<テルゆひ> 惑星の花嫁
一体何が起きたのか遊飛は理解出来なかった。まるでおとぎ話みたいな展開が、今こうして身に起きてることに。
自分は精神だけで過去へ飛ばされているならば、どうして相手を触れることが出来るのか。認識もされていることも不思議だと考え込んでいると、遊飛の身体全体に影が覆いかぶさった。
急に暗くなったことに遊飛は顔を上げると、目の前には手をさし伸ばしているユーヒの姿があった。
「君、大丈夫?」
「あ、うん。ありがとう」
ユーヒの手を取り、そのまま引っ張られ、ゆっくり起き上がる遊飛。ユーヒは安心させるかのように笑顔で向けており、遊飛はそんな彼の姿を見つめていた。
(この人が……)
太陽の光でキラキラと輝く銀髪に、月のような綺麗な金色の瞳。身長は少し遊飛より高く、大人びたような表情。この笑顔を見ていると、心が落ち着くような感覚があった。この人が、自分の前世なのだと遊飛は思ったと同時に、この人が、テルの好きな人であることにツキッと心が傷んだ。
黙り込んでユーヒを見つめ続けていると、繋いでいた手を断ち切ろうとテルが二人の間に入り込んだ。ユーヒを守るように盾となり、遊飛を敵対するような眼差しで睨んでくる。
(冷たい目……)
全身の体温が冷めていくようであり、今までこの様な瞳で見てくるテルの姿は初めてだ。好きな人から、こんな風に見られるのは辛いと思いながら、遊飛は眉を八の字にしていく。
その表情がユーヒに見えていたのか、直ぐにテルの袖口を掴んで引っ張った。
「ちょっと、何やってるんだよ」
「地球人が何故ここにいる」
「えっ?」
「この惑星と地球は、かなり距離がある。地球人が来られる場所じゃない。そもそも、地球人が他の惑星へ行ける技術発展もしてないはずだ」
ユーヒの言葉を無視し、遊飛に問い掛けるテル。直ぐに遊飛の事を地球人だと分かっていることに、どう受け答えすればいいのか悩んだ。何から説明をすればいい。テルの後ろにいるユーヒが過去へ飛ばしてきた。と言えばいいのか。
そんなことを言ったとしても、信じてくれる確証なんてない。遊飛は静かに睨みつけてくるテルをじっと見つめ、問いを返そうと口を開いた。
「……俺だってわかんないよ。気がついたらここに居たんだし」
そう返答しても、テルの眼差しは変わらなかった。むしろ更に視線が強くなってることに、遊飛は気持ち後ろへ下がってしまう。
この先何を言えばいいのか遊飛は口ごもっていると、ユーヒが助け舟を出すように言葉を発した。
「もしかして、人身売買の宇宙船から逃げてきたんじゃない?」
「確かに地球人は、ペットとして高く売れる」
ユーヒの意見に賛同するテルに、これで少しは警戒を解いてくれるかと思った。テルが冷たく固いサバイバルナイフを、遊飛の首元に押し付けられるまでは。
「それだとしても、身なりは綺麗過ぎる。やはり危険物は排除した方がいい」
プツッと皮膚が切れる音と痛みに、遊飛はこのまま死ぬと思った。突然過去に飛ばされ、想い人には殺意向けられ、殺されかけられてるなんて。正直、遊飛の中ではフツフツと怒りの気持ちがこみあがっていると。
「こらっ!」
ユーヒがテルを止めるように、子供を叱る様な声を上げた。その声に手を止め、テルは数秒の間を開けた後、溜息をついてサバイバルナイフを仕舞った。
(助かった……のか?)
それが分かったと同時に、遊飛は腰が抜けて地面へ座り込んだ。ぼーぜんとしていると、遊飛の元へと駆け寄ったユーヒは抱き締めながら遊飛の頭を撫でた。
「怖がらせてごめんね。さっきまで色々とあったから、アイツってば警戒心が強くってさ」
ユーヒの胸元から聞こえる心音に、落ち着きを取り戻した遊飛は頭を横に振った。
「いや、いきなり空から落ちてきたら警戒するよ」
そう返事をすると、撫でるのを止めたユーヒは少し離れ優しく微笑みながら遊飛を見つめる。
「そっか、君はいい人だね」
ユーヒはそう言いながら、ポシェットの蓋を開け包帯と塗り薬を取り出す。テキパキと手馴れた手つきで遊飛の首元を手当てし、包帯を止め終えてユーヒは満足そうにしていた。
「それじゃ、まずは自己紹介!僕はユーヒ・エルピス!それと隣で不貞腐れてるのがカッパ」
「雑な紹介をしないでください」
ユーヒの対応を指摘しながらテルはジロリと遊飛を睨みながら、首にかけていたフェイスマスクを付け直した。口元を隠すということは、名前を言うつもりは無い、というつもりなのだろうか。
遊飛は少し寂しい表情をしていると、テルはまた一つ溜息をついていた。
「合羽井テルだ」
「っ!珍しいね、君が僕以外に名乗るなんて」
「カッパと呼ばれても嫌なだけなので」
明後日の方向へそっぽ向くテルに、ユーヒはニッコリと満面な笑みを浮かべていた。その後、ユーヒは遊飛の方へと向きを変えて問い掛ける。
「それで、君の名前は?」
「あっ、えっと、俺の名前は……」
