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<了遊>今更後悔しても遅い!

 仏の顔も三度まで。ということわざがある。
 意味は「どんなに温厚な人でも、何度も無礼なことをすれば怒り出すこと」のたとえになる。
 そんなことわざを思い出し、実体験するとは遊作は思っていなかった。

「私はお前の事を友として見ていない。きっとこの先、お前にとって後悔が起こる。その前に私から離れていってほしい」

 いつもの学校の帰り道。草薙のホットドックを食べに寄っていた遊作は、目の前に現れた人物に三度目の同じ言葉を聞かされていた。
 最初は自身の想いを自覚したのかと。遊作はそう思って彼へ答えを出そうとしたが、すぐさまその場を去っていき伝えることが出来なかった。
 二回目はリンクヴレインズにて、草薙から頼まれたデータを手渡すときであった。同じ言葉を聞いたプレイメーカーは、今度こそちゃんと返事しようとしたら目の前でログアウトされて逃げられてしまった。
 そして今日が、三回目の忠告として告げる彼に、遊作は眉間に皺を寄せていた。

(何故、俺の気持ちを聞かないまま話を進めるんだろうか)

 この男はきっと、遊作の返事を聞くつもりはないのだろう。
 顔には出さないよう、遊作は内心で溜息をつきながら目の前にいる男、鴻上了見の顔を眺める。不安そうな眼差しで見つめているのを、彼はきっと気づいていないだろう。
 いっその事、彼の前に手鏡でも出して、その顔を見せた方が早いのではないかと遊作はそう思っていた。

(だが、それを考えるのも止めた)

 遊作は両腕を組みながら、了見が逃げ出す前にと軽く頷いた。そして、返事しようと口開く。

「わかった。お前がそこまで言うなら応えるしかないな」
「えっ?」

 驚いた声を出す了見だったが、遊作は気にせず近くで待っているAiに声を掛ける。

「Ai」

 名前を呼んだと同時に、遊作の背後に一台の大型バイクが止まった。
 ヘルメットの右部分を触れ、バイザーを上げたAiは遊作の方へと見つめる。

「遊作、ようやく動くことにしたんだな」

 そう言ってAiは遊作に向けて、もう一つのヘルメットを投げた。それを受け取った遊作はヘルメットを被り、そのままAiの方へと歩いていく。Aiの後ろへと座った遊作と同時に掛かるエンジン音。
 何度か鳴り響く中、遊作は戸惑っている了見に、最後になるかもしれない言葉をかけた。

「今更後悔しても遅いからな」

 そう言ったと同時に走り出すバイク。背後から了見の声が聞こえるが、遊作は振り替えずにAiのシャツを握り締める。特に何も言わずに遊作は黙り込んでいると、運転しているAiに声を掛けられた。

「遊作、本当にやっていいの?」

 その言葉に、遊作は少しだけ顔を上げる。きっと最後の確認として聞いてくれているAiに、遊作は軽く頷いた。

「あぁ、やってくれ」

 遊作の返事に、Aiの表情は見えないがきっと口角を釣り上げているのだろう。
 バイクの運転をオートモードにしたAiは、ハンドルから手を離して両腕を広げた。

「よっしゃあ!Aiちゃん、張り切ってやっちゃう!」

 新しいゲームの始まりだと言うかのように、楽しそうな声を出したAi。その声を聞いていた遊作は、イグニスとしてのハッキングを開始したのだと理解した。
 Aiがハッキングしたのは、すべての監視カメラのネットワーク。
 カメラに映る遊作の姿を全て消えるようにしたのだ。こうすれば、了見から居場所もバレないのと姿を見せることもない。

「さてと。これで遊作は見えなくなったけど。リボルバー先生はどうでるかねぇ」
「どうだろうな。俺もまったくわからない」

 遊作がそう返事すると、Aiは後ろへと振り返った。その時、Aiの口元を見た遊作は軽く首を傾げる。

「何故、笑っているんだ?」
「いんやぁ。まさか、あの遊作がこんなことをするなんて思わなかったからさ」

 「意外だった」と言うAiに、遊作は少しだけ目を細める。了見は自身の気持ちをうまく理解していないことを、遊作は気がついていた。
 そして、その答えを自身で見つけない限り、了見はきっとあの言葉を遊作へ向けて言い続けることも、遊作はなんとなく察していた。

