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月と敬慕




「ねー、買い物行こうってー」
「これ終わったら」
「ねーえー!」
「終わったら!」
彼氏の佐冶が、やっとうちに引っ越してきてくれたのが、ちょっと前のこと。夢にまで見た同棲。好きな人が、寝ても覚めても隣にいてくれるって、なんて幸せなんだろう。「やっぱりストーカーのことが心配だから」なんて優しい佐冶らしいきっかけだったけれど、この際なんでもいい。今日の夜ご飯の買い物一緒に行ってくれるって約束でしょ、とゲームに夢中の佐冶にへばりつく。待って待って、と切羽詰まった声で言われて、全然相手にしてもらえなかった。もー。
インターホンが鳴って、モニターを見る。斜め上、多分表札が出ているところを見ているらしい、眼鏡をかけた若い男の子が立っていた。宅配便じゃないみたいだし、誰だろう。はい、と応答すれば、隣に越してきた者で、と緊張気味の声が帰ってきた。
「ねえ!お隣さん引っ越してきたって!」
「え?今?」
「今!ご挨拶!」
「分かった、分かったって!」
ようやくゲームを置いた佐冶の背中を押して、玄関まで行く。扉を開けると、二人いることに驚いたのか、あたしと佐冶を見比べた彼が、頭を下げた。まだ表札には「鶴根」だけで、「国見」って書いてないもんね。もうすぐあたしも国見になるから、いいんだー。とか、思ったり思わなかったり。
「あ、あの、隣に越してきました、鎌下といいます。これ、よかったら」
「ありがとうございますー」
「国見です。よろしくお願いします」
「はい」
人懐っこそうな笑顔を浮かべた鎌下さんから、なにやら紙袋をもらった。中身はなんだろう。



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