王道遊飛と名乗ろうと思った時、遊飛は途中でそれを止めた。未来から来た人間だとしても、ここでユーヒと同じ響きである名前を名乗った時、この先の未来がどうなるのか分からなかったからだ。
それならば偽名を使うしかない。二人を騙すことに心を痛め、遊飛は息を吸って声に乗せる。
「ユウ。ユウって呼んで」
「ユウだね!」
優しく微笑みかけてくれるユーヒ。その眩い光に、遊飛は目を細めていく。この温かく、落ち着くような雰囲気がきっとテルも惹かれたんだろうと。
そう思いながら遊飛は黙り込んでいると、急にユーヒに抱き締められた。ぎゅうっと自身の胸元に遊飛の顔を押付け、遊飛も突然の事で何が起きてるのか分からなかった。
「ユウが地球へ帰れるように手伝うよ」
「何を勝手に!」
「僕が決めたから、とやかく言われる筋合いないよ」
頭上でなにか言い争っている声が聞こえ、遊飛は今の展開について来れずにいた。ユーヒが何故、ここまで自分のことを肩入れしてくれるのか、無類なお人好しなのだろうか。
「それに、僕が気に入っちゃったから!」
きっと、お人好しなのだろう。遊飛はそう思いながら、二人の会話を聞き流していく。それから何度か言い合った後、ようやく終わったのかテルの溜息つく声が聞こえた。
「ちゃんと面倒は貴方が見てくださいよ」
「やった!」
「え、俺、ペット扱い?」
ようやくユーヒから解放され、押し付けられていた頬から血液が流れ始めたのか、じわじわと痺れる感覚がした。その頬を触れながら、遊飛はテルの方へ視線を向けて問い掛けた。
目が合ったテルは目を細め、まるで見下してるかのような態度で両腕を組んでいた。
「地球人の扱い方はペットで充分だ」
そう言うテルに、カチンッと遊飛は頭にきた。
(すっげぇ、やな奴っ!)
自分の居る時代と全く異なる態度、言葉遣い、本当に同一人物なのかと疑ってしまうレベルである。遊飛は少し頬を膨らませた。
(それでも、さっきの時よりはマシになってる方なんだよな)
ユーヒが止めに入ってくれなかったら、確実に遊飛は殺されていた。それを考えると、変に喧嘩腰になりテルを不機嫌にさせてしまったら、また最初っからやり直しになってしまう。
遊飛はムカついてる気持ちを落ち着かせ、どうにか笑顔を向けようと頑張った。口角が引きつっているが、遊飛はどうにか笑顔を作った。
「これからよろしくな」
「うんっ!よろしくね、ユウ!」
またギュッ!と抱き締めるユーヒに、遊飛は身を委ねて受け入れる。ユーヒに抱き癖でもあるのだろうかと、遊飛はそう思いながら何か視線を感じた。
その視線の先は誰なのか大体は察しており、遊飛はそちらの方へと視線を向ける。やはり視線を送っていたのはテルであり、目が合った遊飛はゾワッと全身の毛穴に鳥肌が立つような感覚がした。
(そんなに殺意剥き出しで俺を睨むなよ!俺が抱き締めてる訳じゃないのに!)
いかにも不機嫌なオーラを放ち、遊飛のことを睨んでいるテル。向けられてる方である遊飛は、いろんな気持ちがごちゃ混ぜになっていた。嫉妬心向けられている事が切なく感じたり、自分の事を見ていてくれる事が嬉しく思っていたりなど、遊飛はこの感情をどうすればいいのかと思った。
「さてと、長話し過ぎちゃったね!そろそろ動かないと、不味いから急ごうか!」
遊飛の手を掴み、歩き出したユーヒに引っ張られていく。突然で少しバランスが崩れそうになったが、遊飛は何とか踏みとどまりながら一緒に歩き出す。
背後から感じる痛い視線を受けながら、遊飛はこう思った。
(そんな顔しなくても、お前がユーヒの事、好きなのは知ってるから……そこに割り込むつもりは無いから……だから……)
この旅の間は一緒にいさせて。と、心の中で呟きながら遊飛は歩んでいく。繋がれているユーヒの手を、強く握り締めながら。
◇◇◇
ユーヒと手を繋いだまま歩き続け、海のように青かった空は徐々にトマト色の様な朱へと染まっていく。夕暮れが近くなっていることを察したユーヒとテルは、今日の野宿する場所を探す方へと変えた。
少しでも遊飛は手伝えることは無いか声を掛けたが、テルは鼻で笑うような態度を取っていた。
「一人で勝手に動いて死ぬ覚悟があるなら、私は別に止めやしないが?」
「なんで君はそう言うのかなぁ」
テルの冷たい言葉遣いに、ユーヒはやれやれと首を横に振りながら溜息をつく。そして、少し頬を膨らませ、唇を尖らせている遊飛の肩にユーヒは手を置いた。
「知らない土地で迷子になるくらいなら、ここに居て欲しいって意味だからね」
「うん」
ユーヒの言葉に頷くが、それでも遊飛は不貞腐れた。確かにテルが言いたいことも理解出来る。遊飛も方角が分からない、しかも知らない場所で探し回り、迷子になって宇宙人と接触して連れて行かれたらたまったものじゃない。
(それでも言い方ってあるじゃんか)
