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我妻家今昔



「だーからあ!俺がいない時に見ろっつってんだろホラーは!」
「諒太うるさい」
「うるさい諒太」
あたしにはお兄ちゃんが二人いる。7つ上の長男が理人。4つ上の次男が諒太。あと、お父さんとお母さん。せっかく理人が借りてきたホラー映画を見てたのに、勝手にリビングに入ってきた諒太がわあわあ騒ぐので、うるさくて全く聞こえない。わざわざ部屋まで暗くして見てるっていうのに、空気の読めないやつだ。
「諒太がどっか行けばいいでしょ」
「俺今からテレビ見たいの!今週のアルバムランキングを!」
「まだ映画は1時間半あるから、その後ならいいぞ」
「だよねー、理人に利香子もさんせー!ほら、諒太はあっち行けしっしっ」
「しっしっ」
「理人てめー!」
「痛い、人の上に乗るな!重い!」
「理人から降りろ諒太ー!」
「いでででで利香子髪の毛引っ張んな!」
「うるさいぞ!何時だと思ってるんだお前たちは!」
ほら見ろ、諒太がうるさいからお父さんに怒られた。こんな感じのことは年齢問わず何度も何度も起きていて、この回想は確かあたしが中学一年生の時ぐらいだったと思うけど、理人が実家を出て行くまで両手の数じゃ足りないぐらい繰り返したので、正直もういつの話でもいいぐらいだ。ちなみに理人が家を出て行ってから喧嘩はなくなったかと言われると、なくなっていない。だって、あたしホラー見たいし。諒太がうるさいだけだし。ていうか苦手ならリビングに来なければいいのに、俺も見たいテレビがあるとか何だかんだ用事を作っては寄ってくるからいけないんだ。我慢すればいいじゃん。あたしテレビ使ってんだから。そう言うと大体「別に俺はホラー苦手とかじゃない」って言われるんだけど、じゃあなんでワーワー騒ぐわけ?意味分かんないんだけど。しょうがない、諒太馬鹿だし。
理人のうるささを1理人とした場合、あたしはきっと5理人ぐらいで、諒太は10000理人だ。0をあと三つぐらい増やしてもいいかも知れない。とにかく声がでかいし、動きは大きいし、うるさい。頭の良さは、諒太を1として、あたしは100諒太で、理人が10000諒太になると思う。理人、学校の先生だし。逆に諒太はめっちゃ馬鹿だし。もしかして学校通ったことないの?ってぐらい勉強できないし。あとは、体の丈夫さを1理人とするなら、あたしは50理人で、諒太は100理人ぐらいか。ちなみに運動神経は、諒太が1諒太、理人が10諒太、あたしが300諒太ぐらいだ。パワーバランスが分かってもらえただろうか。
体の丈夫さでいえば、諒太と理人では抜群に諒太の方が強いのだけれど、実は二人してよく事故に遭っている。うちはお父さんが事故で足が不自由になっているから、お母さんもそれが若干トラウマにはなっていて、だからこそあたしたち兄妹は「車にだけは気をつけよう」と小さい頃から誓いを立ててきた。だから、木から落ちたり自転車で盛大にコケたりは、まあいい。自分の不注意とも言う。しかしあの二人は、あれ?もしかして今車道歩いてました?ってぐらい車にぶつかるのだ。まるで車の方から兄二人に吸い込まれていくみたいに。しかしながら、諒太は多少轢かれても全くの無傷なことがほとんどで、だから事故にもならない。けど理人の方が、もうとにかく神様に呪われてるんじゃないかってぐらい、怪我をする。折ってない手足の骨があるなら教えて欲しい勢いだ。
あたしが小学校五年生の時のこと。
「てめー理人また車にぶつかりやがって!」
「うっせー!足バキバキに折れてんだぞこっちは!被害者だ!」
「病院なんだから静かにしなさい」
「母ちゃん泣いてんぞ!謝れ!」
「それは申し訳なかった!」
「バーカここにいねーよ母ちゃん!家で寝込んでるよ!お前が轢かれたせいでな!」
「諒太、黙りなさい」
