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只今開店中




ここは、顔馴染みのお客が多い、超地域密着型のしがない小料理屋だ。常連さんのキープボトルも、メニューにない料理も、当たり前。父母娘息子娘で営業中。お昼時は定食屋、夕方から夜にかけては居酒屋。どっちにしろ、大概決まった人しか来ないんだけどね。店の看板がクローズ、要するに所謂閉店に掛け変わってても、構わずずかずか入ってくるやつもいるぐらい。よくいえばアットホーム、まるで我が家のようにくつろいでいただけたら是幸い。
今日も今日とて開店です。



本日の構成。台所担当、母、はっちゃん。カウンター担当、俺。一人で捌き切れるのかって?無理に決まってるだろ。ほんとは馬鹿姉がいたはずなのに、「なんかすごい咳出る。やばい、げほげほ」とか言ってサボっている。最低。まあどうせ馴染みの客しか来ないし、いざ手が足りなくなったらはっちゃんを呼ぶしかない。料理や酒が少し遅くなったからって怒鳴るような人もいない。ていうか、うめさんがサボるのなんてしょっちゅうだからもうしょうがない。我が家では、仕入れの発注は姉と父に任せている節があるので、その分二人は早起きしてるのも本当だし。
「いらっしゃーい」
「こんばんわー」
「空いてるとこどうぞ。あれ?一人じゃない」
「そうなのよ、座敷行っていい?」
「いいですよ」
からからと扉を開けて入ってきたのは、探偵さんだった。丹原さん、だっけ。胡散臭さは突き抜けているが、腕は確からしい。人類皆友達みたいなスキル持ちの朔太郎が比較的仲良くて、あとはよく、弥太さんという警察官の方に絡んでいるのをうちの店では見る。うちの店でそうってことは外でも多分そうだ。今日は、後ろに二人、見たことない人を連れていた。だから、珍しい、だったんだけど。
「御通しです。注文は?」
「ビール」
「じゃーアンちゃんもそれー」
注文を取りに行ったはいいが、バチグソナイススタイルの金髪美女にしか目が向かない。やばいのは、うめさんのサボり癖より目の前の美人だ。からころと鳴る鈴のような甘い声に、ハイビールデスネ、と掠れた自分の喉。いやだってすごい綺麗なんだもの。こんな一般人いる?ってレベル。薄桃色にきらきらしている爪が、あんまり綺麗でないメニューを指差して、もっと高級なお店っぽい内装にしておくべきだった、と心の底から後悔した。ガン見されていることなんてとっくに気づかれているらしく、ぱちりとウインクされて全身に汗をかいた。やべー。やっべー。節操無し眼鏡と彼女欲しいマンがいないタイミングで良かった。えふぅ、と変な声が出て、そんな俺に気づいていないらしい探偵さんが、もう一人いた男に声をかけた。
「おおかみちゃんお酒飲めるの?」
「の、飲めますよ、俺だって大人ですよっ」
「年齢的な意味じゃなくてね」
「やーん、おーちゃんかわいーんだからー!」
ぎゅ、と美女に抱きつかれた男。あせあせしてたり平然を装っていたりしたら、嫉妬の矛先が向くだろうけれど、至っていつも通り、これが通常運行です、という感じで、かわいくはないです、と拗ねている。美女によって天国にぶっ飛んでいた頭が、普通の男の人の普通の対応のおかげで、現実に戻ってくる。あー、と声をあげた俺の方を向いた探偵さんに、指を立てながら注文を確認する。
「じゃあ、ビール三つ?それともなんかサワーとか……あ、お水も持ってきとこうか」
「そうだねえ、おおかみちゃんカルピス好きでしょ。カルピスにしたら」
「お酒飲めますってば!」
「カルピス?カルピスサワー?」
「薄めのカルピスサワーで」
「もうそれカルピスでいいんじゃ……」
「俺、25歳ですよ!」
「え。俺同い年」
そうなんだー、と見慣れた胡散臭いにまにま笑いの探偵さん。同じく、そうなんだー!と周囲に光り輝く星の幻覚が見える美人さん。そうなんですか、と嬉しそうに頰を緩める男の人。三者三様。
探偵さん曰く、バイトと秘書、らしい。ほぼカルピスを不服そうに飲んでいるのが、「おおかみちゃん」と呼ばれているバイトで、美人秘書が「アンちゃん」。何か困り事があったら来てねー、と絶妙にダサいデザインのチラシを渡された。ここに頼るより前に頼れる場所がたくさんあるはずだ。アンダーグラウンドすぎる。何でも屋じゃないよ!も念押しした丹原さんと、もう何でも屋でもいいです、と奥で半笑いのバイトくん。おい、給料はちゃんと出しているのか、稼ぎ口が欲しかったらうちに働きにきてもいいのよ。
おいしいおいしいとつまみも食べてくれるので嬉しい。他にもお客さんはどんどん入って来てくれているけれど、今日の目玉はこの人たちだろう。おい都築息子、妹を出せ、とがなるおっさんに、うるせえダボ若い女子に色目使うな、とジョッキを叩きつける。店内を徘徊しているふりをしながら、そっと座敷を隠すように立った。美人秘書さんがあのおっさんたちに見つかってしまったら最悪だ。やいやい言い合っている三人の会話に聞き耳を立てる。別に悪いことは考えてないよ。
「どうしてお酒を飲ませてくれないんですか」
「だっておおかみちゃんお酒飲んだら寝ちゃいそうだし」
「寝ませんよ!」
「寝るよー。君みたいな子は寝るんだ、俺は知ってる。平気だって言い切って、一杯で夢の中へ旅立ってしまうのさ」
「帝士さんににゃにがわかるんれしゅか!」
「アンちゃん。ねえ、アンちゃんこっち見て」
「アンちゃんもカルピス飲みたかったんだもーん、交換しちゃった♡」
「ぐう」
漫画か。ぷうすやすや、と安らかな寝息を立て始めたバイトくんの手には、多分美人秘書さんの元にあったであろうジョッキ。カルピスおいしー、と頬を緩めている金髪美女の膝に頭を置いて横たわ、えっ!?膝枕!?すごいことじゃない!?あの柔らかそうな太ももに頭を!?ずるすぎない!?
「店員くん、ビール」
「……………」
「アンちゃんに目を奪われてる店員くん。おーい、君もかっこいい顔してるんだから本能と野生剥き出しの顔は止した方がいいぞー」
「……………」
「だめだこりゃ。聞こえてねーや、アンちゃん魅了スキル解きなよ」
「あの子かわいーからアンちゃん欲しい」
「やめなさい!そうやってすぐに!猛禽の目をしない!」
「おいでおいでー」
「こら!持ち帰らない!」



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