武市
「君、随分前から武市と付き合ってるんだってな」
今朝、街で高杉さんと偶然会った。
この人はこの街で英雄なので人目を引く。
そんな人に話しかけられ私にも周りの目線が集まるので、居た堪れないでいたら、気づいたのか立ち話もなんだしと流れるように近くの喫茶店に連れていかれた。
入って早々高杉さんに言われたのが冒頭の言葉だ。
まず誰から聞いたのだろうと驚いてしまった。高杉さんは勤王党の人たちとは敵だし、付き合いがないと思っていたから。
「とりあえずおめでとう。まあ武市も君に随分惚れ込んでたしな〜知ってるか?この間会った時君の話題を出したらあいつ物凄い剣幕になったんだぞ。『勝手に彼女と会うな』だってさ。嫉妬の鬼かよ。君も大丈夫か?あいつ束縛激しくない?」
楽しいものを見たように、次いで一応心配もするような仕草で一気に喋る高杉さんに気圧されてやっと言えたのは「えっあっ、大丈夫、です…」の一言だけだった。
「あいつと付き合ってどんな感じ?」
「えっ…えっと」
「やっぱり独占欲の強い彼氏はいやか?」
「へっ!?いやいやそんなことないです!それに武市さんはそんな…独占欲が強い?人じゃないと…思います。武市さんは私には勿体ないくらい素敵な人なので…私の方がつり合えてなくて…だから愛想を尽かされるとしたら寧ろ私の方ですし…」
「君それ本気で言ってる?」
高杉さんはマジかと目を開くが大マジだ。
武市さんにいやだなんて思う訳ないしそんな日が来るとも思えないし、あんな素敵な人に私みたいな平凡な人間はつり合えないってよく凹むものだ。
でもたしかに、嫉妬というフレーズで思い出したが、そういえば、少し前に岡田さんとのことで誰かとふたりきりになるなと言われた。
…………あれ、じゃあいまの状況ってダメなのでは。
「君……あいつがどんだけ他の男に嫉妬してるのか1度知った方がいいよ」
はあ、と溜息をついて疲れた顔をした高杉さんは遠いものを見る目でしばらく考え込んでから飲んでいたコーヒーを机に置いた。
「君が悩むのもわかんなくはないけどな……まあ、武市の好みって綺麗系だから君を選んだのも意外っていったら意外なのかな」
「好み、ですか?」
武市さんの好みの女性のタイプは綺麗系。そう語る高杉さんに耳が反応して思わず聞き返した。私にとってはめちゃくちゃ重要だ。同時にショックも受けた。
だって私、綺麗系でもないし、そもそも可愛い系でもない。武市さんと知り合って7年と半年になるが好みのタイプは今になって知った。
私とは正反対なことが結構ショックで、だけどあれだけ素敵な人のタイプは当然相応に素敵な人だろうと理解もできて、今付き合えているのは私だけど、辛くなって顔が俯いてしまった。
高杉さんが私の問いを聞いて続ける。
「え?うん、だって武市の奥さんって美人……」
不自然に途切れた言葉に時が止まる。
「…………は?」
今自分が拾った単語に理解が追いつかない。
いみが、わからない。
「………ごめん。今のナシ」
高杉さんは咳払いの後、まずいと口元を手で覆う。
が、なしに出来るわけない。
「おく、さん?」
頭が、真っ白だ。
怖くて、情けないくらい震えた声しか出ない。
うそ。嘘。どういうこと。いやだ。しりたくない。
真実を知るのが怖いのに、尋ね返してしまう。
1度聞いた単語が、考えたくないのに頭から離れなくて、死ぬほど辛い。
「いやまじでごめん聞かなかったことにしてくれ。そうだっパフェでも食うか?僕奢るよ」
「いや、あの、今のどういうことですか?」
慌てて話を逸らそうとするのを止めると、高杉さんは観念して手で額を覆った。
「あちゃあ……ほんとまずった……」
「…………その、教えて、ください」