「いてえ!」
諒太がお父さんに叩かれた。声がでかいから当たり前だと思う。しかるべき報いだ。あたしはちゃんと静かにしてたし、うるさくする兄が迷惑をかけて申し訳ない、と言いたげな態度を取っていた。えらい。
理人が高校二年生の秋のことだった。夜、家に警察から電話がかかってきて、理人が事故に遭った、と。それを受けたお母さんは、通話中こそなんとか頑張ってしっかり受け答えはしていたものの、聞いた事実をお父さんに伝えながら震えだし、終いには寝込んでしまった。理人のせいだ。それ以外の理由が思い浮かばない。
「ぶつかった人、保護者の人と話したいって。警察に連絡してくれたのも救急車呼んでくれたのもその人だから」
「いい人じゃん」
「車ぶつけてる時点でいい人ではないだろう」
「今日理人の部屋で寝よ。エアコンあるから」
「やめろ!諒太が部屋入ると汚くなる!」
「はー?俺そんな汚くねえし、風呂入ってから寝るし」
「散らかすだろ、お前!」
「だから静かにしろと言ってるだろうが」
「いてえ!」
また諒太が叩かれた。理人は怪我人なので小突かれないらしい。持ってきた入院セットの中身を確認したお父さんが、他に必要なものは、と理人に聞いた。どうせすぐ帰れるから大丈夫だけど、もし持ってきてくれるなら勉強机の上に置いてある本が欲しい、と付け加えた理人に、諒太が苦い顔をする。
「ゲームとか言えよ、ガリ勉マン」
「うるさい、ガリ勉マンじゃない。ちょうど読みかけの小説があったんだ」
「カッコつけガリ勉マン……」
「いいのか?ゲーム持ってきてもらったら俺が入院してる間お前はポケモンを進められなくなるんだぞ」
「あっやべ、ダメダメ!理人ゲームとかやったことないもんな」
「あるわボケ」
「ボケじゃない」
「バカ」
「バカって言った方がバカ〜」
「諒太、飲み物買ってきなさい」
「イエー。利香子来る?」
「うん」
諒太を黙らせるのを諦めたらしいお父さんが、小銭を渡して追い出した。理人はポカリ、お父さんはコーヒー、って言ってて、あたしはなにがあるか分かんなかったからついてくことにした。病室から少し離れた待合室に向かう途中、制服の裾を握って歩くあたしの手を繋いだ諒太が、口を開いた。
「利香子、病院嫌いだろ」
「……なんで。平気だし」
「静かじゃん。平気じゃないし」
「病院だから静かにするのとか当たり前だし。うるさい諒太がおかしいから」
「あーそ。理人元気でよかったな」
「怪我したけど元気なのなんか、電話で言ってたじゃん……」
「でも生理人見ると安心するだろ」
「なまりひと」
「利香子なに飲む?」
「……んー……」
「俺カルピス」
「あ!あたしカルピスにする!諒太やめて」
「なんでだよ!俺のが先にカルピスだった」
「一緒とかやだから。マジないから。あたしもうカルピスの口になってる」
「俺だってなってんだけど」
「変えて」
「ワガママ女……」
結局カルピスはあたしが飲んだ気がする。理人もすぐに退院したと思う。多分。病院でのことは一番よく覚えているけれど、それ以外はあんまり。まあ、10歳だったし。
理人は、大学は家から通ってた。でも諒太は、一人暮らしをしてみたいとか言って、大学生になるとほぼ同時に家を出て行った。最初のうちはしょっちゅう帰ってきてたけど、いつの間にかあんまり帰ってこなくなった。別にさみしいとかじゃないけど。時々突然帰ってくるし。
無事に就職したってのを聞いてしばらくしてから、バンドを組んだとか言ってたなーと思ったら、そのバンドが有名になった。有名っていうのは、ドラマの主題歌をやったり、生放送の歌番組に出たり、全国ツアーをやったりするぐらいのことだ。そこまで有名になるまでにも、ローカルテレビにちょっとだけ出たりいっぱいライブしたり、あたしが知らないとこでもいろいろやってたらしいけど、よく知らない。知ってるのは、全国区のテレビで、深夜帯だけど特集された辺りからだ。諒太本人が「見ろ!!!」って連絡してきたから。流石に家族みんなで見たし、見ながらめっちゃ騒いだし、父と母が近所の人にも話した。諒太ボーカルだからめっちゃ映るし。