そう思いながら遊飛は地面に座り込み、テキパキと準備を進めているテルを眺める。見ていても、またテルを不機嫌させてしまうのではないかと、遊飛は顔を上げて空を眺めた。
夕暮れはすっかり暗い闇へと溶け込まれていき、瞬く間に星々が光り輝いている。
「すげぇ、地球じゃこんなに星が見えないよ!」
天の川を見てるかのような輝きに、遊飛も目を輝かせながら見上げていた。はしゃいでいる遊飛を眺めていたユーヒは微笑み、隣に座って口を開いた。
「ねぇ、地球ってどんな感じなの?」
「え、そうだな……」
ユーヒの質問に遊飛は一瞬、驚いた表情をした。どう例えればいいのか、遊飛は少し考えながら地球について説明した。
自分の住んでる場所は家やビルが沢山あり、あまり星々の光が見えないということ。その代わりに電気の光によって、色とりどりと輝くネオンが星みたいであるということ。その町の人々は皆いい人であり、楽しい日々を過ごしているということ。
「こんな感じかな。大体が俺の住んでる町の話だったけど」
「ユウの住んでいるところは、とても楽しいところなんだなって聞いていて楽しかったよ!」
六葉町の人々たちについて遊飛は楽しく語り終え、その話を聞いていたユーヒはうなづいていた。少しでも楽しんでくれていた事に遊飛は安心していると、ユーヒも顔を上げて夜空を眺めながら目を細める。
「僕も行ってみたいな……」
「ユーヒ……なら「無理ですよ」
地球へ来ないかと誘おうと遊飛が口ずさもうとした同時に、それを遮るようにテルが口を挟んできた。
「貴方の身体じゃ、地球の酸素濃度に耐えきれないです。死ぬのが目に見えます」
「お前なっ!」
そう冷たく語るテルに、遊飛は我慢の限界が超えた。すくっと立ち上がり、テルの方へと向かおうとした。
返り討ちにされるのは分かっている。彼の手元には武器を持っていることも分かっている。それでも、遊飛は許せなかった。
「そう簡単に死ぬとか言うなよ!」
テルの胸倉を掴み、怒りをあらわにした声で叫び、怒りを込めた瞳で睨みついた。そんな遊飛の行動に驚いたのか、一瞬だけテルは怯んでいる。だが、すぐに表情は元に戻り目を細めて睨み返そうとした。
その同時に「大丈夫だよ」とユーヒの呼び止める声が、遊飛とテルの耳に届いた。
「いいんだよ、ユウ。彼が言ってることは正しいんだから」
「でもっ!」
遊飛は何か言いたかったが、首を横に振って優しく微笑むユーヒに何も言えなくなってしまう。掴んでいた手の力を抜き、遊飛はテルの服を離した。
皺を寄せてしまった服をテルは伸ばし、遊飛を睨み続けていた。冷たい空気が漂う中、パンッと乾いた叩く音がなりひびく。
遊飛とテルは聞こえた方へと視線を向けると、両手を合わせてにっこりと笑っているユーヒの姿。きっと、会話はここまで。と言いたいのだろう。
「さてと、僕はちょっと席を外すね」
そう言い立ち上がったユーヒに、テルは軽く息を吐き捨てる。
「あまり遠くへ行かないでくださいね」
「わかってるよ」
そう言い、ユーヒはこの場から離れて行き、姿が見えなくなっていった。遊飛はどこへ行ったのだろうかと気になったが、その前にいつの間にか座って焚き火を見ているテルの方へと視線を向ける。
(喧嘩しない、喧嘩しない)
そう心の内に言い聞かせ、遊飛は地面に座った。そして焚き火を間にし、視線をテルへと向ける。
炎の光が輝く中、テルは黙り込んだまま枝を折っては焚き火の中へと入れていく。その繰り返しを見つめながら、遊飛はテルに向けて思っていたことを口に出した。
「お前、もう少しユーヒを優しく接したらどうなんだよ」
「そう言って、救われるのか?」
「でも、少しの希望は見せたいじゃんか」
「あの人は身体が弱い」
視線はこちらへ向けず、枝を降り続けるテル。彼の返答に遊飛は思い悩んだ。ユーヒが身体が弱いということは、何か病を抱えているのか。それとも、アースダマーの原因で身体が弱っているのか。
いくつもの考察をしていると、バキッと折れる音によって思考を止められる。我に返った遊飛は顔を上げると、テルと目が合い少しだけ肩を上げた。
「変な期待を与えるより、現実を見せた方がいい」
そう言い放つテルの眼差しに、遊飛は胸あたりがキュッと締め付けられる感覚がした。とても寂しく、悲しそうな瞳。
(宇宙人はどれぐらいの寿命があるのか、俺は分からない)
テルはどれぐらい長生きしていて、何度親しい人と別れを告げたのか。遊飛は考えても、想像できないものなのだろう。そう思えば思うほど、気がついたら目の奥が熱くなっていくのを感じた。
(自分がユーヒの生まれ変わりってことは、ユーヒもいつかは……)
終わりを迎え、テルが一人になってしまう。遊飛は胸あたりがズキズキと痛み、一粒の涙が頬へと伝った。
急に泣き出したら、テルにますます不審がられてしまう。それでも、遊飛はユーヒとテルが悲しい別れとなることに耐えられなかった。
