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おはなし



なんか調子悪いなあとは思ってた。
時々頭がぐらぐらするっていうか、歩いてる途中で、ふわって浮いて、どかんと落ちるような感覚が何度かあった。なんにもないのに。変だなあ、とはぼんやり思っていて、でも別に気にしてなかった。午後になって、鼻の奥が詰まったような感じがしだして、たまにふわふわしてたのが、ずっとふわふわするようになった。どかん、って落ちる感覚は、鈍い痛みを伴うようになった。でも別に、声出るし、咳とかもないし、寒気しないし、普段通りにできてるし。だから平気だと思った。ぎたちゃんにも、べーやんにも、どらちゃんにも、体調悪い?とかって聞かれなかったから、自分で感じるのは、なんか変だなー、ぐらいのもの。いつも、昔から割とそうだ。具合が悪くなる時は、その自覚は一切ない。誰かに顔色悪いって言われたり、咳が酷いと心配されたり、熱を計らされて体温計の表示を見たりして、それで初めて、ああ、俺具合悪かったんだ、って気付く。だからそれで言ったら、この時点で「いつもと違ってなんか変だから今日はとっとと帰ろう」と思えたことがむしろ成長だ。えらい。誰も褒めてくれないので、自分で褒めるしかない。
練習終わって、ほんとならこのままみんなで夜ご飯食べに行ったりするのがいつものことなんだけど、それも楽しみだったのに、しょうがないから帰った。電車に乗る時は、スマホのケースに電子マネーが入っていたから気づかなかった。家について、ようやく気づいた。この鞄、俺のじゃない。家の鍵は、キーリングに通してズボンに引っ掛けてあるから、セーフだった。鞄の中に入れとくと無くすから、自分にくっつけとくことにしているのだ。それは、学生の頃からずっとそう。飛び散る思考をそのままに、玄関扉に手をつく。その頃にはもう、頭のぐらぐらはとんでもないことになっていて、痛いっていうより、気持ち悪かった。鍵を差し込もうとして、二回ぐらい失敗するぐらい、目の前はぼやぼやしていた。家の中に入って、靴を脱ぐのすら面倒で、適当に散らかしたままにする。鍵閉めたっけ。多分閉めた。うっかり鞄を取り落として、これ誰の鞄なんだろ、と思いつつ、確認する余力はなかった。どうにも、立ってるのも億劫で、ふにゃふにゃする足を引きずるようになんとかリビングまで行って、床が冷たくて気持ちいいので、そのまま伏せた。喉乾いたな。



「ボーカルくん変だったね」
「壊れてたな」
「ねー。かばん置いてっちゃったし」
「……えっ?俺の鞄がないんだけど」
「じゃあボーカルくんが持ってったんじゃない?」
「は?」
「ん?」
「……意味分かんないんだけど」
「わかるでしょー。りっちゃんのがなくてボーカルくんのがあるんだから、間違えちゃったんだよ」
「全然違うのに?」
確かに。ボーカルくんのはでっかめのウエストバッグで、ドラムくんのはレザーっぽいビジネスバッグだから、どう頑張っても見間違えてることはないだろう。持ち方も違うし、形も色も違う。財布もスマホも鞄の中なんだけど、と零して呆然と鞄の置いてあったところを見ているドラムくんに、ギターくんが、あの感じじゃまっすぐ家帰ったんじゃない?交換してもらいに行ったら?と呑気に言っている。そりゃそうなんだけど。
「めんどくさ……」
「ボーカルくん家どこなんだろー」
「免許に書いてあるだろ」
「あ、勝手にかばん開けた。りっちゃん悪いんだー」
「スマホ貸して」
「なんで?」
「だから鞄の中に入ったまま持ってかれたっつってんじゃんクソバカ」
「バカってゆったー」
自分のスマホを取り出したギターくんが、それを渡しかけて、やめた。手に取る寸前で目標物をふいっと逸らされたドラムくんの指が宙を掴んで、舌打ちと共にギターくんの耳を引っ張った。いたいよー、と悲鳴じみた声。そういうイタズラを、気が立ってるドラムくんにするからいけないんだと思う。
