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ゆうとかおる おまけ




「そういえば、なんで横峯さん、空港まで来れたんですか?」
「ん。大変だったんですよ」
「……大変だったんですか?」
「そりゃもー大変でしたよ。薫さんが言い逃げするから。薫さんがね」
「う、うう……」
「あはは、嘘です」
横峯さんの言うところによると、私が帰ってからしばらく考えて、明日から上海出張、というところにとりあえず注目したらしい。ということは、明日までに捕まえないと短くても3ヶ月の間は会えないことになる。しかしながら家は知らない。連絡を取ろうにも恐らくは無駄足、出ないだろうと踏んだらしい。正解だ。なにか連絡が来ても、私からそれに応えることはなかっただろう。なので、行く前に捕まえる方向で考えたそうだ。そして。
「関さんに連絡して、彼女さんにつないでもらって、薫さんの乗る飛行機とかを教えてもらったんです」
「彼女さん……麻陽ちゃんですか?」
「はい。全部説明して」
「……え?」
「なんで教えて欲しいか、全部説明しないと、教えてもらえなかったんで」
「……麻陽ちゃんに?全部?」
「はい」
「全部……というのは……全部じゃないですよね?」
「ぜんぶはぜんぶですよ」
「ははは」
「?」
「はは……ははは」

次の日の朝。出社してすぐ、麻陽ちゃんから呼び止められた。広報部から貰ってきた新しい広告の仮案を渡されて、企画提案会議の時に出しておいてください、と。肯いて受け取ると、ぱっと目があった。
「そうだ。榎本さん、今晩時間取れます?」
「あ、はい」
「帰ってきたお祝いパーティーしましょ。ふふ」
「……ふふ……」
「うふふ」
うわー。麻陽ちゃんの目がめっちゃ怖い。詳細は聞いてますからね、問い詰めますからね、って書いてある。横峯さんが全部話している以上は、仕方がないのだろうけど。
そしてその日の夜。居酒屋でとりあえず乾杯をして、目がきらっきらしている麻陽ちゃんに質問されるがまま答える。横峯さんが言っていた「全部説明した」の全部がどこからどこまでだか分からなかったけれど、出発前日の夜ご飯の後のことを全部話したようだった。長いこと好きでいたあたりはバレていないようで、ギリセーフ。うーん、セーフだろうか。アウトだろうな。
「そっかー、そんで、なるほどねー……」
「……にやにやしないでよ」
「やー、薫ちゃんがそんなことになってるとは知らなかったからさー、ねえー」
「麻陽ちゃんこそ、関さんとはどうなったのよ」
「えー!それ聞くー?薫ちゃんが行ってからすぐさー!」
無事プロポーズされたらしい。婚姻届をもうすぐ出すんだとか。それはめでたい。よかった。その話で、私の話がなんとなく流せたのも、よかった。だって詳しく話してたら、恥ずかしさで死んでしまう。正直、言い逃げの話から空港でのことが知られているのも、相当恥ずかしいけれど。よく考えたら、祐美や里菜も横峯さんのことの相談をさわりだけしてしまっているのだけれど、あの二人と会う時に彼の話になったことはないので、まさかバレることはないだろう。好きであることについては劣等感とは思わないけれど、10も下の男の子を出会ってから五年近く追い続けていた事実を知られるのはちょっと嫌だ。
「よかったね、麻陽ちゃん」
「えへー、やっとだよー、もー」
まあ、初めて会った時から一目惚れだったと知っているのは、横峯さんだけなはずだし。それならそれは、恥ずかしくもなんともない、のかもしれなかった。



「そういえば、なんで横峯さん、空港まで来れたんですか?」
「ん。大変だったんですよ」
「……大変だったんですか?」
「そりゃもー大変でしたよ。薫さんが言い逃げするから。薫さんがね」
「う、うう……」
「あはは、嘘です」

