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おはなし




ある日のこと。
「ひい……」
お、思ったよりも、黒々としてしまった。もうちょっと茶髪になるつもりだった。次に演じる役柄上仕方がないんだけど、長いこと明るめの色だったから、自分でも馴染まなくていっそ気持ち悪い。どうです?と鏡ごしに目を合わせた馴染みの美容師さんに半笑いを向けながら、後ろで待っていたマネージャーを振り向く。
「これどおすか!?」
「ん!」
ぐっ!じゃねえ。満足そうに親指を力強く立てたマネージャーは、よしよしとでも言わんばかりの顔のまま眼鏡をくいっと上げて、一人頷いている。いやいや。納得すんなし。あんたが納得してる時は大体上手く行くと俺は知っているけれど、それにしたってこれ、俺ほんの数時間前までほぼ金髪だったんだけど。この辺もう少し刈り上げていいですか、と美容師さんに聞かれて、かっ刈り上げるぅ!?と素っ頓狂な声が出た。
「そんな短くなくていいす!」
「いやでも、ここが……ここのところが気になるんですよ……」
「スポーツ男子みたいになっちゃうじゃないすか!」
「別にそこまで刈りませんけど」
「あ、そうすか?じゃあお願いします」
ちょろすぎた。そこまで刈らないっていうのはどこまで刈ることを指すのか聞いておけばよかった。ぶいーん、と頸のあたりから上がってくるバリカンの音に、こそばゆいなーとか思っていたら、終わっていた。さよなら俺の髪の毛。
「うそつき!」
「スポーツ男子頂上決戦、出るなら教えてくださいね」
「出ねーすよ!俺スポーツやってねーし!」
「町田くん、この前募集が事務所に来てましたし、応募してみます?」
「すんな!」

黒いし短い。後ろ頭が涼しい。今日はもうオフなので、家に帰って早々とシャワーを浴びて短い毛を落としたは良いけれど、そわそわする。乾かす時間が短くて済むのはいいかな。一人の部屋で、ご飯食べに行くにもまだお腹空いてないし、やることないから暇だし、とカーペットに無意味にコロコロをかけていると、新城さんからラインが来た。
「……ぎょおざ……」
餃子焼くんだけど町田くん食べる?なんてメッセージに、現金にお腹が鳴った。本当に、嘘偽りなく、これを見る直前まではお腹なんか空いてなかった。ぽこん、とすぐ来た二発目は写真で、焼く前の餃子がずらりと並んでいた。二人分にしては多い、けど新城さんのことだから、多く作って日保ちさせる技術を持ってそうだ。目をきらきらさせてお箸持つとこまでしてるのに待ての状態を言いつけられているらしい中原さんが、フレームインしていることに気づいてないのか、餃子に目が行ってるのがちょっとおもしろい。おじゃまじゃないですか、と返事をすれば、すぐに返信が来た。なぜか中原さんから。
『今日はお休みだって新城がマネージャーさんに聞いたって言ってる』
『新城は今ぎょーざタイムだから携帯さわれない』
新城さんに比べたらゆっくりと、ぽこぽこと二つ送られてきた言葉に、成る程。マネージャーさん、新城さんだからいいけど、俺のオンオフ開けっぴろげにしすぎじゃねーすかね。ていうかぎょーざタイムって。中原さんのそういう細かいところ、変に擦れてなくて子どもじみてるようなところに下手に突っ込むと、彼はすぐ拗ね散らかして、てしてし殴られるので、今回の「ぎょーざタイム」も黙っておくしかなさそうだ。
焼く前の餃子の写真を見ながら考えていると、中原さんから写真が来た。焼きあがった一皿と白いご飯。おいしそう。じゅるりと涎が出てきて、はやくこい、と端的なメッセージと、アヒルが地団駄踏んでるスタンプ。ほんとに行ってもいいんすか?と送信したが、既読がつかなかった。食べる方に全振りしてしまったらしい。中原さんらしい。新城さんは多分嬉々として餃子を焼いてて携帯なんか見ちゃいないんだろうし。あの人たちそういうところあるよな。車の鍵を持って、携帯と財布だけポケットに突っ込んだ。

「ちわっす!」
『やっときた』
『入ってー』
「やっとってなんすか!」
『やべえ聞こえてた』
『早く入らないと閉まるよ!』
コンシェルジュのお姉さんに片手で挨拶して、そそくさと通り過ぎる。中原さんはもう満足げな声だったし、新城さんからは「早よ入れ」的なことしか言われなかった。愛を感じないっすね!年下なんだからもっと甘やかしてほしい!
