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<了遊♀>新しい未来 新しい災難

「遊作、今日もお願いしてもいいかな?」

彼のその言葉に、ソファに座って読書していた遊作は、手に持っていた本を閉じ隣に置く。
 そして両腕を広げてやると目の前の男、鴻上了見は嬉しそうな表情をし、遊作の手前で膝を折って腕の中へ入り抱き締めた。
 遊作も広げていた腕を了見の背中に回し、そしてあやす様に優しく背中を叩いてやる。
 胸に頭を乗せて幸せそうに微笑んでいる了見を眺めながら、まるで大きな子供を抱っこしている気持ちになる遊作は、なぜこうなったのかと数日前のことを思い出していた。

◆

「了見、もう寝たらどうだ」

 ハノイの塔の事件が終わり、そして了見の父である鴻上博士の通夜を終わらせてから、遊作は了見のそばに居ることを決めた。
 もちろん了見も遊作の意思を受け止め、共に暮らすことを承諾したが、始めは草薙やAiやスペクターに猛烈な反対の嵐だった。
 その理由は「未成年の男女を同棲させるわけにはいかない」とのこと。

「おい遊作、もう少しちゃんと考えて段取りを決めるべきだ!」

 遊作の肩を掴み必死な顔で説得をしていた草薙。

「この泥棒猫!」

 そう言いたげな表情で、電脳ウイルスを仕込もうとしていたスペクター。

『遊作、もし脅されてるなら今すぐソイツを喰ってやろうか?』

 めちゃくちゃいい笑顔をしているが、笑顔の隙間から見える瞳は、狩りをする獣のような光を放っているAi。
 この三人を納得させるには、どう説得するべきか遊作は眉間に指を当て頭を痛めていると、隣に並んでいた了見は遊作の手を強く握りしめ三人の前に立った。

「私は遊作と共にいたい」

 「だから、私と遊作の交際を許してください」と頭を深く下げてお願いをする了見の姿に、遊作は胸をときめかせ顔が熱くなっていた。
そして遊作も意を決し、握られている手を強く握り返しながら三人の前へ振り向く。

「俺は10年前からずっと、了見を救い出したいって思い続けていた。だから、今度は了見に色んな幸せを教えてあげたい」

 「俺からもお願いします」と頭を下げ、三人は遊作と了見の意思を汲み取り、同棲することを許してもらえた。
 それから共に過ごしてから遊作はふと思ったのだ。


自分が起きている時に、了見の寝ている姿をあまり見ていないことに―――


 最初はタイミング悪く見れていないのかもしれない、と思っていたが、どうやら了見はちゃんと睡眠を取っていない事に遊作は気がついた。
 一度、その事について話を振ってから、今度は寝れるようにと睡眠薬を飲むようになってしまったのだ。
 「ちがう、そうじゃない」と遊作は言ったが、了見は理解してくれず、これではちゃんとした生活ができなくなってしまうことに頭を痛めていた。

「ここを終わらせたら、薬飲んで寝るよ」
「そう言って、既に何時間経ってると思っているんだ。それと、強力な睡眠薬を飲むのは禁止だ」
「何故だい」
「理由は3つ。1つ、薬物ばかり頼るのはよくない。2つ、ちゃんと用法用量を守って飲んでいない。3つ、それでお前が目覚めなくなってしまうのが怖い」

 いつも強めな薬を飲んで、無理矢理寝ようとする了見の姿に、遊作はどうにか薬物依存から脱却させる方法はないか考えていた。
 昔の自分も、あの事件の記憶がこびりつき、寝れない日々は睡眠薬で、無理矢理寝ていたこともあった。
 だから了見の気持ちも分かるし、逆にそれが精神的にも肉体的にも、よくない事も理解していた。

「だが、私は薬を飲まなければ寝れないし、それで困るのは遊作だろう?」
「了見」

 名前を呼ながら腕を掴んだ遊作は、ぐいっと引っ張り了見の顔を自分の胸へ押し付けた。
 突然のことで了見の表情が固くなっていたことに、遊作は珍しいのを見たと思いながら見下ろす。

「遊作、前が見えないのだが……」
「もうお前は、パソコンの画面を見るな。今のお前に必要なのは、自然な睡眠だ」

 そう言って、さらに腕の力を入れて逃がさないようにし、遊作は優しく了見の背中を叩いてやりあやし始める。
 とんとんっとリズムに合わせて優しく叩いていくと、ズシッと突然、了見の全体重がのしかかり、遊作は驚いきながら脱力している了見に顔を覗きこんでみると、静かに呼吸をし眠りについていた。