遡って、3月29日、夜。
「……大好きでした。さようなら」
笑った顔も、拗ねた顔も、恥ずかしそうな顔も見たことはあったけれど、薫さんの泣き顔は見たことがなかった。慰める言葉も無く、追いかけることもできずに、見送るしかなかった。薫さんからの、言葉にしない「これっきり」に、足を縛られたみたいだった。ざあ、と噴水の水音が響いて、止まっていた世界が戻ってきたみたいだった。とっくに薫さんはいなくて、俺はここに一人で。二歩ぐらい前に足を進めてみたけれど、今更そんなこと、意味はないように思えた。
なんで言ってたっけ。俺のこと好きだって、ずっと前からそうだったって、言ってたっけ。それは嬉しい。そのはずなのだけれど、それだけじゃなくて、明日から上海に行くとか。上海ってどこなんだろう。飛行機で行くって、薫さんは言ってた。今日、ついさっきまではあんなに楽しそうだったのに、泣きながら帰ってった。これで最後だからって。夢を見るのは終わりにするって。こっちの答えも聞かないで、行ってしまった。そんなこと、はい分かりました、と飲み込めるはずがないじゃないか。もしかしたら、薫さんのことを思ったら、放っておいてあげた方がいいのかもしれない。なかったことにして、また会えた時に友達として接するのが、一番いいのかもしれない。けど、それを許せるほど俺は大人にはなれないし、頭だって良くないし、諦めだってつかないから。
どうしたら、薫さんを追いかけられるだろう。連絡先は知っているけれど、走って行ってしまったあの様子からして、返事はないだろう。それじゃあ送る意味がない。家とかだって知らないし、会社の場所なら知ってるけど、明日出発じゃあ、もし会社に寄らなかった時に会えないことになる。飛行機に乗るには空港に行くことぐらい分かるけれど、自分が飛行機に乗ったことがないので、どこに行ってどう待ち伏せしたらいいのか想像もつかない。どうしよう、とひとしきりその場をうろうろして、とりあえずベンチに座ってみた。だめだ、思いつかない。ここから一番近い空港を検索してみたけど、そこがすごくでかいことしか分からなかった。噴水のライトアップが3周ぐらいするまでスマホと睨めっこを続けて、ようやく思いついた。
『もしもし?どうした?』
「やっと出た!」
『なんかあったか』
ラインしまくって、電話もかけまくって、多分関さんの通知は俺でいっぱいになった頃、ようやく繋がった。噛み付くような声が出てしまって、自分でもその声にびっくりした。あと、ついでにその場で立ち上がってしまったことにも気がついた。座り直して、口を開く。
「あの、関さんの彼女さんの連絡先、教えてください」
『……は?なんで』
「なんでもです、早く、お願いします、早くしてください」
『え、やだよ……なに、どした?説明しろよ』
「説明……えっと、関さんの彼女さんと同じ職場の人にこくっ、あの、用事があって、早くしなくちゃいけなくて、話がしたいんですけどでもその、俺が会いたい人は、関さんの彼女さんなら明日どこにいるか知ってるかもしれないんです、あ、早くっていうのは明日までに会わなきゃいけないんですけど、だからそれを教えて欲しくって、明日になったら上海に行っちゃうんですよ」
『……はあ?』
「分かってくださいよお……」
『もう支離滅裂だよ。落ち着けって』
自分でも言ってて訳が分からなくなってきた。これがもし、薫さん本人だったらもっと上手に伝えることができて、手伝ってもらえるんだろう。例えばサヤだったら、こんな不確定な手段は使わないかもしれない。りっちゃんなら話す時に支離滅裂にはならないだろうし、ボーカルくんならそもそもちゃんと追いかけられそうだし、ベースくんなら周りがもっと協力してくれるような気がした。俺じゃ上手くできないんだなあ、ってことを改めて見せつけられたみたいで、だからその、と意味もなく言葉を続けた。どうしたら上手く言えるんだろう。
『なに?麻陽の同僚に、会いたいってこと?なんで?』
「なんでって、明日上海に行っちゃうから」
『だからそれがなんなんだって。え?うん。横峯がなんか変で、あーそう、そう。バイトの』
「……誰かいるんですか?」
『麻陽だけど』
「代わってください、今すぐ!」
『うお、びっくりした』
それを先に言ってくれ。いっそ関さんの話は聞かずに、早く代われ早く早くと駄々をこねまくることにした。見えてないけどもう地団駄踏んでる。なんでなんだよ!と聞かれたけど答えずに強請り続けると、いい加減に諦めたのか代わってくれた。こんなにたくさん息継ぎせずに喋って、酸欠になるかと思った。
『はい。代わりました、牧田です』
「あえっ、あの、薫さんのこと、知ってますよね」
『……知ってますけど?』
「明日までに薫さんのこと追っかけなきゃいけないんです、上海に行っちゃう前に、だから、どこ行ったらいいか教えてくれませんかっ」
『コンビニのバイトくんだよね。横峯くん』
「そ、はい、そうです」
『なんで薫ちゃんのこと追いかけなくちゃいけないの?』
「なんで、こっ、このままじゃ、お友達になっちゃうから……」
『友達じゃ、駄目なんですか』
「だめです、それじゃ」
『駄目ですか。うん、分かった。なんで駄目かまで聞くのは野暮だよね』
「……え?」
『待ってね。調べてあげるから』
「あ、っありがとう、ございます」
『その代わりにどうしたらそうなるのか、ちゃんと聞かせてもらおっかなー。ん、なに。やだよ、返さないよ、え?だってあたしのスマホも使うもん、晴彦のスマホは電話する用に使ってるから返せないって、やだ、やーだ、返さないってば、もうあっち行ってて!』
「……大丈夫ですか?」
『ああ、気にしないで。扉閉めたから』
後ろで、恐らく関さんだろうなって声がなにやらぼそぼそ言ってたのが聞こえていたのだけれど、静かになった。部屋か何かを移動したのだろうか。会社のなんだかを調べれば、明日のいつの便でどこから出るのかがわかるらしい。言ってることはいまいちよく分からなかったけれど、どこに行ったら薫さんに会えるのかが分かるってことだけで、安心して、足の力が抜けそうだった。
『分かるまで少しかかるから、事の顛末を聞こうかな。なんとなく予想はついてるけど』
「……予想です?」
『うん。帰り際に会うと薫ちゃん、すっごい嬉しそうな時が何回かあって。多分それが、君と会ってる時だったんでしょ?コンビニのバイトくんと仲良くしてるっていうのは、聞いてたしね』
「そ……そう、なんですか……」
『そうなんですよ。なーんだ、弟みたいとか言わないで、ちゃんと勘繰っとけばよかったな』
どこからどう話せばいいものか分からず、また支離滅裂になりかけたものの、「わかったわかった、こっちから聞くから」と言ってくれて、話しやすくなった。今日あったことをぽつぽつと伝えていくうちに、ちょっとずつ頭の中が整理されていく。自分で思ってるよりもずっと、ぐちゃぐちゃだったみたいだ。
薫さんは、どうして最後にあんなこと言って、そのままいなくなろうとしたんだろう。もっと早く好きだって言ってくれたら、と思って、自分だって言わなかったくせに、とそのまま返ってきた。薫さんも、俺と同じだったのかな。俺も、好きだって言う勇気はなかった。だって、一緒にいるのが楽しかったから。その気持ちは、絶対一緒だったと思う。
しばらく話して、明日何時にどこに行けばいいのかを教えてもらうことができた。忘れないように、間違ってないように、ちゃんと復唱して確認もした。大丈夫、なはず。
「ありがとうございます」
『ううん、こっちこそありがとね。薫ちゃんが帰ってきたらからかってやろー』
「今度なんか、お礼とか」
『あー、いいのいいの。あたしは薫ちゃんに幸せになってほしいだけだから、ねっ』
その言葉を最後に、電話が切れた。今まで見たことない通話時間を見て、いつのまにか終わっていた噴水のライトアップに気づいた。帰らないと。明日、薫さんのところに行かなくちゃいけないんだから。歩き出したところで、背筋が寒くなった。
「……、ひ、っくしっ」

