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プロローグ

私立、夢ノ咲学院。
男子アイドル育成に特化したこの学院は、生徒会が頂点に立ち絶対的な権力を持ち、同時にアイドルとしても生徒会の生徒が圧倒的な実力を誇る。
その中で『皇帝』と呼ばれる男。
生徒会長でもある天祥院英智から、事は始まった。

「誰もが喉から手が出るほどほしい『SS』への出場権だけど、その出場者を…我が校の代表をどうやって決めているか知っているかい?これが傑作なんだけどね、学院への出資額が最も多い家庭の子息が所属する『ユニット』となっている。本当なんだよ。書類に明記されているんだ。その一文を読んだ時は、腹を抱えて笑ったよ…!」

アイドルとは何か?
『金持ち』かはたまた『権力者』なのか。
否、それは違う。誤りだ。
アイドルに最も必要なものは黄金に輝く金塊でも、色とりどりの宝石でもない。

「わかっているよね。僕の愛する夢ノ咲学院の生徒たち!ファンに夢を届ける。最高の歌とパフォーマンス……『それ』がアイドルに最も必要なものであり、『それ』が最も優れた『ユニット』こそ、高校生アイドル界にて有数の一大イベントである『SS』に出場するに相応しい。代表として選ばれるべきだ…!」

目の前の生徒たちがざわつき始める。
『皇帝』は、目を細めて笑みのまま、宣言した。

「故に、この生徒会長・天祥院英智が宣言しよう!真に『SS』に相応しい我が校代表の『ユニット』を選定するための、ドリフェスを開催する!」

ざわつきが一層大きくなり、困惑の声が次々と上がり始める。
【DDD】と名付けられた『S1』開催決定に、その日、夢ノ咲学院全体が大きく揺れたのだった。


  ****


【DDD】は名は違うが、『S1』と内容は変わらず、無論そのルールも通常の『S1』と同様のものである。(異なるのは予選が野外ステージで行われることといったくらいか。)
各々のユニットが野外ステージでパフォーマンスを競い合い、観客はそのパフォーマンスを見てサイリウムの色を決める。
そのサイリウムの色の数が各々のユニットに投票され、多く票を獲得したものが先へ進む。
つまり生徒会長・天祥院英智の言葉通り、優勝したユニットは学院で最も優れていると学院内外全てに認識される上、自動的にそのユニットは『SS』に出場するに相応しいと皆が認めざるを得なくなるわけだ。

ーーここに一人、自身が所属するユニットに、ユニット内でも特に誇りを感じる生徒が一人。
さらさらと風に靡くワインレッドの髪を揺らし、アメジストの瞳を光らせ、パフォーマンスを開始するステージを見つめている。
自分達の相手はもうステージに上がっているようだ。
確か相手は『Trickstar』。前回開催された『S1』で、学院二番手のユニット『紅月』を打倒した、新生ユニットである。
天祥院英智が回した手によって現在はほぼ全壊だそうだが、かといって手を抜くつもりはない。
学院の頂点に立つユニットは、天祥院英智が属する『fine』でも、学院最古のユニット『流星隊』でもないーーー自分が属する『Knights』こそが、その頂に立つに相応しいのだ。
朱桜司は深呼吸すると、片手のマイクを強く握りしめた。

「きゃあん♪見て見て司ちゃん、対戦相手のあの子ったら超張り切っちゃってるわよォ!かわいい〜♡頑張る男の子は、やっぱり世界の宝よねェ」

横から(男にしては精一杯の)黄色い声を上げるのは、先輩にあたる鳴上嵐だ。
司は「はい」と頷き、対戦相手…橙色の髪の男子生徒を見つめる。
見つめた先では、他のユニットの生徒(黒い髪に、これまた黒い衣装だった)と何やら会話をしているようだった。

「こちらも油断はできませんね…獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと言いますし。よって、私も最大限にExciteいたします!」
「その意気よォ司ちゃんっ。かわいい〜!」
「ぐはっ…!?ちょ…き、気持ち悪いので抱きしめるのはやめてください。鳴上先輩…!」
「んもう、いいじゃない。司ちゃんったら、照れ屋さんなんだから♪」

何がツボに来たのか、急にヒートアップして勢いのまま抱きしめ撫で回してくる嵐を押しのけていると、二人に一つ影が歩み寄ってきた。
黒い髪に赤い瞳のその人物は司たちと同じユニット衣装を身に纏っている。
太陽の日差しから逃れるようにステージの影に立つと、気怠そうに口を開いた。