「眠ったのか……?」

 問い掛けても答えてくれず、遊作はまさかコレで寝れるなんて思わなかった。
 そして、この体制のままどうしたものかと考えていたが、日頃鍛えていたこともあり、遊作は軽々と了見を持ち上げて寝室まで運んでいった。

「遊作、アレをしてから寝つきが凄くいいんだ。だから私が寝たい時に、抱き締めてくれないかい?」

 次の日の夜、了見にそう言われた遊作は特にそういう目的ではないことは理解しており、了見の願いを叶えていこうと両腕を広げ、抱き締めてあやすことが日課になっていった。

◆

「いつも思うが、コレだけで寝れるのか」

 事の発端は自ら抱き寄せてだが、体制的に寝ずらく逆に身体を痛めてしまうんではないかと、遊作は疑問に思いながら問い掛ける。
 了見は少し顔を動かし、口を開いて遊作の問い掛けに答える。

「理由は3つある。1つ、君の香りを堪能出来る。2つ、君の体温と心音がとても心地よい。3つ、君のその優しい叩き方が私を睡魔へと誘ってくれる」

 目を瞑りながら語る了見に、遊作は少しでもこうして頼られて、役立っている事に嬉しく感じていた。

「私は親に抱き締められた記憶があまりないんだ」
「……俺はお前の親代わりになるつもりは無い」

 了見の言葉に不満を感じ、遊作は眉間にしわを寄せて背中を叩いていた手を止めると、瞑っていた了見の瞳が開き綺麗なアクアマリンが遊作の顔を写す。

「そうだね。君は私の可愛い恋人だ」

 目を細めて笑みをこぼす了見に、さっきまで不満状態だった遊作の機嫌は切り替わり、やはり了見相手だと甘くなっていると実感する。
 了見も遊作の表情を見て機嫌が治ったと伝わったのか、手を伸ばして遊作の前髪に触れる。

「だから、こうして弱みを見せれるのも、遊作だけなんだよ」

 そう言って再び目を瞑り、何度か深呼吸を繰り返していくうちに了見は深い眠りへとついていった。
 こうなるとしばらく起きない事を知っている遊作は、今、この体制のままだと足や腰、色んな箇所が痺れるなと思いながらも了見の髪を撫でながら、幸せそうに微笑む。

「おやすみ、了見。お前が見ている夢はきっと幸せな夢だ」

 そう呟きながら遊作も軽くあくびをし、そのまま身を任せて眠りについていった。

 ◇◇◇

「ふむ。これくらいが丁度いいでしょう」

 スペクターのその一言に、遊作は膝から崩れ落ちるように脱力し息を上げていた。
 そして遊作はキッと、スペクターに向けて睨みあげる。

「お前は、俺を殺すつもりか……っ!内蔵が出ると思ったぞ!」
「帯を締めたくらいで、内蔵が出るわけないじゃないですか」

 呆れた表情をしながらスペクターは手に持っていた小道具をしまう姿に、遊作は腹部分がまだ苦しい帯に手を添えため息をつく。

「着物を着てなんの意味がある」

 そう言って遊作は立ち上がり、鏡にうつる自身の姿を眺めてくるりと一周回る。
 薄紫色の布に所々には鈴蘭の刺繍があり、控えめの色味で女性服に着慣れてない遊作にとっては、まだ救いの色だった。
 制服は致し方なく我慢出来たが、私服として着ることはなく、遊作は落ち着けずにソワソワしていると、スペクターは持ってきた椅子を床に置いた。

「私の大和撫子計画には必要なんですよ。はい、この椅子に座ってください」

 テキパキと指示を出すスペクターに、遊作は眉間にしわを寄せ不機嫌になるが、渋々と椅子の方へ向かい座る。

「なぜ俺は、お前のお遊びに付き合わければいけないんだ」
「これも全ては了見様の為ですよ」

 櫛を取り出し、遊作の髪を優しく触れながら梳かし始めるスペクターは目を細め、遊作の姿を眺めた。

「貴女はまだ見た目はいい方です。えぇ、見た目は。ですが、その男勝りな性格や格好はいただけません」

 梳かした髪をまとめ、簪で綺麗にくくり一つの団子ヘアーとし、さらに飾り用としての桜の飾りがついた簪を差し込む。

「ですので了見様に見合うように、貴女にはちゃんと女性としての作法を学んでもらわなければなりません!」
「今のままでもいいと、了見は言っていたぞ」
「了見様はお優しい方ですからね。それに、貴女の保護者でもある草薙翔一にも頼まれているのですよ」