「今回ばかりは荒療治みたいなことをしないと、アイツはきっと自分の気持ちに理解しないだろうからな」
「ふーん」

 遊作の答えを聞いて、Aiは少しだけ興味がないような返答をしていた。
 そんな反応を返されるのも、遊作は致し方ないと思った。今回は遊作のわがままでAiが付き合ってくれているのだから。
 そう思いながら遊作は後ろへと振り返る。このきっかけによって、彼がどう動くのか。そして、自分の気持ちに理解するのだろうか。

「それが分かるまで、悩み続けるんだな」

 姿がもう見えない了見へ向けて遊作はそう呟き、この後どういった展開になるのか想像しながら目線を前へと戻していった。

 ◇◇◇

 それから数カ月の月日が流れ、遊作は了見の視界に入らないよう徹底していった。リンクヴレインズにアクセスしても、リボルバーがログインしたと同時にログアウトし、現実世界では了見が近づいてくる場合は別の道へと向かって鉢合わせしないようにする。
 彼が望んだ通りに叶えていた遊作だったが、その約束がついに終止符が打たれようとしていた。

「はぁ、はぁ、はぁ!」

 階段を駆けあがる足音と荒い息が、誰もいない静かなビル内にて鳴り響く。階段を上り続けている遊作は、足を止めずに背後から感じる気配にぐっと歯を食いしばって息を飲みこんだ。

『ごめん遊作!パンちゃんに邪魔されちゃってて、迎えに行くのが難しい!』

 右耳に装着していたイヤホンから聞こえるAiの声に、遊作は内心舌打ちをしながら階段から廊下へと進路変更をする。
 この迷路のような道筋でうまく撒ければいいと思いながら、遊作は左右へといろんな角を曲がっていく。
 だが、それでも背後から感じる気配が消えないことに、遊作は少しだけ恐怖を感じた。

(まるで、獣から逃げているような感覚だ)

 いや、その例えは間違っていないと遊作はすぐに考え直した。完全にロックオン状態であることに、どうすれば逃げ切れるのかと遊作はちらっと後ろへと視線を向ける。
 薄暗い廊下の奥から聞こえる足音。だが、その暗闇の中で見える鋭い水色の瞳に、遊作は一瞬だけドキッと胸が高鳴った。

(本当に獣の様な眼差しだな)

 自分にだけ向けている力強い瞳の視線に、遊作は囚われてしまうと感じた。絶対に逃がさないと言いたげな了見の眼差しに、遊作は背筋からぞくぞくと電流が流れるような感覚が襲い掛かってくる。

(あれだけ離れろと言ってきたから離れたのに、こうして俺を追い掛けるなんて矛盾しているのをアイツは気がついているのか?)

 そう思いながら走り続け、角を曲がった遊作の目の前にあったのは壁であった。
 曲がる道を間違えてしまった事に、遊作は元の道へと戻ろうと思ったが了見の足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
 このままでは了見に掴まると思った遊作は、右側にあるドアを開けて室内へと入っていく。
 中に入るといろんな本が置かれている本棚が並んでおり、遊作はなるべく足音を立てないように本棚へ向かって隠れた。

「…………」

 気配を殺しながら遊作は本棚の隙間から覗き込み、ドアの方へと視線を向ける。その同時にドアが開く音が聞こえ、中へ入ってくる了見の姿を確認した。
 薄暗い室内でもわかるくらい、了見の綺麗な銀灰色の髪を眺めた遊作は、少しずつ了見から離れるように移動する。

(了見があっちへ行ったら、バレないように部屋から出よう)

