武市
「そろそろかな……」
カレンダーで曜日を、時計で時間を確認して、私はカウンターである人を待っていた。
待つ間、そういえばとふと思い、もう一度日付を確認する。
江戸城流血開城から、今日で2年が経っていた。
「もう2年になるんだ…」
色んな事が記憶に残っていて、思い出すと感慨深くなる。
私は、あの恐ろしい騒動と同じ年に唯一の親類の母を亡くし、わずか19歳で我が家系が代々営む和菓子屋の女将兼店主になった。
当時はいきなり私1人で店を、なんてやっていけるかと不安になったものだが、小さい頃から母の仕事を見て和菓子作りを手伝っていたから自然とそれが好きになって、今はもう亡き祖母や母も褒めてくれるほどに上手になったため、今日もなんとか店を続けられている日々だ。
小さいけれど、近所では唯一の和菓子屋であるため、沢山の常連さんに贔屓にしてもらっているおかげもある。
この街、SAITAMAは壁に囲われていて外から新しいお客はほとんど来ず、最近の洋菓子ブームもあって私のお店に和菓子を買いに来てくれるお客様は皆顔と名前を覚えてしまうほどに固定の人しかいなかった。
けれど。
それがちょうど今から3年前、新しい人がやってきた。
甘いものが好きらしく、私の作る和菓子をとても気に入ってくれて。
刀を携え黒のスーツに身を包み、まるで俳優のようなスタイルと長身。また顔立ちも端正で彫りが深く、凛々しい眉と薄い灰褐色の瞳はいつも気難し気な印象で一見近寄り難そうに見えるけれど、話してみると真面目で誠実な人柄で、私と話すとき、私の作った和菓子を食べてくれるときは時折雰囲気が柔らかくなってくれて。
だから仕方なかったのだ。
私は気がついたらその人のことを好きになっていた。
その人はいつも同じ間隔を開けて同じ曜日と時刻にやってくる。
今日は嬉しいことにその日で、私は今か今かと弾む心でその想い人を待って今に至っていた。
あまりに浮かれて最近流行りの歌なんかを口ずさんでいたら、表で黒塗りの車が止まったのが見えた。
来たっ!あの人だ!
途端に早くなる鼓動を感じながら、軽く身だしなみを整えていると、車から降りたその人は真っ直ぐな足取りで店の扉を開けると、軽く手を上げて私に微笑みかけてくれた。
「今日は」
「こ、今日は!いらっしゃいませ、た、武市さん!」
ドキドキしすぎて噛んだ私に軽く目を細めたその人は、武市瑞山さん。
私の想い人であり、3年前からこの店の常連客である。
和菓子を買いに来ただけなのに、お姿も立ち居振る舞いもいつ見てもかっこよくて、カウンター越しのやりとりに私はずっと緊張しっぱなしだ。
私の鼓動の音、武市さんに伝わってないよね?
私が朝作った和菓子を、顎に手を当てて真剣な眼差しで選ぶ姿ですらかっこいい。
「今日はいちご大福が並んでいるな。この前来た時はなかった」
「はい!今週から出してるんです。いちごの甘さがあんこで引き立ってとっても美味しかったです!今年のいちごは大きくて、皆さんに美味しいし好きだって言って貰えてて…」
「私も好きだ」
「へ」
心臓が大きく跳ねた。いちご大福のことだと分かっているのに武市さんが私の方を見て言うから…!
いちご大福を手に取る武市さんの手を見つつカアアと熱くなっていく頬にあわわどうしようだって好きなんて言うから、なんて百面相していたら急に武市さんの低いいい声が耳に届いた。
「ここ最近で随分と冷えたが、体調は崩してなかったか?」
「えっ、あっ、はいっ、大丈夫です!元気だけが取り柄みたいなものなので…!」
「それはよかった。だが、最後の言葉は改めていいと思う。私は君の良い所を沢山知っているよ」
「へっ、」
「まず、君の作る菓子は絶品だ。私の知る和菓子で、君のより美味いものを私は知らない。私たち顧客に笑顔で接する明るさも、いつも私を癒してくれている。それに…」
「えっ、わっ、あっああありがとうございます!わ、わかりましたから、そ、それ以上は、恥ずかしくて…!」
「おや、そうか」
ふふ、と目を伏せて笑う武市さんに心臓が握りしめられたみたいにギュッとなった。
こ、これ以上は心臓が持たないですちょっと待って…!