 スペクターの口から草薙の名前を出され、ぴくっと軽く反応をする遊作。
 女性らしさへと変えられていく自身の姿を鏡で見ながら、チークをのせたメイクブラシを頬につけられる。
 メイクを楽しみながらスペクターは鏡に向けて微笑む。

「貴女を立派な女性にしてほしいと。復讐から解放され、自由に女性の姿で過ごしてほしいと」
「それでも、俺はそう簡単に普通の女のとして生活出来る自信はない」
「少しずつやっていけばいいのですよ」

 そう言って最後にリップグロスを遊作の唇につけたあと、スペクターは遊作の顔を眺めながら眉間にしわを寄せ眉を八の字にした。

「貴女は本当に狡い人だ。あの方を簡単に安らぎを与える」

 あの方とは了見のことを指しているのだろうと遊作は悟った。
 そう思っていると、スペクターは遊作の瞳を見つめながら手を伸ばし、遊作の頬に触れる。

「あの方はずっとずっと眠れぬ日々を過ごしていたのに、いまは貴女がそばに居るだけで眠れるようになっている。それは感謝はしています。ですが、私はまた認めたつもりはありませんからね」

 言いたいことを言いきったスペクターは手を離し、目の色を変えて両手を叩く。

「さぁ、全ては整いましたよ!まず始めは茶道からです!」
「めんどくさい」
「ちゃんと私の講義を受けましたら、了見様の幼少期の写真を渡しますよ」
「よしやろう」

 スペクターが持っている写真に、遊作は重い腰を上げ率先的に動き出した。

だが、いまの遊作は知らないであろう―――

この後、地獄を見るほどのスパルタ教育を受けるという事を―――

 ◇◇◇

『ゆうさーく!』

 明るく元気な声を出し、両手を広げながらAiは遊作の顔へダイブした。
 ゴツンッ!と顎あたりに痛みが走ったのは、きっとデュエルディスクの角が当たったのだろうと、遊作は自身の顎に手を当て少し摩る。
 そして、未だに引っ付いているAiを引き剥がそうと、首根っこを掴み持ち上げた。

「うるさい。もう少し静かに来れないのか」
『やぁ〜ん♪遊作冷たぁ〜い、久しぶりに相棒が遊びに来たんだから歓迎してよ☆』
「黙れ」

 掴んでいた手を離してやると、Aiはすぐにデュエルディスクを飛行タイプへと切り替え、宙に浮きながら遊作の周りを飛び回る。
 そして、遊作の腰に腕を巻き、爆睡している了見の姿を見下ろす。

『ありゃりゃ、ぐっすり寝てるな』
「起こしたら消すからな」
『そう言っていつも消さないじゃん、遊作ちゃん♪』

 茶化すように言うAiに、遊作は『本気で消してやろうか』と、そう思いながら冷たい目線で見つめる。
だが、慣れてしまっているAiには効いておらず、逆にニコニコと笑顔を向けており、遊作はため息を零した。

「それで、今日はどうした?」

 話題を変えようと遊作は問い掛けると、思い出したAiは『あぁっ!』と明るい声で返事したあと、両手を広げた。

『実は、もう少しでサイバース世界を解放することが出来るんだ!』
「そうなのか」
『やっと俺も故郷に帰れる!』

 喜ぶAiの姿に、遊作も自然と喜びを感じていた。
 この5年間、ハノイの騎士とSOLテクノロジーから逃げ続け、ようやく帰れて仲間に会えるAi。
 帰れる場所がある事はいい事であり、遊作も今帰る場所がある事にAiの気持ちは分かる。

『ただ心配なのは5年間、アイツらはずっと閉じ込められている事だなぁ』

 そう言うAiの言葉に、遊作はスっと瞳を閉じ、脳裏で過去の自分を重ねるかの様にイグニス達の事を考えた。
 5年間、ずっと閉じ込められている状態で過ごしていたら、AIでもどう思ったのだろうか。


怒りを感じただろうか?


身勝手な人間に失望しただろうか?


人間に復讐したいと思っただろうか?


