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おはなし



「イメージキャラクターがほしいよね」
「……………」
「ねっ」
「……あ、え、……?」
ね、と言われても。まさか自分に向かって話されているとは思わなくて、一発目はフルシカトみたいになってしまった。そんなつもりはなかった。
ボーカルくんが一人うんうんと頷いている。ギターくんはこっちに背中を向けているので、恐らくは聞いていない。ボーカルくんもそう思って、俺に話を振ったのだろう。ドラムくんは煙草を吸いに行ってしまったから、そもそも今はこの場にいないわけだし。よって、どこをどう探しても、聞く相手が自分しかいないので、相槌を打つしかない。逃げ場がない状況は苦手中の苦手である。曖昧なことしか言えないので。そもそも同意すらあまりうまくできないから、ボーカルくんも話しててつまんないかもしんないけど。
「こう、あるじゃん、ロゴみたいにさー、Tシャツとかにキャラクターがいるみたいなやつ。あれがほしいのよ」
「うん……」
「べーやんだったらどんなんがいいと思う?やっぱ猫?俺は犬もいいと思う」
「うーん……」
「ハムスターもいいと思う。あと鳥。小さめのやつ」
「……ペット飼いたいの?」
「えっ!?なんで分かったの!?俺、最近ペットショップについ行っちゃうって話した!?」
「えっ、してないけど……」
そうかなあ、と思っただけで。ていうかそしたら、イメージキャラクターとか関係ないじゃないか。もうそれ、ボーカルくんが何を飼いたいかって話でしょ。でもどうやらそうではないらしく、そうじゃないんだ、と首を振られた。
「ロゴTみたいな感じのやつよ」
「わかるけど」
「でも猫とかだとあれかな、他にもそういうキャラクターいっぱいいるからダメかな」
「……被るってこと?」
「まずもうキティちゃんのパクリになってしまう」
そんなこと言ったら全ての猫のキャラクターがパクリになってしまう。そんじゃあべーやんちの猫をこのバンドのキャラクターにしよう!なんてことを、さも名案!みたいに言うので、申し訳ないけど無視した。うちの子はそういうことに使わないでほしい。別にこだわりがあるわけじゃないけど、有名にしたいわけでもないので。
それからしばらくして、ちょっと後。練習で集まる時って、いつもはスタジオとかライブハウスで直接待ち合わせするんだけど、初めてのところだったのと、誰も正確な場所が分からなかったので、駅から一緒に行くことになった。各自調べりゃいいだろ、と思わなくもないのだけれど、一番地理に強いはずのドラムくんが、この住所別の店入ってんだけど、とスマホの地図を見ながら半笑いだったのが結構大きい。ボーカルくん曰く「信用してほしい、地図見てもわかんない時点で俺は絶対に迷う」。ギターくん曰く「まあ十中八九時間までにはつけないかもしれないが、最終的にちゃんと到着はするから許してほしい」。ほぼ意訳だが、二人はそんなようなことを言っていて、四分の二がそんな状態で、じゃあ現地集合で!とはならないだろう。駅に待ち合わせの時間だけはせめて守れと主にギターくんに言い聞かせ、一応はちゃんと集合して。
「この駅こんな綺麗だった?」
「ちょっと前に駅ビルごと改修してたろ」
「そだっけ。俺あんまこっち来ないからなあ」
べーやん知ってた?とボーカルくんに話を振られて、首を横に振る。俺もこっちの方、来ないし。でかい時計に何故かふらふらと引き寄せられていったギターくんがドラムくんに首根っこをひっつかまれている。なんでギターくんが待ち合わせ時間通りに到着しないのか、もしくは、なんで一緒にいたはずなのに気づいたらいなくなってることが多いのか、ちょっと分かった気がする。ああやってふらふらいなくなる上に、気配が薄いせいだ。
「リードつけるぞ」
「あの時計かっこいい」
「せめて話聞けよ」
「ねーどらちゃん、どっちの出口なの」
「西」
「あの時計、もうすぐ動くんだって」
「西口出て右」
「見たーい」