「あ〜…どうでもいいんだけど、セッちゃんとかは?サボっていいなら俺も休んでいたいんだけど……。緒戦から俺たち『Knights』が負けるわけないし」
「うふふ、泉ちゃんったら新入りのあの子に夢中なのよ。今はそっちに『かかりきり』になっちゃってるからねェ?」

今話題に上がっている『セッちゃん』『泉』とは、現存するKnightsのメンバーの4人目であり、このユニットのリーダー代理を務める瀬名泉のことである。
Knightsは司がメンバー入りする以前は元々4人組のユニットであったが、そのリーダーは現在不在であり、その代理を瀬名が務めているのだ。
そして『新入り』とは、ここ最近瀬名が連れてきた生徒である。
どうも学院前からの付き合いらしく、瀬名はその生徒にえらく執着していた。
瀬名が姿を見せないのは、嵐の言うとおりその『新入り』にべったりなせいに他ならない。
にっこり、という効果音が似合うほどの笑顔で、嵐は目の前の彼の顔を覗き込んだ。

「だ・か・ら、緒戦はアタシ達でなんとかするしかないわ。凛月ちゃん♪」
「う〜…セッちゃんだけずるい………」

首を緩く振ると、Knightsのメンバーの一人、朔間凛月はジト…と嵐を横目で見つめた。
嵐は子供をあやすように凛月の頭を撫でて「頑張りましょ♡」と声をかける。
これからステージに立つというのにまるで緊張感を持たないどころかやる気を見せない凛月に、司はしびれを切らしたように声を張り上げた。

「……凛月先輩!しゃきっとしてください。確かに我々Knightsが負ける要素はないです。ですが驕り高ぶるのはよくありません。負けないからこそ、真面目に取り組まなくては…!」
「司ちゃん、本当にはりきっちゃってるわねェ。素敵だわァ♡」
「え〜…でもさぁ…俺日光の下だと力半減するし……だから俺の分もス〜ちゃんが頑張って」

司が力を込めて言うものの、凛月は気怠そうな様子を変えないまま頭を垂れる。
しっりしてください!と司が叱咤するものの凛月の様子が変わることはなかった。そうしていると、ふと別の方へ目を向けた嵐が「あら?凛月ちゃん、あれ貴方のお兄さまじゃない?」と凛月に声をかける。
嵐に続いて目を向けてみると、いつの間にか黒髪の生徒が此方へ近づいてくるのが見えた。
どこかで見たことがあると思ったが、そう言えば先程まで橙色の髪の生徒と話していた生徒だ。
司は凛月が嫌そうに顔をしかめるのをしっかりと横目で見ていた。

「最悪」

短く小さい言葉だったがはっきりと、近づいてきた生徒に対する凛月の拒絶の気持ちが伝わってきた。
それに気づく様子もなく、その生徒は軽く片手を振りながら笑顔を向けてくる。
その瞳は凛月と同じく、真紅の色をしていた。
朔間零。3年であり、凛月の兄。
ユニット『UNDEAD』のリーダーである。

「おぉ凛月や!お兄ちゃんじゃよ〜♪」
「……誰?知らない。見たこともない。近寄らないでくれる?」
「なんてこと言うの凛月!?お兄ちゃんじゃよ。お主のお兄ちゃんじゃよ〜!」
「あらァ…今にも泣きそうよォ。いいの?凛月ちゃん」
「り、凛月先輩……」
「は〜うざい。通報していい?」

嫌悪感を隠さないまま凛月は頭を掻く。
すると、いよいよ零はおいおいと泣き出してしまった。(まぁ泣いているフリとは思うが。)
次に橙色の髪の生徒が零を追いかけるようにこちらへと歩み寄って来た。
泣いている素振りを見せる零の背中をぽんぽんと叩くと、おかしそうに笑顔を振りまく。

「あははっ、朔間先輩って弟いたんだ!あいつって確かB組だっけ。仲良くないの?」
「うう〜明星くんや……。おかしいのぅ、我輩ははちきれそうなくらい弟ラブなんじゃが……」