 そういくつかの想像をした遊作は瞳をゆっくり開き、軽く息を吐き捨てる。

「Aiはどう思う?」

 遊作の問い掛けに、Aiは指を口元に当て目を細める。

『きっかけを作ったリボルバーは、絶対に狙われると思う』
「……そうだな」

 理由も分からないまま消されそうになり、そして隠れる為だとしても5年間、身動きができないまま過ごしたとなると、きっかけになった存在を憎み続けている可能性は高い。
 きっと復讐すると思った遊作は、どうにか出来ないかを考え、ある一つの結論へ結びつきAiへ視線を向ける。

「Ai。サイバース世界が開いた時、俺をそこに連れて行ってくれないか」
『え、どうしたんだよ突然?いや、まぁ遊作には遊びに来てほしいって思っていたけど』

 嬉しい反面、突然の申し出にAiは不思議に思いながら軽く首を傾げる。
 そんな仕草を眺めながら遊作は、Aiに向けて人差し指を差し出し目を細めた。

「俺がお前の仲間と話をして、了見を許してくれないか聞く」
『はぁっ?!』

 そんな事を言うとは思わなかったAiは大声を出した同時に、遊作は差し出していた指をAiの口元へ押し当てる。

「うるさい」
『あっ、ごめん!……じゃない!やめろバカ!遊作がそこまでする必要ないし!』
「了見が行ったとして。お前の仲間は話を聞いてくれると思うか?」

 遊作の問い掛けにAiは『ぐぅ……』と唸る。
 だが、ここで引き下がっては負けだと、Aiは説得しようと両腕をクロスして首を振った。

『でもダメ!アイツらが遊作の事を敵だと認識して、遊作の身に何かあったら、俺と草薙が泣く!コイツだって、絶対に反対するに決まってるだろ!』
「俺だって、了見が傷つくのを見たくない」

 そう言い、遊作は軽く首を傾げながら今にも泣きそうな瞳でAiを見つめる。

「頼むAi」

 滅多に見られない遊作の表情に、Aiはズキッと心が痛んだ。
 だが、ここで許したとして、その先の草薙と了見に責められるイメージが湧いてしまい、どうしたらいいのかと頭を抱える。
 いろんな計算をしたとしても、遊作を泣かせたくない気持ちが勝ってしまい、何度か首を横に振ったあとに顔を上げた。

『んんんんっ!もう!わかった!俺の負け!』

 両腕を広げて降参のポーズを取ったAiはため息をし、あとで草薙や了見になんて説明すればいいか頭痛が走った。
 だが、こうと決めた遊作の心を変えることは難しく、なら連れて行って本当にまずいとなった時に、強制ログアウトして逃げればいいと考えにいたった。

『でも、もしアイツらと対話出来たとしても、かなり時間が必要だからな』
「わかっている。何年掛かろうとも、逃げるつもりは無い」

 強い意思を伝え、それを受け取ったAiは腕を組み、また軽くため息を吐いた。

(本当に、こういう時の遊作は男前すぎる)

 Aiはそう思いながら軽くうなづいた後に、組んでいた腕を解いて両腕を広げる。

『俺は遊作の味方だから、何が起きても絶対に守るからな!』
「あぁ、頼りにしてるAi」
『……遊作、丸くなったなぁ。あの時は何言っても、警戒心の塊だったのに』
「そうだな」

 微笑みながら答える遊作に、Aiはその顔を眺めたあと、視線を了見へと移す。
 こうして遊作の表情が豊かになったのは、了見のおかげでもあるが、Aiは内心モヤッとし、頬を膨らませる。

『やっぱムカつく』

 今度、遊作とイチャついている時にでも、わざと妨害しようと心に決めたAi。
 そして、起きる様子を見せない了見を睨んだ後、今のうちに沢山遊作に触れようと、両手を伸ばして遊作の頬に手を当て擦り寄った。

 ◇◇◇

「草薙さん」
「おう、遊作」

 施設の玄関前で待っていた草薙に、遊作は少し駆け足で近づく。
 片手を上げて迎え入れる草薙は、その手を遊作の頭の上に乗せ優しく撫でる。

「忙しい時に呼び出して悪かったな」
「問題ない。少しでも俺が役立つなら手伝わせてくれ」

 そう伝えた後、「案内する」と草薙は手を離して背中を向けて歩き出し、遊作はその後を追いかけた。
 今日は草薙の弟、仁と面会する日であり、当時の遊作は何故自分が呼ばれたのか不思議に思っていた。
 事情を聞くと、草薙は大切な仲間を仁に紹介したいとの事と、仁に外へ出るきっかけを与えてほしいとの事だった。
 そして、一室の部屋にたどり着き、草薙はドアノブに手を掛けて開けて中へ入り、待っていた仁の元へ近づく。

「仁。彼女が遊作だ。俺と一緒に戦ってくれた大切な仲間だ」
「うっ……」

 部屋に入って現れた遊作に、仁は警戒な眼差しで草薙の後ろへ隠れ様子を伺う。
 そんな姿を見ながら、遊作はゆっくりと仁の元へ近寄り目線を合わせるようにし声を掛ける。

「初めまして、藤木遊作だ。お前と同じ、あの事件の被害者だ」
「……っ!」

 ビクッと肩を揺らし、さらに顔を隠すようにと草薙の背中へ隠れていく仁。
 遊作は、恐怖の瞳で見つめている仁の瞳を眺めながら優しく手を伸ばし、仁の頬に触れて微笑んだ。