なんちゃって。一応手土産代わりにと、コンビニで適当にお酒を買ってきた。中原さんの分にと、デザートも。お酒の代わりになればいいけど、俺たちが飲んでたら飲むかも。そしたらそしたでいい。
何度か通って、もうとっくに覚えてしまった建物の中の構造。一回変なところで降りて変なところに出てしまったことがあるので、もう間違えない。ぴんぽん、とインターホンを鳴らせば割とすぐ玄関扉が開いた。顔を出したのは新城さんだ。
「こんばんわっす!」
「こんばんはー。どうぞ」
「おじゃまします!」
「中原くんが待ちくたびれてぷんぷんだよ」
「ぷんぷんすか」
「ぶちはすぐ来る!だって」
「同居猫と俺を一緒にしないでほしいすね」
「呼べば来るところは一緒じゃん?」
まあ、それはそう。なにも言い返せない。リビングに近づくにつれていい匂いがする。お腹空いてる?と聞かれて頷くと、一足先に曲がって台所に入って行った新城さんが、箸を渡してくれた。
「ほい。町田くんのお箸」
「あざす!」
「ご飯は大盛りに持ってくね」
「わはー!やったー!」
「……あとさ?」
「はい?」
「ずっと聞こうと思ってんだけどさ?」
「はあ」
「……その頭どうしたの?」
「……!!」
忘れてた!いつも通りすぎて、短くなったことも黒くなったことも、頭の中からすっ飛んでいた。ばっと自分の髪の毛に手をやった俺に、いや変とかじゃなくてどうしたのって、次の役のイメージなのかなって、俺はそう思ったけど、と新城さんがふにゃふにゃ濁す。俺は、俺は?ということは、もう一人は?
「んー」
「……ここのインターホン、カメラ映るんすよね?」
「うん」
「中原さん、俺のこと見ました?」
「見た」
「ほんとにぷんぷんなんすか?」
「だった」
「今は?」
「大爆笑」
「わ″あ″ー!」
「うわうるさ」
いきなり上げた大声に、新城さんが顔をしかめた。そのままの勢いでリビングに飛び込めば、ソファーのところに丸まっていた中原さんが、真っ赤になって涙目で顔ぐちゃぐちゃで、俺のことを見るなり次の波が来たのか、ぷひーっ!て吹き出してまた丸くなった。失礼だろ!
「おいこらあ!」
「うひっ、ひっ、ひぃ、まち、っまちだ、っふひ、ひひっ、ぅひひ」
「中原くんその笑い方可愛くないぞー」
新城さんが台所から投げた言葉にも、ふひー!と笑い声で返した中原さんが、腕の隙間からちらりと俺を見上げて、ぶわはははは、と転がり回るので、大変腹が立った。俺だって似合ってないなんて分かってるんすよ!でも切っちゃったもんはしょうがないでしょ!箸をとりあえずテーブルに置いて、そう喚きながらのしかかれば、おもたいおもたいとじたばたしながらも、笑い転げ続けられた。
「ぁあはっ、だめだもお、だめ、しぬ、ぃひひひっ」
「そんな変じゃないでしょおが!」
「ちっ、ちゅ、ちゅーがくせいに、みえる、ぶふぅっ」
「え!?」
中学生に見えるわけないだろ、成人済みの男だぞ。新城さんの方を勢いよく振り返れば、ちょうど焼きあがったお皿を持ってきてくれた新城さんに、まあ見えなくもなくもなくもないかもしれないかも、とすごく微妙なぼやかし方をされた。どっちだよ。食べないの?と首を傾げられたけれど、笑いすぎて痙攣が治らなくなってる中原さんにはやっぱり腹が立つので、いっそ笑い殺してやろう。わしわしと脇腹に手を擽れば、けたけたと笑っていたのとは違う声の高さで悲鳴を上げられた。
「ひい!?やめっ、やめろ!こら町田、ぃひ、っぁえ、ぇう、ぅひひ、ひぃ」
「町田くん、中原くんあんまりくすぐりすぎると吐くよ」

「うまーい!」
「うれしーい」
「おい、辣油」
「中原くんももっと町田くんを見習って目をきらきらさせたりしてほしい」
「あー、その人は中学生だから」
「あ″ぁ!?」
もう散々食ったからちょっと休憩。なんて、ぶちちゃんに乗っかられた中原さんがソファーに横たわって、ぷふー、と満足そうな息を吐いている。しかしまあ美味しい。もう新城さんはお店を出したらいいと思う。一口目で、なにか美味しいものが入っている!と新城さんの方を向けば、紫蘇だそうだ。俺は料理がほぼからっきしなので、餃子に紫蘇って入ってるんすね!と納得し、多分基本入ってないよ、とあっさり言った新城さんに、分かってないけど分かった感じで頷いといた。即バレた。