ギターくんのささやかな希望は、残念なことにガン無視されている。しょうがない。ドラムくんがスマホの地図を見ながら案内してくれるのでそれに従って歩くと、少し開けた広場みたいなところに出た。あっち、と指された方に向かって進む。が、広場を抜ける前に、ボーカルくんとギターくんが足を止めた。どんだけ集中力がないんだ。
「なんかいる」
「パンって書いてある」
「あっ、まっ、はぐれちゃうから、行かない方が」
「大丈夫大丈夫」
何をもってして大丈夫なのか教えてほしい。ふらふらとパン屋さんののぼりが立っているところへ寄って行ってしまった二人に、一応声をかけたものの、全く聞いてもらえなかった。なので、ドラムくんを呼ぶ。すごく嫌そうな顔をされた。なんで俺が。
パン屋さんは出張ワゴンだったらしく、へー、ふーん、と眺めた二人の目を引いたのは、その隣にいた何やらよくわからない生き物の着ぐるみだった。茶色くて、キツネみたいな目で、ウサギみたいに耳が長いのだけれど、くちばしが付いてるからウサギでもキツネでもない。あと羽根も生えてる。なんだろう、この生き物。一応、全体的に見てかわいらしいのが救いかもしれない。なにかの宣伝なのか、隣には風船を配っている人もいる。どう見ても子ども向けのようにしか思えないのだけれど、ボーカルくんがずかずか近づいてって、ギターくんがふわふわ付いてった。あんな寄り道して、ドラムくん怒るんじゃないかな、とびくびくしながら隣を見ると。
「鳥?」
「……う、うさぎ、かなって……」
「ああ、うさぎ……羽根と別に、前足があるから……?」
思ったよりも、あの意味不明生物について考えてた。そんな真剣に考えるべきことでもないと思うんだけど。ていうか、手の部分のこと前足って認識してるんだ。いや、ウサギなら前足で間違ってないんだけど。色はキツネ、目もキツネ、耳はウサギ、くちばしは鳥、と指折り数えて首を傾げている。現実にいない生物なんだから、そんな深く考えたところで。
ボーカルくんが着ぐるみになにやら絡んで、スマホを構えている。どうやら自撮りをしたいのか、ボーカルくんとギターくんと着ぐるみがもちゃもちゃくっついているが、着ぐるみがでかいのでどう頑張っても無理なようで、立ち位置をぐるぐる変わっているけれど、うまく行かないらしい。いつになったら終わるだろうか、と見ていたら、ドラムくんが寄ってった。ほんとに怒らないんだ。もしかしたら諦めたのかもしれない。あまりに自由行動がすごいから。
「撮ってやるよ」
「あー、どらちゃんあんがと」
「貸して」
「ベースくんもおいでよー」
「えっ、いい、俺はいい、入らなくて」
「そー?」
「……………」
「どらちゃん早く撮ってー」
「……ふ」
「なに笑ってんの、早く撮ってよー」
「いやだって……顔認証が……」
くつくつと笑っているドラムくん。目で呼ばれて横から画面を覗き込めば、顔認証を示す四角が、ボーカルくんには表示されていた。あと、謎の生き物の着ぐるみにも。でもギターくんには表示されてなかった。これで笑ってたのか。早くー、と一応静止したまま待っている二人を撮った後、ドラムくんがなにやら操作してから、ボーカルくんにスマホを返す。
「ボーカルくん、こっち来て」
「うん。なんで?」
「ギターくんはそこにいて」
「えー。ツーショットになっちゃう」
「ボーカルくん、撮って」
「なんだははははは何これ!」
「着ぐるみは人だけどギターくんは人じゃないみたいだから」
ドラムくんが起動したのは、顔認証で顔が可愛くなったり変になったりしてる写真を撮れるアプリだったらしい。着ぐるみの顔の周りにはかわいいハートとか星とかがキラキラして、あと恐らくほっぺであろうところがピンクになってるのに、ギターくんは無だった。背景として認識されているんだろうか。同じような顔してんのにな、と呟いたドラムくんに、ボーカルくんが崩れ落ちた。まあ、目とか似てるけど。
「謎の生き物に人間として負けるなよ」
「なにー?俺もう動いていいー?」
「あはははは、ぉえっ、ひ、っひい、しぬ、はははは死ぬ、助けて」
「し、死なないで」