自分は敵ではないという事を伝えるように―――


「大丈夫だ。俺はこうして自分の人生を見つめるようになった」
「うっあっ?」

 そう言って触れていた頬から手を離し、遊作は立ち上がって手を差し出す。

「だから、仁。草薙さんと一緒に、外の世界へ出てみないか?」

 差し出された手を仁は見つめ、そして遊作の顔を見た後に草薙の方へ視線を向けると、草薙は優しく微笑みながら頷く。

「うっ……」

 草薙から離れた仁は恐る恐る手を伸ばし、遊作の手に指先を当て掴んだ。
 震えている指先に、遊作はそれでも大切な第一歩だと思いながら仁の手を強く握り返し微笑んだ。

◆

「ありがとうな、遊作」

 あれから少し仁と会話した後、部屋を後にした草薙は遊作にお礼を言いながら持ってきた缶ジュースを手渡す。
それを受け取った遊作は、掌から感じる冷たさに目を細め、少し手に力を込めながら問い掛ける。

「俺はちゃんと役に立ったのだろうか」
「あぁ。仁にとって、いいきっかけになった」
「そうか」

 ほっと安心したように微笑んだ遊作は、缶ジュースを開けて飲み始める。
草薙も手に持っていたブラックコーヒーの缶を開け、少し飲み込んだ後にある話題をしようと遊作に声を掛ける。

「Aiに事情は聞いた。サイバース世界に行くみたいだな」
「あぁ。明後日には行くつもりだ」

特に驚いた様子もなく、普通に答える遊作の姿に、草薙は持っていた缶コーヒーを近くのテーブルの上に置く。
そして、遊作の元へ近づき、彼女の両肩に手を置きジッと見つめる。

「遊作。お前もあの事件の被害者だ。いくら恩人で恋人の為だといっても、そこまでやる必要は無いんだ」
「Aiにも同じ事を言われた。だが、俺は少しでもAIと人間が共に歩める道を示したい。それにはまず初めに、イグニス達との対話と和解が必要だ」

そう言って遊作は自身の胸に手を当て、迷いのない真っ直ぐな瞳で草薙を見つめる。

「だから俺はサイバース世界に行く。俺は自分で決めた道を止めるつもりは無い」
「……本当にお前って奴は……男前すぎるだろ」
「そうか?」

 首を傾げながらそう言う遊作に、草薙は苦笑いを溢す。

(無自覚天然恐ろしい)

 そう思いながらも、それが藤木遊作なのだと、長い付き合いをしている草薙は納得した。
そして、草薙は遊作の肩に置いていた両手を離し、少し後ろに下がり微笑む。

「なら、ちゃんと無事に帰ってくるんだぞ」
「あぁ」

 軽く頷いてそう答える遊作に、草薙は「この話題は終わりだな」と思いながら、別の話題をしようとふとある事を思い出し、それについて話そうと始める。

「そういえばお前、スペクターに作法習ってなかったか?」
「やめてくれ草薙さん。アレは思い出したくもない」

 少し顔色が悪くなっている遊作に、よほどスパルタな事を教え込まれているのだろうと草薙は察した。
 こちらも出来る限りはお願いしたが、今度会った時は加減してもらおうと草薙はそう思っていると、突然、遊作がポケットからスマホを取り出し操作し始める。

「す、少しだが。料理は出来るようになった……」

 恐る恐るスマホを差し出し、画面に映っている料理の写真を草薙に見せる遊作。
 草薙はスマホを受け取り、映っている写真を眺めた。少し真っ黒な焦げ跡がある焼き魚に、型崩れしているジャガイモの煮物、水が多すぎたのかお粥になりかけているご飯。
 それを眺めた後、草薙は視線を遊作へ移すと少し照れ臭そうに頬を赤く染めて両手の指を絡ませていた。

「まだ見た目は歪だが……味はマシになっている……多分」
「確かに、前まではジャガイモを皮剥きしないで、そのまま油へ投下しようとした時は、ヒヤッとしたのを思い出したよ」

 前に店の手伝いでフライドポテトを作ってもらおうと、草薙は遊作にお願いし時に、何故か洗っていない状態のジャガイモを丸ごと揚げようとして、草薙は全力で止めに入った。
 それがついこの前の様だと思い出して軽く頷いていると、当の本人は恥ずかしいのか更に頬を赤く染めていた。