「どうした」
テルに声掛けられ、遊飛は慌てて涙を拭った。そして首を横に振り、なんでもないことを伝える。どうか、泣いていたことはバレていない事を願いながら。
なるべく顔を上げず、遊飛は咄嗟に別の話題を出そうとした。
「いや、俺の前だと敬語じゃなくなるんだなぁって」
そう言うとテルの視線が鋭くなった。何かまずいことでもしたかと、遊飛は内心焦っていく。謝るべきかどうか考えていると、テルは明後日の方角へと顔を向けた。
「認めてないからな」
その一言に遊飛は口を少しだけ開け、そしてすぐに閉じる。テルの言葉に納得しながら両膝を抱え、遊飛は体育座りで俯く。
「そっか、敬語はあの人からだったのか」
「何か言ったか?」
か細い声で聞き取れなかったテルは声を掛ける。遊飛は顔を上げ、ずっと心の中で思い続けていた疑問を投げた。
「お前って、その……ユーヒの事、好きなのか?」
出会って早々に聞くのも悪く思っていたが、遊飛はどうしても知りたかった。もし今のテルがユーヒの事が好きで、でもユーヒに伝えていなかったら、それを手助けしようと。
どう返答するのか、遊飛はドキドキしながら待った。すると、テルの唇が動く。
「彼は私の花嫁であり、観察対象だ。それ以上でもそれ以下でもない」
そう答えたテルに、遊飛は理解していたが一気に体温が下がるのと血の気が引いていくのを感じた。
「花、嫁なんだ」
「それが彼との契約でもあるからな」
「契約?」
どういう意味なのか、遊飛は問い掛けてもテルは何も答えなかった。きっと答えるつもりはないのだろう。
一体、どんな内容の契約を結び、花嫁としてユーヒを手中に収めたのか。遊飛は疑問を抱きながらモンモンとしていると、テルが手に持っていた枝を焚き火へと投げ入れる。
「彼の未知なる力、アースダマーの解明する事が私の目的だ」
「どうして、そんなにアースダマーにこだわるんだよ?」
「アンタは見てないから、そう言えるんだ」
「それは……」
「あの力は世界を凌駕する」
テルはそう言うが、遊飛はアースダマーの力は理解しているつもりだった。今の世界はユーヒの力であるが、未来では遊飛の力となっている。
(それを言ったとしても、信じてくれないだろうな)
遊飛はそう思いながら何も言えず、黙っていると急に視界が暗くなった。顔を上げると、いつの間にか立ち上がっていたテルが遊飛の前に居たのだ。
「アンタがその力を狙うときは、私は排除するつもりだ」
瞳孔を見開き、冷たい眼差しで見下ろしすテル。その瞳を見上げて見つめていた遊飛は息を飲み込む。
「これは警告だ。ユーヒに近づくな」
本気でテルはそう言ってると伝わる。遊飛はここで引いてはいけないと思った。ギュッと両手を強く握り締め、強気な眼差しでテルを見つめた。
「ヤダね。俺は俺の意思で動く」
「お前っ!」
予想外の返答にテルは声を上げた。こんなにも怒りを露わにしているのを初めて見た。遊飛はそう思いながら、それでも引けない気持ちで見つめ続ける。
それからどれぐらいの時間が経ったのか、数秒であったとしても長く見つめ合ってる気がした。そして、先に折れたのはテルだ。溜息をつきながら後ろへと振り返る。
「勝手にしろ。どうなっても私は知らないからな」
「勝手にさせてもらいます〜!」
離れていくテルの背中を見ながら遊飛はそう返し、ずっと握りしめ続けていた手を離す。説得は出来てないが、一緒にいることは問題ないことに一安心した。
(俺がここへ来たのには理由があるんだ)
そう思いながら遊飛は目を細める。過去まで飛ばしたのは、何か理由がある。遊飛は今得ているヒントと情報でどうにかまとめようとしたが、結局上手くまとめることは出来なかった。
結局、ユーヒが戻ってくるまで理解が足りずに遊飛はこの夜は眠る方へと切り替えるであった。
◇◇◇
ユーヒと遊飛がお互い寄り添いながら眠っている中、火の番しているテルはジッと遊飛を見つめていた。
「弱い地球人のクセに、何故気になるんだ」
空から落ちてきた時、テルは避けることは出来たのに身体が動かなかった。両足に何か縛られたかの様であり、何故か全身の血液が熱くなっていくのを感じた。
(あの衝動はなんだったんだ)
その意味もわからず、テルは眉間に指を当てて考える。それでも答えは出ずに、深く溜息をつきながらもう一つの疑問が思い浮かんだ。
「それに、ユーヒに触れて大丈夫なのも気になる」
ユーヒのアースダマーは素手で触れ合うと、相手に力を与えてしまい狂わせてしまう。そんな姿になっていった宇宙人を複数見てきた。
それなのに隣で頬同士触れ合い、静かに眠っている遊飛は何も変化起きておらず異種過ぎた。ユーヒと手繋ぎしている時もそうだ。ユーヒは手袋付けていたとしても、布越しでも稀にアースダマーの影響を受ける。
(地球人はアースダマーの影響を受けない種族なのか?)