ぐすん、と目尻を拭く零に、明星と呼ばれた生徒は「なんでだろうね〜」と笑った。
明星スバル。学年は2年。司らKnightsの対戦相手、『Trickstar』のメンバーの一人だ。
確か情報によれば現存するTrickstarのメンバーは明星一人で、他のメンバーは天祥院英智の手回しで他のユニットに引き抜かれたという。
そのうちの一人がここ、Knightsの『新入り』というわけだ。
文字通り、崩壊しかけのユニットである。
やはり、Knightsが負ける要素はない。
零は明星と司らを交互に見ると、先程までべそをかいていた表情とは一変し、楽しそうに不敵な笑みを浮かべた。

「しかしなんとまぁ……Trickstarの対戦相手が、あのKnightsとはのう。夢ノ咲学院でも有数の強豪じゃ。普通のユニット相手でも、人員が掛けたTrickstarでは善戦するのは難しい。これは雲行きが怪しいのう……?勝つ可能性はゼロに近い。どうするのかえ?明星くんや」
「……うーん、なんか絶望的すぎて逆に覚悟、決まっちゃったって感じだなぁ。相手がKnightsってことはそれ以上は滅多に居ないし。これがどん底な状態ならそれ以下はもうないってことでしょ?……あ、そうだ」

零に対し苦笑いを零すと、明星はキョロキョロと、何かを探すように周りを見渡し始める。
零は不思議そうに明星を見つめていた。
司もまたその様子を見て首を傾げた。
しばらくそうすると、明星は目的のものを見つけられなかったのか、残念そうにため息を付いた。

「どうかしたのかえ?」
「いや、KnightsはTrickstarから引き抜かれた『ウッキ〜』が移籍したユニットだからさ、どこかにいるんじゃないかなと思って。ほら、あいつが移籍した先で上手くやってて幸せなら「お互い頑張ろう」って励ましあえるでしょ?でもいないから…うーん、ちょっと心配だな」
「ふむ…そう言えばメンバーが足りないようじゃな?」

ふと零の目が、司の目と合う。
血のように赤い瞳だった。その瞳に射抜かれると、司は思わず体をこわばらせてしまった。
やはり1年である司からすると、3年と面を合わせるのは緊張するというものだ。
…いや、それだけだろうか?
何を思っているか探れない、深い深い真紅の中に自分が映し出されている。
このまま目が合い続けていれば、この瞳に囚われたまま自分は動けなくなってしまうのではないか。
そんな錯覚を覚えると、司は小さく肩を震わせた。

「おい、Knights!」

しかしそんな司の空気を破るように声が上がった。
弾かれたようにハッとして瞬きし、零から視線をそらすと、そこには険しい表情で此方を見つめてくる明星の姿があった。
零の目から逃れられたことに、司は誰にも悟られないよう安堵のため息をつく。
その様子を、零は目を細めて見つめていた。
明星が続けて声を発した。

「ウッキ〜はどこ?デタラメな扱いしてたら、俺承知しないぞ!」
「あらヤダ!か〜わいいっ。あの子ったら子犬みたい!キャンキャン吠えちゃって♡怖ぁ〜いっ。アタシを守って司ちゃ〜ん♪」
「ぐえっ!?」

ふざけた様子で、嵐が司に抱きつく。
思いの外強く抱きしめられたようで、司は潰れたカエルのような声を上げてしまった。
文句を言いながら引き剥がすと、嵐は残念そうにしながら体をくねらせている。

「ご、ご命令とあらば最善は尽くします。…が、鳴上先輩は私より体格もよく、喧嘩も強いでしょう?私が守る必要性が感じられません」
「んもう、意地悪!男の子に守ってほしいっていう乙女心がわからないのォ?」
「その前に鳴上先輩は『乙女』ではないですよね…?」
「あら、失礼ね!アタシほど立派な『乙女』はそういないわよォ」

頬に手を当て、嵐はぱちんとウインクする。
もう反論するだけ無駄だと感じた司は、はいはいと適当に頷いた。
その二人の横では、すっかり蚊帳の外となりつつある凛月が大きな欠伸を噛み締めている。
司たちKnightsにとって、明星は完全に眼中にない…それを悟ったのか明星は奥歯を噛み締めた。
零はそんな明星を一瞥すると、間に割って入るように一歩踏み出し前に出た。

「横からすまんが、あまり優雅なやり口ではないのぅ。Knightsの諸君」

零の言葉に、司と嵐は会話を止める。
凛月は興味なさげに零へ視線をやった。
視線が自分へ集まるのを確認すると、零は言葉を続ける。

「早めにTrickstarを潰して遊木真くんの帰る場所を奪う算段なのじゃろう?本人が嫌がっているのに無理矢理移籍させ、自由と居場所を奪って強引に自分のものにする…あまり褒められたものではないのう。『Knights』という名前が泣いておるぞ。それがお主らの騎士道か?」
(え……?)

