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アクトチューン




「りっちゃんて、触られんの嫌がるのに触んのは好きだよね」
「……は?」
「だから、触られんの嫌がるのに」
「聞こえてた」
聞き返されたから聞こえてなかったのかと思ったけど、ちゃんと届いていたらしい。よかったよかった。でも、聞こえてたならなんで通じてないんだ。英語の勉強しすぎで日本語が分からなくなったんだろうか。それはちょっとおもしろい。ある日突然ニホンゴワカリマセンってなっちゃうのか。呆然とするであろうりっちゃんを想像したら思ったより面白かったので、一人で内心ウケてたら、現実のりっちゃんに嫌そうな顔をされた。
「……一人でにやついてんの、気持ち悪いんだけど」
「……日本語わかんないりっちゃん……おもしろいなって……」
「……………」
「あいた」
無言で叩くのはやめてほしい。叩く前に、叩くぞ!って言われんのもやだけどさ。
りっちゃんは基本的には暑がりだし潔癖ぎみなので、人に触られるのを普通に嫌がる。そっと避けてるのも見たことあるけど、超嫌そうな顔で引いてるのも見たことある。肩軽く叩かれた後にぱんぱんって払ってるの見た時はさすがにバレないようにやってほしいと思った。そういうことしてるから友達少ないんだぞ。けど、ふとした時に自分から触ってくることは多々あるのだ。外ではあんまないけど、うちに来ると割とある。差がよく分からない。自分のタイミングならいいんだろうか。いつでも手ぇ洗えるからいっか、とか。
「彼女にはべたべたすんの?」
「……してほしそうならする」
「へー。想像つかん」
「まだ別れるつもりないのに突っぱねると面倒だろ」
「……………」
「なんだよ」
心根があまりに計算づくだったので、かける言葉が見つからなかっただけだ。なんか、元彼女のミコトさんを知ってる身としては、ミコトさんのためにならないから別れてよかったとすら思う。りっちゃんと付き合ってる人、その時その場では幸せそうだけど、必ずと言っていいほど最後は喧嘩別れするしなあ。そんで派手に殴られたり蹴られたり突き飛ばされたりする。りっちゃんが。女子は強いなあ。
そんな話を3日ぐらい前にしたことをすっかり忘れていたのだけれど、ふと思い出したのだ。触られるの嫌がるのに触るのは好き、って俺に言われたのに対して、そういえばりっちゃんからは否定も肯定もしなかったなあ、と。
「……………」
「……………」
「……………」
無言なので、特にかける言葉がない。チューしたい時にほっぺとか首とかを触ってから本腰入れて捕まえにくるのが癖なのはいい加減分かったけれど、このパターンは今までないので、りっちゃんが何をしたいのか全く分からない。どうしようか。
何をされているかって、さっきからずっと、手を触られている。ちなみに右手。なんかのきっかけがあったわけでもないと思う。だって俺、動画見てただけだし。左手でスマホを持っていたので、確かに右手は暇だった。ので、床に投げ出していた。うちには椅子とかクッションとかないので。りっちゃんは多分、なにしてたんだろ、俺が最後に見た時には本読んでた気がする。なに見てんの?って聞かれた気もする。それに答えたかどうかは覚えがない。もしかしたら俺がまともに答えなかったからりっちゃんが自分で見にきたのかもしれない。答えたけど気になったから見にきたのかも。いやもう全然覚えてないんだけど、気付いたら右手が取られてた。動画の間に挟まる広告の時間に、あれ?なんか右手あったかくない?って思って目を向けたのだけれど、動画はもうはじまっちゃったのに、りっちゃんがなんかしてんのに気づいちゃったから意識が持っていかれた。なにしてんだろ。
「……………」
「……………」
「……………」
いや、なにしてんの?って聞きづら。俺こんなにりっちゃんのこと見てんのに、りっちゃん俺の手しか見てないし。気づかないとかある?こんな間近で見られてて?でも俺はりっちゃんに手をいじくりまわされてるのにずっと気づかなかったわけだから、見られているのに気がつかないということもあるのだろう。人のことは言えない。
手にはもともと力なんて入れてなくて、だらんと開いてた。手のひらの、どちらかというと指の付け根に近いやらかいとこを、今は押されている。痛いほどの力じゃない。むにむにされている。触り心地いいんだろうか。りっちゃんにもよく言われるし自分でも思うけど、筋肉も贅肉もあんまないので、自分の身体で柔らかい部分とか、数えるぐらいしかないと思ってた。あとで触ってみよう。それにしてもすごいしつこくむにむにしてくるな。手ぇすごいあったかいんだけど、多分マッサージみたいになって、血流が良くなってるんだと思う。どうせなら両手やってほしい。ていうか気づいてよ。見られてることに。
「……………」
「……………」
「……………」
だめだ、全然こっち見ない。声かければいいんだろうけど、もういっそ、いつになったらりっちゃんが自分で気がつくのか気になってきた。もうしばらく待ってみよう。
手のひらをむにむにしてたのが、今度は指に移動した。親指をぎゅっぎゅされて、つめをかりかりされる。他の指もされたけど、ちょっとくすぐったい。関節のあたりを握られるほうが全然マシだ。指先をこしょこしょやられんの、意外ともぞもぞする。どうせならもっと強い力でぎゅっとしてくれたらいいのに、ふわふわ触ってくるからこそばゆくてたまらない。しばらくは我慢してたんだけど、数回目でついに耐えきれなくなって、うっかり手をぎゅってしてしまった。あ、こっち見た。失敗。りっちゃんが気づくまではほっときたかったのに、気づかせてしまった。目があって、少し眉を顰めながら不思議そうな顔をされる。
「……なに?」
「え、や、手、なにしてんのかなーって」
「別に。暇だったから」
「楽しかった?」
「骨っぽかった」
「反対もしてよ。あ、手のひらのやつだけでいい、指はくすぐったい」
「なんで」
「手ぇあったかかったから」
「……やだよ」
「してよー」
「嫌だ」
結局してもらえなかった。そういえばよく考えたら、ふとした時に触ってくる時はいつも、別にこっちからなんかしたわけじゃなかったな、と思う。だからやってって言ってもやってくんないんだな。ただの天邪鬼だ。りっちゃんのケチ。



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