もしそうであったら、この結果を他宇宙人に知られてしまえば地球は滅びる可能性はある。
(やはり、始末した方がいい)
テルは腰に着けているサバイバルナイフを取り出す。腰を上げて立ち上がり、遊飛の元へと近づいて刃の先を光らせる。
(ユーヒにバレないよう、悲鳴も出させずに一瞬で殺す)
すっと遊飛の首へと刃を押し当てる。すぐにサバイバルナイフを引こうとしたが、テルは遊飛の顔を見て動きを止めた。
「ごめん……テル……ユーヒ……ごめんな……」
涙を零しながら自分とユーヒに向けて謝る遊飛に、理解が追い付けられなかった。最初は起きているのかと思ったが、意識は眠っている。つまり、寝言で謝罪をしているのだ。
(なぜ謝る。それは私達を騙しているという謝罪なのか、それとも別の謝罪なのか……)
もし、前者であったら殺さなければならない。だが、テルの手は動かせられなかった。遊飛の涙が綺麗すぎて、殺意を喪失させる程だったからだ。
テルはため息をつき、サバイバルナイフを仕舞った。
「本当にアンタは何者なんだ」
そう問い掛けても、眠っている遊飛は答えるはずもなかった。
2023/11/04
自分は精神だけで過去へ飛ばされているならば、どうして相手を触れることが出来るのか。認識もされていることも不思議だと考え込んでいると、遊飛の身体全体に影が覆いかぶさった。
急に暗くなったことに遊飛は顔を上げると、目の前には手をさし伸ばしているユーヒの姿があった。
「君、大丈夫?」
「あ、うん。ありがとう」
ユーヒの手を取り、そのまま引っ張られ、ゆっくり起き上がる遊飛。ユーヒは安心させるかのように笑顔で向けており、遊飛はそんな彼の姿を見つめていた。
(この人が……)
太陽の光でキラキラと輝く銀髪に、月のような綺麗な金色の瞳。身長は少し遊飛より高く、大人びたような表情。この笑顔を見ていると、心が落ち着くような感覚があった。この人が、自分の前世なのだと遊飛は思ったと同時に、この人が、テルの好きな人であることにツキッと心が傷んだ。
黙り込んでユーヒを見つめ続けていると、繋いでいた手を断ち切ろうとテルが二人の間に入り込んだ。ユーヒを守るように盾となり、遊飛を敵対するような眼差しで睨んでくる。
(冷たい目……)
全身の体温が冷めていくようであり、今までこの様な瞳で見てくるテルの姿は初めてだ。好きな人から、こんな風に見られるのは辛いと思いながら、遊飛は眉を八の字にしていく。
その表情がユーヒに見えていたのか、直ぐにテルの袖口を掴んで引っ張った。
「ちょっと、何やってるんだよ」
「地球人が何故ここにいる」
「えっ?」
「この惑星と地球は、かなり距離がある。地球人が来られる場所じゃない。そもそも、地球人が他の惑星へ行ける技術発展もしてないはずだ」
ユーヒの言葉を無視し、遊飛に問い掛けるテル。直ぐに遊飛の事を地球人だと分かっていることに、どう受け答えすればいいのか悩んだ。何から説明をすればいい。テルの後ろにいるユーヒが過去へ飛ばしてきた。と言えばいいのか。
そんなことを言ったとしても、信じてくれる確証なんてない。遊飛は静かに睨みつけてくるテルをじっと見つめ、問いを返そうと口を開いた。
「……俺だってわかんないよ。気がついたらここに居たんだし」
そう返答しても、テルの眼差しは変わらなかった。むしろ更に視線が強くなってることに、遊飛は気持ち後ろへ下がってしまう。
この先何を言えばいいのか遊飛は口ごもっていると、ユーヒが助け舟を出すように言葉を発した。
「もしかして、人身売買の宇宙船から逃げてきたんじゃない?」
「確かに地球人は、ペットとして高く売れる」
ユーヒの意見に賛同するテルに、これで少しは警戒を解いてくれるかと思った。テルが冷たく固いサバイバルナイフを、遊飛の首元に押し付けられるまでは。
「それだとしても、身なりは綺麗過ぎる。やはり危険物は排除した方がいい」
プツッと皮膚が切れる音と痛みに、遊飛はこのまま死ぬと思った。突然過去に飛ばされ、想い人には殺意向けられ、殺されかけられてるなんて。正直、遊飛の中ではフツフツと怒りの気持ちがこみあがっていると。
「こらっ!」
ユーヒがテルを止めるように、子供を叱る様な声を上げた。その声に手を止め、テルは数秒の間を開けた後、溜息をついてサバイバルナイフを仕舞った。
(助かった……のか?)
それが分かったと同時に、遊飛は腰が抜けて地面へ座り込んだ。ぼーぜんとしていると、遊飛の元へと駆け寄ったユーヒは抱き締めながら遊飛の頭を撫でた。
「怖がらせてごめんね。さっきまで色々とあったから、アイツってば警戒心が強くってさ」
ユーヒの胸元から聞こえる心音に、落ち着きを取り戻した遊飛は頭を横に振った。
「いや、いきなり空から落ちてきたら警戒するよ」
そう返事をすると、撫でるのを止めたユーヒは少し離れ優しく微笑みながら遊飛を見つめる。
「そっか、君はいい人だね」
ユーヒはそう言いながら、ポシェットの蓋を開け包帯と塗り薬を取り出す。テキパキと手馴れた手つきで遊飛の首元を手当てし、包帯を止め終えてユーヒは満足そうにしていた。
「それじゃ、まずは自己紹介!僕はユーヒ・エルピス!それと隣で不貞腐れてるのがカッパ」
「雑な紹介をしないでください」
ユーヒの対応を指摘しながらテルはジロリと遊飛を睨みながら、首にかけていたフェイスマスクを付け直した。口元を隠すということは、名前を言うつもりは無い、というつもりなのだろうか。
遊飛は少し寂しい表情をしていると、テルはまた一つ溜息をついていた。
「合羽井テルだ」
「っ!珍しいね、君が僕以外に名乗るなんて」
「カッパと呼ばれても嫌なだけなので」
明後日の方向へそっぽ向くテルに、ユーヒはニッコリと満面な笑みを浮かべていた。その後、ユーヒは遊飛の方へと向きを変えて問い掛ける。
「それで、君の名前は?」
「あっ、えっと、俺の名前は……」
王道遊飛と名乗ろうと思った時、遊飛は途中でそれを止めた。未来から来た人間だとしても、ここでユーヒと同じ響きである名前を名乗った時、この先の未来がどうなるのか分からなかったからだ。
それならば偽名を使うしかない。二人を騙すことに心を痛め、遊飛は息を吸って声に乗せる。
「ユウ。ユウって呼んで」
「ユウだね!」
優しく微笑みかけてくれるユーヒ。その眩い光に、遊飛は目を細めていく。この温かく、落ち着くような雰囲気がきっとテルも惹かれたんだろうと。
そう思いながら遊飛は黙り込んでいると、急にユーヒに抱き締められた。ぎゅうっと自身の胸元に遊飛の顔を押付け、遊飛も突然の事で何が起きてるのか分からなかった。
「ユウが地球へ帰れるように手伝うよ」
「何を勝手に!」
「僕が決めたから、とやかく言われる筋合いないよ」
頭上でなにか言い争っている声が聞こえ、遊飛は今の展開について来れずにいた。ユーヒが何故、ここまで自分のことを肩入れしてくれるのか、無類なお人好しなのだろうか。
「それに、僕が気に入っちゃったから!」
きっと、お人好しなのだろう。遊飛はそう思いながら、二人の会話を聞き流していく。それから何度か言い合った後、ようやく終わったのかテルの溜息つく声が聞こえた。
「ちゃんと面倒は貴方が見てくださいよ」
「やった!」
「え、俺、ペット扱い?」
ようやくユーヒから解放され、押し付けられていた頬から血液が流れ始めたのか、じわじわと痺れる感覚がした。その頬を触れながら、遊飛はテルの方へ視線を向けて問い掛けた。
目が合ったテルは目を細め、まるで見下してるかのような態度で両腕を組んでいた。
「地球人の扱い方はペットで充分だ」
そう言うテルに、カチンッと遊飛は頭にきた。
(すっげぇ、やな奴っ!)