今日イチのときめきで心臓はうるさいし顔が火照って熱かった。
武市さんの見ていない隙に手で仰いで冷ましていたら、いつの間にか選び終わったらしく和菓子の乗せたお盆を渡してくれたので、胸を落ち着かせながら丁寧に包んでお会計を済ませた。
ありがとうと言いながら包みを受け取ってくれて、今日の楽しみはこれで終わりかと急に襲ってくる寂しさを感じながら、せめて車に乗るまでお姿を眺めていようと思った。
「……?」
しかし、武市さんは珍しくカウンターの前から動かない。
しかも私の目をじっと見つめて来るものだから、落ち着いていた心臓がまたうるさいほどにバクバク鼓動し出した。
ど、どうしたんだろう?
「…実は、君に相談があるんだ。この後は空いているだろうか」
「へっ、きょ、今日ですか?私はいつでも大丈夫です、が……相談って……?」
「あまり時間は取らせないつもりだ」
内容を知りたいのだけど全く相談の中身が予想できない答えに余計戸惑う。
「あの、そんなに頻繁にお客様が来られるわけでもないので、武市さんさえ良ければ今お伺いしても私は大丈夫なんですが…」
「そうか?なら私も時間は空いているので、すまんが今から君の時間を頂きたい」
「は、はい……あっ、どうぞ掛けてください」
「ありがとう。失礼する」
店内に備え付けの椅子に2人で腰掛ける。
武市さんが何時にも増して真剣な佇まいだから、私エプロン姿で良かったんだろうかと今更ながらやっぱり営業後に身だしなみも整えてどうせなら綺麗な服で伺うべきだったと後悔した。
あ、お茶も出した方がいいかな。折角だしお菓子も…。
そんなふうに色々と巡らせていた私に、武市さんが決意したことを告げるかのようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「勤王まんじゅうを、君に作ってほしい」
「……………………はい?」
きんのうまんじゅう、と思わず聞いたままを繰り返すと、武市さんは一度頷いた。
「今度、私の所属する昭和勤王党で資金繰りのために勤王まんじゅうを売り出すことが決まったのだ」
「は、はあ……」
「そこで是非、君に作っていただけないだろうか」
「えっ」
「大体のイメージは固まっている。この様なものだ」
色々流れ込んでくる言葉たちに間抜けな返事を返しながら固まっていると、武市さんが懐から取り出した、彼曰く勤王まんじゅうが描かれた絵を見せてくれた。
「えっ」
それを見た瞬間私は固まった。
み、見覚えがありすぎる。
これってあれ……『い』から始まるまんじゅうに……。
「どうだろうか」
「えっと…」
どうしようなんて返したら正解なんだろうか。
目の前の人の表情は真面目そのもので、ここで下手なことを言ったらと思うと変な汗が止まらなかった。
「…とっ、とっても良いと、思います……」
「そうか……!」
ふわっと顔を綻ばせる武市さんに胸がキュンとするのと同時にホッとした。
結局私は好きな人に進言して嫌われたらと思うと怖くて、『これって維新まんじゅうのパクリなんじゃ…』とは到底言えなかった。
「それでどうだろう、受けてくれるか」
「…………あの、逆にその、私で大丈夫でしょうか?」
「……どういうことだ?」
「えっ、いや、だって武市さんが所属されてる昭和勤王党って大きな組織ですし、この小さな店がそんな所のお菓子を作らせてもらうのは、私が武市さんに申し訳ないというか」
「何を言う」
「えっ?」
「私は君以外にこの菓子を作ってもらう気はなかった」
「……へ、」
予想外の嬉しい言葉と、まるで愛の告白でもするような(そんなことされたことはないけれど)熱の籠った瞳に、思わず間抜けな声を零してしまった。
「君の和菓子を初めて食べたときから私は君の作る和菓子の虜だ。あのように美味な菓子を頂いたのは初めてだった。勤王まんじゅうを作ると決めたときは君の顔しか浮かばなかったし、君以外なら意味が無いとすら思っている」
「は、ぇ」
「勿論、君がこの店を1人で営んでいることも知っている。この菓子を作ることで負担を掛けてしまうこともだ。報酬は十分に支払う。負担はなるべく減らすよう私含め昭和勤王党が全力で支援する」
前のめりになりそうなくらい熱の籠った言葉と想いに私の顔は真っ赤に違いない。
