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プロローグ

ーーー全てが終わった。やっと。
未来のことなんて考えたこともなかった。
戦いの終わりを、その先のことをどうしようだなんて、自分が考えている事、自体信じられなかった。
しかし選択した未来の先で、自分達はもっと先の未来の事を思い、考えることができたのだ。
最後の最後になって、やっと…ようやく。
だから悲しかった。皆で一緒に笑っていたけれど、これから訪れる死という終わりが。もう自分達には訪れない未来が。
もっと生きたかった。みんなと笑い合い、時に喧嘩をしてすれ違い、未来を生きたかった。
しかしもうそれは、叶わなくて。
でも、自分達の選択を間違ってはいないし、大切な人へ自分達の気持ちを届けることもできた。悔いはない。
…ないというのに、閉ざされた未来が遠くて恋しくて、心に悲しい影を落とした。

ーーもっと生きたかった。
ーー死ぬのは、嫌だ。
ーー忘れられるのは…寂しい。

声にならない声で、ぽつりと呟く。
今理解した。これまで死んでいった人々は、皆そうだったのだ。
忘却の彼方に消えていった者たちは、死に恐怖して、忘れられることを恐れた。
治らない病気と1人で孤独に戦い、しかし誰より優しかった彼女は以前口にしていた。死により忘れられてしまうことの恐怖を。
自分の立場になってようやく気づき、それを理解した。
彼女の気持ちも。忘れられていく者たちの気持ちも。
同時に、彼女を守ろうとしていた、彼のことも。
失いたくないから、忘れたくないから…彼は彼女を死にものぐるいで、何もかもを捨て去る覚悟で、守り抜こうとしたのだ。
今更気がつくなんて、遅すぎる。
死んでしまっては謝ることも、言葉をかけることさえ、できないのだから。

『ーーーごめん、“   ”…“  ”…』

二人の名前を呼んでみるが、やはり言葉は声にならなかった。
もしもう一度生きられるのなら、今度は忘れないように、失わないように守ろう。
自分の周りの人々を、できる限り守りたい。
そして見てみたい。


大切な人々と作り上げる、“未来”をーーーー…。


 ーーーーーーーーー


………とても悲しい夢を見ていた、気がする。


冷たい瞼を枕に擦りつけると、緩やかに自分の意識が覚醒していくのを感じた。
規則正しくリズムを刻む機械音で、朝は目が覚める。
自分の住む街には、機械が溢れている。
そのためか夜中は静かになるものの、人が活動を始める朝方にはすでに機械が動き出し、人よりも早く活動を始める。
その殆どが、街の奥にある研究所のものだ。
姉の話では、この街が、国が発展するための研究が成されている場所で、大切なことなのだという。
自分はあまり、家の外に出たことはない。
姉の言いつけであるためなのだが、何分物心が付いたからそういった生活をしていたためか、何ら不自由もなく疑問に思ったこともなかった。
物心が付いた時…つまり、両親が死んだその年。姉と自分の、二人だけになった時。
“両親”と呼ばれる人物達を思い出すには、自分はあまりにも幼すぎた。目を閉じて自分にとって家族である人物を浮かべても、姉しか浮かばない。
覚えていないわけではない。母の腕に抱かれた記憶も、父親に頭を撫でられた記憶も微かにだが残っている。心にではなく、体に。
しかしそれだけで、明確に思い出すことができない。
故なのか、両親を失ったことを知っても喪失感を覚えることはなかった。自分は、薄情なのだろうか。

ベッドから起き上がり、自室内にある洗面台で顔を洗う。タオルで水気を取り、鏡の中に映し出された自分と対面する。
姉と同じ金の髪に青の瞳。だが姉に比べて顔立ちは幼い。男子にしては体の線も細い。
これは用がない限り外に出ず、姉と二人だけの家で過ごしてきたためだろう。
ベクタの街をたまに姉と歩くことはあるが、街の外に出たのは、ベクタの北にある町、ツェンへと赴いたそのただ一度だけだ。
運動はしていない。姉が持ち帰る本をひたすら読み、知識を蓄えているだけなのだから。

(……でも、本当にそれでいいのかな。)