司は、零の話していることが何のことなのかわからなかった。
遊木真とは、Trickstarから引き抜いてきたKnightsの新入りのことである。
瀬名が連れてきた彼については、司は「Trickstarから抜け、Knightsを希望して移籍してきた」としか教えられていないのだ。
困惑する司の横で、嵐はため息をついて零に答えた。

「……耳が痛いわね。アタシもね、強引なのは嫌よォ?愛がなくちゃ嫌!でもね、うちの泉ちゃんったらやけに『新入りのあの子』にご執心で…つまりは軽く暴走しちゃってるのよォ。アタシだって不本意なんだから。これがアタシ達Knightsのやり方だと思われるなんて、心外だわァ?いつでも威風堂々と、優雅かつ華麗に敵を蹴散らす……それがアタシ達Knightsよ。そうでしょ?司ちゃん、凛月ちゃん」
「………は、はい。鳴上先輩!」
「ふぁふ………」

嵐に投げかけられ、心に引っかかりを感じながらも司は慌てて頷く。
その横で凛月はもう一つ、大きな欠伸を噛み殺した。
司は嵐の隣に立つと片手を胸に当て、明星と零を見据えて言葉を放つ。

「……そうです。Ruleを遵守するからこそ、Gameは楽しいのです!」
「あ〜…早く済むならその方が簡単でいい。騎士道とかどうでもいい…あとで文句付けられるのも鬱陶しい。…真っ当にやるほうが確かに、後腐れはないけど……」

そう言う凛月からは、早くして、と言いたげなオーラが目で確認できるほど浮かんでいる。
嵐はまた凛月を軽く撫でると首を傾けてにっこりと笑った。

「そうね。このまま理不尽にTrickstarを踏み潰しちゃうのも、ちょっと目覚めが悪いわァ?だってアタシは、いつでもがんばる男の子の味方だもの♪」
「………じゃあ、こうすればいいんじゃない?」

凛月が提案した内容はこれだ。
学院のどこかに閉じ込められているであろう遊木。
兄の零は学院のことなど知り尽くしている為、遊木がいる場所の目星などとうについているだろう。
そしてその場所を明星に教えてやる。
その場所を聞いて明星がどう行動しようとKnightsは一切口を出さないし妨害しない。
……と言うものである。
まぁ凛月の思惑は別のところに有り、遊木を探しているうちに対戦ユニットのステージ不在での時間切れ…つまり不戦勝を狙っているのだが。
零もだが、凛月ら朔間家の人間は極端に日光に弱い。昼間に野外でのパフォーマンスは体力的に、凛月に打撃を与えるだろう。
Trickstarを倒して【DDD】は終わり…ではない。決勝まで戦いは続く。
それを踏まえて、凛月は“絶対に勝てるだろう一回戦でのステージ登場”を避け、体力を温存したいところなのだ。
自分の思惑に気づかないまま、礼を述べてくる明星に適当に笑みを返すと、凛月はひらひらと手を軽く振った。

(あ〜あ、単純馬鹿。俺はただKnightsにとって都合がいいから情報を伝えてるだけなのに。どうせ時間までにTrickstarがステージに立てるわけないし…。だってセッちゃん相手にすんなり行くなんてありえないから。つまり緒戦は戦わずに、労力温存できるってこと。……ふふ、楽勝楽勝♪)
「凛月先輩……!先輩も正々堂々と戦いたいのですね。司、先輩のことを少し見直しました!」
(あ、ここにも単純…っていうか純粋な子がいた)

嬉しそうな笑顔を向ける司に、凛月は視線をそっと逸した。
時間までにメンバーが一人でもステージに上がっていないと、そのユニットは不戦敗となる。
それまでにTrickstarは…明星スバルはこのステージへと戻ってこられるのだろうか?
瀬名の手強さは同じユニットメンバーである凛月を始めとした、Knightsの面々が一番よく知っている。
校舎へ走り出していく明星を横目に、凛月は大きく体を伸ばした。
と、そこに突如怒号が響き渡った。

