このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

アクトチューン




「顔怖」
「うるさい」
即答とか。機嫌超悪いじゃん。今日行く、と連絡が来たので待っていたのだけれど、玄関を開けたらすげー目つきのりっちゃんがいた。ていうか顔色も悪い。疲れてんのかな、仕事忙しいって言ってたし。お休みなのになんかトラブルがあって出なきゃいけなかったりするんだとかなんとか、バンドの練習の時に聞いた。それは俺に向かって話してたわけじゃないから、ほぼ盗み聞きだけど。ベースくんが深く深く頷いてたのが印象的だったので、覚えてたわけで。
機嫌も態度も悪い上に煙草臭い。ここまで来るともういっそ、ストレスの四文字を背中に背負ってるのが見えるみたいだった。家帰って寝たほうがいいんじゃない?それ言ったら睨まれそうだけど。
「お風呂たいたげよっか」
「……飯」
「食べてていいよー。その間にお湯はっとく」
「ん」
こくりと頷いて、買ってきたらしいコンビニの袋をがさがさしはじめた。つーか、この時間まで飯無しだったわけ。もう既に、仕事帰りにしちゃ遅い時間なんだけど。どっかで食べてきたのかと思ってた。ちょっとさすがにかわいそうかもしんない。忙しいっていうか、この生活を続けたらダメ系のやつだと思う。今だけなのかもしんないけど。
お風呂準備して戻ってきたら、もうりっちゃんは食べ終わっていた。ていうか、むしろ勝手に窓開けて、煙草吸ってた。まとめられてるゴミの袋が見えたけど、カロリーメイトと野菜ジュースって。栄養を考えているんだか考えていないんだか、腹に入ればもうそれでいい感じの献立だ。忙しくて大変な時の方が、ちゃんと食べないとイライラするんだって、サヤが言ってたっけ。じゃありっちゃんのこれはイライラメニューだなあ。
お腹にものが入ったからなのか、さっきよりもちょっとだけ顔色が良くなった気がする。気がするだけで、正直あんまり変わってない。でもそう思っておこう。ほぼ無言のりっちゃんをお風呂場へ送り出して、いやよく考えたら無言なのめっちゃ怖いな。いつももっと喋るじゃん。突然ぶっ壊れたりしないよね。お願いだからしないでほしい。ゴミの袋がほっとかれていたので、ゴミ箱にちゃんと捨ててあげた。あと、あれじゃ明日の朝にはお腹が空いてしまうと思うので、しょうがないから取っといたカップ麺をりっちゃんにあげようと思う。どっかの地方の有名なお店のいいやつだからちょっと高かったんだけど、でもその分、あれ食べたら元気になるかもしんないし。なんなかったらもう知らない。お風呂から出てきたりっちゃんは俺の服を着ていて、足を止めてちょっと部屋の中を見回して、目が合った。普段だったらぱっと見つけてくるのに、動作がなんとなくゆっくりだ。そんだけ疲れてんだろうなー、とか。
「……服。悪い」
「あ、そうだった。言うの忘れてた、貸したげる」
「うん」
「お腹空いたらこれ食べていいよ。あげる」
「……なんで」
「おいしいから」
「今腹減ってない」
「じゃー後でね」
答えはなかった。うんともすんとも言われなかったけど、いらない、と言いかけたのを飲み込んで、お礼を言うのをやめたのは、なんとなく分かった。どうも相殺してしまったらしい。いいんだけど。
疲れてるだろうし寝るかな、と思ってたんだけど、寝ないらしい。鞄からスマホを出してなにやらいじり始めたので、仕事なら本末転倒だなあ、と思ってそのまま口に出せば、無言でSNSの画面を見せられた。良かった良かった。ここまできてまだ仕事してたら、さすがに止める。自分もシャワーを浴びる前にお茶飲もうと思って、台所に向かってコップを取り出すと、後ろで足音が鳴った。お茶飲みたいんだろうか。振り向いたら、当たり前だけど、りっちゃんがいた。他の人でも嫌だし、足音が鳴ったのにいなくても嫌なので、安心した。
「ん、飲む?」
「……いらない」
「そー。あ、お腹空いた?」
「空いてない」
「あれ、そう?」
どっちかだと思ったんだけど。台所に来た理由が分からなくなってしまったので、とりあえず空のコップ片手に首を傾げると、りっちゃんに取られた。やっぱり飲みたいんじゃん。りっちゃんの手の中のコップを目で追う。当たり前のように流しの横に置かれたそれに、まだ俺それ使ってないんだけど、と言おうとして。
「ま、ぁ、?」
「……………」
「……………」
何故か口の中に指を突っ込まれた。びっくりして危うく噛み付いてしまうところだった。ギリセーフ。特に説明もなく無言のまま、口の中に突っ込まれた指が動いて、舌が捕まった。親指と人差し指で、しっかりちゃんと捕まえられている。りっちゃんの指に引っ張られるのに対して、こっちが引っ込めて抵抗すると痛いので、大人しくされるがままに引っ張られておく。俺そんなべろ長くないんだけど。口から舌が出ているので、ほとんど喋れない。なにしてんの?とも、なんなの?とも、どうしたの?とも、聞けないわけだ。うるさかったから黙らせたんだろうか、とちょっと思ったけど、こんな暴力的な黙らせ方、嫌すぎる。でもりっちゃんだからなあ。疲れてんのに喋りかけられてうるさかったから舌を引っこ抜こうとしている、と言われても特に違和感は感じないところがネックだ。
「……………」
「……ぅえぇ……」
「……………」
いろいろ考えながらしばらく待ってみたんだけど、全然離してくれない。なんかもう渇いてきた。そもそもお茶飲みたかったんだし。なんでベロ乾かされて喉からからにさせられてんの、俺。抗議の声を上げてみたものの、普通に真顔で無視された。なんで真顔でいられんの?意味分かんないんだけど。ていうか、なんか喋ってよ。涎飲み込めないから垂れそうだし。無理やり飲み下そうと喉の奥を動かしたら、変な音がして咽せそうだったからやめた。苦しいのは勘弁なので。
「……ぇー、んぇ」
「なに言ってんだか分かんない」
「おえ、っえぁ、あ、らにすんらよお」
「確認」
「なんのぉ……」
「舌ピ開いてないか」
もごもご言ってたら、急に解放された。しかも最後に一回引っ張られた。もう最後のとどめはただの嫌がらせじゃない?おえってなったんだけど。しかも、ピアスなんて開けたことないしさ。
べろが痺れてびりびりする。きたない、と不満げに手を洗われて、自分がやり始めたんでしょうが、と一応腹が立ったので蹴っ飛ばしたら、蹴っ飛ばし返された。めっちゃ痛い。もう二度としない。りっちゃんのバカ。ゴリラ。
でも気づいたら、さっきまでのめっちゃ機嫌悪くて態度も超悪いわけじゃなくなってたので、それは良かった。良くはないんだけど。人のベロ引っ張って機嫌良くなるとか有り得ないんだけど。でも良かったということにしておこう。俺のベロを犠牲に、ということで。




3/4ページ