何を、とは言えなかった。
考えるだけで辛いのに、口にすると心臓がこれ以上痛んで耐えれなくなる。質問の意味を理解している高杉さんは私に視線を向けると恐る恐る聞いてきた。
「ほんとに知りたい?僕は聞かない方がいいと思う…けど、知った方がいいかもしれない、かなぁ…難しい問題なんだ、ほんと」
「聞き、たいです」
「ショックだと思うよ。それでもいいのか?」
今度は言葉なしに頷くと高杉さんは今まで以上に大きな溜息を吐いた。
そしてゆっくりと語り出した。
「僕らってさ、複雑なんだよ」
「……僕ら?」
「うん。僕も武市も、あと田中君や岡田君もな。事情が複雑なんだ。理由は話せないけど」
本題とずれた内容に拍子抜けしたが、どうやら関係ある事柄らしい。けれどよく分からない。
「気に食わない奴だが僕は武市のことを少しは理解してる。真面目だし頭も固いし、純粋なまでに堅実な男だ。きっとあいつの中にも相当の葛藤があったんだろ」
高杉さんは真剣な表情で、視線を落として語っている。
「君と付き合うことにしたのも相当覚悟を決めたと思う。だからって別に庇う訳じゃないが……つまり物事は本当に複雑なんだ。ひとつの事柄に囚われて全体を見ないなんてことになるんじゃないぞ」
「ごめんなさい、本当にどういうことですか……?」
「つまりだな…僕がこれから言うのは武市が多く持つひとつの事実ではあるけど、それが真実だとは限らないから、後でちゃんと本人から話を聞いてくれ」
最後の言葉だけが飲み込めた。
けど、聞けなんて、できないともすぐ思った。
頭がぐわんぐわんする。胸がズキズキ痛む。目の前の人の言葉を聞くのがやっとだった。
私に視線を戻した高杉さんの口から発せられる言葉を聞きたくないと思いながら、けれど目が離せず。
「奥さんいるんだよ、武市」
その言葉を聞いた瞬間、世界が止まった気がした。
今朝、街で高杉さんと偶然会った。
この人はこの街で英雄なので人目を引く。
そんな人に話しかけられ私にも周りの目線が集まるので、居た堪れないでいたら、気づいたのか立ち話もなんだしと流れるように近くの喫茶店に連れていかれた。
入って早々高杉さんに言われたのが冒頭の言葉だ。
まず誰から聞いたのだろうと驚いてしまった。高杉さんは勤王党の人たちとは敵だし、付き合いがないと思っていたから。
「とりあえずおめでとう。まあ武市も君に随分惚れ込んでたしな〜知ってるか?この間会った時君の話題を出したらあいつ物凄い剣幕になったんだぞ。『勝手に彼女と会うな』だってさ。嫉妬の鬼かよ。君も大丈夫か?あいつ束縛激しくない?」
楽しいものを見たように、次いで一応心配もするような仕草で一気に喋る高杉さんに気圧されてやっと言えたのは「えっあっ、大丈夫、です…」の一言だけだった。
「あいつと付き合ってどんな感じ?」
「えっ…えっと」
「やっぱり独占欲の強い彼氏はいやか?」
「へっ!?いやいやそんなことないです!それに武市さんはそんな…独占欲が強い?人じゃないと…思います。武市さんは私には勿体ないくらい素敵な人なので…私の方がつり合えてなくて…だから愛想を尽かされるとしたら寧ろ私の方ですし…」
「君それ本気で言ってる?」
高杉さんはマジかと目を開くが大マジだ。
武市さんにいやだなんて思う訳ないしそんな日が来るとも思えないし、あんな素敵な人に私みたいな平凡な人間はつり合えないってよく凹むものだ。
でもたしかに、嫉妬というフレーズで思い出したが、そういえば、少し前に岡田さんとのことで誰かとふたりきりになるなと言われた。
…………あれ、じゃあいまの状況ってダメなのでは。
「君……あいつがどんだけ他の男に嫉妬してるのか1度知った方がいいよ」
