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おばけのはなし





「見たい映画があるんだけど」
「……………」
「あれ?無視?電波障害?時差?弁当?もしもーし?」
「……………」
「おい」
「痛……」
伏見が弁当の隣にぴったりくっついて座りながら、しつこく話しかけては最終的に叩いた。全てが疑問形な辺りがしつこさを増している。ていうか、あの絡み方をされるってことは絶対弁当にとっては良くないことが起こるから無視してるんだろうなって、そんなこと俺でも分かるのに、物理的に関わられてかわいそうだ。しかし恐らく、伏見は他でもない弁当に用があるので、俺じゃ代わりにならないのだ。俺ができることなら俺に最初から言ってる。例えばほら、下のコンビニで飲み物買ってこいとか、そういうこと。
「映画」
「ディズニー?」
「は?違う」
「ゆきだるまのやつの2が今やってるよ」
「違うっつってんじゃん」
「じゃあ何」
「これなんだけど」
「誰か連れていきたいなら小野寺と見に行きなよ……」
「でかいから嫌」
「身長変わんないんだけど」
ていうかなんで黙ってるの、とこっちに目を向けられて、昨日からどうも喉が痛い旨をぼそぼそと説明する。風邪だと思うからマスクしてるんだけど、伏見に「黙ってりゃすぐ治る」と言われてしまったので、なんとなく言われた通りにしているのだ。けんけんって咳出るし。
これ、とスマホの画面を伏見が弁当に見せて、一目見た弁当がものすごく嫌そうな顔で体を離した。追う伏見。逃げる弁当。たっぷり1分ぐらい無言の攻防を繰り広げたものの、伏見があまりにしつこいので、弁当が観念したように元の場所に戻った。
「嫌」
「え?聞こえない」
「嫌です」
「そういうこと聞きたいんじゃない」
「見に行きたくない」
「でもさ、ホラー映画一人で見るの寂しいじゃん」
「俺はそのホラー映画を見に行きたくないっつってんだけど」
「目ぇ閉じてていいから」
「聞こえるから嫌」
「耳も塞いでていいから」
「それ、なんのためにお金払って映画館行くの?」
「ねーえー!」
「嫌」
べたりと伏見が弁当にもたれた。小野寺と行きなよ、と死んだ顔で繰り返した弁当がこっちを見る。でも俺、求められてないわけだし。弁当の顔に「どうにかしてくれ」とはっきり書いてあるので、しばらくぶりに口を開いてみることにした。朝から黙ってたし、ちょっと喋るぐらい大丈夫だろう。
「一応聞くけど何見るの、けふ」
「咳出てる人はこっち来ないで、移る」
「……………」
「なんか怖い映画の続きの、二作目みたいな」
「怖くない怖くない」
「小野寺また黙っちゃったじゃん」
「喉痛いからほっといてあげて」
「俺は見に行かない。小野寺が回復してから小野寺と行けばいい」
「弁当と行きたいの」
「俺は行きたくない」
「行く」
「嫌だって言ってる」
完全に堂々巡りだ。どうするんだろうなあ、と思いながら見ていると、しばらくもちゃもちゃ揉めていたものの、埒が開かないと思ったらしい伏見が俺に携帯を向けてきた。
「これ怖くないよね」
「……んん……」
「怖いやつの続きなんだから怖いに決まってるでしょ」
「でもハッピーエンドに向かっていくとかいかないとか聞いた」
「いかない。絶対にいかない」
「なんで分かるの」
「このポスターの感じは絶対に良い方向にいかない。ね、小野寺」
「小野寺!」
「ゔ、ぐ、揺らさな、げほっ」
いつのまに伏見が回り込んだのか、両側から揺さぶられている。咳が普通に苦しい。つらい。
伏見が見せてきた画面に映っていたのは、ちょっと前にやったホラー映画の続きが先週公開!っていうポスターだった。ピエロのやつ。俺は見てないけど、見てない俺でも知ってるぐらいのやつ。そりゃホラー苦手な弁当が見たいわけがない。人気のホラー映画の続きなんて俺だってやだし、続きってことは1を見ないとなーって気にもなる。伏見は多分1を見ているんだろう。一頻りがくがくに揺さぶられてから解放された。
「ごめん、小野寺」
「へいき……」
「小野寺に詫びる気持ちがあるなら俺と映画見に行って」
「行かない」
「風邪っぴきを映画館に連れて行くことになったら本人が辛いだけではなく周りの人にも迷惑がかかります!」
「小野寺が治ってから行けばいいと思います」
「そういう正論が聞きたいわけじゃない」
「うるさい」
「今弁当うるさいって言った!」
それは伏見がうるさいからだ。弁当は意地でも行かないと思う。ていうか、元々ホラー苦手だって言ってるじゃん。
授業がはじまってしまったので、その話はそこで終わって、次の日。咳は良くなってきた。少なくとも、おはようって言えるぐらいには。喉ががさがさした感じがするのが、慣れなくて気持ち悪い。一限は弁当と一緒、二限で有馬が来て、指をさされた。弁当に俺が風邪をひいたことを聞いたらしい。
「小野寺風邪引いたの?うける」
「……有馬なんか風邪引いたことないくせに」
「あるし。熱とかめっちゃ出るし。50度」
「は?俺80度」
「二人とも死んでるよ……」
呆れながらスマホを取り出した弁当が、びくりと肩を跳ねさせて、そのまま手を滑らせて落とした。珍しい姿に、落ちたぞ、どうした、壊れるぞ、と二人して机の下に潜って拾えば、表示されていたのが。
「弁当、一回伏見にちゃんと怒った方がいい」
「……俺、こんなのの設定の仕方、知らないんだけど……」
「なに?弁当いじめられてんの?」
どうも伏見から電話がかかってきているようなのだけれど、着信の画面が件のピエロだ。昨日話してたやつ。なにをどういじったら着信の画面をそんな設定にすることができるのかは不明だが、伏見はどうにかしてやったんだろう。ちなみに、俺が弁当に電話をかけたら普通の画面だった。伏見の時だけ特別らしい。ますますどうやったんだかが分からない。着信音を個別にするみたいなもんなんだろうか。
「……二度と伏見からの電話出れない」
「直してもらいなよ」
「うん……」
「え、弁当ピエロも怖えの?幽霊だけじゃなくて?」
「普通のピエロは怖くない。人を殺すピエロは普通のピエロじゃない」
「そうだけど」
「違う」
首を横に振った弁当が静かにスマホを伏せたので、伏見からの着信は無視された。嫌がらせのためとしか思えないので、さもありなん。ホラーがダメな弁当に、どこまでがありでどこからがなしか?と有馬が聞いていたけれど、今のところ全てに弁当が首を横に振っている。オールなしじゃんか。
「じゃあ子ども向けのお化けの映画は?おばけのふわふわフワピ〜みたいなやつ」
「ギリ」
「ギリなんだ……」
「フワピーがいろんなとこに現れられるってことは別の有害な幽霊も同じかもしれないつてことでしょ」
「ああ、まあ」
「だからダメ」
「厳しいな……」
「ゴーストバスターズは?」
「あれはゴーストをバスターする話だから」
「あり?」
「……微妙」
「弁当のセーフの範囲、破茶滅茶に狭いな」


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