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月と敬慕





累ちゃんと、連絡がとれない。既読もついてない。飲み会の間も、急に来れなくなったの?とか、なんかあったの?とか、送ってはいたんだけど、一個も見てもらえなかった。スマホが壊れちゃったとかかな。それとも、体調崩したとか。累ちゃん一人暮らしだし、心配だ。俺も一人暮らしだけど、熱出した時の孤独感は結構心にくるものがあった。家知ってるし、行ってみようかな。
うちから累ちゃんの家までは、自転車で三十分ぐらいで着く。電車に乗るにも、バスに乗るにも、微妙な距離なのだ。暑いので、熱中症にだけは気をつけないと。水筒持って、あとタオルと帽子も。サングラスも欲しいところだけど、度入りの遮光グラスはこの前道で落として蹴っ飛ばして壊しちゃったんだった。眼鏡がないと見えなくて危ないし、しょうがない。コンタクトは怖いから。
見知った道を自転車で走り抜ける途中、累ちゃんと一緒に行ったことがある店があったから、入って探してみた。いないとは思うけど。一応、念には念をっていうか。入った店は、チェーンのハンバーガー屋さんだ。大学生の時に、入ったことないっていうから、累ちゃん連れてったっけ。それはここの店じゃないけど、一番普通のハンバーガーのセット食べながら微妙そうな顔してた。肉がぺらいとか野菜が少ないとかなんとかかんとか、文句言ってた。じゃあ累ちゃんが今まで食べたことあるハンバーガーってなんだったんだよ、と思ったけど、俺が知らなかっただけでハンバーガー屋さんにも高級なやつがあるらしいのだ。調べたら、ハンバーガーのセットにスープもついてた。俺はそんなハンバーガー食べたことないって言ったら、鼻で笑われたけど。そんなこともあったなあ、と思いながら、小腹が空いたのでハンバーガーとポテトを買った。おいしい。連絡しとこ。
《今累ちゃんちの近くのハンバーガー屋さんにいるよ》
まあ、どうせ既読つかないんだろうけど。これ見て突然返事来たらびっくりする。累ちゃん腹ぺこかよって。
自転車を走らせていると、公園を通り過ぎた。ベンチに座り込んでいるサラリーマン。犬の散歩をしているおばちゃん。他にも子ども連れの家族が何組かいて、それぞれ楽しそうに遊んでいる。累ちゃん、子ども苦手なんだよね。嫌いではないらしいが、好きでもないらしい。ただ単純に、扱いが全く分からない、と。しかも累ちゃんの言う「子ども」は、中学生ぐらいまでが余裕で含まれるのだ。範囲が広すぎる。それを知ったのは、会社の先輩にバーベキューに誘われた時。先輩のお子さんもそこにいて、もう結構しっかりした小学校高学年の男の子と中学生の女の子だったんだけど、累ちゃんは頑として関わろうとしなかった。はきはきしてたし、失礼なこと言わないし、どちらかというと確実に良い子ちゃんなタイプだったから、俺は別に平気だった。その帰り道に、どっと疲れた様子の累ちゃんが、子どもはダメなんだ、と教えてくれたっけ。そのくせして、女の子の好みは童顔でちっちゃくてピンクが似合う感じの子なんだから、不思議だ。累ちゃん、お姉さん的な人と付き合ってる方がイメージつくのに。
公園を通り過ぎた先には、レンタルビデオ店がある。ていうか今時ビデオとかもう家庭ではほぼ見れないだろうから、レンタルDVD店って言うんだろうか。それともレンタルブルーレイディスク店?知らないけど。累ちゃんは洋画が好きだ。知り合った当初はしょっちゅうレンタル店に通ってたみたいだったけど、月々いくら払って見放題のやつが盛況化してきた頃、そっちのがコスパが良いので切り替えたようだった。だから、通ってた頃は何度か一緒に行ったことあるけど、それ以降は累ちゃんちに行けば基本的に見たいものはなんでも見れる感じで、世のレンタル店はやっていけるのだろうか、とぼんやり思ったのは覚えている。あと、累ちゃんちのテレビは映画用にでかい。俺はスポーツを見るのが好きだから、一番盛り上がる試合とかの時だけ累ちゃんに頼み込んででかいテレビで見せてもらったことが数回だけある。
しかしまあ、あまりに暑い。ので、店の中に入って一度涼むことにした。さっき送ったメッセージには案の定既読すらついていなかった。でも一応。
《累ちゃんどうしたの?今累ちゃんちの近所にいて、そっち向かってます》
レンタル店を出たら、大通りから一本入る。住宅街を通り抜けて、コンビニの横を曲がる。しばらく道なりに進んだ先が、累ちゃんちだ。でかいマンション。オートロックなので、中には入れない。一応部屋番号押してピンポンしてみたけど、反応はなかった。ほんと、どうしたんだろう。こういう時って、警察とかに連絡した方がいいのかな。行方不明届、とか。さすがに累ちゃんの親の連絡先までは知らない。職場に言ったら分かるんだろうか。部署が違うと言っても、一緒の職場で働いていることには変わりはないわけで。そもそもなんで俺が累ちゃんと同じ職場で働いてるかって、先にそこの技術開発部に就職が決まったのは累ちゃんで、いいなあ俺も早く就活終わらしたいなあっつって同じ職場のマーケティング部に応募したら通ったのだ。完全に後を追っかけて乗っかってる形である。累ちゃんにも呆れられたし、俺もほんとに通るとは思ってなかった。けど、まあいっかなって。だから職場の先輩とかは、俺と累ちゃんが同期で同じ大学卒でもともと知り合い、っていうか友達ということは知ってるし、家までチャリ圏内だと知られた時にはさすがに笑われたけど。どんだけ仲良いんだ、って。
水分補給して、再び自転車に跨って、出発。とりあえず、累ちゃんちを起点として、もう三十分ぐらい遠くまで行ってみよう。円を描くように探してみて、行きそうな場所を覗いて。明日になって職場にもなんの連絡もなかったら、警察に相談するとか。だって、さすがにおかしいよね。ただの未読とかスマホが壊れたとかだったら、家にはいるはずだし。運悪くすれ違い続けてるだけなら、俺が悪いだけでいいんだけどさ。
《累ちゃんちついたよー いないみたいだからまた今度にするね》



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