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「今度展示会あるんだけど、来る?」
「えー、行っていいんすか」
「うん。あ、コウジ来るよ、原田コウジ」
「えー! Surroundのすか!」
「そう。俺友達なの」
「なんで!」
「よく買いに来るから。あー、我妻くんもバンドやってんだっけ?」
「はい!ぜひ!」
「なにがぜひだね」

「あ。君か、店長が言ってた子」
「うあー!こんちわっす!我妻諒太っす!」
「原田コウジです。こんにちは」
「ライブ行ったことあります!あっ、えー、えへへ、握手してもらっちゃったってバンドメンバーに自慢しよー」
「してくれしてくれ。ここ、よく来るの?」
「あっはい、ここの服好きで、昔から店長にもお世話になってて」
「店長に聞いたよ。バンドやってるんだってね」
「はい!っつってもほぼ趣味ですけど」
「12月31日、ライブやるんだけどさ。出ない?」
「えーぜひ、ええ!?」
「あはは、声でかいねえ」
「ええ!?出っ、出ないって、でっ、出演ってことすか!?俺!?」
「いやいや、バンドメンバーくんたちもみんな誘って、みんなで」
「あえっ、やー、出ます!」
「予定確認しなくていいの?」
「いいです!出ます!」
「店長、面白い子だねー」
「面白いだろ、それでもういい大人なんだよ」
「ははは、高校生みたいだ」

「12月31日、夜6時半からなんだけど」
「おー」
「よく行く服屋の展示会に遊び行ったらさー、Surroundの原田コウジがいて!そんで、ここの服俺も好きなんすよーなんつったら仲良くなって、バンドやってるって話になったらライブ誘われて、大晦日!」
練習の日。ぎたちゃんと、どらちゃんと、べーやんに、こないだの話を持ちかけてみた。なんかちょっとぐらいは、へー!えー!とかいう反応があるかと思ったのに、全然みんな普通だった。嘘でしょ。
「カウントダウンライブじゃないから10時ぐらいには終わるみたいだよ!はい、仕事ある人!」
「ない。ベースくんもない」
「ぇあ、な、ないけど」
「俺も30日からお休み」
「帰省する人!」
「しない」
「ぅ、俺もしない」
「あ。今年は母親と会うんだった」
「えー、じゃあ出れん」
「平気だよお、あの人夜型だし」
「今年は、ってことは滅多に会わねんだ」
「んー。母は忙しい。姉はよく会うけど」
「ぎたちゃんお姉ちゃんいるんだー」
「うん。13歳年上」
「は!?」
「はっ!?」
「だからもう母みたいなもんだよお」
「ドラムくんは妹がいるんだっけ」
「え?妹?ああ、いるいる。五人いる」
「俺も妹いるんだー、あと兄ちゃん。べーやんは?」
「俺は、兄さんが」
「へー、みんな意外と兄弟いんのな」
「少子化社会の中でなあ」
「じゃあ、みんな平気ってことで返事しちゃっていい?」
「おー」
「なにやる?」
そんでもってそれから、カウントダウンライブに出させてもらうことになって、俺が繋いだから、俺が受付とかしとくことになった。いっつもどらちゃんがやっといてくれるから、ちょっと緊張する。店長さん伝いに連絡を取ってもらった主催側の女の子と打ち合わせをする、途中。
「じゃあ、メンバーさんのお名前を」
「はい、えーと、俺が我妻諒太で、ボーカルのとこに書いといてください」
「はい」
「んで、ギターが、えーと」
「……ええと?」
「……ギターが、えー、なんだっけ。よこ、なんとか……横澤……違う、えーと、とりあえずじゃあ、ぎたちゃんで」
「はあ。ぎたちゃん」
「ベースが、あー、……ソーマだっけ、リューマだっけ……」
「……お名前わからないんですか?」
「いや!べーやんで!」
「はい。べーやんで。ドラムは?」
「どらちゃんで!」
「……どらちゃんで……」
女の人笑ってたけど、大丈夫かな。俺、みんなに怒られちゃうかも。でもスマホ見ても本名とか分かんなかったし、普段から本名とか呼ばないし、分かんないのに適当言うわけにいかないし。完璧な対処だったはずだ。オッケー。