 どうにか自分が居る方へ来ないことを願いながら、遊作は少しずつ移動していると少し離れた場所から息を吐く音が聞こえた。

「どこに居る。遊作」
「っ!」

 久しぶりに聞く了見の声に、遊作の動きは止まった。
 足を止めた遊作はゆっくりと振り返る。そこに了見の姿はないのはわかっているのに、何故だかすぐ後ろに居るのではないかと錯覚してしまう。

(大丈夫だ。まだ俺の居場所はバレていない)

 遊作はそう言い聞かせ、前へと進もうと身体を動かそうとしたその時。背後から視線と気配を遊作は感じた。
 先程までバレていなかったはずなのに、何故このタイミングなのだろうかと、遊作は目線だけを後ろへと向ける。
 そして、遊作の視界に入ったのは汗を流し続けている了見の姿があった。

「遊作」

 名前を呼ばれた遊作は、すぐに行動へと移しだす。隣にあった本棚の本を数冊掴み、それを了見へ向けて崩す様に落とした。
 何冊かが床へと落ちていく音が鳴り響き、遊作はすぐに了見から離れようと駆け出した。

「っ!」

 だが、遊作が駆け出すと同時に、了見の腕が遊作へ向けて伸びてくる。この手に掴まれたら、逃げられなくなると思った遊作は身体を了見の方へと振り替えさせ、今度は左側の本棚にある本たちを宙に舞うように投げた。
 何冊か了見の腕に当たっているのを遊作は見ていたが、それでも了見の腕は引くことなく遊作へと向けて伸ばしていた。
 遊作はその手から逃れようとしたが、遊作の手首に了見の手が掴まれる。

「ゆう……「離せ!」

 了見の声を重ねるように遊作は拒絶の声を上げ、掴まれた手を振り解こうとした。何度も力強く腕を振っても、了見の手はなかなか離れない。
 むしろ、離さないようにと了見の手に力が入っていくのを感じた。

(了見に掴まれている部分が熱い)

 こうして感じる了見の体温に、遊作は胸が痛くなってくる。身体中が了見に出会えたことに喜びで満ち溢れている。それでも、遊作は了見から離れようと暴れ続けた。息が切れても疲れても関係なく。
 そうしていくうちに、いつの間にか空いていたもう片方の手首も掴まれた遊作は、了見を突き飛ばそうと全体に力を入れて押し込もうとする。
 だが、その動きは虚しく了見に逆手を取られ、急に掴んでいた手の力を抜いた了見に遊作はバランスを崩してしまい、そのまま尻餅をついてしまった。

「くっ!」

 すぐに起き上がろうとした遊作だが、了見はそれを許さないと言うかの様に、手に力を入れ始めて遊作の両腕を床へ押し付けようとする。
 もし、両腕が床へついてしまえば、遊作は逃げられなくなってしまう。そうならない為にも、遊作は両腕に力を入れて押し返そうとした。
 そんな無言な状態での比べを続けて数分の時間が経ち、先に力の限界を感じたのは遊作であった。
 両腕の痺れと疲労を感じ、全身からは汗で服が湿っており、遊作はキッと了見を睨んだ。了見の瞳は追いかけられた時と変わっておらず、瞳孔が見開いている状態の瞳で遊作の顔を映し出していた。

(もう、無理だ……)

 限界を超えた遊作は全身の力が抜け、そのまま床へと押し倒された。
 両腕は床へ固定するようにガッチリ押し付けられているのを眺めた後、息を上げながら遊作は了見の顔を見つめる。
 変わらず彼の瞳は獣のままなのだろうかと、思っていたが了見の表情を見た遊作は瞳を大きく見開いた。
 了見の顔色が赤くなっていたり、青くなっていたりと戸惑っているのだ。まるで、「自分は今まで一体何を!?」と言いたそうな表情をしている了見に、遊作はなんとなく嫌な予感がした。

(まさか、無意識に追い掛けていたとかじゃないだろうな?)