「だって、いた、だって充電あと8パーしかなかったから、痛い痛い!」
「嘘だ」
「嘘じゃない!ほんとにそれしかないからっ、りっちゃんに貸したらそれで充電切れちゃうでしょお!」
「携帯充電器持ってるだろ」
「そんなんあるわけないでしょうが!」
「貸せ」
「あー!」
「……ほんとに8%しかない」
「だから嘘じゃないってば……」
投げつけるようにスマホをギターくんへと返却したドラムくんが、ぎっとこっちを向いた。苛立ちを多分に感じる刺すような視線を真っ向から受け止めないように、視線が絡む前に逸らした。いや、だって、やだし、怖いし、巻き込まれたくないし。何も言わずにいたら見逃してくれないだろうか、と祈るような気持ちでいたけれど、ドラムくんの一声で粉砕した。
「スマホ」
「……はい……」
「貸して」
「……乗り換え案内?」
「そう。あんま電車乗らないから」
「……俺調べるよ」
「貸せよ」
「い、いやだ」
「いいから寄越せ」
「ひい」
「あー、ベースくんいじめてる。りっちゃんのー、いーじめーっこー」
「うるさい、充電無し男」
「だあって、昨日寝る前に充電したはずだし、挿さってないほうがわるい」
「ちゃんと挿さない方が悪い。貸せってば、しつこいな」
「い、いい、俺が、俺のスマホだから、俺が調べるっ」
「見られちゃまずいもんでもあんの?」
「だいじょぶだよベースくん、りっちゃんのスマホのがやばいよ、LINEとか」
「やばくない。ちゃんと隠してる」
「言っちゃったらダメなんよなあ」
一応、スマホは死守した。だって、渡してなんか変なもの見られたら嫌だし、変なものなんてないんだけど、もしもなんかあったら。ドラムくんに言われる通りに最寄駅から検索して画面を見せれば、はあ、と溜息と相槌の隙間を返された。乗り換えの駅と路線を読み上げて頭に入れたらしいドラムくんが、俺を見て口を開きかけて、ギターくんに向き直る。なんだ、なんか言いかけられてやめられると、気になるからやめてほしい。
「金」
「ない」
「知ってる。貸して」
「なんで?」
「鞄が手元にないから」
「そんなん知ってるよー、ボーカルくんが持ってっちゃったんだから。りっちゃん忘れっぽ、えっ、なんで頭掴むの」
「握り潰すから」
「こ、こわ……やめてください……」
「金出せ」
「えー……んー……」
「……貧相な財布の中身」
「ひどい」
「最初からギターくんには期待してない。ベースくんに借りる」
「どうして!俺だって、お金下ろしてくればりっちゃんに貸すぐらい余裕だし!」
「電車賃一つすぐに貸せない手持ちの奴は信用しない」
「貸せる!ほら!ほらあ!」
「金貸して」
「い、いいけど……」
それを言いかけてやめたのか。ギターくんまだわあわあ言ってるけど、聞こえないふりが上手すぎる。もしかして、ギターくんの声どころか存在すら俺にしか最初から認識できていなかったんじゃないかってレベルで無視されている。千円札を握りしめてぶんぶんしていたギターくんが、ドラムくんの後ろから蹴っ飛ばそうとして、気付かれて突き飛ばされて、壁際で丸まっている。かわいそうに。
「ありがと」
「いいええ……」
「……………」
「……?」
「……………」
無言でギターくんを見下ろすドラムくんに、まあ、確かに、なるほど。ボーカルくんに鞄を持っていかれた苛立ちを解消するための当たり散らしだったわけか。納得した。いや、納得はしたけどいい迷惑だよ。矛先が自分でなくてよかった。
今度ちゃんと返すからって俺が渡したお金をポケットに突っ込んだドラムくんが、スマホもないのは確かに少し不便か、と零した。分からなくもない。乗り換えは覚えたにしても、運転免許の住所を頼りに家まで辿り着きたいなら、スマホで地図を見るのが一番早い。そうでなかったらどうするんだろう。交番でお巡りさんに聞くとか?ぼんやりそう考えていたら、肩に手を置かれた。嫌なんだけど。
