武市
そんなこんなで勤王まんじゅう作りを武市さんから引き受けて製作に取り掛かり、あっという間に2ヶ月が過ぎた。
その間、私は疲労でどうにかなるというより、好きな人に会える喜びの方が勝って実にイキイキと日々を過ごせていた。
内容の念密な打ち合わせや、まんじゅうの試作に至るまで全て武市さんと顔を合わせて取り掛かることが出来たからだ。
まんじゅうの味については武市さんに意見を貰っていると、武市さんの好みの味を知れたりなんかして嬉しかった。ぜひ今後の和菓子作りの参考にしようと思う。
そうして完成した勤王まんじゅうは、維新まんじゅうよりあんこが若干甘めになった。
臆病な私は結局見た目に関して何も進言出来なかったが、味に少しでも変化を付けれたことは大きいと思う。維新まんじゅうの製作元さんからクレームが来ないことを祈る。あれどこの会社だっけ……たしか高杉重工さんだったような……。
カラン、と店のドアベルが鳴る。
「あっ武市さんこんにちは!」
「こんにちは。勤王まんじゅうを受け取りに来たのだが、菓子の購入も出来るだろうか」
「わっ、ぜ是非!いくらでもどうぞ!」
「ありがとう。今日連れてきた子たちの分を含めて……」
武市さんは後ろに連れた小さな(いつも思うけどヒトなのか謎だ)女の子たちの数を数えながら手馴れた様子でお盆に和菓子を載せていった。
その間に今日作り終えた勤王まんじゅうを詰めた箱をカウンターに置いていると、武市さんが、キンノブと呼ばれる女の子の中に立つ、彼より頭1つ分ほど背の高い、赤髪の屈強な男の人に声をかけた。
「田中君」
「はい、先生」
「君も好きなものを選びなさい」
「いっいえ、先生にお金を出していただく訳には」
「そう言わず。おや、今日は桜や牡丹の練り切りが並んでいるな」
「は、はい!春らしいものを作ってみました」
田中くんと呼ばれる赤髪の人は、控えめに「……では、それで…」と桜の練り切りを指差すと、早々にカウンターに積まれた箱をいくつも手にして店を出ていった。
「気を悪くしないでくれ。あれでも彼はいつも君の作る菓子を美味いと言っているのだ」
「え、えっと、ならとても嬉しいです」
「再三伝えているが勿論私もね」
「あっ、い、いつもありがとう、ございます……」
「こちらこそ。まんじゅうのこと、引き受けてくれて本当にありがとう。私も彼も他の者も、とても感謝している」
「そんな!私も新しいお菓子作りができてとても楽しいので」
「そうか、それなら私も嬉しいよ。…隈が見えるな。疲れているんじゃないか」
「へっ、」
武市さんの心配そうな声が耳に届くと、する、と目元を指で優しく撫でられる。
いたわるような手つきと、何より武市さんからの触れ合いにボッと頭が湯だって。
た、武市さんに、初めて触れられた。
指が撫でるところから頬、首、指先まで一気に熱くなっていく。
目元と頬に微かに触れる手袋越しに、目の前の人に私の熱が伝わってしまいやしないか。
家族のような、恋人のような、そんな人にされるような触れ合いに心臓がドッドッと早鐘を打ち始めて。
あう。あ、どうしよう。顔熱い。動けない。何か言わなくてはと思うけど好きな人に触れられて全身真っ赤で完全に固まってしまって、口が開いたままなにも言えない。
「ここに、うっすらと隈ができている……君は自分1人で平気だと言ってはいたが、やはり同志を手伝いに出したほうが」