 流石にそうではないことを遊作は願いたかったが、了見のこの表情を見てしまったからには受け入れる覚悟を決めなければならないと思った。
 内心ため息をつきながらとにかく、了見に声を掛けようと遊作は口を開く。

「手を離してくれないか。もう逃げたりはしない」
「っ!あ、あぁ……わかった」

 遊作に声を掛けられ、了見は慌てて掴まれている両手を離してくれた。
 少しだけ後ろへと下がる了見に、遊作は上半身だけ起き上がって両手首の状態を確認する。
 掴まれていた部分は赤くなっており、動かすと微かに痛みも感じた。次の日は腫れている可能性もあると考えながらも、遊作は了見の方へと顔を向ける。
 了見の方は顔を俯いている原因で、今の表情がどうしているのかがわからない。とにかく、いまは遊作の心の内にあった疑問を投げようとした。

「お前に聞きたいことがある」

 遊作が声を掛けると、了見の肩が軽く揺れていた。何故、怯えているのか遊作は分からずにいると、俯いていた了見の顔が上がる。

「……なんだ」

 間が空いてようやく出した了見の声は弱々しく、先程までの勢いはどこにいったのかと思うくらいである。

「俺はお前の言う通りにお前から離れていった」
「……そうだな」
「それなのに、何故お前は俺を追い掛けて来たんだ?」

 ようやく本題の問いを伝えた遊作は、どう返答が来るのかを待ってみた。
 問い掛けられた了見の方はというと、「確かに……」と言いたそうな表情をしているのを、遊作は見逃さなかった。

(まさか。本当に追い掛けた理由がわかってないのか)

 答えは出ているはずなのに、了見本人の意志はまだそこに到達していない事に、遊作は驚きが隠せられなかった。遊作は憶測ではあるが、了見の答えは大体想像は出来る。

(人の事は言えないが、了見もその部分は疎いんだな)

 このまま答えを言った方がいいのかもしれないが、それでは了見の為にもならない。それならば、自身の力で答えを出してもらおうと遊作は次の問いを投げようと口を開いた。

「お前は俺を追い掛けていた時、どんな気持ちになっていた?」
「それは……やっと見つけたと思った」
「どうしてそう思った?」

 次の問いを投げてやると、了見の眉間に皺が寄った。悩んでいるのだろう。
 黙り込んでいる了見を遊作は何も言わず見つめ続けていると、了見の瞳が少しだけ揺れていた。

「ずっと、お前に会いたいと思っていたからだ」
「どうして、会いたいと思ったんだ?」

 誘導する様に遊作は質問を続けると、それが気に食わなかったのか了見の表情が不機嫌へと変わっていった。
 両腕を組み、了見は睨みつけるように遊作を見つめてくる。

「会いたいから探していただけだ。理由なんてない」
「会いたいと思ったなら、それなりの理由があるはずだ」
「ない」
「ある」
「ない」
「ある」
「ないと言っているだろう!」
「あるはずだ!」

 あまりのしつこさに了見は叫び、それに釣られて遊作もつい叫び返していた。ここまで感情的に叫ぶのが珍しく思いながらも、遊作はムキになっていた感情を落ち着かせようと深く息を吐いた。

(もういっそのこと、俺が告白すれば問題は解決するかもしれないのか?)

 荒療治ではあるが、それの方が手っ取り早いと思った遊作は、了見を逃がさないように両手を掴んで身動きを封じさせた。
 急に両手を掴まれた了見は驚いた表情をしているが、遊作は気にせずに真っ直ぐ了見を見つめながら想っている気持ちを伝えようと口を開く。

「了見。俺は、お前のことが好きだ。恋愛として」

 ついに言った。と、遊作はうるさく鳴り続ける心臓を感じながら、真正面で告白を聞いた了見の反応を待っていた。
 どんな返答をしてくれるのだろうか。両想いだったと理解してくれるだろうか。と、遊作は自身の手の内が汗ばむほど緊張していた。
 そして、数秒の沈黙がまるで数分の様に長いと感じていると、了見の唇が動き出す。

