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アクトチューン




「うお、なにしてんの」
「……殴られた」
「鞄の金具でも当たったんじゃないか、これ」
バイト行ったら、りっちゃんが怪我してて関さんが手当てしてた。おでこの辺りに、でっかい絆創膏みたいなのを貼られている。なんでも、関さんがタバコ休憩に外に出てふらふらしてたら、ちょうどりっちゃんが女の子に鞄でぶん殴られてるところに出くわしたらしい。どんなタイミングだ、と思ったけど、せっかく人気のいない道でもめてたのに、人気がないところを好んでふらふらする関さんがバッティングしてしまったらしい。どっちもどっちだった。女の子の方は、見られたのがやべえと思ったのか逃げてったそうで、残されたりっちゃんもその場を去ろうとしたらしいのだけれど、血が出てたので半ば無理やり関さんにスタジオまで連れてこられて、手当てされている。血が出てたのは、その辺に散らかってるティッシュが赤いのでよく分かった。女の子と喧嘩しちゃいけないんだ、と言えば、喧嘩じゃない、一方的に殴られた、そうだぞ、こいつは一方的に殴られていた、と二人に口を揃えて言われた。でもどうせりっちゃんが悪いんでしょ?
「これで大丈夫かな……心配なら病院行ってくれ」
「……ありがとうございます」
「どんぐらい怪我した?」
「血が出た」
「それは見りゃ分かるってのー」
りっちゃんがいなくなったあとで関さんに聞いたんだけど、結構ぱっくり切れてたって。右側の眉毛の上あたり。怖かった…あんなに血出てたのに本人普通にしてるし…と関さんが思い出して痛くなっていたので、ちょっと可哀想だった。
「関さん、手当てしてあげてたから、血とか平気なのかと思いました」
「ダメ……学生の頃飽きるほど見たけど血とかはダメ……」
「ヤンキーだったんですか」
「違う。俺はヤンキーじゃない」
「だって飽きるほどって」
「友達が喧嘩っ早かったんだよ、俺は違う」
「……………」
「横峯。こら、距離を取るな。傷つくでしょうが」

「だから関さんがヤンキーだったの」
「へえ」
「……あれ?そうじゃないって言ってたんだっけ?どっちだっけ」
「知らないよ、なんで俺に聞くんだ」
数日後。りっちゃんのおでこの怪我はかさぶたになって、絆創膏もいらなくなったらしい。前髪があるので、絆創膏が無ければ傷があるかどうかはよく見ないとわからない。前髪めくったら怒られたし。
「でもりっちゃんいつか殺されるよ」
「そんな過激派とは付き合わない」
「殴られたり蹴られたりすんのは過激派じゃないの?」
「……それはそうだけど」
「殴られたっきりになってるだけまだいいじゃん。どーすんの、あなたを殺して私も死ぬわーとかいう系の人が出てきたら」
「えー……一人で死んでもらう」
「それじゃただの自殺になっちゃうでしょー」
こう、なんだっけ、メンヘラだっけ。そういう系のなんか危ない人が相手だったら、殴られるどころの騒ぎじゃ済まないのでは。りっちゃん力強いけど喧嘩できないじゃん。あっけなく刺され死んじゃうよ。お前だって人のこと言えないだろうと言われたけれど、そもそも俺は女の子に殴られるようなことはしないので、この件に関してはりっちゃんに言うこと言ってもいいと思う。
「だから、そういう危ない女には手ぇ出さないから」
「不倫はするくせに」
「不倫じゃない」
「高校生と付き合うくせに」
「高校生じゃない。適当言うな」
「やってそうだから言ってんでしょーが」
「人聞きが悪すぎるんだけど」
話は終わりだとばかりに眉を顰められた。でもだってほら、俺はりっちゃんのこと心配してあげてるわけじゃん。りっちゃんが刺されてからじゃ遅いから。流石に死なれるのは寝覚悪いよね。あの時もっと止めておけば…と思ってしまうだろうし。そう、特に心の底から思っているわけでもなくつらつらと口に出していると、りっちゃんがこっちを見た。
「大体、なんで俺が殺される前提なんだよ」
「え?りっちゃんが女の子を刺すってこと?」
「そんなことはしない」
「じゃあやっぱりっちゃんが一方的に刺されるんじゃん」
「逃げ切るかもしれないだろ」
「えー……」
「疑うなよ……」
りっちゃんがどうしても自分が殺されるのを認めてくれないので、別のパターンを考えた。なんだってりっちゃんに付き纏う変な女について考えなきゃならないんだ、とも思ったけど、でもまあ、その辺に転がって刺され死んでるりっちゃんを発見してしまうよりかはいいか。危機感を持ってもらおう。
「じゃあ、りっちゃんの家の前で、りっちゃんの彼女が死んでたとするじゃん」
「迷惑な女」
「なんでそういうこと言うの!」
「うるせ、突然なんだよ」
「一生懸命考えてるのに!」
「……そっち?」
「え?どっちだと思ったの」
「女を迷惑がったことにキレられたのかと思った」
「それもそう」
「……もうなんでもいい」
それでその迷惑女がなんなの、と投げやりに聞かれて、そんな適当でいいの、そのままじゃりっちゃん逮捕されちゃうよ、と告げれば、ちょっと不思議そうな目を向けられた。だから、りっちゃんの彼女が危ない人だったら、って話を最初から俺はしてるじゃんかさ。こう、りっちゃん本人を直接刺すわけじゃない代わりに、あからさまに目の前で死んでることでちゃんと爪痕を残そうとしてるんだよ、その人は。多分。知らないけど。あなたが浮気してるのは知っていました、それを気に病んで苦しくてもうどうしようもないのでここで死ぬことにしました、とか言われて玄関先で倒れられてたら、りっちゃん口答えできないでしょ。逃げ場ないし。
「……あー……確かに……」
「玄関先に死体あったらどうすんのさ」
「通報する」
「逮捕だよ」
「……じゃあとりあえずここに持ってくる」
「なんで!やだよ!巻き込まないで!」
「うちには置いとけないし」
「うちにも置いとけないから!死体!」
「空き部屋があるだろ、このアパート」
「ああ、なんだ、そっか。ここじゃないのか」
「いいのかよ」
「まあ……うちじゃないなら……ギリ」
「いいんだ」
ちょっと笑われた。言っとくけど、ギリギリのギリだからね。セーフかアウトかで言えばアウトだけどもうしょうがないから目を瞑ってる感じだからね。
「ここに持ってきてどうすんの」
「……小さくして日に日に捨ててくとか」
「証拠隠滅してる……」
「埋めるとか」
「どこに?」
「なんか遠くの山……あ。チャリ貸せよ」
「俺も警察に捕まらない?りっちゃんが捕まった後」
「まあ」
「だから巻き込まないでってばー」
「うまくしらばっくれればいいだろ」
「えー……できるかな……」
「できるできる」
「めんどくさくなってない?」
「なってないなってない」
絶対飽きてる。突然会話に飽きるの、びっくりするからやめてほしいんだけど。しかもナチュラルに人のこと巻き込んで死体遺棄しないでほしい。ほんとに死体抱えてきたらちゃんと断ろっと。

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