「いっいえ!これはあの、昨日ちょっと本を読んでて!あまりに面白くて夜更かししちゃって!」
武市さんには悪いが嘘です。ほんとはあれだけ試作と打ち合わせをしたけどちゃんと作れるだろうかとか、あとは今日武市さんに会う緊張でなかなか眠れなかったんです。身振り手振りで説明したが、まるで遠足が楽しみで眠れなかった子供みたいだ。ううう誤魔化せただろうか。
「そんなに面白い本だったのか?読書は良いが夜更かしは程々に」
「は、はいっ!そうします!だからそのお手伝いのことは気にしないでください…まんじゅう作りは全然、疲れないので…」
これは本心なので心が痛まない。
あはは、と笑っていると「もし負担が大きくなるようなら、いつでも言ってくれ」とやっと武市さんの手が離れていって、ドキドキが収まると同時に初めての接触が終わる勿体なさもあって複雑だ。思わずほっと息を吐いてしまった。し、心臓やばい…手汗も…。しばらく鼓動が収まるまで武市さんの方は見れなかった。
そうやって落ち着いた頃、なんだか視線を感じて顔を上げると武市さんは和菓子ではなく私を見ていたらしく、目が合うと微笑された。
「!」
なになになに今のなに。
悪戯っ子のような目線にひえっと悲鳴が零れなかった私を誰か褒めてくれ。
すぐ武市さんは何事もなかったように和菓子選びに目線を戻したが、ただの店員にあんな笑みを向けるのは反則だと思う。
武市さんは当然知らないが私は貴方に惚れているのだから、その、余計に。
しゃがみこみたかったけどいきなりそんなことしたら変に思われるから顔を伏せることで胸苦しさに耐えた。流石に胸に手を当てて軽く息を吐く。
なんだか最近、目が合うと軽く微笑まれるのは気のせいだろうか。ちょっと私の心臓が持たなくて倒れそうになるんですが……。
選んだ和菓子の購入を済ませると、車から戻ってきた田中さんを含めて武市さんはキンノブたちと残りの箱を抱えて店を出ていった。
と思うと、1人店の中に箱を抱えたまま残る人が、田中さんが私を見て立っていた。
何かあるのだろうか。もしかして早速まんじゅうに不備が!?と思い言葉を待つも、田中さんは黙ったまま私を頭のてっぺんから足のつま先までじろじろ見ていた。
これは、まんじゅうではなく私のこと?
な、なんだろう……?
思わず見つめ返すも2人ともなにも言わず、店の中に沈黙が訪れた。
相変わらず見るだけの人に痺れを切らして「あの…」と声を掛けようとした瞬間、軽くぺこりと会釈だけをして田中さんはのっしのっしと豪快にけれど静かな足取りで車に戻って行った。
「え?」
今の時間が何だったのか分からず呆然としてしまって、ありがとうございますと言うのを忘れたことに、車が去っていった頃気が付いた。
「何、だったんだろ…?」
田中さんが私を見る目つきは決して不快なものではなく、けれど品定めするような意図を感じた。
あと若干彼の目に苛立ちというか、怒ってるような雰囲気が見えた。
「私、田中さんを怒らせるようなことしたっけ…?」
心当たりが無くて、けれど気になってその日はずっと田中さんが怒っていた原因を考えていたが、なにも浮かばなかった。
そんなことがあったから田中さんとは顔を合わせにくかったのだが、次の勤王まんじゅうの受け取りの日、やってきたのは田中さんとキンノブたちで。
思わず「あ、」と零してしまった失言は取り消せないが、何故か田中さんは以前と比べ落ち込んだ様子だ。
叱られた子犬が耳を下げているような……しょげている?