ご飯の器が2回ぐらい空っぽになった頃、お腹をなだめられたらしい中原さんがダイニングテーブルに戻ってきて、ソファーに置いてけぼりにされたぶちちゃんが、足元をぐるぐるし始めた。このテーブルには基本的には椅子が二つしかなくて、新城さんと中原さんの二人暮らしだから当たり前なのだけれど、折りたたみの椅子で今は三人用の机にしている感じだ。俺は多分いつも中原さんが座っているところで、当の中原さんはお誕生日席に折りたたみ椅子で座っている。ぶちちゃんはどうやら誰かしらの膝の上に乗ろうとしているようだけれど、この賢い猫は、ご飯中にそれをするとお行儀が悪いと降ろされてしまうことも分かっているらしく、可愛く鳴きながらすりすりと甘えて頭を擦り付けてくる。ちなみに、新城さんにはランダムで噛み付いているらしく、突然新城さんが跳ね上がって、ぶちちゃん!とテーブルの下を覗き込んだりもする。罪な猫である。中原さんが、もっかい、と餃子をつまみはじめて、はたと時計を見上げた。8時になるとこ。
「あ。町田が出るやつやる。見なきゃ」
「え?えー、えっ、恥ずかしんすけど……本人ここにいんのに……?」
「俺の膝の上で俺の主演作の鑑賞会したりする人だよ、諦めな」
「なんで出た?番宣?」
「いえ、ふつうに……クイズ番組のオファー、最近増えたんすよ」
「変な回答するからじゃね」
「バカキャラになっちゃったの?町田くん」
「バカじゃねーすよ!」
「そういうとこじゃない?」
「そういうとこだな」
「どこすか!?」
自分が出ているところを見られるのは恥ずかしいものがあるのだけれど、中原さんは俺が出ているものは積極的にチェックしてくれていて、嬉しいようなこそばゆいような、やっぱり恥ずかしいような。新城さんも右に同じで、こないだやった舞台にも来てくれたことがある。楽屋にも挨拶に来てくれて、俺は舞台やったことないから、と興味深そうだった。中原さんは「人多いとこ無理」だそうで、その代わり円盤を買ったそうだ。嬉しいんだけど、こう、授業参観のような気持ちというか、うーむ、分かってくれ。嫌ではない。ただ、見んなよお、と言いたくなってしまうのだ。思春期なので。嘘です。
「まだ金色だった頃の町田だ……」
「ええ!黒くなったのはほんの数時間前なんでねえ!」
「この時はまだ20歳そこそこなのに……今はもう……っふ」
「中原さん」
「おいやめろ、くすぐったい、こぼす」
お皿の横にあった中原さんの手首をこしょこしょしたら、だめ、と逃げられた。だったら言うなし。ぶすくれた俺に気づいたのか、がしがしと犬か猫にするように適当に顔周りを撫でられて、まあちょっと気分は良かったので許した。テレビに目を向けていた新城さんが、そういえばね、と口を開く。
「このグラドルさん、結構いろんな人に手ぇ出してるから、気をつけたほうがいいよ」
「そうなんすか?」
「んー。撮られてるけど懲りないっぽくて。巻き込まれんの勘弁じゃん」
「俺あんま仲良くさしてもらってないすね」
「俺も。ん?や、俺は付き合いが悪いから誰とも仲良くはないか」
あははー、と笑った新城さんの付き合いの悪さは業界でも結構有名で、後輩の世話してやるみたいな話も聞いたことないし、特定の友人がいてその人と食事に行くとかいうのも聞いたことないし、なんなら打ち上げがあっても一次会で絶対帰る。中原さんがいるから、というのを俺は知っているけれど、それを知らない人からは不思議でしょうがないわけだ。だって、人嫌いと言うわけでもなければ、面倒がりでもない。どちらかというとまめで懐っこい性格なので、年上の先輩方からも可愛がられているのに、とにかく仕事以外の付き合いは絶対しようとしない、と有名なのだ。だから、俺がこの前、仲のいい俳優仲間、と聞かれて真っ先になにも考えず「新城さんです」と答えてしまった日には、俳優仲間からもスタッフからも、あの新城出流と!?と聞かれたし、オンエア当日にはファンの人たちのおかげでものすごくネットが燃え上がった。インスタ遡られて、俺はよくツーショットとかを載せてしまうので、ほんとだ!町田侑哉のところに、他の誰のところにもいない新城出流がいる!と騒ぎになった。そういえば、あれ迷惑じゃなかったのかな。俺がうっかりぽろっとしたから。そう聞けば、新城さんはちょっと驚いたように目を丸くして、すぐに破顔した。