「嘘だ」

 はっきりとそう言う了見に、遊作は頭の中で何かが切れる音が聞こえた。

「ふざけるな!」

 今まで我慢していた気持ちが爆発し、握っている手に力を入れて遊作は大声で叫んだ。頑張って伝えた告白を、こうもあっさりと否定する了見が許せなかったのもある。

「お前、本当はバカなのか!」
「ばっ!?」

 突然の暴言に了見は驚いた声を上げるが、遊作は気にせずこれまで逃げ続けていた事や逃げる前に思っていた不満をすべて了見にぶつけようと語り始めた。

「一方的に自分の気持ちは伝えておいて、俺の気持ちは聞かないまま逃げ続けていたくせに、いざ俺が離れてみたら探して追い掛けてきて、それなのに探した理由も追い掛けていた理由も理解していない!それで俺が告白したら否定する!ふざけるのも大概にしろ!」

 了見に意見を挟ませないように、遊作はノンブレスで叫び続けた。
 そして、勢いのまま握っていた手を離して了見の胸倉を掴み、顔を引き寄せて自身の唇を了見の唇へ重ね合わせた。
 唇から感じる柔らかい感触。ほのかに感じる体温。遊作の視界には瞳を大きく見開き、驚いている了見がはっきり見えた。
 ただ重ね合うだけの軽いキスをし、すぐに唇を離した遊作は掴んでいた胸倉から手を離し、もう一度告白しようと言葉を発する。

「俺は10年前から了見の事が好きだ!この気持ちは嘘でもなんでもない!」

 すべての感情を曝け出し、叫びきった遊作は息を上げながら黙り込んだ。ここまで言って、それでも了見が否定的だった場合は殴って逃げようと遊作は握りこぶしを作る。
 とりあえず今は了見の答えを聞くまで待機していると、了見の方は鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしていた。

「えっ……はっ?遊作が、私の事が……」

 徐々に顔を赤く染め上げていきながら、小さく呟きながら指先を自分の唇へと当てて戸惑っていた。
 いきなりの事だった原因で、了見の思考処理が追い付いていないのだろう。むしろ、キャパシティーオーバーするのではないかと思うくらい、漫画で例えるなら耳の穴から煙が出てきそうなくらい、了見の表情は面白いことになっていた。

(こんな表情をする了見は初めて見た)

 滅多に見られない顔を見たからか、先程まで怒り心頭だった遊作は気持ちが落ち着いていくのを感じた。むしろ、こんな表情をする了見を見てしまえば怒りの感情なんて吹き飛んでしまう。

「了見」

 恐る恐る名前を呼んでみると、はっと我に返った了見は今の表情を隠そうと自身の顔に手の平で覆いかぶせていた。
 恥ずかしい表所を見られたとでも思っているのか、それは了見しか分からないことなのだが、遊作はもっとその顔が見たいと思って近づいていく。
 ゆっくり近づいて手を伸ばして了見に触れようとした時、突然伸ばしていた手を掴まれた。

「っ!」

 驚いた遊作は後ろへと下がろうとしたが、了見がそれを許さないように握り締め、そのまま力強く引っ張られてしまう。
 そして了見の胸元へと抱き寄せられ、逃げられなくするように了見の両腕が遊作の背中へと回され抱き締められる。

「りょう「好きだ」

 耳元で囁かれた了見の告白の言葉に、遊作は目を大きく見開く。一瞬、聞き間違いをしたのではないかと、遊作はそう思いながら顔を上げてみたら了見の視線と目があった。
 先程まで照れ隠していた表情とは全く違う、真剣で雄のような眼差し。
 そう、追い掛けられていた時の眼差しに似ている事に、遊作はゾクッと背筋から電流が流れるような痺れを感じ生唾を飲み込んだ。

「私はお前のことが好きだ。お前が離れたとき、生きた心地がしなかった。捕まえたと思ったら、お前が拒絶されたとき、私の心がナイフで突き刺されたように痛かった……もう、お前を突き放そうとしたり、否定したりしない……だから、もう私から離れないでくれ……」