そんな彼が気になるものの、どうしても私はここにいない人のことに気が行ってしまう。
「あの、武市さんは…?」
会えるのを心待ちにしていた分、ほんとにゲンキンな私だが田中さんにそう聞いてしまって、あっこれじゃあ楽しみにしてたってバラしてるようなもんじゃないか、と気づいたときには答えが返ってきた。
「お忙しい御方だ。どうしても手が離せぬ用がある故、私が代表で来た」
「あっそうなんですね…」
「…先生は行くと言って聞かなかったが、あの方は党首だ。元々荷運びは他の者に任せるべきだし、あの方には他にもっと大事なやるべきことが沢山ある」
「そ、そうですよね!たしかにお忙しいですよね!」
「…………」
そっかあ。お仕事なら仕方ないや。としょげている私に、頭3つ分は上から突き刺さる視線を感じた。
あっ分かりやすく落ち込むのは来てくれた田中さんに失礼なのでは。
彼だって以前の訪問で私に怒っていた(?)ようだし恐らく会いたくはない相手になってしまった私のところにまた来ることになって、嫌だけど我慢しているはずだ。ここは私も武市さんに会えない寂しさを我慢しなくては。
「た、田中さんありがとうございます!田中さんもお忙しいのはご承知ですし、わざわざ来てくださって…そもそも私がこれだけの箱を運べる手段を持っていたら良かったんですけど…」
「……いや」
あくまで淡々とした言葉使いと手際でカウンターに積まれた勤王まんじゅうの箱を以前のように1人で何箱も抱える田中さんに、あの逞しい腕ならいくらでも和菓子作りの体力ありそうだなあ、あっでも細かい作業は苦手だろうか。なんて考えながら私も箱を積み上げていたら抱え終えたらしい彼にじっと見つめられ、おっあの時の沈黙再びかと思いきや今日はすぐ口が開いた。
「娘、武市先生に惚れているか」
「はっ?!」
真っ直ぐな声色と瞳が放った言葉に雷に打たれたような衝撃を食らって思わず持っていた箱を落としそうになる。おわっと寸でのところで慌てて掴むも、心臓の鼓動はドコドコと太鼓のように鳴り止まなかった。
なんで気づいて!?なっなんでバレて!?えっ、というかなんで知って!?
頭の中がパニックを極め濁流のように疑問が流れるけれど、口からは「え、あ、」みたいな単語しか出ないし、全身にぶわっと大量の汗が吹き出すのがわかる。
好きなのがバレたと思えば顔が赤くなるし武市さんに近い人に知られたことを思えば顔が青くなる。
わなわな震えてまるでその通りだと言わんばかりな私の反応を見て図星だと思ったのかわからないが、田中さんは何も言わず、しかし途端に少し目線を下げて続けた。
「あの御方には……」
「へっ…?」
大混乱の私を置いて継げられる言葉を待つも、またもや田中さんは苦しそうな怒りたいような表情で、黙ってしまった。
武市さん?武市さんが何なのだろう?えっ、もしかして武市さんも知ってるとか?もしかして私告白もしてないのに振られるとか?あの御方にはお前の気持ちに応える気はないから諦めろ〜とか?えっ、いや元から付き合えるなんて思ってないから告白するつもりもなかったけど、でもいくらなんでもそれはあんまりじゃないですか!?
「………………何でもない。まんじゅうのこと、礼を言う。では次の時に受け取りに来る」
「へっ?あっ、は、はい、こちらこそ、ありがとうございます……?」
結局爆弾を落とすだけで何が言いたかったのか分からないまま背を向けた人に疑問系でお礼を言ってしまった。
しかし田中さんはそのまま店を出ていかず今度は申し訳なさそうな顔になった。
「おい」
「は、はい」
「その、先日はじろじろと不躾に見てすまなかった。女性をあのように見るものでないと先生に叱責を受けた」
「あっ、あぁ…いや、えっ、そんな、顔を上げてください!あの全然気にしてないので!その大丈夫です!だから顔をっ…!」