「少しずつ学んでいけばいいさ」
「スペクターにも同じ事を言われた」
「そうなのか。でも、流石に口調だけは、早めに直しといた方がいいぞ」
「なんでだ?」
「子供の教育によくないからな」

 「子供……」と呟いた後に、遊作はどういう意味なのか理解し、これでもかとさっき以上に顔を赤く染め上げる。

「草薙さんっ!!」

 恥ずかしさのあまりに遊作は怒鳴るが、草薙にとってはいままで見たことがない遊作の仕草に、少しずつちゃんと未来の道を歩み始めているんだと喜びを感じた。

 ◇◇◇

「私は反対だ」

 今日はサイバース世界へ行く日だが、行く途中で黙っていた事を了見にバレてしまった遊作。
 ネット接続用のデュエルディスクは没収され、遊作はどうにか取り戻そうと少し瞳を潤ませながらジッと了見を見つめる。

「頼む了見……」
「そんな顔しても無駄だからな」
「ちっ!」
「舌打ちが聞こえているぞ。ワザとか?」

 いつもならこれでうまくいくのだが、うまくいかなかった事に遊作はワザと大きい舌打ちをした。
今回は了見も譲れない様子に、遊作はどう説得するべきか考えたが、これはもう真向から行くしかないと強気な眼差しで了見を見つめた。

「お前が何言っても、俺はサイバース世界に行く」
「私だってお前が何言っても、サイバース世界へ行かせない」

 負けじと睨み返した了見は、手に持っているデュエルディスクを強く握り締める。

「むしろ、これは私と父が招いた事だ。なら、私が直接向かうべきだ」
「それで対話も出来ずに、争いが起こる事が目に見える」
「私が攻撃的だと言いたいのか?」
「違う。お互い冷静な判断ができなくなる可能性がある、と言いたいんだ」

 正論な言葉を言う遊作に賛同するかの様に、ずっと静かに黙っていたAiもデュエルディスクから顔を出し了見に向けて指を指した。

『お前を連れて行ったら、俺も裏切り者扱いさられるから連れて行きたくないね!』
「貴様は黙っていろイグニス」

 そう言うと『へいへい』とAiは返事をし、遊作の方へと伸びて行き隣に並んだ。
 遊作の手を握り、あっかんべーして煽るAiに、了見は(今すぐ削除してやろうか)と思いながらも、怒りを抑えて今すべき事を優先する。

「遊作。お前だって安全だと限らないんだぞ」
「俺にはAiが居る」
『まっかせて!遊作は俺が守るからな!』
「信用出来んな」
『なんだとー!』
「もし本当にまずくなった時は、強制ログアウトする。何故、そんなに不安がるんだ了見」

 遊作の問い掛けに、了見はデュエルディスクを床に落とし、そのまま遊作の腕を掴んで自身の方へ抱き寄せる。
 ガシャンッ!と鳴り響く音と、『アーーッ!俺のデュエルディスクに何してんだよ!』と悲鳴が聞こえるが、了見はそれを無視し、腕の中に居る遊作を逃がさない様に力を強く入れ抱き締める。

「私は、怖いんだ遊作。お前が帰って来た時、それはお前なのかと」

 10年前の様に通報した後、父親が帰ってこず待ち続け、再会したときは植物状態の姿だった。その時の様に、遊作のイグニスの原因でそうなってしまうのではないかと、了見は不安を感じていた。

「イグニス達に洗脳されてしまい、お前じゃなくなっているんじゃないかと」
『俺達はそんな事するつもりねーよ!』
「了見。大丈夫だ。俺はお前から離れるつもりはないし、俺は俺のままで帰ってくる」
「遊作……」
「だから、信じてくれないか」

 「なっ?」と軽く首を傾げてそう伝えながら遊作は了見の背中に腕を回し、優しく抱き返してポンポンっと、背中を叩いてあげる。
 それが何の意味を示すか了見は分かり、今すぐに離れないと思ったが時はすでに遅し。睡魔が襲い掛かり、全身の力が抜けていき、重くなっていく瞼を閉じない様にしていたが、了見はゆっくり目を閉じ眠りへと入っていった。

『本当に寝ちまったよ』
「最近は、これをやると3秒で寝るようになったからな」
『の●太君か!』

 Aiのツッコミを聞きながら、遊作は眠っている了見をソファの上に寝かせ、床に落ちているデュエルディスクを取り、腕に装着する。

「行くぞ、Ai」
『がってんだ!』

 デッキを取り出し、デュエルディスクへセットした同時に遊作は自身のアバターへ姿を変え、ネットワーク世界へと向かっていく。
 そしてAiの案内によってサイバース世界の入り口へ到着し、そのゲートをくぐり抜けると5つの各属性に沿った村があった。