「記念に一枚撮っといてやろう」
「俺のスマホで爆弾撮らないでよ!」
「ねえー。動いていいー?」
謎の着ぐるみから離れて、しばらく歩く。がやがやしてたのをずっと見ていたらしい着ぐるみの隣の人が風船をくれようとしたけれど、全員いい歳した大人なので断った。誰かもらいたがったらどうしようかと思ったけど、みんな若干目を逸らし気味だったので、そこだけはよかった。
割と騒がしい繁華街の路地を抜けて、地図に表示された通りの場所に到着する。どこからどう見てもチェーン店のお寿司屋さんだった。清々しいほど一欠片もライブハウスじゃない。地図が間違っているのか、そもそも住所が間違っているのか。りっちゃんの嘘つき、とギターくんが指さして、蹴飛ばされていた。今回に限ってはドラムくんはちゃんと案内してくれたので、ギターくんが悪いと思う。
「どらちゃん、ほんとにここなの?」
「騙されたんじゃなければそう」
「えー。じゃあ俺聞いてくるわ。べーやんも来て」
「えっ、え、待っ、なに聞くって、いや、俺行かなくても、なんで、いい、嫌、無理」
「そんな拒否んなくても」
突然なにを言い出されたのかと思った。じゃあいいよー、と一人で店の中に入っていったボーカルくんが、入り口付近にいた店員さんを捕まえた。なにやら話している。道を聞いてくれているんだろうか。ちょっとさすがに話の内容までは聞こえないから、分からないけれど。特に話すこともなく待っていると、ギターくんが口を開いた。
「あのままボーカルくんがお寿司食べて帰ってきたらどうする?」
「えっ……」
「もっといい寿司が食いたいって言う」
「奢ってもらう前提じゃん」
「一人だけはずるいから」
「てゆかりっちゃん寿司とか好きじゃないじゃん」
「そうだっけ」
「すっとぼけ。あっ、帰ってきた」
「やー、聞いてきた聞いてきた。藤本さん、よく聞かれるんだって。困っちゃうよねって」
「井戸端会議してきたみたい」
「なに困ってんだって?」
「藤本さんがね。やんなっちゃうよねって」
「誰が、じゃなくて、何に」
戻ってきたボーカルくんは、影も形も見当たらないライブハウスについて聞いてきてくれたようだった。藤本さん、というのは、捕まえた男の店員の名前で、仲良くなったからこれもくれた、とお寿司屋さんのマスコットキャラクターのキーホルダーを見せられる。嬉しいんだろうか。あんまり、こう、悪いけど別に欲しくない程度の出来だけど。
「ここの裏の通りから、このビルの地下に入れるんだって。そこだって言ってた」
「あー……だから住所はここなのか」
「うん。よく聞かれるんだって。藤本さんはトランペットできるけどバンドのことは分からないって言ってた」
「藤本さんのことはもういいんだよ」
「でもトランペットで全国大会出たって」
「やばいじゃん」
「すげえ人じゃん」
「テレビも出たことあるって」
「もうそれは芸能人だよ」
「ボーカルくん、サインもらってきて」
「勤務中だからダメだって言われた」
「聞いたんだ……」
言われた通りに、地図にすら載ってない細い道から店の裏に入ると、階段があった。道というより、ビルとビルの谷間だ。こりゃ分かるわけない。くるくるともらったキーホルダーを回しているボーカルくんが、手を止めた。
「あ。教えてくれる代わりに食べに行きますって言ったんだった。お寿司食べたい人」
「はい!」
「ボーカルくんのおごり?」
「おごらないけどお寿司だよ」
「はい!ねえ!はーい!」
「チェーン店の寿司食ってもな」
ギターくんが珍しくとても姿勢良く挙手しているんだから、誰か構ってあげたらいいのに。完全に気付いてるけど無視されている。かわいそうに。
その後、帰りぎわ。
「今日ぎたちゃんなんか元気だったね」
「……………」
「いいことあったのかなー」