そして当日。カウントダウンライブを終え、ぎたちゃんがとっとと帰った。やっぱ急いでたのかもしんないなあ。悪いことしちゃったかな。と思ってたら、帰ったと思ったのに、戻ってきた。
「あー、ベースくん。打ち上げあるかな」
「え、あ、今日はやんないって」
「りっちゃん。ないって。ヨシノちゃんも帰ったみたいだし」
「うるせえな!帰れよ!」
「めっちゃ機嫌悪」
「女の子と飲めないからムカついてんだよね。ねっ、りっちゃん。またらいねーん」
「また来年ー」
「轢かれろ!」
「りっちゃんじゃないので轢かれませーん」
べーやんの言う通り、今日は打ち上げ無しだ。大晦日だし、流石にね。また後日みんなで集まりましょう、なんて最後にコウジさんが言ってたけど、俺たちは呼んでもらえるだろうか。
女の子と酒が飲めないと分かったどらちゃんがとってもご機嫌斜めになったので、俺たちも解散になった。べーやんが、今年もありがとう、来年もよろしく、とぺこぺこしながら改札の向こうへ消えていった。俺とどらちゃんは二つ先の駅まで一緒なので、じゃあ帰ろっか、と振り返ったらいなかった。急に一人にしないでよ。さみしいじゃんか。
「いないし!」
「うるせえ」
「いたし!あ!なんで缶ビール持ってんの!」
「買った。じゃあな」
「一緒に帰ろうよ!」
「やだ。せいぜい良いお年を」
「ばかー!」
ほんとに一人になってしまった。くそ。どうせなら俺も弾丸で帰省してやろうか。どうせ大晦日は電車も終夜運転なんだし。
うちの実家は、東京からちょっと千葉に出た辺りだ。ここからなら、1時間半ぐらい。実家の人たちは、大晦日はすき焼き、元日は寿司を食べると決まっているので、今帰ったらすき焼きがあるはずだ。俺が小さい頃からずっと毎年そうなので、今年も変わりないと思う。家にいるのは父と母と妹。兄はもう家を出ているので、3人ですき焼きを平らげきる可能性も薄い。ということは、実家に帰るとすき焼きがある。はず。多分。急いで乗換案内のアプリを開いて、実家の最寄り駅までを検索する。ついでに妹にラインもしておく。母と父はそんなに携帯を見ないので、妹が確実だ。兄は今からそちらの家に帰るのですき焼きを取っておいてください、と。

最寄り駅到着。時刻、あと5分で1月1日。乗り換えがスムーズにいったので、予定より一本早いので着けた。ここからは歩きだが、まあ駅から家まではそんなに遠くないので、大丈夫。ただちょっと寒いけれど。ジャニーズのカウントダウンがあるから、母と妹は確実に起きているし、父ももしかしたらまだ酒をひっかけているかもしれない。俺もぜひご相伴に預かりたい。ビールとか飲みたい。
「……あれ」
電気がついていない。リビングが真っ暗だ。妹の部屋であろう場所も暗くなっている。まさかとは思うが、全員寝たのか?この時間に?大晦日の夜なのに?嘘でしょ。
いや待て、まさかとは思うが、もしかしたら、事件的な何かかもしれない。泥棒とかに入られて、家族全員で縛られて転がされているのかもしれない。そういえば妹からの返事がないと思ったのだ。ラインを確認したら、未読だった。あの現代っ子がこの長い時間スマホを触らないはずがない。ということはやはり、触れない状況下に置かれているということなのではないだろうか。やばい。俺一人で一体何ができるだろうか。合鍵は持っていないので、開けてもらうことでしか家の中には入ることができない。しかし、インターホンを鳴らすと、もし中に泥棒がいた場合、助けにきた俺の存在がバレてしまう。泥棒側も、まさかそこでみすみす開けはしないだろう。ということは、うまく侵入して家族を助け出さねばならないということだ。俺にそんなことできるだろうか。いや、できる。家族は俺が守ってみせる。警察が来るまでに、できることをするのだ。110番する前に、せめて泥棒である確信を持ちたい。足音を殺しながら玄関の横をすり抜け、台所のある方へ向かう。庭には洗濯干し、その先のリビングには大きな窓がある。窓からうまく覗いて中の様子を知りたい。しかし、見つかる危険性がある。慎重にいけ、我妻諒太。お前の両肩に掛かってるぞ。物干しに身を隠しながら壁伝いにこそこそと移動し、そっと窓に張り付いた時だった。
