなければならない。
「ま、そこは直接本人に聞いた方がいいと思うよ」
そう言い、ユーヒは遊飛から離れていく。数歩先へ進み、魔法陣の上へと立ったユーヒは振り返り、遊飛と見つめ合う。
これが最後の会話になるかもしれない。そう寂しく思いながら、ユーヒは口を開く。
「君の本当の名前……教えてくれないかな?」
ユーヒの問いに、遊飛の唇は少しだけ悩むような動きをしている。数秒の間を開けた後、遊飛の眼差しが変わった。
「俺の名前は、王道遊飛」
「王道遊飛……いい名前だね」
遊飛の本当の名前を聞けて、ユーヒは満足した。真名を知れば、この先の未来までの縁が結べたからだ。
しばらくの間の別れとなる事に、ユーヒの瞼を閉じる。
「ありがとう、僕達に会ってくれて……そして、ごめんね。遊飛には重たい役割を背負わせちゃって」
ユーヒはそう言葉を発し、同時に指を鳴らす。すると、ユーヒの足元にある魔法陣は光り輝き出した。
紫色の眩い光に、遊飛は何が起きるのか分からなかったが、ユーヒの身に何かが起きるだけは理解する。ユーヒを止めようと手を伸ばすと、指先が透け始めているのが目に入る。
「なに、これ!?」
手だけではない。全身が透けており、遊飛は自分の身に起きてる事に戸惑う。それを安心させるかのように、「大丈夫だよ」とユーヒの優しい声が聞こえる。
「本来の場所へ帰るだけだよ」
その言葉にどういう意味なのか、遊飛は理解する。気がつけば駆け寄り、ユーヒの両肩を掴む。
「ダメだ、ユーヒ!俺はユーヒを救わなきゃダメなんだ!」
「それは逆だよ遊飛」
「えっ?」
「僕が遊飛を守らないといけないんだ。そう、遠い遠い未来の君が生まれて、テルと遊飛が再会するまで」
ユーヒは笑顔を遊飛へ向けた後、すぐに真剣な顔へと変えて後ろへと視線を向ける。
「だから、アースダマーには大人しくしてもらわないとね」
「っ!」
ユーヒの背中から現れたアースダマーに、遊飛はユーヒを庇おうと前へ出ようとする。だが、ユーヒに止められてしまう。
「アースダマー、遊飛は闇へ堕ちないよ」
その言葉がアースダマーの癪に触れたのか、ユーヒへ向かって襲い掛かる。ユーヒはそばに居る遊飛の肩に手を当て、思いっ切り突き飛ばした。
「ユーヒ!」
ユーヒの笑顔がアースダマーに呑み込まれ、姿が見えなくなった。その光景を信じられず、遊飛は膝を崩して地面へ蹲り、悲痛な声を上げる。
守れなかった。守ると決めていたのに、ユーヒを守るどころか守られてしまった。
「なんの為に、俺はここに来たんだよ……!」
遊飛は両手の拳を、地面へ強く叩きつける。痛みなんて、感じている暇なんてなかった。自分の不甲斐なさに、遊飛は怒りすら感じてしまう。
「ユーヒ……ごめん、ユーヒ……」
涙で地面を濡らし、謝り続ける遊飛。その中、力を全て吸いきったのか、アースダマーはユーヒから離れる。
次の狙いは遊飛なのだろう。津波のように襲い掛かるアースダマーに、遊飛は動かずに睨みつけた。
「お前だけは!」
絶対に許さない。そう、遊飛は叫ぼうとした瞬間、アースダマーは弾け飛び、消えてなくなった。何が起きたのか遊飛は瞬きしていると、背後に誰かがいる気配を感じる。
『駄目だよ遊飛、怒りは自分の視野を狭めちゃうから』
「ユーヒ……」
『僕は君の中で、僕のやるべき事をやるよ。だから遊飛も動いて、自分の心のままに……』
そう言い残し、ユーヒの気配はなくなった。光り輝いていた魔法陣も消え、残されたのは横たわっているユーヒの姿。
遊飛は涙を零し続け、自分の身体が光の粒子へと変わっていく。
「うぁっ……ああああっ!」
響き渡る自分の泣き声。遊飛は地面に爪を立て、土を抉るように手を握り締める。
そうしていると、自分の声の他に何か音が聞こえた。遊飛は顔を上げ、現れた人物を見た遊飛の表情は、悲しみで歪んでいく。
「なんだこれは……」
戸惑うテルの声と姿に、遊飛はキュッと心が痛んだ。きっと責められる。そう分かっていても、今の状況を説明しようと遊飛は立ち上がる。
「ごめん。ユーヒ、救えられなかった……」
ポロポロと涙を零し、謝る遊飛。どんどん身体が透けていってるのを見て、ここに居られる時間も残り僅かしかない。
だからこそ、消える前にテルからの罵声を受けるつもりもあった。なのに、テルの表情は怒りの表情とかではない、別のものへとなっている。
何故、こんなにも泣きそうな表情をしているのか。遊飛は分からずにいると、遊飛の元へとテルが駆け寄って来る。
「お前、身体が……」
「俺は大丈夫。だから、ユーヒのそばにいて」
自分は未来で会えるが、ユーヒは今でしか時間が作れない。そう思いながら、遊飛はテルから離れようとした。
だが、その動きを止めるかのように、テルが手を伸ばして遊飛の腕を掴んでくる。殴られるのかと遊飛は思ったが、そのまま引っ張られてテルの腕の中へと抱き締めてきた。
突然の事で、遊飛は驚きが隠せられなかった。どうにか離れようと身体を動かしてみるが、テルの腕の力が入ってしまい身動きが取れなくなってしまう。
「俺じゃなくてユーヒの所に……っ!」
「いかないでくれ……私はやっと気がついたんだ……」
「……えっ?」
テルの言葉を聞いて、遊飛は目を大きく見開いた。この言葉は、前にズウィージョウを止める為にした時に見えた過去の記憶。
(そっか……その言葉はユーヒじゃなくて、俺に向けてたんだ)
そして、この光景をユーヒは見ていた。だから、これまで遊飛が見てきた記憶の視界があべこべだったのだ。
第三者が見ているかのような視点と、自分自身が見てきた視点。遊飛とユーヒが見てきたものの記憶が混ざり合っていたんだという事を。
ならば自分も後悔しないようにと、遊飛は手を伸ばしテルの頬へと触れる。
その触れた手を掴み、必死に居なくなるなと懇願するテルの表情を見た遊飛は心が痛んだ。それでも、いつか出会える事を伝えようと微笑む。
「また会おうな……テル」
初めて本人の前で名前を呼ぶと、テルの顔が近くなり唇から柔らかい感触がした。その一瞬の出来事に、遊飛はキスされたのだと理解する前に、また強く抱き締められる。
「君が消えても、私は見つけてみせる。何年だろうと、何百年だろうと……」
耳元から聞こえる言葉に、遊飛はテルの背中に手を当て抱き返す。強く頷きながら「うん、うん」と返事をしていくと、自分の身体が消えていくのが見えていく。
「君は私の花嫁なのだから」
テルの最後の言葉を聞き、遊飛の視界は真っ暗となった。
続く
2024/08/01