「ベースくん」
「……俺用事が……」
「じゃあスマホ貸して」
「……………」
「スマホ貸すか一緒に来るか、選んで」
「……………」

「あ。ぜろぱーになった」
「帰れば?」
「ボーカルくんち気になるからやだー」
鞄を取り返したいドラムくんがいるのは分かるし、お金と地図要員で俺が連れてこられたのも分かるけれど、どうしてギターくんはついてきたんだろう。本人が言った理由以外なさそうだけど。
スマホの地図頼りで辿り着いたボーカルくんの家は、普通に普通のアパートだった。古くもなく新しくもない。自転車がおいてあって、ポストのところにはちゃんと名前が書いてあった。俺、あそこに名前書くのなんか怖くて、何も書かないままにしちゃってるや。ギターくんがピンポンして、しばらく待ったけど出なくて、ドラムくんがピンポンして、またしばらく待ったけど出なくて、順番的に俺になった。いや、誰かが出るまで押せばいいじゃん。ていうか、その前にボーカルくんに、今から行くって連絡入れればよかったんじゃあ。そこに気づいたのが遅かったので、早く押せ、と半ば無理やりインターホンのボタンに指をかけた。
「……………」
「……いないのかな?」
「俺の鞄持ってどこ行ったんだよ」
「お」
「あ、っ」
「……あ″い……」
がったん、と重い音を立てて、玄関扉がゆっくり開いた。ら、明らかに顔色がおかしいボーカルくんが、がっさがさの声と共に出てきた。思わず全員絶句すると、死んだ目で一通り見回したボーカルくんが、扉を閉めた。えっ。閉められたんだけど。
「……え、もしかして、体調悪いから今日1日おかしかったの?」
「……そうだったんじゃないの」
「超元気だったじゃん……元気だったよね?」
「いつも通りだった」
「俺だけにそう見えてたんじゃなくて?」
「俺にはいつも通りだけど頭でも打って馬鹿に拍車がかかったようにしか見えなかった」
「だよねえ」
ドラムくんとギターくんが、俺を通り越して扉に向かって話している。顔を見合わせるとかすらできない辺りに、動揺を感じ取ってほしい。ていうかだから、玄関閉められちゃったんだけど。どうしたら、と固まっていると、がたがたと向こう側で音がして、扉が開いた。
「やー、ごっめん!これべーやんのだった?俺間違えちゃってさあ、中とか見てないから!」
「えっ」
「ほんとほんと、ていうかもしかして俺の鞄とか持ってきてくれてたりする?財布入れっぱだったからさー、困ったなーとは思ってたんだけど」
「……………」
「……………」
「……………」
「……あれ?ど、どした?鞄ではなく?」
「……鞄は俺の」
「あー、どらちゃんだった?ごめん。同じようなの仕事行くのに使ってるから、間違えた」
「……………」
「あ、はい、これ。俺のは?」
「……はい」
「ありがとー」
ボーカルくんの忘れ物を背負っていたギターくんが、手渡して、また黙り込む。あれ?ついさっきまで、顔色めちゃくちゃに悪くなかった?声とかもっとなんか酷くがさついてなかった?どこからどう見ても普段通りに見える。てゆかなんで三人揃って来たの、うけんね、と見回されて、ようやくドラムくんが声を発した。
「……具合悪い?」
「あ、うん。さっきまで寝てた。もー帰ってきたら力尽きて、床で」
「床で……」
「ボーカルくん、無理しなくていいよー。いっぱい寝なね」
「ん?んー、あー、寝る寝る。頭ガンガンするし」
「お医者さん行ったほうがいいよ」
「そだねー、薬あったかな。でも腹減ったからとりあえず飯食いに行こっかなあ」
「飯……」
「ラーメンがいい」
「寝てろよ」
「でもさー、一人だとなんかダメだし。飯とか食えないし、疲れて」