「ヒッ、ドロボー!!!!!」
「ギャッ」
「お母さんお母さんお母さん泥棒!あそこ!この!死ね!」
「あぶねっ、いてえ!なにっ、いってえ!」
「利香子、あれお兄ちゃんよ」
「突き殺してやる!」
「お父さん、止めてあげて」
「こら利香子、物干し竿でお兄ちゃんを刺すんじゃない」
「痛い痛い痛い!内臓破裂する!」

突き殺されるところだった。死因が、実の妹に物干し竿で突き殺される、なんて最悪だ。あまりの力に、脇腹に青痣ができてた。父さんが止めてくれなかったらどうなっていたことやら。
「でも諒太があんなとこでこそこそしてたからいけないんだよ」
「そうよ。なにしてたの、あんなところで」
「……泥棒が」
「泥棒は諒太でしょ」
「違う……」
もう説明も面倒くさい。妹に確認したところ、「諒太が帰ってくるなんて知らなかったもん」だそうだ。全く悪びれていなかった。連絡したじゃんか。
「知らなーい。肉に夢中でスマホ見てなーい」
「肉?肉!?なに!?どういうこと!?」
「理人のお祝いでみんなで焼肉食べに行ってたの」
「えっ!?すき焼きは!?」
「今年はないわよ」
「利香子スマホ見ろよてめえー!」
「あ、ほんとだ。あっは、帰るからすき焼き取っといてって。あはは」
「なにがおかしいんだコラー!」
「諒太も諒太よ、先に言いなさい、そういうことは」
「兄貴は!?」
「帰ったわよ。彼女さんと一緒に」
「彼女ォ!?」
「もー、声が大きいわね」
「何祝いで焼肉だよ!」
「理人が来月入籍するから、彼女さんも一緒にみんなで焼肉食べに行ったんだってば」
「はー!?」
「おい声が大きいぞ、諒太。静かにしなさい」
「静かにしていられるかー!」
三つ上の兄は理人。俺が真ん中。四つ下の妹が利香子。母さんと父さんは同い年。母さんは図書館で司書をしていて、父さんは大学の事務員をしている。父さんは、十年前に車に当て逃げされて足が少しだけ不自由で、杖ついて歩いてる。けど、特に本人も気にしていないので、周りも気にしていない。兄は小学校の先生をしていて、さっき聞いた話によるとどうやら彼女がいるらしい。そして入籍までするらしい。聞いてない。全く持って寝耳に水である。遺憾の意を示す。
「ねー、お兄ちゃーん、出てきてよー」
「うるせっ!馬鹿!みんな嫌いだ!」
「トイレにこもんのマジやめてよー」
「うるせ馬鹿!利香子の巨人!」
「あぁ!?クソ諒太!」
「ギャッ」
妹は俺と同じぐらい身長があるので、女の子にしては大きい方だ。それを本人も気にしているらしく、口に出すと今みたいなことになる。こっちはトイレに立て籠もっているにもかかわらず、ドア越しにタイマンキック。ドアが思いっきり軋んだ。妹ながら怖すぎる。でも、自室がもうとっくに片付けられてしまっているので、篭る場所がトイレしかないのだ。可哀想な俺。仕方なしにトイレから出る。ここで注意すべきは、漏らしそうなのか?とかふざけて利香子に聞くのは、間違っても絶対にやっちゃいけないというところだ。殺される。消される。タコ殴りにされる。かつての古傷が痛む気がした。頭の中でそう思ってるだけなのにすげー睨んでくる。妹ってこんな怖いもん?それともうちのゴリラだけ?リビングに行くと母がいた。これは文句をぶつけるしかあるまい。
「なんで言わねんだよー……」
「だって諒太、全然帰ってこないじゃない」
「えー」
「連絡も滅多にくれないし。今日はなに?泊まるの?」
「うん……」
「あらそう。お父さんの服でいいわね」
「うえー……親父のかあ……」
「えー、諒太泊まんの。覗かないでよね」
「覗かねーよブス」
「死」
「あぶねえ!」