鏡の中に映った自分が、問いかけてくるような気がした。
自分は本当にこんなことを続けていていいのか。
もっと別の、大切なこと、やるべきことがあるのではないか、と。
しかしその答えが出た事はない。
その疑問が浮かび答えを探しても、すぐに姉のことが浮かんで有耶無耶になってしまう。
姉のセリスは、自分のために血の滲む努力をしている。本人は隠しているが、弟の自分にはすぐにわかってしまう。
そこまで考えると必ず、自分がしたいことはいずれ見つければいい。
今は姉を心配させないように、姉に余計な苦労をかけないように、気をつけなければいけない…と、いう考えが脳内を埋め尽くしてしまうのだ。
下の階から姉が自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
大きな声でそれに返事をし、慌てて身支度を整えると駆け足で部屋を飛び出し階段を駆け下りた。
今日はセリスが客人を家に招いているらしい。
その理由は、数日前に明かされている。
しかもその内容は驚くべきものだった。
なんと、セリスが皇帝の命令で婚約をしたというのだ。
そしてセリスが今日招いた客人とは、その婚約相手らしい。
命令で婚約したのなら、それはまた自分のためなのだろうか、と思うと居た堪れない気持ちになる。
階段を降りると、姉が待っていた。白のブラウスに、青いリボンがついた優しい黄色のシンプルなスカート姿。いつも家で見かける姉の格好だった。
自分は白のブラウスに控えめな赤のカーディガン、そして黒のズボン。これもまた、いつもの格好だ。
目が合うと、セリスは優しく微笑んだ。

「おはよう、エース。よく眠れた?」
「うん。おはよう姉さん」

セリスの弟、シェール家長男。
エース・シェールは笑顔で姉にそう返した。
しかしセリスは何か気に留まったのか、エースの顔を見つめると真剣な眼差しになった。
そんな姉にエースは首を傾げるものの、セリスは無言で歩み寄ってくると、エースの頬に触れ、親指でその目尻を軽くなぞった。

「……姉さん?」
「エース、泣いたのね?目の下が赤いわ」
「えっ」

鏡を見たときは気が付かなかった…というより、意識していなかった。
しかし姉が言うのだからそうなのだろう。
そういえば悲しい夢を見たような気がするので、その夢のせいなのかもしれない。
エースが反射的に目を擦ろうとすると、セリスは慌ててその手を掴み静止した。

「ダメよ…!目を痛めるわ」
「ご、ごめん。姉さん」
「いいの。でもどうしたの?エースが泣くなんて。嫌なことでもあった?」
「えっと…覚えてないんだ。なんとなく悲しくなる夢を見た気はするんだけど」
「そう……どこか痛いとか、誰かに虐められたとか、そういうわけじゃないのね?」

食い入るように見つめて問いかけてくるセリスに、エースは何回も頷いた。
そして目と目を合わせて一分ほどすると…ようやくセリスはエースから離れ、安堵の溜息をつく。

「なら良かったわ。もしエースに危害を加えるものがあったら全力で排除しなきゃね。塵一つ残さずに」
「……う、うん?」
「私はね、エースの笑顔が守れるならなんだってするのよ」

頭を撫でられ、強く抱きしめられる。
頬ずりしてくる姉に、エースは気恥ずかしそうにしながら嬉しそうに微笑んだ。
するとそこに来訪者を告げるベルが鳴り響く。
どうやら客人が……セリスの婚約者がやってきたようだ。

二人は離れると、早速玄関へと足を向ける。
セリスが声を掛けると、扉越しから「クラサメだ」、と名乗る声が聞こえてきた。
セリスはそれに応えると、扉のドアノブを回す。
その光景を見つめながら、エースは不思議な感覚を覚えていた。
扉の向こうから聞こえてきた声が、何故か、懐かしく感じたのだ。
それでいて胸の奥から鋭い痛みが走る感覚。
目の奥が熱くなり、喉の奥が火で炙られているかのようにチリチリと痛む。
エースは咄嗟に胸を抑えた。客人を招き入れようとしているセリスは気づいていない。
そして扉が開き、声の主が現れる。エースはその人物を視界に捕らえた。
竜胆色の髪に、氷を思わせるような碧の瞳。
黒のインナーに紺色の上着を着ており、その脇には何やら包みを抱えている。

(………っ…?!)

セリスと会話するその人物を見つめているだけで、エースは心臓の鼓動が一気に早くなっていくのを感じ、胸を抑えた手を強く握った。
汗が一気に吹き出し、一筋頬を伝っていく。
まるで心臓が大きく暴れ、エースの胸を突き破り飛び出そうとしているかのようだった。
そしてその人物と目が合った瞬間ーーーー。


プツリと糸が切れたように、エースの意識は暗転した。
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