「嬉しかったよお、あれ。町田くんが、俺のこと友達って言ってくれたの」
「新城何回も巻き戻して見てた」
「……中原くん余計なこと言わなくていいの」
「俺も一緒に見てたのに、これ見てって何回も言われた」
「中原くん!」
「……ふへ」
新城さんが照れてる。嬉しくて、つい間抜けな声をあげて笑ってしまった。じゃあ、これからも、お友達ですって言おうっと。

「町田くん」
「はい?」
「君何で来たの?」
「車すね」
「……お酒飲んじゃったの?」
「……あ!」
「もー、ばかー」
可笑しそうに笑った新城さんが、泊まり、ないしはアルコールが抜け次第帰るんだね、と俺のズボンにぶら下がっていた車の鍵をとった。忘れてた。マイペースな中原さんは、俺のことを特にお客さん扱いしないので、ねむたい、とお風呂場に向かってしまった。中原さんの抜け殻のようにぽとぽとと、お部屋用のもこもこ靴下とパーカーが、居座っていたソファーの上とリビングの出口にそれぞれ落ちていて、閉まりきっていない脱衣所にTシャツが挟まっていた。しょうがないなあ、と新城さんがにっこにこで拾い集めている。お世話好き。
「町田くんもお風呂入ってく?」
「あー、や、……うーん……」
「明日仕事か。帰りたいかな」
「明日はお昼から雑誌なんで、別に……変なことしなければ」
「変なことて」
意味深、と新城さんが笑った。深い意味はないのだけれど。
新城さんはまめなので、中原さんがいない間にリビングがぴかぴかになった。いつ来てもこの家は綺麗に片付いている、と言いたいところだけれど、新城さんが泊まり撮影で不在、中原さんの一人暮らしになると、徐々に徐々に散らかっていくから不思議だ。中原さんも家事ができないわけじゃない。というか、やったことはあるっぽい。けど、多分新城さんがスキル的に上回ってしまったから、中原さんにやることがなくなり、退化したんだろうな。俺は掃除は好きだけど料理はできないので、見習いたい。家庭的な男がモテるとか言うし。
ソファーにだらけてクッションを抱く。まるで我が家のようだ。もうここを第二の我が家としよう、とふわふわした頭でぼんやり思う。このクッションもいつもいい匂いするし、ぶちにゃんの毛も綺麗に掃除してあるし、とふかふかに顔を埋めると、さっきまでシンクのあたりにいた新城さんがいつのまにか隣にいた。ヒッてなった。我が家撤回。
「それは中原くんの匂いだから駄目」
「あっ」
「町田くんでも駄目。駄目なものは駄目」
「……中原さんそんないい匂いしねーすよ」
「そこから飛び降りろ」
「だって絶対中原さんのにおいじゃねーんすもん、あの人もっとくさ、ひっ助けて!」
「なんでもするんだろ」
「ボールペンを置いてください!」
新城さんに、中原さんの匂いがするらしいクッションを奪い取られて、代わりに咄嗟の防御に使ったブランケットにボールペンが突き刺さった。このブランケットどうすんだよ。穴空いちゃったぞ。中原さんに怒られると思う。ていうか怖えよ。帰ればよかった。
中原さんはいい匂いです、と復唱させられている辺りで中原さんが帰ってきた。ものすごい引いた目でこっちを見ている。やめてくれ。俺のせいじゃない。俺をそんな目で見るな。
「……町田帰れば……?」
「中原さんのせいなんすからね!もう!馬鹿!ブス!」
「ああはいはい」
「町田くんレーシック手術に興味ある?」
ブスって言われた本人より、世間様の人気を一身に集めている俳優が真顔の微笑みを浮かべて瞳孔かっぴらいてる方がやばい。本人を見習って流してほしい。スルースキルって大切。
はあ疲れた疲れた。ソファーに横たわっていたら、腹が出ている、しまえ、冷える、と口々に言われた。うっせーおっさん。口に出さずにそう思っていると、念が通じたのか、中原さんが腰を鳴らして顔をしかめた。ごき、って言ったもん。
「いて」
「歳すね」
「……ただの筋肉痛だよ」
「歳っしょ?歳っすよ。きっとそう」
「今日こいつ態度悪いぞ」
「町田くんにもグレたい時くらいあるよ」
「……夏休み明けにデビューするみたいなあれか……」
「ふふ」
「全部当の町田くんまで聞こえてるんすけど」