 力強く抱き締める了見に、遊作はただ無言で了見の顔を見続ける。
 やっと了見が自身の気持ちと遊作の気持ちを分かってくれたことに、嬉しさを噛み締めながら身体中が熱くなっていくのを感じる。
 そして、ずっと眺め続けていると了見の顔が近づいてくる。
 (あ、キスされる……)と思った遊作だが、逃げずに眺めていると、唇同士が触れ合う寸前に了見の唇が動く。

「今更後悔しても遅いからな」

 そう言い残したと同時に、遊作の唇は塞がられる。
 唇から感じる了見の体温に、遊作は先程の了見の言葉を振り返っていた。

(きっと、お前が言いたかったのは、「私を受け入れて、その後に後悔しても遅いからな」だったんだろうな)

 そう思いながら遊作は了見の瞳を見つめた後、ゆっくり瞼を閉じて受け入れる。
 求めるように唇を動かす了見に身を任せ、遊作はいまこの時間を大切に思いながら片手を伸ばし、了見の後頭部へと触れる。
 そして、自身も求めている気持ちを伝えるように唇を動かすのであった。

 ◇◇◇

 互いの熱を求め合い、どれだけの時間が経ったのだろうか。数分かもしれないし、数秒だったかもしれない。名残惜しそうに唇を離した遊作と了見は、お互い相手の顔をジッと眺める。
 顔がとても熱く感じながらも遊作は、同じく顔を赤くなっている了見にどう声を掛けようか考えていた。

「了見……その『遊作ー!何処に居るんだー!』

 遊作の声を遮るように響き渡るAiの声。
 最初は部屋まで向かってきているのかと思っていたが、床の方から聞こえる事に遊作は自身の右耳に手を当てる。
 つけていたはずのイヤホンが無くなっており、きっと了見から逃れようと暴れた際に落としてしまったのだろう。
 Aiの声が聞こえる方へと遊作は視線を向け、床に落ちていたイヤホンへと手を伸ばして取ろうとしたが、先に了見に奪われてしまう。

「黙れ、闇のイグニス」
『あれ!?リボルバー先生!?』

 遊作じゃないことにAiは驚く声を上げているが、了見は特に表情を変えずにイヤホンへ向けて声を掛ける。

「遊作は私の元に居る。これ以上、邪魔をするならば貴様を消す」
『はぁっ!?遊作を無理矢理、捕まえたんじゃねーだろうなぁ!』

 確かにAiが言いたい事は分からなくもなく、遊作は了見の隣へと近寄り声を掛けた。

「安心しろAi、俺は無理矢理捕まっていない」
『遊作!大丈夫?リボルバー先生に襲われなかった!?アイツのことだから、絶対に遊作をあんなことや、こんなことをしたりしてそうでさ!だって数カ月くらい遊作と会ってなかったんだから、欲求不満の野獣になってるだろ!?』

 あれこれと言い続けているAiに、遊作は頭は痛くなるのを感じた。ちらっと隣にいる了見の方を見てみると、了見の方はAiの言葉に恥ずかしさを感じたのか、顔がさらに真っ赤になっていた。
 とりあえず、まだいろいろと叫び続けているAiを止めようと、遊作は深く息をつきながら声を掛ける。

「お前が想像していることはなっていない。ただそうだな……了見とは無事に付き合うことになった」
『はぁっ!?』

 第二の爆弾を聞いたかのように声を上げるAiに、遊作は言うタイミングを間違えたと後悔した。
 これはまだ、言わない方が良かったと思ったがもう手遅れである。

『ちょっと待って、なんでそんな展開になっているの!?やい、リボルバー先生!遊作に手を出しやがったな!もう許さねぇ!今すぐそっちに行くから首を洗って待っていろよ!』

 そう言い残して通信が切れ、うるさかった部屋が静かになった。数秒の沈黙が続いた後、二人は同時に深く息を吐き捨てた。

「だそうだ」
「ふっ……いいだろう。私も色々と言いたいことがあったからな」

 強気にそう言う了見に、遊作は第二ラウンドが始まるのかと思うと、それはそれで面白くなりそうだ思いながら了見の手を優しく握り締めるのであった。

END

2022/06/26
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