ばっと深く頭を下げられてしまい、びっくりしてカウンターから出て止めると分かってくれたのかやっと渋々ではあるが顔を上げてくれたのでほっとする。こんなに大きな人に頭を下げられると逆に私が悪いことをさせているようでドキマギしまう。
「あの、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「…何だ」
「以前、私は田中さんに何かしてしまったのでしょうか?」
「いや……そういうわけでは、ないんだが……」
「え?なら、何で怒っていたんですか…?」
「ぅうん…」
歯切れの悪い田中さんに疑問符が浮かぶが、彼の答えを見るに怒っていたのは確かなようで、ならやはり私が悪いのだと思い私も頭を下げた。
「すみません!あの言いにくいことでしたら大丈夫です!でも私が何かしてしまったなら本当に謝ります…!」
「あっ、いやそちらが悪いというか、と、とにかくこちらの問題なので、だから頭を上げてくれないか…!」
途端に慌て出す田中さんに、これではさっきと逆だなと変におかしくなって思わず笑いを零してしまった。
田中さんは突然笑う私にきょとんとし、少しばつの悪そうな顔になったものの、最後には何か落とし所がついたように表情が少し柔らかくなった。
その間、私は疲労でどうにかなるというより、好きな人に会える喜びの方が勝って実にイキイキと日々を過ごせていた。
内容の念密な打ち合わせや、まんじゅうの試作に至るまで全て武市さんと顔を合わせて取り掛かることが出来たからだ。
まんじゅうの味については武市さんに意見を貰っていると、武市さんの好みの味を知れたりなんかして嬉しかった。ぜひ今後の和菓子作りの参考にしようと思う。
そうして完成した勤王まんじゅうは、維新まんじゅうよりあんこが若干甘めになった。
臆病な私は結局見た目に関して何も進言出来なかったが、味に少しでも変化を付けれたことは大きいと思う。維新まんじゅうの製作元さんからクレームが来ないことを祈る。あれどこの会社だっけ……たしか高杉重工さんだったような……。
カラン、と店のドアベルが鳴る。
「あっ武市さんこんにちは!」
「こんにちは。勤王まんじゅうを受け取りに来たのだが、菓子の購入も出来るだろうか」
「わっ、ぜ是非!いくらでもどうぞ!」
「ありがとう。今日連れてきた子たちの分を含めて……」
武市さんは後ろに連れた小さな(いつも思うけどヒトなのか謎だ)女の子たちの数を数えながら手馴れた様子でお盆に和菓子を載せていった。
その間に今日作り終えた勤王まんじゅうを詰めた箱をカウンターに置いていると、武市さんが、キンノブと呼ばれる女の子の中に立つ、彼より頭1つ分ほど背の高い、赤髪の屈強な男の人に声をかけた。
「田中君」
「はい、先生」
「君も好きなものを選びなさい」
「いっいえ、先生にお金を出していただく訳には」
「そう言わず。おや、今日は桜や牡丹の練り切りが並んでいるな」
「は、はい!春らしいものを作ってみました」
田中くんと呼ばれる赤髪の人は、控えめに「……では、それで…」と桜の練り切りを指差すと、早々にカウンターに積まれた箱をいくつも手にして店を出ていった。
「気を悪くしないでくれ。あれでも彼はいつも君の作る菓子を美味いと言っているのだ」
「え、えっと、ならとても嬉しいです」
「再三伝えているが勿論私もね」
「あっ、い、いつもありがとう、ございます……」
「こちらこそ。まんじゅうのこと、引き受けてくれて本当にありがとう。私も彼も他の者も、とても感謝している」
「そんな!私も新しいお菓子作りができてとても楽しいので」
「そうか、それなら私も嬉しいよ。…隈が見えるな。疲れているんじゃないか」
「へっ、」
武市さんの心配そうな声が耳に届くと、する、と目元を指で優しく撫でられる。
いたわるような手つきと、何より武市さんからの触れ合いにボッと頭が湯だって。
た、武市さんに、初めて触れられた。
指が撫でるところから頬、首、指先まで一気に熱くなっていく。
目元と頬に微かに触れる手袋越しに、目の前の人に私の熱が伝わってしまいやしないか。