はあ、と溜息をついて疲れた顔をした高杉さんは遠いものを見る目でしばらく考え込んでから飲んでいたコーヒーを机に置いた。
「君が悩むのもわかんなくはないけどな……まあ、武市の好みって綺麗系だから君を選んだのも意外っていったら意外なのかな」
「好み、ですか?」
武市さんの好みの女性のタイプは綺麗系。そう語る高杉さんに耳が反応して思わず聞き返した。私にとってはめちゃくちゃ重要だ。同時にショックも受けた。
だって私、綺麗系でもないし、そもそも可愛い系でもない。武市さんと知り合って7年と半年になるが好みのタイプは今になって知った。
私とは正反対なことが結構ショックで、だけどあれだけ素敵な人のタイプは当然相応に素敵な人だろうと理解もできて、今付き合えているのは私だけど、辛くなって顔が俯いてしまった。
高杉さんが私の問いを聞いて続ける。
「え?うん、だって武市の奥さんって美人……」
不自然に途切れた言葉に時が止まる。
「…………は?」
今自分が拾った単語に理解が追いつかない。
いみが、わからない。
「………ごめん。今のナシ」
高杉さんは咳払いの後、まずいと口元を手で覆う。
が、なしに出来るわけない。
「おく、さん?」
頭が、真っ白だ。
怖くて、情けないくらい震えた声しか出ない。
うそ。嘘。どういうこと。いやだ。しりたくない。
真実を知るのが怖いのに、尋ね返してしまう。
1度聞いた単語が、考えたくないのに頭から離れなくて、死ぬほど辛い。
「いやまじでごめん聞かなかったことにしてくれ。そうだっパフェでも食うか?僕奢るよ」
「いや、あの、今のどういうことですか?」
慌てて話を逸らそうとするのを止めると、高杉さんは観念して手で額を覆った。
「あちゃあ……ほんとまずった……」
「…………その、教えて、ください」
何を、とは言えなかった。
考えるだけで辛いのに、口にすると心臓がこれ以上痛んで耐えれなくなる。質問の意味を理解している高杉さんは私に視線を向けると恐る恐る聞いてきた。
「ほんとに知りたい?僕は聞かない方がいいと思う…けど、知った方がいいかもしれない、かなぁ…難しい問題なんだ、ほんと」
「聞き、たいです」
「ショックだと思うよ。それでもいいのか?」
今度は言葉なしに頷くと高杉さんは今まで以上に大きな溜息を吐いた。
そしてゆっくりと語り出した。
「僕らってさ、複雑なんだよ」
「……僕ら?」
「うん。僕も武市も、あと田中君や岡田君もな。事情が複雑なんだ。理由は話せないけど」
本題とずれた内容に拍子抜けしたが、どうやら関係ある事柄らしい。けれどよく分からない。
「気に食わない奴だが僕は武市のことを少しは理解してる。真面目だし頭も固いし、純粋なまでに堅実な男だ。きっとあいつの中にも相当の葛藤があったんだろ」
高杉さんは真剣な表情で、視線を落として語っている。
「君と付き合うことにしたのも相当覚悟を決めたと思う。だからって別に庇う訳じゃないが……つまり物事は本当に複雑なんだ。ひとつの事柄に囚われて全体を見ないなんてことになるんじゃないぞ」
「ごめんなさい、本当にどういうことですか……?」
「つまりだな…僕がこれから言うのは武市が多く持つひとつの事実ではあるけど、それが真実だとは限らないから、後でちゃんと本人から話を聞いてくれ」
最後の言葉だけが飲み込めた。
けど、聞けなんて、できないともすぐ思った。
頭がぐわんぐわんする。胸がズキズキ痛む。目の前の人の言葉を聞くのがやっとだった。
私に視線を戻した高杉さんの口から発せられる言葉を聞きたくないと思いながら、けれど目が離せず。
「奥さんいるんだよ、武市」
その言葉を聞いた瞬間、世界が止まった気がした。