ていうか、よく考えたら、薫さん、俺のこと好きだって。えー。今気づいたけど、それはすごいことなんじゃなかろうか。俺は、自分が薫さんのこと好きになったのがいつからなのか、なにきっかけなのかとか、そういうのいまいちよく分かってないけれど、薫さんは俺よりももっと前から俺のこと好きだったのかな。だって確か、一目惚れだったって言ってた。俺の聞き間違えじゃなければ、だけど。好きだって言われたことよりも明日から上海のショックの方が大きすぎて若干霞んでしまっていたけれど、明日どうしたらいいかが分かったところで、ちょっと現実に戻ってきた。俺のこと好きだって。うわー。どうしよ。まさかそれも聞き間違いじゃないよな。大丈夫だと思うけど。
ずっと俺のこと好きだったんだって。今日水族館であれがどの魚だって探してた時も、桜見上げながらたい焼き食べてた時も、アイス食べながら喋ってた時も、ギター変な持ち方してた時も、ライブ見にきてくれた時も、全部ずっと、俺のこと好きだったんだってさ。それはなんだか、そわそわして眠れないぐらい、すごいことなように思えた。いつもだったら布団に入る前から眠いけど、薫さんのこと思い出してたら、全然眠くならなかった。あんな顔してたなーとか、こんなこと言ってたなーとか、いろいろ。
薫さんは夢を見るって言ってたけど、俺は薫さんがいた毎日のことをちゃんと現実だと思ってた。だからこの先もずっと、現実で隣にいてもらえるように、明日はがんばらなくちゃいけないのだ。また逃げられないように捕まえて、好きだって伝えて、帰ってくるのを待ってるって言おう。もう、泣いてる顔は見なくて済むように。


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