そんなこんなしてるうちに、あたしは24歳になって、諒太は28歳になって、理人は31歳になった。理人がこないだ、そろそろ子どもが、とか言ってたっけ。諒太は彼女がいるのかどうかすら知らない。有名人だから彼女がいてもいるって言わないのかもしれない。いや、そういうのは俳優とかアイドルだけなのかも。別に諒太に彼女がいたところで悲しむ人とかいないでしょ。あたしは絶賛お付き合い中の彼氏がいた。ほんの1ヶ月前までは。あーあ、という話だ。まあ別れてから仕事やら趣味やら自分のことに集中できるから、良かったんだけど。
あたしは未だに実家を出ていなくて、今日はお父さんとお母さんが二人で記念日ディナーにお出かけした。なんか、いいホテルのいいレストランをお父さんが予約したらしい。利香子も来るか?って言われたけど、やめといた。お母さんが二人で行きたがってたの、知ってたから。一人で夕ご飯を作るのも面倒だから、久しぶりに駅前のお気に入りのレストランに食べに行こうかな、とか思ってたら、インターホンが鳴った。
「やー、ただいまただいま」
「おみやげは?」
「おかえりは?」
「有名人なんだからおみやげぐらい買ってくるでしょ」
「東京と千葉でなにがおみやげだよ……」
「めっちゃいい肉とか買ってきなよ……使えない……」
「利香子お前今兄ちゃんに向かって使えないっつった?」
理人は理性があるので、奥さんと一緒にちゃんと予告して帰ってくるけれど、諒太が帰省するときに予告があったことはほとんどない。せめて直前でもいいから連絡してほしい。いつだかの大晦日に帰ってきた時があったけど、それは確かあたしがスマホを見てなかった。それはまああたしが悪かったかもしんないけど、でも連絡ぐらいは普通するでしょ。見るか見ないかはこっちの問題じゃん。
「あれ?なんで利香子だけなの」
「先に連絡しないからこういうことになるんでしょ」
「ドッキリ?」
「頭悪くない?」
今日はいない旨とその経緯を説明すると、長々とため息をつかれた。だから前もって帰ってくることぐらい伝えときなって。そりゃ忙しいのかもしんないけど、あたしがいなかったら家の外で途方に暮れるしかなかったんだからね。途方に暮れる諒太、それはそれで面白いけど。
「じゃあお前晩飯まだなの」
「まだ」
「なんか食い行くの?」
「うん。諒太の奢りで」
「そ、っじ、自分で言うなよ……俺が今スマートに、こう、奢ってやろうか?って言うとこだったろ……」
「ふん、スマートねえ」
「鼻で笑いやがったな、巨女」
「ブチ殺すぞ」
「あぶねえ!」
目を狙ったのに避けられた。クソが。
予定通り、駅前のお気に入りのレストランに諒太の奢りで入ることに成功した。変な眼鏡かけてたから奪った。有名人だぞ!って言われたけど、眼鏡取ったところで誰も声かけてこなかったじゃん。馬鹿らし。本人ちょっと落ち込んでたのはウケるけど。
「違う……もう外が暗かったから……もしくはここが千葉だから……東京だったら入れ食いなのに……」
「諒太がそんなに有名じゃないからだよ」
「女子高生とかに声かけられんだぞ!道歩いてて!」
「セクハラおじさん」
「なんてこと言うんだお前!」
ここのお店はブイヤベースがおいしい。大皿だから一人だとちょっと多いんだけど、諒太もいるなら頼んじゃおう。メイン以外にもこまこまとつまめるものを注文して、あとついでにお酒も頼んだ。諒太の奢りだし。頼みすぎでは?ってちょっと引かれたけど。全部あたしが食べるわけじゃないじゃん、二人分に決まってるでしょ。