「中原くん、マッサージしてあげようか」
「いい。お前変なとこ触る」
「触らないから」
「触るから」
「触んないっつってんでしょうが!」
「嫌だ。触る。新城の気持ち悪い顔はあそこの中学生には刺激が強すぎると思う」
「うるせー、我儘無職ヒモジジイ。バカ」
「……………」
「あー!いたい!」
ぶちちゃんをけしかけられた。突進された。ギスギスできるぐらい仲良くなってよかったね、と新城さんが生ぬるい目で見つめてくるのが本当に嫌だ。どれもこれも中原さんがしつこいのがいけない。あと、風呂入んないの?とかナチュラルに聞かないでほしい。帰ります。
「町田くんそこどいて、中原くんのマッサージするから」
「……いよいよ俺の扱いひどくないすか」
「好きなものは雑に扱うタイプの人間なの。中原くんが横になるから退いて」
「あっひどい、うわあ、中原さんのこともこうやって、雑にっ、押しのけて退かすんすか!」
「中原くんにはしない」
「あぎゃー!」
ソファーから落とされた。そそくさとクッションを整えた新城さんが、さあどうぞ!と中原さんを横たえる。腑に落ちない。あとで町田くんにもやってあげるから、と笑顔を向けられて、素人のマッサージは危ないんすよ、と拗ねた口調で返した。だはー、と俯せた中原さんが、顔だけこっちに向けた。新城さんがしっかり手をあっためてるところが本気っぽくて嫌だ。
「……お前、素人だったのか」
「でもマッサージが本職の人がやってるところ見たし。コピーならできるし」
「じゃあいいや」
「でもその人のふりすると中原くんめっちゃ怖がるだろうから、まあ要するに俺本体は素人だよね」
「駄目じゃんかよ」
「しょうがなくない?」
「じゃあ新城お前、今まで素人のくせに偉そうに俺のことマッサージしてたんだな」
「言わなきゃバレないから」
「やってやるって毎回言うから誰かに習ったんだと思ってた……」
やめだやめ、と中原さんが新城さんを蹴っ飛ばした。新城さんの成り代わりは、知らない人を錯覚させるには十分だから、他人が大勢いるところが好きじゃない中原さんには受け入れられないものなんだろうな。今まで適当にやってたのもすごいけど。
だからってなんでこうなる。
「俺帰るっつってんじゃないすか」
「マッサージしてあげるから」
「見ててあげるから」
「新城さんがマッサージしてくれるのはともかくとして中原さんの意味ってあるんすか」
「あるだろ!こう、手を握ってもらうことで、心が安らかになるだろ!」
「手がヤニ臭くなります」
「あっお前!シッ!」
「いたい!」
今日はよく叩かれる日だ。絶対俺が悪いわけじゃない。煙草の事は秘密にしておくことになっているんだと忘れていた。ちょっとうっかりしただけ。
何故か、中原さんの代わりに俺がソファーに横たえられている。新城さんが「マッサージ師さん」の役に入る傍、中原さんは若干の距離を置きながら、俺の手を取り、ぶちちゃんに乗っかられている。なんだこの状況。なんだ?早く帰らせてくれ。もう酔いは冷めたから。
「……もしさっき食ったもん俺の口から出たらどうします?」
「ゲロの処理なら新城が慣れてる」
「そうじゃねえんすわ……」

「文句言ってごめんなさいは?」
「……文句言ってごめんなさい……」
「どうだったのよ」
「……気持ち良かったです……」
「え?聞こえない」
「気持ち良かったです!」
「えげつない声出てたもんな、町田」
「うるせー、無職ヒモ男!」
「うるせえのはお前の喘ぎ声だよ」
「ばーか!」
天国の侑哉へ。俺みたいなのとも仲良くしてくれる兄貴分二人は、きっと侑哉とは仲良くなれないと思うので、その一点においては侑哉とあの時さよならしておいて良かったかもしれません。以上。
そしてこの日は結局泊まった。あと、流石に男三人で一つのベッドには無理があった。真ん中にいた中原さんが無事だっただけで、朝起きた時点で、俺は半分落ちかけだったし、新城さんに至ってはもうベッドにいなかった。朝ごはん作ってくれてました。
「町田くん、卵はかため?やらかめ?」
「……たまご……?」
「まさかとは思うけど君も寝起き悪いタイプなの?やめてよ、中原くんと被る」



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