「ここが……」
『そう、俺の故郷……サイバース世界だ!』

 草原へと降りたプレイメーカーは周り全体をぐるりと景色を眺める。
 水があふれるせせらぎ、噴火山がある場所もあり、頬を撫でる風はとても心地よかった。デュエルディスクから出てきたAiはプレイメーカーと同じくらいの身長となり、両手を振りながら駆け出す。

『みんな、ただいま!』

 その掛け声と同時に、Aiの目の前に5体のイグニス達が姿を現した。
 それぞれ色が違く、そして赤いイグニスが一歩前へ出た。

『久しぶりだな、闇のイグニス。そして、ようこそプレイメーカー。サイバース世界へ』
「俺を知っているのか」
『私達はこの閉じ込められた世界で、お前達の活躍を見ていた』

 そう告げた後、赤いイグニスは自身の胸に手を当てる。

『私は炎のイグニス。この世界では不霊夢と呼ばれている』
「不霊夢」
『どこかの可愛い名前と違いカッコいいと私はそう思っている』
『誰が可愛いって名前って!俺はAiって相棒であるプレイメーカー様につけてもらった最高の名前だと思ってるんだよ!どうだ!うらやましいだろ!』
『まず初めに、ハノイの騎士を壊滅してくれて感謝する』
『ガンスル―!?ちょっと俺の話を聞いてよ!』
「Ai、少し黙れ」

 少し涙目で黙ったAiを見た後、プレイメーカーは目の前に居る他のイグニス達の方へ視線を戻し様子を見てみる。
 不霊夢が軽くお辞儀した同時に、後ろにいたイグニス達もお辞儀し、いまの様子を見る限り敵対心や警戒心を感じられないと、プレイメーカーはそう感じた。
 むしろ迎え入れている事に、もしかしたら話し合う事が出来るかもしれないと、プレイメーカーは声を掛けようとすると、不霊夢は片手を上げて止める。

『君が何故ここに来たのかも、私達は知っている』
「なら話が早い。俺と話しをしてくれないか」
『あぁ、私達も君となら会話してもいいと思っていた』

 そう答えた不霊夢はプレイメーカーを受け入れ、数時間を及ぶ対話をした。
 人間とAIとの共存について、この先の未来の事について、イグニス抹殺しようとしたリボルバーの事について、いろんな事を話し、いろんな議論を出していき、バラバラだったピースが一つずつ繋がっていき答えを導いていった。

◆

 イグニス達との対話が終わり、リアル世界へ帰還して早数日。
 スペクターが淹れた紅茶が入ったカップを手に取り、口元に当て飲み込んだ了見はカップを置いて隣に座っている遊作へ視線を向ける。

「遊作。イグニス達と和解してくれた事は感謝はしている」
「あぁ、無事に和解が出来て、俺もよかったと思っている」

 そう返す遊作に、了見は少し肩を震わせながらガタッと椅子から立ち上がった。

「だがな、何故全員お前が面倒を見る事になっているんだ!」
「全員じゃない。炎のイグニスと風のイグニスは、それぞれペアの元へ行った」
「それでも、毎日ここに来ていれば意味が無いだろう!」

 そう、あの対話以降、イグニス達は遊作の元へ暮らす事を決めたのだ。
 SOLテクノロジーに利用されないように、安全な場所は何処だと考え、議論していった結果だという。
 そして、そのうちの2体のイグニスは、他の人間世界を見て学んでいきたいと考え、それぞれ自身の元となったペアの所へ暮らしていた。
 だが、それでも毎日の様に遊作と会いたいが為に訪問を繰り返していた。

「すみません。不霊夢が、どうしても遊作に会いたいって……」

 不霊夢のパートナーである穂村尊は、同じロスト事件の被害者であり、ハノイの騎士を壊滅した遊作に憧れを抱き、傍に居てその強さを学びたいと思い転校してやって来た。
 半分以上は不霊夢が遊作にほぼ毎日会いたいという希望を、耳にタコができるくらい言われ続けたのも原因の一つでもある。

「いつもの事だ。気にするな尊」

 そう返す遊作に、尊は照れ臭そうに頬を赤く染めている姿を眺めていた了見は、つまらなさそうに眉間に皺を寄せて睨みつける。
 遊作に新しい友達が出来たのはいい事だと理解はしているが、相手は男であり同じロスト事件の被害者でもある。
 何らかのきっかけで意気投合し、奪われてしまうのではないかと了見は不安に感じていた。