今、私は今までで1番の幸せを浴びている。
だって好きな人が、武市さんが、私の作る和菓子の虜だって。
好きな人に自分の作ったものを褒められて、過言かもしれないがまるで1番好きだと言ってくれて、嬉しくない人がいるだろうか。いや居ない。
現に私は頭の先からつま先までこれ以上ないくらい湯だって、嬉しさで二の句が告げなかった。
「だが、それでも迷惑なら…残念だが諦めよう」
「めっ、迷惑だなんてそんなっ…!とっとっても嬉しいです、私!そんなに気に入ってもらえてっ…!お、お世辞でもほんとにっ…!」
「む、全て本心だ」
「はぇ」
「だから、是非此方で作っていただけると嬉しい」
あぅ。武市さんの押しに私は陥落寸前だ。というか武市さんが近い、気がする。姿勢はいつも通り綺麗で背筋も伸びているのに、なんというか想いが、こう、のしかかってくるような感じ。若干姿勢は前のめりかもしれない。
勤王まんじゅうの見た目とかこれからの大変さとか色々頭を過ぎったけれど、好きな人にここまで言われては陥落するしか無かった。惚れた方の負けなのだ。
「わ、私でよければ、お引き受けさせてください……」
「そ、そうか……!ありがとう、宜しくたのむ……!」
「こ、こちらこそ……」
お互いに頭を下げると交渉は成立し、とても嬉しそうなオーラを漂わせて武市さんは今度こそ帰っていった。
対する私はそんな彼を見送った後店のカウンターになだれ込むように突っ伏した。
「……な、なんかいろいろあった……」
予想外の困惑やらドキドキのしすぎでどっと疲労が襲ってくるが、どうやら私は想い人から仕事を頂いたらしい。
今でも自分の店の品を作るだけで大変なのに、本当に引き受けちゃって良かったのかな、とこれからの忙しさに思いを馳せる。
けれど、これからは彼を店で今日は来てくれるかと待つだけでなく、色々と連絡を取ったりとか、顔を合わせる機会が増えるわけで。
そう思うと引き受けてよかった〜!とゲンキンなものだが喜びでジタバタしてしまった。
ただ、ひとつだけ、どうしてもツッコみたいことがある。
やっぱりまんじゅうの見た目だけはどうにかした方が良くないかな。
カレンダーで曜日を、時計で時間を確認して、私はカウンターである人を待っていた。
待つ間、そういえばとふと思い、もう一度日付を確認する。
江戸城流血開城から、今日で2年が経っていた。
「もう2年になるんだ…」
色んな事が記憶に残っていて、思い出すと感慨深くなる。
私は、あの恐ろしい騒動と同じ年に唯一の親類の母を亡くし、わずか19歳で我が家系が代々営む和菓子屋の女将兼店主になった。
当時はいきなり私1人で店を、なんてやっていけるかと不安になったものだが、小さい頃から母の仕事を見て和菓子作りを手伝っていたから自然とそれが好きになって、今はもう亡き祖母や母も褒めてくれるほどに上手になったため、今日もなんとか店を続けられている日々だ。
小さいけれど、近所では唯一の和菓子屋であるため、沢山の常連さんに贔屓にしてもらっているおかげもある。
この街、SAITAMAは壁に囲われていて外から新しいお客はほとんど来ず、最近の洋菓子ブームもあって私のお店に和菓子を買いに来てくれるお客様は皆顔と名前を覚えてしまうほどに固定の人しかいなかった。
けれど。
それがちょうど今から3年前、新しい人がやってきた。
甘いものが好きらしく、私の作る和菓子をとても気に入ってくれて。
刀を携え黒のスーツに身を包み、まるで俳優のようなスタイルと長身。また顔立ちも端正で彫りが深く、凛々しい眉と薄い灰褐色の瞳はいつも気難し気な印象で一見近寄り難そうに見えるけれど、話してみると真面目で誠実な人柄で、私と話すとき、私の作った和菓子を食べてくれるときは時折雰囲気が柔らかくなってくれて。
だから仕方なかったのだ。
私は気がついたらその人のことを好きになっていた。
その人はいつも同じ間隔を開けて同じ曜日と時刻にやってくる。
今日は嬉しいことにその日で、私は今か今かと弾む心でその想い人を待って今に至っていた。
あまりに浮かれて最近流行りの歌なんかを口ずさんでいたら、表で黒塗りの車が止まったのが見えた。
来たっ!あの人だ!