忘れてる……ボーカルくんが、完全にお寿司の件を忘れている……。恐らくはそれを励みに頑張ったであろうギターくんが、いっそ哀れだ。今日は急にいなくならなかったし、ちゃんと真面目にがんばっていたというのに。普段がそうでもないから、普通にしただけと言えば、そうなのだけれど。今だって、いそいそと片付けてる背中がいつもより嬉しそうだ。今日これが終わったらお寿司、とは正直誰も言ってないんだけど、食べたい人、って聞かれて挙手したんだから、まあそりゃ食べれるもんだと思うよ。帰ろ帰ろ、とどたばたしているボーカルくんについてったギターくんの後ろからついていく。
「ぇあ、ぁ、あの、ギターくん」
「んー?」
「……お寿司……」
「うん、寿司なんて何年ぶりに食べるかなー。楽しみー」
「ぅ、あの、そ、そうだね、お寿司、食べようね……」
「?」
嬉しそうな笑顔を見て、ボーカルくん多分忘れてるよ、とは言えなかった。お寿司、食べさせてあげよう。俺と二人じゃつまんないかもしんないけど、それはもう、我慢してもらうしかない。

後日。
「ベースくん、ギターくんに回転寿司奢ったんだって?」
「え、うん……」
「破産しなかった?」
「……うん……」
「そりゃよかった」
ドラムくんににやにやされた。いや、最初はギターくんも遠慮してたんだけど、大丈夫だよって、気にしないで食べてって、何回も言ってたら、だんだん重なる皿の量がすごいことになってったのだ。高価なネタをばかすか食べるわけじゃないんだけど、とにかく早いし多い。よく食う。俺、自分がギターくんの年の頃、あんなに食べらんなかったと思う。ていうか知ってたなら教えてよ。ドラムくん、すっかり忘れてたボーカルくんと一緒にさっさと帰りやがったじゃんか。
「だって別に寿司食いたくなかったから」
「そっか……」
「ボーカルくんには言ってあげれば良かったのに」
「……二人奢るのはちょっと」
「ケチ」
「う」
「ははは。ベースくんのケチ」
「……うう……」
「あ!ねえ!いた!どらちゃん!べーやん!ねえ!」
俺をせせら笑っていたドラムくんが、耳壊れたんだけど、としかめっつらをしている。突然大きい声で登場したボーカルくんの手には紙が握られていて。
「ぎたちゃんがね、こないだの話したら書いてくれたんだよ、ほら!」
「……えっ、な、なにが……?」
「イメージキャラクターが欲しいっつったじゃん!」
「近すぎて見えないわ」
突きつけられた紙を受け取る。なんか、なに?これ。なんかがもちゃって書いてあるのは分かるけど、何かはいまいち分からない。同じように思ったらしく、これはなに、と問いかけたドラムくんに、分からん、とボーカルくんが答えた。分からんのかよ。
「本人は?」
「え?ぎたちゃん?後ろにいるでしょ?」
「いないけど」
「どこ行ったんだよ!さっきまでここにいたのに!」
「いつものやつじゃん。どうせその辺にいるだろ」
耳は三角だから猫とかキツネなのではないか、五足歩行なのではなく一本は尻尾なんじゃないか、頭の上がギザギザしてトゲだらけに見えるのは恐らく毛並みを表現したのだろう、と話し合ってこの得体の知れない動物が何かを探っていると、ギターくんが戻ってきた。手にはビニール袋をぶら下げている。どこまで行ってきたんだ。
「んー?お腹空いたから肉まん買ってきた」
「やったー!」
「もうないよ」
「じゃあなんで言ったのさ!買ってきてくれたのかと思ったよ!」
「俺がお腹空いたんだから俺が買ってきて俺が食べるに決まってるでしょおが」
「そりゃそうだわ」
「ギターくん、これなに」
「なにが?」
「自分でやったことまで忘れんなよ。脳腐ってんのか」
「あー、リス」
「リス」
「そう、ほら、ちゃんとどんぐり持ってるでしょ」
「ど……どこに……?」
「小さいし」
「お前なに書いても小さいじゃん」
「む、じゃありっちゃんもリス書いてみなよ、難しいよ、リス」
「ていうかなんでぎたちゃんリス書いたの?」
「簡単そうに思えたから」
「……猫とか犬の方が簡単なんじゃ……?」
その日を最後に、ボーカルくんはイメージキャラクターがどうこうとか言わなくなった。もうあれでいいやと思ったのか、あれになるぐらいなら無い方がいいと思ったのか、分からないけれど。


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