自分の居る時代と全く異なる態度、言葉遣い、本当に同一人物なのかと疑ってしまうレベルである。遊飛は少し頬を膨らませた。
(それでも、さっきの時よりはマシになってる方なんだよな)
ユーヒが止めに入ってくれなかったら、確実に遊飛は殺されていた。それを考えると、変に喧嘩腰になりテルを不機嫌にさせてしまったら、また最初っからやり直しになってしまう。
遊飛はムカついてる気持ちを落ち着かせ、どうにか笑顔を向けようと頑張った。口角が引きつっているが、遊飛はどうにか笑顔を作った。
「これからよろしくな」
「うんっ!よろしくね、ユウ!」
またギュッ!と抱き締めるユーヒに、遊飛は身を委ねて受け入れる。ユーヒに抱き癖でもあるのだろうかと、遊飛はそう思いながら何か視線を感じた。
その視線の先は誰なのか大体は察しており、遊飛はそちらの方へと視線を向ける。やはり視線を送っていたのはテルであり、目が合った遊飛はゾワッと全身の毛穴に鳥肌が立つような感覚がした。
(そんなに殺意剥き出しで俺を睨むなよ!俺が抱き締めてる訳じゃないのに!)
いかにも不機嫌なオーラを放ち、遊飛のことを睨んでいるテル。向けられてる方である遊飛は、いろんな気持ちがごちゃ混ぜになっていた。嫉妬心向けられている事が切なく感じたり、自分の事を見ていてくれる事が嬉しく思っていたりなど、遊飛はこの感情をどうすればいいのかと思った。
「さてと、長話し過ぎちゃったね!そろそろ動かないと、不味いから急ごうか!」
遊飛の手を掴み、歩き出したユーヒに引っ張られていく。突然で少しバランスが崩れそうになったが、遊飛は何とか踏みとどまりながら一緒に歩き出す。
背後から感じる痛い視線を受けながら、遊飛はこう思った。
(そんな顔しなくても、お前がユーヒの事、好きなのは知ってるから……そこに割り込むつもりは無いから……だから……)
この旅の間は一緒にいさせて。と、心の中で呟きながら遊飛は歩んでいく。繋がれているユーヒの手を、強く握り締めながら。
◇◇◇
ユーヒと手を繋いだまま歩き続け、海のように青かった空は徐々にトマト色の様な朱へと染まっていく。夕暮れが近くなっていることを察したユーヒとテルは、今日の野宿する場所を探す方へと変えた。
少しでも遊飛は手伝えることは無いか声を掛けたが、テルは鼻で笑うような態度を取っていた。
「一人で勝手に動いて死ぬ覚悟があるなら、私は別に止めやしないが?」
「なんで君はそう言うのかなぁ」
テルの冷たい言葉遣いに、ユーヒはやれやれと首を横に振りながら溜息をつく。そして、少し頬を膨らませ、唇を尖らせている遊飛の肩にユーヒは手を置いた。
「知らない土地で迷子になるくらいなら、ここに居て欲しいって意味だからね」
「うん」
ユーヒの言葉に頷くが、それでも遊飛は不貞腐れた。確かにテルが言いたいことも理解出来る。遊飛も方角が分からない、しかも知らない場所で探し回り、迷子になって宇宙人と接触して連れて行かれたらたまったものじゃない。
(それでも言い方ってあるじゃんか)
そう思いながら遊飛は地面に座り込み、テキパキと準備を進めているテルを眺める。見ていても、またテルを不機嫌させてしまうのではないかと、遊飛は顔を上げて空を眺めた。
夕暮れはすっかり暗い闇へと溶け込まれていき、瞬く間に星々が光り輝いている。
「すげぇ、地球じゃこんなに星が見えないよ!」
天の川を見てるかのような輝きに、遊飛も目を輝かせながら見上げていた。はしゃいでいる遊飛を眺めていたユーヒは微笑み、隣に座って口を開いた。
「ねぇ、地球ってどんな感じなの?」
「え、そうだな……」
ユーヒの質問に遊飛は一瞬、驚いた表情をした。どう例えればいいのか、遊飛は少し考えながら地球について説明した。
自分の住んでる場所は家やビルが沢山あり、あまり星々の光が見えないということ。その代わりに電気の光によって、色とりどりと輝くネオンが星みたいであるということ。その町の人々は皆いい人であり、楽しい日々を過ごしているということ。
「こんな感じかな。大体が俺の住んでる町の話だったけど」
「ユウの住んでいるところは、とても楽しいところなんだなって聞いていて楽しかったよ!」
六葉町の人々たちについて遊飛は楽しく語り終え、その話を聞いていたユーヒはうなづいていた。少しでも楽しんでくれていた事に遊飛は安心していると、ユーヒも顔を上げて夜空を眺めながら目を細める。
「僕も行ってみたいな……」
「ユーヒ……なら「無理ですよ」
地球へ来ないかと誘おうと遊飛が口ずさもうとした同時に、それを遮るようにテルが口を挟んできた。
「貴方の身体じゃ、地球の酸素濃度に耐えきれないです。死ぬのが目に見えます」