「おい!吸血鬼ヤロ〜!テメ〜ステージ放ったらかしで何油売ってやがる!」

普段怒号など聞かないのか、司は驚いた様子で体を跳ねさせ、嵐は何事かと目を丸くしながら声の出処へと目を向ける。
凛月はこの声に聞き覚えがあった。
零もなのか、低く笑うとその声の主へと振り返る。
そこに立っていたのは、男子生徒だった。
銀の髪に鋭い琥珀色の瞳をギラリと光らせ、肩にはギターを下げている。
身に纏う衣装は零のものに似ていた。
大神晃牙。零と同じくUNDEADに所属する2年だ。
零は晃牙に振り返り、にこやかに手を振った。

「おお、わんこや〜♪そろそろ我輩らの出番かえ?」
「犬扱いするんじゃね〜!噛み砕くぞ!出番もクソもね〜よ。もう始まってんだよ!」

噛み付く勢いで零に怒鳴ると、晃牙はその襟首をがしりと掴んで引きずって行こうと踵を返す。
零はそれに抵抗することなく、楽しそうな表情のまま晃牙に続こうと歩き出した。
どうやら晃牙が自分を呼びに来ることは予想していたらしい。
晃牙はちらり、と司らKnightsの面々を一瞥すると、軽く笑った。

「Trickstarの対戦相手はKnightsか。はっ、飄々としてて歯ごたえのなさそうな連中だぜ」
「な……!失礼ですよ!」
「あ?なんだテメ〜。1年坊か」
「何なのですか?貴方は!我らKnightsへの侮辱は許しません!」
「おうおう、どう許さね〜んだよ?ほら言ってみな!」
「あらあら……」
「ふぁ…ふ……コーギーは相変わらずだねぇ……」

晃牙の挑発に声を荒げる司を、嵐と凛月は止めようとする素振りも見せず眺めている。
零もそれは同じようで、二人を見つめるその表情は楽しげなままだ。
司が声を荒げ晃牙がそれをひらりと躱す。
そんな言葉での攻防が一頻り続くと…零が両手を軽く叩いてみせた。

「さて、わんこや。人様と戯れるのもそれくらいにして、我輩らもステージに上がるとしようかのう。そんなに遊んでほしいなら、あとで我輩がボールで遊んでやろうぞ」
「あぁん!?元はといえばテメ〜がふらふらしてるから、俺様が呼びに来たんだろ〜がよ!あと犬扱いすんなって何度も言ってるよなァ……!?」
「すまんのう1年生くんや。わんこは後で我輩が躾けておくから、許しておくれ」
「おい聞いてんのか!」
「へ……?あ、は、はい……?」

ぽんぽん、と零に頭を撫でられた。
思いもしない零の行動に、司はポカンと口を開いたまま停止する。
晃牙はそれを横目に舌打ちすると、踵を返して歩き出す。自身のステージに戻るのだろう。
零もそれに続き、司らに手を振りながら立ち去っていった。
ふと、司は頭に重みを感じた。
気がつくと凛月が自分の頭に手を置いていた。

「消毒」

何か汚れを払うように司の頭を撫でると、凛月は欠伸をして影の方へ戻っていった。


  ****


結論から言うと、Trickstar…いや、明星スバルは見事に遊木を助け出し、時間以内にステージに上がることができた。
しかも遊木だけでなく、メンバーの一人である衣更真緒もステージに上がったのだ。
これは予想外だった。
更に結果を言ってしまえば、Knightsは敗北した。
負ける要素はなかった。しかし、アクシデントが発生したことにより、ユニット内の調和が乱れパフォーマンスどころではなくなったのだ。
司は知らなかったのだが、瀬名が遊木を練習室に監禁し、睡眠や食事を与えていなかったというのだ。しかも、Knightsに引き入れてから一切である。(その引き入れも実際は正式な手続きを取られていなかったので、遊木はKnightsではなくTrickstarのメンバーのままだ。)
それがステージの上で衣更によってマイク越しに暴露され、観客達の動揺を買い、更に司が瀬名に対して激怒し当然それに瀬名も言い返し…ムードを保てなくなってしまったKnightsのパフォーマンスはボロボロになったのだ。
人を監禁し虐待までしていたという文字通り犯罪行為を、Knightsのメンバーである瀬名が行った。その事実を知った観客達の票は自然とTrickstaへと流れていき、学院でも有数の強豪ユニットKnightsは、結成史上最も惨敗を期すことになったのである。
そしてそれはTrickstarに敗北し、ステージを降りた後でも続いていた。
目の前で繰り広げられている口論に嵐はどうしたものか、と腕を組み頬に片手を当てて考えている。
凛月は日差しの中でのパフォーマンスがだいぶ堪えたらしく弱っていたので、早々に保健室のベッドに寝かせておいた。
十分に睡眠を取れば、じきに元気を取り戻すだろう。
遊木が監禁されていたのは、Knightsが【DDD】開始まで使用していた防音練習室だったという。そして、ステージが終わった後にメンバーが集まったのもその部屋だった。
何せ衣更がマイク越しから拉致の件を広めたのである…Knightsメンバーに向ける観客の目が刺さるような気がして、外には居づらかった。
落ち着くと、真っ先に声を上げたのは司だった。
全く悪びれもせずにいる瀬名に、食って掛かる。