家族のような、恋人のような、そんな人にされるような触れ合いに心臓がドッドッと早鐘を打ち始めて。
あう。あ、どうしよう。顔熱い。動けない。何か言わなくてはと思うけど好きな人に触れられて全身真っ赤で完全に固まってしまって、口が開いたままなにも言えない。
「ここに、うっすらと隈ができている……君は自分1人で平気だと言ってはいたが、やはり同志を手伝いに出したほうが」
「いっいえ!これはあの、昨日ちょっと本を読んでて!あまりに面白くて夜更かししちゃって!」
武市さんには悪いが嘘です。ほんとはあれだけ試作と打ち合わせをしたけどちゃんと作れるだろうかとか、あとは今日武市さんに会う緊張でなかなか眠れなかったんです。身振り手振りで説明したが、まるで遠足が楽しみで眠れなかった子供みたいだ。ううう誤魔化せただろうか。
「そんなに面白い本だったのか?読書は良いが夜更かしは程々に」
「は、はいっ!そうします!だからそのお手伝いのことは気にしないでください…まんじゅう作りは全然、疲れないので…」
これは本心なので心が痛まない。
あはは、と笑っていると「もし負担が大きくなるようなら、いつでも言ってくれ」とやっと武市さんの手が離れていって、ドキドキが収まると同時に初めての接触が終わる勿体なさもあって複雑だ。思わずほっと息を吐いてしまった。し、心臓やばい…手汗も…。しばらく鼓動が収まるまで武市さんの方は見れなかった。
そうやって落ち着いた頃、なんだか視線を感じて顔を上げると武市さんは和菓子ではなく私を見ていたらしく、目が合うと微笑された。
「!」
なになになに今のなに。
悪戯っ子のような目線にひえっと悲鳴が零れなかった私を誰か褒めてくれ。
すぐ武市さんは何事もなかったように和菓子選びに目線を戻したが、ただの店員にあんな笑みを向けるのは反則だと思う。
武市さんは当然知らないが私は貴方に惚れているのだから、その、余計に。
しゃがみこみたかったけどいきなりそんなことしたら変に思われるから顔を伏せることで胸苦しさに耐えた。流石に胸に手を当てて軽く息を吐く。
なんだか最近、目が合うと軽く微笑まれるのは気のせいだろうか。ちょっと私の心臓が持たなくて倒れそうになるんですが……。
選んだ和菓子の購入を済ませると、車から戻ってきた田中さんを含めて武市さんはキンノブたちと残りの箱を抱えて店を出ていった。
と思うと、1人店の中に箱を抱えたまま残る人が、田中さんが私を見て立っていた。
何かあるのだろうか。もしかして早速まんじゅうに不備が!?と思い言葉を待つも、田中さんは黙ったまま私を頭のてっぺんから足のつま先までじろじろ見ていた。
これは、まんじゅうではなく私のこと?
な、なんだろう……?
思わず見つめ返すも2人ともなにも言わず、店の中に沈黙が訪れた。
相変わらず見るだけの人に痺れを切らして「あの…」と声を掛けようとした瞬間、軽くぺこりと会釈だけをして田中さんはのっしのっしと豪快にけれど静かな足取りで車に戻って行った。
「え?」
今の時間が何だったのか分からず呆然としてしまって、ありがとうございますと言うのを忘れたことに、車が去っていった頃気が付いた。
「何、だったんだろ…?」
田中さんが私を見る目つきは決して不快なものではなく、けれど品定めするような意図を感じた。
あと若干彼の目に苛立ちというか、怒ってるような雰囲気が見えた。
「私、田中さんを怒らせるようなことしたっけ…?」
心当たりが無くて、けれど気になってその日はずっと田中さんが怒っていた原因を考えていたが、なにも浮かばなかった。
そんなことがあったから田中さんとは顔を合わせにくかったのだが、次の勤王まんじゅうの受け取りの日、やってきたのは田中さんとキンノブたちで。
思わず「あ、」と零してしまった失言は取り消せないが、何故か田中さんは以前と比べ落ち込んだ様子だ。
叱られた子犬が耳を下げているような……しょげている?