「お前なっ!」
そう冷たく語るテルに、遊飛は我慢の限界が超えた。すくっと立ち上がり、テルの方へと向かおうとした。
返り討ちにされるのは分かっている。彼の手元には武器を持っていることも分かっている。それでも、遊飛は許せなかった。
「そう簡単に死ぬとか言うなよ!」
テルの胸倉を掴み、怒りをあらわにした声で叫び、怒りを込めた瞳で睨みついた。そんな遊飛の行動に驚いたのか、一瞬だけテルは怯んでいる。だが、すぐに表情は元に戻り目を細めて睨み返そうとした。
その同時に「大丈夫だよ」とユーヒの呼び止める声が、遊飛とテルの耳に届いた。
「いいんだよ、ユウ。彼が言ってることは正しいんだから」
「でもっ!」
遊飛は何か言いたかったが、首を横に振って優しく微笑むユーヒに何も言えなくなってしまう。掴んでいた手の力を抜き、遊飛はテルの服を離した。
皺を寄せてしまった服をテルは伸ばし、遊飛を睨み続けていた。冷たい空気が漂う中、パンッと乾いた叩く音がなりひびく。
遊飛とテルは聞こえた方へと視線を向けると、両手を合わせてにっこりと笑っているユーヒの姿。きっと、会話はここまで。と言いたいのだろう。
「さてと、僕はちょっと席を外すね」
そう言い立ち上がったユーヒに、テルは軽く息を吐き捨てる。
「あまり遠くへ行かないでくださいね」
「わかってるよ」
そう言い、ユーヒはこの場から離れて行き、姿が見えなくなっていった。遊飛はどこへ行ったのだろうかと気になったが、その前にいつの間にか座って焚き火を見ているテルの方へと視線を向ける。
(喧嘩しない、喧嘩しない)
そう心の内に言い聞かせ、遊飛は地面に座った。そして焚き火を間にし、視線をテルへと向ける。
炎の光が輝く中、テルは黙り込んだまま枝を折っては焚き火の中へと入れていく。その繰り返しを見つめながら、遊飛はテルに向けて思っていたことを口に出した。
「お前、もう少しユーヒを優しく接したらどうなんだよ」
「そう言って、救われるのか?」
「でも、少しの希望は見せたいじゃんか」
「あの人は身体が弱い」
視線はこちらへ向けず、枝を降り続けるテル。彼の返答に遊飛は思い悩んだ。ユーヒが身体が弱いということは、何か病を抱えているのか。それとも、アースダマーの原因で身体が弱っているのか。
いくつもの考察をしていると、バキッと折れる音によって思考を止められる。我に返った遊飛は顔を上げると、テルと目が合い少しだけ肩を上げた。
「変な期待を与えるより、現実を見せた方がいい」
そう言い放つテルの眼差しに、遊飛は胸あたりがキュッと締め付けられる感覚がした。とても寂しく、悲しそうな瞳。
(宇宙人はどれぐらいの寿命があるのか、俺は分からない)
テルはどれぐらい長生きしていて、何度親しい人と別れを告げたのか。遊飛は考えても、想像できないものなのだろう。そう思えば思うほど、気がついたら目の奥が熱くなっていくのを感じた。
(自分がユーヒの生まれ変わりってことは、ユーヒもいつかは……)
終わりを迎え、テルが一人になってしまう。遊飛は胸あたりがズキズキと痛み、一粒の涙が頬へと伝った。
急に泣き出したら、テルにますます不審がられてしまう。それでも、遊飛はユーヒとテルが悲しい別れとなることに耐えられなかった。
「どうした」
テルに声掛けられ、遊飛は慌てて涙を拭った。そして首を横に振り、なんでもないことを伝える。どうか、泣いていたことはバレていない事を願いながら。
なるべく顔を上げず、遊飛は咄嗟に別の話題を出そうとした。
「いや、俺の前だと敬語じゃなくなるんだなぁって」
そう言うとテルの視線が鋭くなった。何かまずいことでもしたかと、遊飛は内心焦っていく。謝るべきかどうか考えていると、テルは明後日の方角へと顔を向けた。
「認めてないからな」
その一言に遊飛は口を少しだけ開け、そしてすぐに閉じる。テルの言葉に納得しながら両膝を抱え、遊飛は体育座りで俯く。
「そっか、敬語はあの人からだったのか」
「何か言ったか?」
か細い声で聞き取れなかったテルは声を掛ける。遊飛は顔を上げ、ずっと心の中で思い続けていた疑問を投げた。
「お前って、その……ユーヒの事、好きなのか?」
出会って早々に聞くのも悪く思っていたが、遊飛はどうしても知りたかった。もし今のテルがユーヒの事が好きで、でもユーヒに伝えていなかったら、それを手助けしようと。
どう返答するのか、遊飛はドキドキしながら待った。すると、テルの唇が動く。
「彼は私の花嫁であり、観察対象だ。それ以上でもそれ以下でもない」
そう答えたテルに、遊飛は理解していたが一気に体温が下がるのと血の気が引いていくのを感じた。