「瀬名先輩!なんとか仰ったらどうです?人を監禁するだなんて……!貴方のせいでKnightsの評判がどうなったかわかりますか!」
「あぁもう、うるさいなぁ。ゆうくんが素直にならないから仕方なかったの。全く……ゆうくんが大人しく俺の言うこと聞いてくれてれば、こんな事にならなかったのに。かさくんもさぁ、ステージ上でぎゃあぎゃあ喚きすぎ。アイドルならちょっとのアクシデントなんかでテンパったりするもんじゃないよ」

ちょっとの…アクシデント…?
この人は何を言っているんだろう、と司は思った。
その“アクシデント”の発端は貴方でしょう…?と。
しかし司が言い返す前に、瀬名は続けた。
冷めた青い瞳を細め、呆れた様子で。

「はっきり言わせてもらうけどさぁ、今回Knightsが負けたの、かさくんのせいだからねぇ?」
「は……?」
「ユニット内の調和乱したの、かさくんだから」
「ちょっと、泉ちゃん!」
「わ、私のせい…?何故です、非人道的な行いをしたのは瀬名先輩なんですよ!?それに遊木…先輩だって移籍を嫌がっていたのでしょう?それを強要して無理矢理だなんて許されることではありません!」
「あーあ、そうやってかさくんが喚くからパフォーマンスも歌もガタガタになったんでしょ。そうでもなきゃ俺たちが負ける要素なんてなかった。ゆうくんだって取り戻せたのにさぁ…!ほんっと、チョ〜うざぁい!これだから入りたてホヤホヤの1年は面倒なんだよねぇ……すぐ動揺するし流されちゃってさぁ」
「瀬名先輩!!」

司を睨みつけると、気だるそうにしながら瀬名は練習室を後にした。
当然、司は納得した様子ではなく、怒りからか悔しさからか、小さく肩を震わせている。
それを横目で見ながら嵐は迷った。瀬名が遊木を監禁していたことを、嵐は知っていた。
というか、生徒会顧問であり嵐の憧れの存在…椚章臣から言いつけられていたのだ。「Trickstarは早々に潰せ」、と。
瀬名はそのことは知らなかったものの、遊木が頑なにユニットの移籍届に判子を押さなかったためか監禁という強硬手段を取った。
嵐は一度瀬名を止めたものの、これならTrickstarを簡単に潰せるのではと、瀬名の行いを知りながら放置していたのだ。
それを聞いたら司は自分にも激怒するだろう。
何せ彼は真っ直ぐな人間だ。そう、愚直なほどに。
嵐は自分が知っている事実を飲み込み、今は司を宥めることを選択した。

「つ、司ちゃん……その、落ち着いて?今日はもう疲れちゃったし、大人しくしてましょ?泉ちゃんだって…きっと本心じゃないわよォ。イライラしてて司ちゃんに当たっちゃっただけなの!だから、ね?お姉ちゃんと一緒に、ガーデンテラスで甘いものでも……」
「……っ、すみません。失礼します……!」
「司ちゃん!」

嵐が宥めようと言葉をかけるものの効果はなかったらしく、司は首を大きく振ると、駆け足で練習室を飛び出していってしまった。
その場に一人取り残された嵐は、大きくため息をついた。
Knightsというユニットに生じた、些細な亀裂ーーー。嵐は嫌な予感がした。
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