今度は目かよ。とんだ暴力女だ。人のことボコボコ殴ったり蹴ったりする割に、自分は医療ドラマも見れないレベルで血とか苦手なくせに。昔、近所の公園に兄貴と利香子と遊びに行った時、兄貴が鉄棒から落っこちたことがあった。頭をぱっくり切ったんだけど、兄貴よりも利香子の方が号泣で、死んじゃう死んじゃうってパニクってたっけ。それはまあ、兄貴もう脳みそ見えてるからやべえかも、って俺が利香子に嘘ついたからなんだけど。兄貴はいてえいてえって騒いでた。
俺の部屋は片付けられて利香子の部屋になったので、寝る場所がない。と思っていたら、兄貴が使っていた簡易ベッドが残っていると、母が教えてくれた。ちょっと埃っぽいが使えないこともない。寝られるように準備をしている間、母に聞いてみた。
「なあ、兄貴の彼女ってどんな人」
「理人に直接聞きなさいよ」
「やだよ、きもいじゃん」
「普通の子よ。何度かうちに遊びにきたこともあるし」
「ふーん……」
「あんたはいないの。彼女とか」
「いる」
「諒太、嘘つく時に耳動くの癖でしょう」
「動いてねー!」
「明日帰るの?おかず冷凍してあげるから持って行きなさい」
「いいよ重いし」
「いいから」
「いいって」
「いいから!」
次の日、結局おかずを大量に持たされてしまった。重い。ていうか、電車の中結構あったかいけど、溶けたりしねえかな。溶けたら俺の周りだけ水浸しになんの、恥ずかしいんだけど。

一月末。練習終わりに、ぎたちゃんとべーやんとどらちゃんと飲みに来た。べーやんは明日お仕事あるから一杯にするんだって。すごい悲しげな目でぐいぐい呷るぎたちゃん見てるけど。最初に頼んだおつまみが無くなるころ、どらちゃんが口を開いた。
「あ。ボーカルくんに言いたいことあるんだった」
「え?なに?」
「お前こないだのカウントダウンライブ、受付したろ」
「うん。完璧だったしょや」
「バカ。バーカ、二度とするなバカ」
「なんで3回もバカって言うのさ!」
「バカ。イかれバカ」
「あのねえ、りっちゃん受付で名乗っても入れてもらえなくて、自分で「どらちゃんです」って名乗んなきゃいけなかったのがすげー恥ずかったんだって」
「ん、ぐ、ふっ」
「えー、だって本名分かんなかったんだもん」
「今ベースくん笑ったよな?なあ?」
「わ、っらってない、笑ってないです、ほんと笑ってない」
思い出し笑ったべーやんがどらちゃんに詰め寄られている。ぎたちゃんに、わかんなかったのー、とふわふわ聞かれて、そうなのー、と答える。ぎたちゃんとべーやんは片鱗なら思い出せてた。どらちゃんは欠片も思い出せなかった。
「じゃあもういいわ。ボーカルくんには二度と何も頼まない」
「イエーイ。ラッキーだね、ボーカルくん」
「そうかな……」
ぎたちゃんにつられてハイタッチする。そのまま、イエーイ、ってぎたちゃんがべーやんの方に行ったので、べーやんがオロオロMAXのままイエーイした。なんでイエーイでそんなびくつくことがあるのさ。
「い、イエーイしたことなんて、ほぼない、生きてきて」
「嘘。かわいそう」
「じゃあもっかいイエーイ」
「……ぇーい……」
「りっちゃんも、イエーイ」
「イエー」
「そんでこれなんのイエーイ?」
「えー?忘れた」
それからまただらだらして。ぎたちゃんが、ねむたいよー、といつも眠たげな目を更に眠そうにした辺りで。
「カウントダウンライブといえば。ベースくんに似てた人、結局誰だったの?」
「だっ、ぇ、誰でもない、知らない」
「父?兄?弟、はいねえんだっけ。じゃあどっちかだ」
「ちち、じゃない」
「じゃあ兄か」
「……兄じゃない……」
「はー?じゃあもういいわ。つまんねえやつ」
「う……」
そんな責め方したらべーやんがかわいそうだ。人間、言いたくないことだってあると思う。どらちゃんにもそういうことぐらいあるでしょ。そう庇えば、睨まれた。
「俺にはない」
「えー。俺あるー」
「ほら!ぎたちゃんあるって!」
「チッ」
「俺にもあるよ、そんぐらい!ねっ、だいじょぶだよべーやん!」
「……そ、そこまで、言われると、黙ってんのが逆に辛いから、やめて……」

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