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月と敬慕





「こちらの女性に、見覚えはありませんか?」
警察の人に見せられた写真には、髪の長い女の人が写っていた。こっちを向いていなくて、写真には斜めに何か障害物が映り込んでいる。十中八九盗撮だろうなって感じだった。少ない友人の顔を思い出したけれど、この女の人は多分見たことがない。なので正直に、知らない人です、と答えた。知らないのに知ってるって嘘つくのも変な話だし。
累ちゃんがいなくなって、二週間。全く音沙汰なしのまま、メッセージの既読もずっとつかない。職場には話したし、そこから伝って実家にも連絡はしてるとか、どうとか。多分俺が詳しく知らないだけで、警察には相談されてるみたいだった。けど警察に行方不明の届けを出しても、なんらかの事件に巻き込まれてる恐れがあったり、一人で生活していくことが困難だったりしないと、なかなか捜索には踏み切ってもらえないとかって、調べたら出てきた。いなくなったのが自主的か他意的かも分からないから、仕方ないのかもしれない。じゃあ累ちゃんは誰にも探してもらえないんだろうか、とぼんやり思っていたある日、上司から呼ばれた。ついて行った先の会議室には、刑事さんがいた。
「そうですか。ありがとうございます」
「いえ……」
累ちゃんのことを、いろいろ聞かれた。同僚で同期で友人で、という立ち位置から、上司が俺のことを刑事さんに紹介したらしい。なんで累ちゃんのことをそんなに調べるのか聞いたけれど、「ある事件の捜査で」としか教えてくれなかった。累ちゃんのこと探してくれてるんですか?って聞いた時だけ、少し目を伏せられた。あ、探してない。それは分かった。探す必要がないのか、探すつもりがないのか、までは分からないけれど。
「……この写真、る、土賀谷さんに、何か関係あるんですか?」
「土賀谷さんが持っていた写真のようでして。自宅にありました」
「はあ……」
「ですので、ご友人か、お付き合いされている方などなのかと思いまして」
「累ちゃん、今は彼女いなかったと思いますけど」
「そうですか」
あ、累ちゃんって言っちゃった。あの、つちがやさん、と小声で言い直したけれど、刑事さんのスマホの着信音にかき消された。失礼、と言い置いて席を立ち、窓際に寄った刑事さんは俺に背を向ける。潜めた声で話す彼に気づかれないように、ポケットから自分のスマホを取り出して、女の人の写真を撮った。だってきっとこの写真、もらえはしないでしょ。累ちゃんの家にあった、俺が知らない、誰だか分からない女の人。知りたいと思った。調べるくらいなら、きっと自由だ。刑事さんは俺の挙動には気がつかなかったみたいで、話の途中で申し訳ない、と戻ってきた。
「鎌下さん。捜査協力、ありがとうございました」
「はい」
「またなにかお伺いすることがあるかもしれませんが」
「……俺の知ってることで、力になれるなら」

それから俺は、写真の女の人のことを、地道に調べ続けた。手がかりは、たった一枚の写真だけ。だから、とにかく時間をかけるしかなかった。画像検索して、SNSを漁って、職場や累ちゃんの家の近隣住所を片っ端から当たって、寝る間を惜しんで探した。髪型や服の感じが近い人は何人もいて、その度プリントアウトしては矯めつ眇めつ見比べて、この人も違う、とゴミ箱に投げ入れる。そのうちに、どうしてこんなに必死で調べているのか、自分でもよく分からなくなっていった。いなくなった累ちゃんを探したいから、この女の人のことも探しているのか。そもそも累ちゃんのことで自分が知らないことがあるのが許せなくて、この女の人のことを知りたいのか。境目が曖昧になっていく。この女の人を見つけて、調べて、それが累ちゃんを見つけることに繋がるのかすら分からないのに。
毎晩、休みの日は朝から晩までかけて、写真の女の人を探す。探す理由よりも見つけることに意義が移りはじめた頃、ようやくそれらしき人を見つけた。メディア欄を遡って、写真をプリントアウトしていく。これもこれも、これも、そっくりだ。ほぼ同一人物と見て間違い無いだろう。一つSNSを見つけると、その後は芋づる状だった。鍵がかかっているものには、学生時代の同級生のふりをして、でっちあげで潜り込んだ。ということは、出身学校程度は簡単に割り出せたということだ。それからもっと詳しく調べ上げていく内に、自宅らしき写真から、どこに住んでいるのかも分かった。大まかな年齢や、職場の最寄駅。彼氏がいることも分かったので、彼氏の個人情報も洗いざらい調べた。本人を特定できる情報が揃った頃、ふと思った。
累ちゃんは、どうしてこの人の写真を持っていたんだろう。調べれば調べるほど、累ちゃんとの接点は見当たらなかった。知り合い、ではないのではないかと思う。じゃあ写真を持っていることは、尚更おかしい。こんな、隠し撮りじみた写真。
頭の隅をちらついた想像に、見て見ぬ振りをした。


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