そういえば、諒太と二人でこうやってご飯食べるのなんて、今までなかったかもしれない。機会もなかったから。なんなら、よく考えてみればお酒を飲んだこともない。諒太が実家に帰ってきて家族みんなでいる時ならあるけど、わざわざ兄と二人でご飯とか行かないし。普通行かないと思う。多分あたしが変なわけじゃない。だらだら喋りながら食べ進めていたら、諒太の首から上がいつの間にか真っ赤になっていたので、嘘だろ、と思った。あたしもそんなにお酒強くないけど、諒太は理人と同じタイプだったのか。理人は酔っ払うと上機嫌になって普段より二割ぐらい声が大きくなるけれど、諒太は元の声が大きいのであまり変わらなく見える。なんだこれは、よく分からんけどうまい、とサーモンのパイをつついている。おぼつかない手つきの割に机の上も周りも綺麗なのでよかった。食べこぼしてたら殴るところだった。
「諒太の話聞いてもつまんないからバンドの人たちの話してよ」
「俺の話聞けよ。興味持てよ」
「諒太にはそこまでの魅力がない」
「んだと」
「ねー。あれなら友達とかに言わないからー」
「あれってなんだよ」
「スキャンダル的な事だったら秘密にしとくから」
「スキャンダル的なのは俺も知らねえよ……」
「なんだ。信頼ないじゃん」
「あるわ!ふざけんな!」
別に、諒太がやってるバンドのめちゃくちゃファンなわけじゃないけど、テレビに出てるのを見た時に「そういえばこないだこの人こうだったって諒太が言ってたな」と思うのはおもしろい。なので聞きたい、というだけである。友達に言いふらしたり、ネットに書いたりするつもりはない。前にも同じようなこと聞いたことあるし。確か、「どらちゃんはどら焼きが好きなんだ、どらだけに」「って本人に言ったらすげー不機嫌になったんだけどなんでだと思う?」みたいな話だった。なんでなのか分からない諒太が悪い。どうせ腹立つ顔して腹立つ感じで言ったんでしょ。うーん、としばらく考えていた諒太が、ぱっと思いついた顔をした。
「あ。じゃあいい話するわ」
「諒太の株はもう伸びしろないのに?」
「俺の話じゃねえよ!べーやんの話なんだけど」
「どの人?」
「ベースの人。つーか俺もう伸びしろないの?」
「あると思ってたの?」
「地味につらいんだけど」
先日ラジオに出た時の話。そのラジオは確かあたしも聞いてた。おたよりコーナーみたいな感じのところで、高校生のリスナーからメッセージが来て、それを読んだそうだ。曰く、親と反りが合わなくてすぐに喧嘩をしてしまう、と。言っていることがどれもこれも到底正しいと思えない、結果反論することが増え、なににつけても揉めに揉める。いちいち喧嘩して叱られて嫌な気分になることは分かりきっているんだから放って置いてくれてもいいのに、親はもちろんそうしてくれない。自分は一体どうしたらいいだろうか、という内容だった。言いたいことを言うのも大事だと思うけど、でもいちいち喧嘩するのも正直面倒じゃないか、じゃあ長いものに巻かれろと?いやまあそうは言ってないけども、という感じで話が始まって、ベースの人に話が振られた。
「したらべーやんさあ、喧嘩できるならしたほうがいいって。ちゃんと自分の気持ちを自分の言葉で伝えられたら、それは親にも分かってもらえるはずだって言ってて、そりゃすぐは無理かもしんないけど」
「いつかはってこと?」
「そう。それでもしすごい喧嘩しちゃっても、言えないまま我慢して拗れるよりも全然いいって。言いたいこと言えるのは、自分で思ってるよりもすごいことなんだって」
「ふーん。なんか大人だね」
「そー。みんなその後、反論?ていうか、なんも言えなくて。言う必要もなくて、俺すげーなって思った。我慢しないで言いたいこと言った方がいいとは思ったけど、なんでそれが「いい」のかまで考えてなかったから」
「諒太の言うこと水たまりぐらいの水深しかないからね」
「スイシン?」
「バカも大概にしてよ」
「だから、べーやんはすげーなーって思った。大人だなーって」
「いい話だった」
「でしょ」
