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月と敬慕





家の外を、そっと覗く。そこには誰もいなかった。きっと、自分で病院に行ったんだろう。暗くて俺もよく見えてなかったし、そんなに酷い傷ではなかったのだ。

一週間前。
「ストーカー?」
「うん……分かんないけど……」
瑞歩から、暗い顔で切り出された。三年前から付き合っている彼女だ。曰く、最近家の近所を歩いてる時に後ろから誰かがついてきている気がする、と。思い込みかなあ、気のせいかも、と落ち込む瑞歩に、でも怖いんだろうと問い掛ければ、少し間を置いてから、ゆっくり頷かれた。声をかけられたとか、触られたとか、そういったことはないらしい。けど、気がついたら背後に誰かがいる感覚がずっとあるっていうのは、かなりのストレスだと思う。現に、瑞歩の目の下にはうっすらと暗い影があった。
「俺、夜行こうか。一人よりは心強いでしょ」
「でも……」
「しばらくはそうしよ!なっ、決まり!」
「……うん。ありがと」
ストーカーについて調べたけれど、犯人の想定が立てられないと、警察も動けないらしい。今のところは、つけまわしてきている相手が誰かなんて全く分からないし、相談したところでできることはないのかもしれない。だから、俺ができることはしないと。
それからしばらく、瑞穂が家まで帰る時に連絡をもらって、駅まで迎えに行って彼女を家へ送ることにした。二人でいると気が紛れるのか、俺がいることでストーカーは手を引いたのか、「いるかどうか分かんない」と瑞歩は言っていた。俺が鈍感だから気付かないだけなのかと思ったけど、もしかしたらほんとにいなくなったのかも。一週間ぐらい続けてみて、大丈夫になったらやめるけど、また不安になったらすぐ再開しよう、と二人で決めた。
「帰んなくてもいいのにー」
「帰るよ!泊まるつもりないし」
「そーお?」
「そう。おやすみ」
「……あのさー、そろそろさー。一緒に住むとかさー……」
「……ん」
「……佐冶ぁ」
「分かってるって。ちゃんと考えてる」
これで6日目。ちゃんと戸締りするんだぞ、と瑞歩の髪を撫でて、別れた。三年も付き合っていて、瑞穂の方が俺より年上で、なんならあっちの方が稼いでる。一緒に住みたい、うちに越しておいでよ、って前々から言われてて、でも俺はなかなかそれに肯けないままだった。養われるのはちょっと、っていうつまらないプライドのせいだ。養ってあげる、なんて言われてないし、そういうつもりも瑞歩にはないと思う。けど、俺が勝手にそう思って、のらりくらりと躱してるだけだ。瑞歩のことは好きだし、一緒にいるのは楽しい。長く一緒にいられるならそうしたい。けど、一緒に住むのは、まだもう少しだけ。でも、そろそろちゃんと答えを出さないといけないんだと思う。日が落ちても変わらず暑い道を歩きながら、空を見上げる。雲が晴れていて、月がよく見えた。

「えー、俺じゃんけん勝ったじゃん」
「勝った方が負けた方の言うことを聞くルールです」
「聞いてないよー」
「今言いました」
隣に住む男の声が、開けっ放しの小窓から響いて、びくりと体を震わせた。ぼんやりしてた。大丈夫。いないってことは、無事だったってことだ。大丈夫、大丈夫。そもそも俺は悪くなんかないし。
途中でぶつ切りになった昨日の夜の回想に、じくりと右腕が痛んだ。


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