どうでもいい会話を続けては扉を閉めようとしないボーカルくんを見て、なんとなく、兄を思い出した。あの人も、熱が39度あっても人前だと普段通りに振る舞う人だった。無理をしているわけでもなくそれが普通で、一人になると途端にこんこんと眠って、咳き込んだり唸ったり吐いたり、めちゃくちゃ辛そうにして、誰か一人でも近くにいると一切そんな姿見せないくせに。ボーカルくんも同じタイプなんだろうか。最初に扉を開けられた時の感じと、今普通に振る舞う姿からして、そんな気がした。だから、つい、言ってしまった。
「……ご、ごはん、食べるまで、俺、なんか、できることあったら……」
「……へ?」
「……薬飲むにも、ご飯食べないと、飲めないし、そしたら治んないし、あの、寝てるだけじゃ……」
「べーやんなんか作ってくれんの?」
「……………」
「……ベースくん目逸らしてる」
「料理したことあんの?」
「……ある」
「どう見ても嘘じゃん」
「あー、りっちゃんおうどん作ったげなよー、あのやわやわのやつ」
「嫌だ。うつったらどうすんだよ」
「へーきだよ」
「平気じゃない。馬鹿の引く風邪なんてウイルスとして強すぎる」
「ふんだ。じゃー、どう見ても料理とかできなそうなベースくんと、こないだたまごレンチンした俺を残して帰ればいいじゃないの」
「いいじゃないの!ひどい!病人がここにいるのに!」
「元気に見えるんだよ、病人」
「あっ、あの、レトルトをあっためるとかなら俺、全然できるから!」
「いや、俺、レトルトをあっためるなら自分でもできるよ……」
「ていうかお前なんで卵レンチンしたの」
「あたためたかったから」

スマホの充電がゼロのギターくんが、ボーカルくんのお世話でお留守番。近くのスーパーとドラッグストアを調べたら、見事に真逆方向だったので、俺とドラムくんは分担してそれぞれに向かうことになった。料理についての疑いの目を向けられながらも、俺がスーパーで、ドラムくんが薬局。ちなみに、ボーカルくんの家にはまともな風邪薬がなかった。とっくに期限切れの鼻炎薬ならあった。
冷凍のうどん、これなら家にもあるやつだからどうやればいいか分かる。家で昔出されたのにはネギが乗ってたな、と思ったんだけど、ネギを買って行っても迷惑かもしれない。と思ってたら、冷凍コーナーに刻みネギも売っていた。今時は便利だ。あと、スポーツドリンクを何本かと、アイス。ボーカルくん、おかゆ好きじゃないって言ってたから、レトルトのがあったけど買わなかった。おいしいのに、おかゆ。ドラムくんも嫌そうな顔してたから、好きじゃないのかもしれない。ギターくんは、おかゆって食べた気しないよねー、と笑っていた。
「……あっ」
「おっかえりー」
「ぼ、ボーカルくんは」
「おでこ冷やして寝てるー。あ、起きてるけど寝てる」
「そっか……」
「りっちゃんももうすぐ帰ってくるって。さっき薬の種類聞くのに電話かかってきたから」
ボーカルくんの家に戻れば、ギターくんの言葉通り、布団に横になっておでこにタオルを乗せられていた。目はらんらんとしている。全然寝る気なさそうなんだけど。この家には体温計もないらしいことがさっき分かったので、ドラムくんが買ってきてくれるはずだ。
症状としては、熱と頭痛。声ががさがさだったのは、寝起きなのと発熱で喉がからからだったからのようで、咳も鼻も出てないし、吐き気とかもないらしい。食べれそうなだけ食べてくれたら、と思いながらうどんをあっためてたら、ボーカルくんがしつこく体を起こそうとしてギターくんに止められていた。たまごが欲しいよお、と言われたけれど、今更だ。もっと早く言ってほしい。せっせとタオルを絞ってはおでこに乗せているギターくんが、何をするにも邪魔されるので観念したらしいボーカルくんに満足げだ。
「看病、楽しい」
「俺は楽しくない……」
「病気だからだよ。早く治してね」
「……腹減った」
「ベースくんがおうどん作ってくれてるからねっ」