「最後まで聞く価値があった。諒太の話にしては珍しく」
拍手してやれば、満足げに照れ照れしていた。諒太がすごいというよりは、ベースの人の言ったことが、って感じだけど。あたしそのラジオ聞いてたはずだけど、あんまり印象に残ってなかった。なんでだろ。諒太がバカだからだろうな。今も、今気づきましたみたいな顔で「もしかして、べーやんのあれって、経験談だったのかな……!?」「自分も親といろいろあったことがあるのかな!?」とかなんとか、はっとしたように言ってるし。そりゃあそうでしょうよ。今更かよ。
「その調子で他の話もして」
「えー。こないだヨシカタくんに会った時に」
「えっ!?あの、今月9やってる!?」
「そう。俺らのファンなんだって」
「は?は……はあ?えっ……あっ写真とかないの!?」
「ぎたちゃんが送ってくれるはずだから俺はもう二週間待ってる」
「それ絶対忘れてるし!送られてきたら見せてね!ねえ!分かった!?」
「分かった!分かったって痛え!タバスコで殴んな!」
「えー……諒太有名人かよ……次会ったらサインもらって」
「サインあげちゃったな」
「こないだの、雨の中でカケルちゃん探して泣くシーンもらい泣きしましたって言って……」
「利香子好きなの?」
「これだけ語ってて好きじゃないことある?」
その話は「有名な俳優に会った」というただの自慢に落ち着いたので、ムカついた。苛立ちのままに蹴飛ばしたら、サインもらってきてやんねえからな!と脅された。そういうのを盾に取るのって最低だと思う。
「他の話して。自慢以外で」
「俺の話でもいい?」
「全然聞きたくない」
「そう……」
「ドラムの人の話して」
「こないだタピオカ飲んでたよ」
「女子高生?」
「甘いものが好きな成人男性」
「……ドラムの人めっちゃでかくなかった?」
「めっちゃではない。意外と小さい」
「諒太よりはでかいでしょ?」
「俺より小さい人バンド内にいないんだけど」
「はは。チビ」
「言っとくけど俺普通だから!小さくはないから!」
「早くドラムの人の話して」
「ワガママかよ」
ドラムの人はよく女の人に声をかけられるらしい。モテるんだ?と聞き直したら、むにゃむにゃ言って誤魔化されたけれど、要するにそういうことじゃないの。何故認めないんだ。妬みだろうか。なんか女の人のファンの中でも割と過激派が多いイメージなんだけど、まあいいや。
こないだもなんか出待ちみたいな感じで女の子がいて、次の仕事があったから上手く切り抜けて車に乗って移動したんだけど、その車中で「好きな人に告白するとしたらどんなシチュエーションでしたいか」みたいな話になったらしい。なんでだ。なんで成人男性四人でそんな話になるんだ。マジで、女子高生じゃないんだから。話のきっかけがなんなんだかは知らないけれど、せめてきっかけらしいきっかけはあってほしい。自然発生した話題がそれなら、ちょっと自分の兄ながら気持ち悪い。ので、素直に気持ち悪い旨を伝えた。
「違うよ、全員じゃなくて、俺とぎたちゃんでその話してただけ」
「それでもキモいんだけど」
「恋バナぐらいするだろ!」
「や、いいけどさ……まあいいや。それで?」
「俺は夜景の綺麗な観覧車に乗ってそのてっぺんでロマンチックに告白したい」
「全然興味ない情報ありがと」
「そんで……ぎたちゃんは、教えてくんなかった……」
「もうそれ二人で喋ってるとかですらないじゃん。諒太の一人暴露大会じゃん」
「一人暴露大会にならないように周りに話を振ったんだろ!べーやんは突然話しかけたからびっくりしてスマホ落として車の座席の下に入っちゃったけど」
「お前はほんとに迷惑なやつだな……恥ずかしいよ……」
「そんでどらちゃんにも聞いたの!そしたらあいつ、あの足長男、なんて言ったと思う?」
「足長男って悪口じゃなくない?」
「告られたことしかないから分かんないって!あの!手長男!」