「花、嫁なんだ」
「それが彼との契約でもあるからな」
「契約?」
どういう意味なのか、遊飛は問い掛けてもテルは何も答えなかった。きっと答えるつもりはないのだろう。
一体、どんな内容の契約を結び、花嫁としてユーヒを手中に収めたのか。遊飛は疑問を抱きながらモンモンとしていると、テルが手に持っていた枝を焚き火へと投げ入れる。
「彼の未知なる力、アースダマーの解明する事が私の目的だ」
「どうして、そんなにアースダマーにこだわるんだよ?」
「アンタは見てないから、そう言えるんだ」
「それは……」
「あの力は世界を凌駕する」
テルはそう言うが、遊飛はアースダマーの力は理解しているつもりだった。今の世界はユーヒの力であるが、未来では遊飛の力となっている。
(それを言ったとしても、信じてくれないだろうな)
遊飛はそう思いながら何も言えず、黙っていると急に視界が暗くなった。顔を上げると、いつの間にか立ち上がっていたテルが遊飛の前に居たのだ。
「アンタがその力を狙うときは、私は排除するつもりだ」
瞳孔を見開き、冷たい眼差しで見下ろしすテル。その瞳を見上げて見つめていた遊飛は息を飲み込む。
「これは警告だ。ユーヒに近づくな」
本気でテルはそう言ってると伝わる。遊飛はここで引いてはいけないと思った。ギュッと両手を強く握り締め、強気な眼差しでテルを見つめた。
「ヤダね。俺は俺の意思で動く」
「お前っ!」
予想外の返答にテルは声を上げた。こんなにも怒りを露わにしているのを初めて見た。遊飛はそう思いながら、それでも引けない気持ちで見つめ続ける。
それからどれぐらいの時間が経ったのか、数秒であったとしても長く見つめ合ってる気がした。そして、先に折れたのはテルだ。溜息をつきながら後ろへと振り返る。
「勝手にしろ。どうなっても私は知らないからな」
「勝手にさせてもらいます〜!」
離れていくテルの背中を見ながら遊飛はそう返し、ずっと握りしめ続けていた手を離す。説得は出来てないが、一緒にいることは問題ないことに一安心した。
(俺がここへ来たのには理由があるんだ)
そう思いながら遊飛は目を細める。過去まで飛ばしたのは、何か理由がある。遊飛は今得ているヒントと情報でどうにかまとめようとしたが、結局上手くまとめることは出来なかった。
結局、ユーヒが戻ってくるまで理解が足りずに遊飛はこの夜は眠る方へと切り替えるであった。
◇◇◇
ユーヒと遊飛がお互い寄り添いながら眠っている中、火の番しているテルはジッと遊飛を見つめていた。
「弱い地球人のクセに、何故気になるんだ」
空から落ちてきた時、テルは避けることは出来たのに身体が動かなかった。両足に何か縛られたかの様であり、何故か全身の血液が熱くなっていくのを感じた。
(あの衝動はなんだったんだ)
その意味もわからず、テルは眉間に指を当てて考える。それでも答えは出ずに、深く溜息をつきながらもう一つの疑問が思い浮かんだ。
「それに、ユーヒに触れて大丈夫なのも気になる」
ユーヒのアースダマーは素手で触れ合うと、相手に力を与えてしまい狂わせてしまう。そんな姿になっていった宇宙人を複数見てきた。
それなのに隣で頬同士触れ合い、静かに眠っている遊飛は何も変化起きておらず異種過ぎた。ユーヒと手繋ぎしている時もそうだ。ユーヒは手袋付けていたとしても、布越しでも稀にアースダマーの影響を受ける。
(地球人はアースダマーの影響を受けない種族なのか?)
もしそうであったら、この結果を他宇宙人に知られてしまえば地球は滅びる可能性はある。
(やはり、始末した方がいい)
テルは腰に着けているサバイバルナイフを取り出す。腰を上げて立ち上がり、遊飛の元へと近づいて刃の先を光らせる。
(ユーヒにバレないよう、悲鳴も出させずに一瞬で殺す)
すっと遊飛の首へと刃を押し当てる。すぐにサバイバルナイフを引こうとしたが、テルは遊飛の顔を見て動きを止めた。
「ごめん……テル……ユーヒ……ごめんな……」
涙を零しながら自分とユーヒに向けて謝る遊飛に、理解が追い付けられなかった。最初は起きているのかと思ったが、意識は眠っている。つまり、寝言で謝罪をしているのだ。
(なぜ謝る。それは私達を騙しているという謝罪なのか、それとも別の謝罪なのか……)
もし、前者であったら殺さなければならない。だが、テルの手は動かせられなかった。遊飛の涙が綺麗すぎて、殺意を喪失させる程だったからだ。
テルはため息をつき、サバイバルナイフを仕舞った。
「本当にアンタは何者なんだ」
そう問い掛けても、眠っている遊飛は答えるはずもなかった。
2023/11/04