「もっと味の濃いもんが食べたい……」
それは治ってからにしてくれ。ボーカルくんがのろのろとうどんを食べているうちに、ドラムくんが戻ってきた。この速度でしか食べられないなら、ラーメンなんて伸びに伸びてしまうと思う。頭が痛い、とぼやきながらも完食したボーカルくんが、薬を飲んだのを確認して。
「ちゃんと寝てね」
「んー」
「早く治せ」
「うんー」
「……あ、え、あの、つらくなったら、あまりにやばかったら、連絡くれたら……」
「……んへへ、連絡したら来んの?べーやん?親かよー」
「……う……」
「あんがとー」
「過保護」
「お医者さん行くんだよー」
「熱下がんなかったらな」



後日。ボーカルくんからは、病院に行ったら風邪だった旨をはじめとして、熱も下がってもう元気だとか、仕事にもちゃんと行ってるから心配しないでとか、ちらほら連絡が来た。よかった。練習のために集まって、ドラムくんもギターくんも来たけど、ボーカルくんが来ない。また体調悪いとかじゃないといいけど。
「おそいね」
「珍しいな」
「どっかでぶっ倒れてないかなあ」
「治ったって言ってたじゃん」
「そだけど、お」
がちゃり、とドアノブが鳴って、扉が開いた。ごめんごめん遅れちゃってお待たせー!と入ってきたのは、声の通りボーカルくん、だったのだけれど。
「……………」
「……………」
「……………」
「あれ?どした?俺間違えた?」
「……………」
「……ど……どっ、えっ、なに、どうしたの、それ……」
「それ?」
「それ……」
それ、とギターくんが指さしたのは、ボーカルくんの右足だった。包帯でぐるぐる巻きだ。松葉杖こそついていないけれど、かなり億劫そうに動いている。ギターくんが問いかけたのがほぼ無理やりで、ドラムくんは唖然と固まっている。そりゃそうだ。いやあのさ、とボーカルくんが椅子に腰掛けながら口を開く。
「病院行ったの。熱下がったけど、職場に連絡したら、一応行きなさいって」
「うん」
「薬出されて、なんだっけあの、紙もらうじゃん。それを薬局に出すじゃん?」
「うん……なんだっけ?あの紙。りっちゃん」
「処方箋」
「あ、そう、それ、ショホーセン」
「それ出しに行く途中で轢かれた」
「なぜ……」
「知らねーよお、車の方が突っ込んできたんだもん。避けたけど、でもなんか、柵に突っ込んじゃってちょっと巻き込まれて、捻挫?みたいなんなって、動けねーし。車運転してた人超焦って救急車とか呼んでくれて」
「がっつり事故ってるじゃん……」
「そんでこんなんなった。もうすぐ取っていいって」
「……俺、風邪引いたから足が折れたのかと思った」
「あっはっは、そんなわけないじゃん!どらちゃん!」
ボーカルくんは超笑ってるけど、申し訳ないけど俺もドラムくんと同じこと考えてた。風邪引いたからっていうか、熱で朦朧としてて怪我したのかと。全然関係なかった。よく車には轢かれるけどこうやってちゃんと怪我したのは久しぶりだから、と右足をぷらぷらさせながら言うボーカルくんに、耳を疑った。聞き間違いだろう。よく車には轢かれる、なんて、そんなことあるはずない。少なくとも俺は今まで生きてきて一度も車に轢かれたことなんかない。想像しただけでぞっとする。俺が一人でぞっとしている間に、ドラムくんが平常運転に戻って、これどうなってんの?と包帯の辺りを叩いている。痛い痛い!なんでそんなことするんだ!
「大変なこととかないの?」
「風呂がめんどいんだよな、これあると」
「へえー」
「痛い?」
「たいして痛くない」
「りっちゃんばっしばし叩いてたけど」
「痛くない」
「すげー」
「痛覚死んでんじゃないの」
俺は、死んでもあんなことにならないように、体には気をつけよう。心底そう思った。


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