途端に早くなる鼓動を感じながら、軽く身だしなみを整えていると、車から降りたその人は真っ直ぐな足取りで店の扉を開けると、軽く手を上げて私に微笑みかけてくれた。
「今日は」
「こ、今日は!いらっしゃいませ、た、武市さん!」
ドキドキしすぎて噛んだ私に軽く目を細めたその人は、武市瑞山さん。
私の想い人であり、3年前からこの店の常連客である。
和菓子を買いに来ただけなのに、お姿も立ち居振る舞いもいつ見てもかっこよくて、カウンター越しのやりとりに私はずっと緊張しっぱなしだ。
私の鼓動の音、武市さんに伝わってないよね?
私が朝作った和菓子を、顎に手を当てて真剣な眼差しで選ぶ姿ですらかっこいい。
「今日はいちご大福が並んでいるな。この前来た時はなかった」
「はい!今週から出してるんです。いちごの甘さがあんこで引き立ってとっても美味しかったです!今年のいちごは大きくて、皆さんに美味しいし好きだって言って貰えてて…」
「私も好きだ」
「へ」
心臓が大きく跳ねた。いちご大福のことだと分かっているのに武市さんが私の方を見て言うから…!
いちご大福を手に取る武市さんの手を見つつカアアと熱くなっていく頬にあわわどうしようだって好きなんて言うから、なんて百面相していたら急に武市さんの低いいい声が耳に届いた。
「ここ最近で随分と冷えたが、体調は崩してなかったか?」
「えっ、あっ、はいっ、大丈夫です!元気だけが取り柄みたいなものなので…!」
「それはよかった。だが、最後の言葉は改めていいと思う。私は君の良い所を沢山知っているよ」
「へっ、」
「まず、君の作る菓子は絶品だ。私の知る和菓子で、君のより美味いものを私は知らない。私たち顧客に笑顔で接する明るさも、いつも私を癒してくれている。それに…」
「えっ、わっ、あっああありがとうございます!わ、わかりましたから、そ、それ以上は、恥ずかしくて…!」
「おや、そうか」
ふふ、と目を伏せて笑う武市さんに心臓が握りしめられたみたいにギュッとなった。
こ、これ以上は心臓が持たないですちょっと待って…!
今日イチのときめきで心臓はうるさいし顔が火照って熱かった。
武市さんの見ていない隙に手で仰いで冷ましていたら、いつの間にか選び終わったらしく和菓子の乗せたお盆を渡してくれたので、胸を落ち着かせながら丁寧に包んでお会計を済ませた。
ありがとうと言いながら包みを受け取ってくれて、今日の楽しみはこれで終わりかと急に襲ってくる寂しさを感じながら、せめて車に乗るまでお姿を眺めていようと思った。
「……?」
しかし、武市さんは珍しくカウンターの前から動かない。
しかも私の目をじっと見つめて来るものだから、落ち着いていた心臓がまたうるさいほどにバクバク鼓動し出した。
ど、どうしたんだろう?
「…実は、君に相談があるんだ。この後は空いているだろうか」
「へっ、きょ、今日ですか?私はいつでも大丈夫です、が……相談って……?」
「あまり時間は取らせないつもりだ」
内容を知りたいのだけど全く相談の中身が予想できない答えに余計戸惑う。
「あの、そんなに頻繁にお客様が来られるわけでもないので、武市さんさえ良ければ今お伺いしても私は大丈夫なんですが…」
「そうか?なら私も時間は空いているので、すまんが今から君の時間を頂きたい」
「は、はい……あっ、どうぞ掛けてください」
「ありがとう。失礼する」
店内に備え付けの椅子に2人で腰掛ける。
武市さんが何時にも増して真剣な佇まいだから、私エプロン姿で良かったんだろうかと今更ながらやっぱり営業後に身だしなみも整えてどうせなら綺麗な服で伺うべきだったと後悔した。
あ、お茶も出した方がいいかな。折角だしお菓子も…。
そんなふうに色々と巡らせていた私に、武市さんが決意したことを告げるかのようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「勤王まんじゅうを、君に作ってほしい」
「……………………はい?」
きんのうまんじゅう、と思わず聞いたままを繰り返すと、武市さんは一度頷いた。
「今度、私の所属する昭和勤王党で資金繰りのために勤王まんじゅうを売り出すことが決まったのだ」
「は、はあ……」
「そこで是非、君に作っていただけないだろうか」
「えっ」