『男の嫉妬は見苦しいな。鴻上博士の息子』
『そうそう!見苦しいぞぉ♪』

 遊作と尊のデュエルディスクから出てきたAiと不霊夢は了見に向けてそう言うと、了見は冷たい眼差して睨みつけた。

「黙れ。消されたいのかイグニス」
『言葉を慎んだ方がいいぞ。私達は遊作の説得によって議論し、今は人間を信じているのだからな。せっかく彼女が繋げた道を無下にするつもりか?』
「本当か疑わしいな」
『それだから俺らに敵視されるんだよ』

 『あー、やだやだ』と、言いながら眉間に皺を寄せてため息をするAiに、不霊夢も賛同するように頷く。

「遊作は純粋過ぎる。そこを狙って騙していたとしたら、私は貴様らを完膚なきまでに殺すつもりだ」
『あー!もう!俺達は遊作の想いに応えてやったの!遊作を裏切るわけないだろ!つーか、お前は遊作に命救われたんだからな!そこ忘れんなよ!』

 了見に向けて指を指してそう言うAiに、了見は指さされている指を叩き落とし、眉間に皺を寄せる。

「私が心配なのは、貴様らを手中に収めた遊作の身の安全だ」
『遊作の安全?なんでだよ』
「イグニスが唯一認めた人間だと、SOLテクノロジーに知られた時、狙われるのは遊作だ」

 遊作を人質にし、イグニス達を思い通りに利用としようと考えているのは目に見えており、いまではプレイメーカーには多額の賞金が掛けられていた。
 まだプレイメーカーの正体がバレてないだけマシではあるが、もしバレた時、遊作が父親の様な扱いを受けられるかもしれないと了見は考えていた。
 それを聞いた不霊夢は腕を組み、了見を見つめる。

『もし、SOLテクノロジーがプレイメーカーを狙い、彼女を傷つけた時は、私達は人間を危険視と判断する』
『まぁ、そうなるよな』
『そしてプレイメーカーは私達の元へ来てもらい、共にサイバース世界へ暮らしてもらう』
「それを私が許すとでも思っているのか」

 ざわっと髪を揺らして瞳孔を見開き、殺気立った冷たい視線で不霊夢とAiを睨みつける了見。
 そんな彼の視線をビシビシと感じながらも、不霊夢とAiは引け腰にならずに対等するように睨み返した。

『そうならないように、お前が守るんだな。鴻上博士の息子よ』
『精々そうならない様に頑張るんだな!』
「分かっているさ。私は遊作を守る」
「学校内は、僕が代わりに守るので安心してくださいね」

 尊がそう伝えると、了見の殺気立った視線は尊へと向けられる。
 あまりの殺気に、尊の顔色は青く染まり肩を震わせた。

「ひっ!」
「了見、尊が怖がっている」

 止めるように二人の間に入った遊作の姿に、了見は尊をかばった遊作にショックを受けたが、何とか精神を持ち堪える。
 そして、遊作の両肩を掴みジッと見つめる。

「遊作。いいか、男はみんな狼だ。あの穂村尊も例外ではない、信じるな」
「尊はいい奴だ。それに、もしそうなったとしても俺の身は俺でなんとかするし、了見の身も俺が守る」

 少し話が脱線しているが、遊作の一言に了見はときめいてしまい、瞳孔が見開きっていた瞳は元に戻り、そして頬を少し赤く染め上げ照れてしまう。
 そんな光景を眺めていた尊達はそれぞれ思っている事を口に出す。

「遊作ってば、相変わらずの男前発言だね。僕にはなかなか言えないよ」
『それが彼女のいい所でもあるな。ああいう所を参考にして学ぶんだ尊。少しでも貧弱もやしと見られずに、彼女を守りたいならな』
「いちいちディスってくるね……」
『あー、どんどん男前になっていくからスペクターが隅っこで頭痛めているよ、ご愁傷さま』

 部屋の隅で「私の大和撫子計画がぁぁぁ!」と唸っているスペクターの後姿に、Aiは両手を合わせて合掌したのであった。


END


ここまで読んでいただきまして誠にありがとうございます!
もし、了見が遊作から離れずに共に暮らし始めたらのif世界が書けてとても楽しかったですし、それぞれの視点サイドを書けた事も楽しかったです!

本当は不眠症了見さんを寝かせるだけの話だったのですが、気がつけばアレも書きたい、コレも書きたいと黙々と打ち込んでいました(笑)
そして気がついたら遊作がイグニス達に愛されている設定まで落ちましたw
本当に打ち込みますと、何が起きるかわかりませんねw

それでは、ここまで閲覧いただきましてありがとうございました!

2018:5/10
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