「手長男の方が悪口っぽいね」
「あのモテ野郎!クソ!」
「あっ、ついに認めた」
「嫌いになるとこだった!」
こないだもなんかモデルさんとかいう人に声かけられてたし!綺麗だったし!なんなの!と一人でヒートアップしている諒太のことはとりあえず放っておく。チーズおいしい。諒太は、一人で騒ぎ出した時にはしばらく放っておけばなんで騒いでいたかを忘れるので、構わない方がいいのだ。一緒になって騒ぐといつまでも騒ぎ続ける。馬鹿なので。妹として過ごした経験に基づく結果論だ。まったく!どらちゃんは!あの人がモデルさんだったかどうかなんて、自称だったから俺は信用していないからな!とわーわーしている諒太をしばらく観察していると、五分もしたら「この魚なに?おいしい」と落ち着いた。そろそろ忘れただろうか。
「諒太、他の話して」
「えー。めっちゃ求めてくる」
「あ、ギターの人の話して。友達が好きなんだよね」
「こないだマチダくんに餌付けされてたよ、もも味のアメで」
「ギャー!」
「あっぶね!フォーク振り回すなよ!」
「町田くんと一緒にベースの人が写真撮ってんのSNSで見たあ!」
「あー、それはちょっと前」
「ちょっと前!?そんな頻繁に会うの!?」
「会おうとしてるわけじゃないけど。ばったり会うと話しかけてくれる」
「『ちかみち』の最終回めっちゃ泣きましたって言って!新城くんのこと撃つシーン100回見ましたってのも言って!」
「覚えてらんねえわ」
「じゃあもうなんでもいいから好きだって言って!」
「それだと俺がマチダくんのこと好きみたいじゃん」
「俺の妹がって言えばいいでしょ!?なんで分かんないかなあ!バカ諒太!」
「利香子うるせーな」
普段のお前よりはマシだわ。ていうかそれ系の自慢ほんと腹立つんだけど。自慢するぐらいならサインの一つや二つもらってくるとか、写真を見せてくれるとか、仲良くなったあかつきには実家に呼ぶとかしてほしい。使えないやつめ。
「ぎたちゃんはすぐ消えるからなー。こないだも俺、隣についてきてくれてるもんだと思って話しかけ続けてたのにいつのまにかいなくなってたから、虚空に向かってでかい独り言言う人になっちゃったよね」
「いつもじゃん」
「いつもではねえよ。いつもだったらおかしいだろうが」
「割とおかしい寄りでしょ」
「俺よりよっぽどぎたちゃんの方がおかしいから」
「それは嘘」
「嘘じゃない。あの人時々ふわふわしすぎて不安になるもん」
「あたしが会ったことないからって盛ってる」
「マジだって!この前練習してる時なんかみんなで早めの昼飯食ったの忘れて2時過ぎぐらいになって「まだご飯食べてなかったっけ?」っつって弁当食ってたし」
「お腹空いてたんじゃないの」
「10分だけ休憩しよっつってんのにガチ寝するし……」
「眠たかったんじゃないの」
「そうにしてもおかしいだろ」
「まあ……」
諒太の話だけ聞いてると、主観が強すぎてその人がほんとにそういう人なのかがいまいち分からない。馬鹿の記憶は信用ならないのだ。そもそもにして人を間違えている可能性がある。昔も、お父さんに頼まれたお菓子をお母さんに頼まれたと記憶違いして、買ってきたものをお母さんに渡し、は?頼んでないけど?となり、仕方がないので自分でそのお菓子は食べた結果、頼んだはずのお父さんには商品が届かなかったことがあった。とんだポンコツ配達員だ。だから信用ならない。テレビとか見る限り、みんな良い人そうだし。諒太を見捨てないで組んでくれてる時点で、絶対良い人なのは確実なんだけど。
「会ってみたいなー」
「ライブ来ればいいじゃん」
「そういうんじゃない。会話がしたい」
「えー。俺がやだよ」
「なんでよ」
「利香子あることないこと言うじゃん」
「はあ?言わないし」



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