「大体のイメージは固まっている。この様なものだ」
色々流れ込んでくる言葉たちに間抜けな返事を返しながら固まっていると、武市さんが懐から取り出した、彼曰く勤王まんじゅうが描かれた絵を見せてくれた。
「えっ」
それを見た瞬間私は固まった。
み、見覚えがありすぎる。
これってあれ……『い』から始まるまんじゅうに……。
「どうだろうか」
「えっと…」
どうしようなんて返したら正解なんだろうか。
目の前の人の表情は真面目そのもので、ここで下手なことを言ったらと思うと変な汗が止まらなかった。
「…とっ、とっても良いと、思います……」
「そうか……!」
ふわっと顔を綻ばせる武市さんに胸がキュンとするのと同時にホッとした。
結局私は好きな人に進言して嫌われたらと思うと怖くて、『これって維新まんじゅうのパクリなんじゃ…』とは到底言えなかった。
「それでどうだろう、受けてくれるか」
「…………あの、逆にその、私で大丈夫でしょうか?」
「……どういうことだ?」
「えっ、いや、だって武市さんが所属されてる昭和勤王党って大きな組織ですし、この小さな店がそんな所のお菓子を作らせてもらうのは、私が武市さんに申し訳ないというか」
「何を言う」
「えっ?」
「私は君以外にこの菓子を作ってもらう気はなかった」
「……へ、」
予想外の嬉しい言葉と、まるで愛の告白でもするような(そんなことされたことはないけれど)熱の籠った瞳に、思わず間抜けな声を零してしまった。
「君の和菓子を初めて食べたときから私は君の作る和菓子の虜だ。あのように美味な菓子を頂いたのは初めてだった。勤王まんじゅうを作ると決めたときは君の顔しか浮かばなかったし、君以外なら意味が無いとすら思っている」
「は、ぇ」
「勿論、君がこの店を1人で営んでいることも知っている。この菓子を作ることで負担を掛けてしまうこともだ。報酬は十分に支払う。負担はなるべく減らすよう私含め昭和勤王党が全力で支援する」
前のめりになりそうなくらい熱の籠った言葉と想いに私の顔は真っ赤に違いない。
今、私は今までで1番の幸せを浴びている。
だって好きな人が、武市さんが、私の作る和菓子の虜だって。
好きな人に自分の作ったものを褒められて、過言かもしれないがまるで1番好きだと言ってくれて、嬉しくない人がいるだろうか。いや居ない。
現に私は頭の先からつま先までこれ以上ないくらい湯だって、嬉しさで二の句が告げなかった。
「だが、それでも迷惑なら…残念だが諦めよう」
「めっ、迷惑だなんてそんなっ…!とっとっても嬉しいです、私!そんなに気に入ってもらえてっ…!お、お世辞でもほんとにっ…!」
「む、全て本心だ」
「はぇ」
「だから、是非此方で作っていただけると嬉しい」
あぅ。武市さんの押しに私は陥落寸前だ。というか武市さんが近い、気がする。姿勢はいつも通り綺麗で背筋も伸びているのに、なんというか想いが、こう、のしかかってくるような感じ。若干姿勢は前のめりかもしれない。
勤王まんじゅうの見た目とかこれからの大変さとか色々頭を過ぎったけれど、好きな人にここまで言われては陥落するしか無かった。惚れた方の負けなのだ。
「わ、私でよければ、お引き受けさせてください……」
「そ、そうか……!ありがとう、宜しくたのむ……!」
「こ、こちらこそ……」
お互いに頭を下げると交渉は成立し、とても嬉しそうなオーラを漂わせて武市さんは今度こそ帰っていった。
対する私はそんな彼を見送った後店のカウンターになだれ込むように突っ伏した。
「……な、なんかいろいろあった……」
予想外の困惑やらドキドキのしすぎでどっと疲労が襲ってくるが、どうやら私は想い人から仕事を頂いたらしい。
今でも自分の店の品を作るだけで大変なのに、本当に引き受けちゃって良かったのかな、とこれからの忙しさに思いを馳せる。
けれど、これからは彼を店で今日は来てくれるかと待つだけでなく、色々と連絡を取ったりとか、顔を合わせる機会が増えるわけで。
そう思うと引き受けてよかった〜!とゲンキンなものだが喜びでジタバタしてしまった。
ただ、ひとつだけ、どうしてもツッコみたいことがある。
やっぱりまんじゅうの見た目だけはどうにかした方が良くないかな。
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