そんな彼が気になるものの、どうしても私はここにいない人のことに気が行ってしまう。
「あの、武市さんは…?」
会えるのを心待ちにしていた分、ほんとにゲンキンな私だが田中さんにそう聞いてしまって、あっこれじゃあ楽しみにしてたってバラしてるようなもんじゃないか、と気づいたときには答えが返ってきた。
「お忙しい御方だ。どうしても手が離せぬ用がある故、私が代表で来た」
「あっそうなんですね…」
「…先生は行くと言って聞かなかったが、あの方は党首だ。元々荷運びは他の者に任せるべきだし、あの方には他にもっと大事なやるべきことが沢山ある」
「そ、そうですよね!たしかにお忙しいですよね!」
「…………」
そっかあ。お仕事なら仕方ないや。としょげている私に、頭3つ分は上から突き刺さる視線を感じた。
あっ分かりやすく落ち込むのは来てくれた田中さんに失礼なのでは。
彼だって以前の訪問で私に怒っていた(?)ようだし恐らく会いたくはない相手になってしまった私のところにまた来ることになって、嫌だけど我慢しているはずだ。ここは私も武市さんに会えない寂しさを我慢しなくては。
「た、田中さんありがとうございます!田中さんもお忙しいのはご承知ですし、わざわざ来てくださって…そもそも私がこれだけの箱を運べる手段を持っていたら良かったんですけど…」
「……いや」
あくまで淡々とした言葉使いと手際でカウンターに積まれた勤王まんじゅうの箱を以前のように1人で何箱も抱える田中さんに、あの逞しい腕ならいくらでも和菓子作りの体力ありそうだなあ、あっでも細かい作業は苦手だろうか。なんて考えながら私も箱を積み上げていたら抱え終えたらしい彼にじっと見つめられ、おっあの時の沈黙再びかと思いきや今日はすぐ口が開いた。
「娘、武市先生に惚れているか」
「はっ?!」
真っ直ぐな声色と瞳が放った言葉に雷に打たれたような衝撃を食らって思わず持っていた箱を落としそうになる。おわっと寸でのところで慌てて掴むも、心臓の鼓動はドコドコと太鼓のように鳴り止まなかった。
なんで気づいて!?なっなんでバレて!?えっ、というかなんで知って!?
頭の中がパニックを極め濁流のように疑問が流れるけれど、口からは「え、あ、」みたいな単語しか出ないし、全身にぶわっと大量の汗が吹き出すのがわかる。
好きなのがバレたと思えば顔が赤くなるし武市さんに近い人に知られたことを思えば顔が青くなる。
わなわな震えてまるでその通りだと言わんばかりな私の反応を見て図星だと思ったのかわからないが、田中さんは何も言わず、しかし途端に少し目線を下げて続けた。
「あの御方には……」
「へっ…?」
大混乱の私を置いて継げられる言葉を待つも、またもや田中さんは苦しそうな怒りたいような表情で、黙ってしまった。
武市さん?武市さんが何なのだろう?えっ、もしかして武市さんも知ってるとか?もしかして私告白もしてないのに振られるとか?あの御方にはお前の気持ちに応える気はないから諦めろ〜とか?えっ、いや元から付き合えるなんて思ってないから告白するつもりもなかったけど、でもいくらなんでもそれはあんまりじゃないですか!?
「………………何でもない。まんじゅうのこと、礼を言う。では次の時に受け取りに来る」
「へっ?あっ、は、はい、こちらこそ、ありがとうございます……?」
結局爆弾を落とすだけで何が言いたかったのか分からないまま背を向けた人に疑問系でお礼を言ってしまった。
しかし田中さんはそのまま店を出ていかず今度は申し訳なさそうな顔になった。
「おい」
「は、はい」
「その、先日はじろじろと不躾に見てすまなかった。女性をあのように見るものでないと先生に叱責を受けた」
「あっ、あぁ…いや、えっ、そんな、顔を上げてください!あの全然気にしてないので!その大丈夫です!だから顔をっ…!」
ばっと深く頭を下げられてしまい、びっくりしてカウンターから出て止めると分かってくれたのかやっと渋々ではあるが顔を上げてくれたのでほっとする。こんなに大きな人に頭を下げられると逆に私が悪いことをさせているようでドキマギしまう。
「あの、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「…何だ」
「以前、私は田中さんに何かしてしまったのでしょうか?」
「いや……そういうわけでは、ないんだが……」
「え?なら、何で怒っていたんですか…?」
「ぅうん…」
歯切れの悪い田中さんに疑問符が浮かぶが、彼の答えを見るに怒っていたのは確かなようで、ならやはり私が悪いのだと思い私も頭を下げた。
「すみません!あの言いにくいことでしたら大丈夫です!でも私が何かしてしまったなら本当に謝ります…!」
「あっ、いやそちらが悪いというか、と、とにかくこちらの問題なので、だから頭を上げてくれないか…!」
途端に慌て出す田中さんに、これではさっきと逆だなと変におかしくなって思わず笑いを零してしまった。
田中さんは突然笑う私にきょとんとし、少しばつの悪そうな顔になったものの、最後には何か落とし所がついたように表情が少し柔らかくなった。