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おばけのはなし



たまにはうちでご飯でも一緒にどう?なんてさちえの一言で、海と航介と三人でうちの実家に立ち寄ることになって、早数時間が経った。鮭のシチューはおいしかったし、久しぶりに父ともゆっくり話せたりなんかして。海は友梨音にべったりできて嬉しそうだ。航介も、俺と二人よりばたつかないので、のんびりしている。俺はすることがないのできょろきょろしている。いや、だって、海も航介も構ってくれないと暇なんだもん。
いい時間だしもうちょっとしたら帰ろうかな、なんて思っていた矢先、海と隣同士に座ってテレビのリモコンをいじっていた友梨音が、小さく声を上げた。
「あ、」
「んー?」
「ううん。怖いテレビ」
「ああ、時々やるよね。本当にあった系の怪談話」
つい反応した俺に応えた友梨音は、ドラマ仕立てのそれを通り過ぎた。それを見て、海がぱかりと口を開ける。
「みないの、ゆりねちゃん」
「んー、海ちゃんにはまだ早いよ。怖くなっちゃうよ」
「うみ、おばけこわくないよ」
「そっか。強いね」
誇らしげな海の髪を撫でた笑顔の友梨音が、動物番組にチャンネルを合わせる。ふわふわのもふもふが画面の中でちょこまかしていてかわいい。しばらくすると「うみ、いぬかいたい」に話がシフトしてしまって、頭が痛くなるのだけれど。
しかしまあ、海はお化けが怖くないのだ。もう年長さんで、理解の範囲的にはある程度そういうものを怖がるようになっていてもおかしくはないようなのだけれど、全く怖がらない。お友だちがどんなにビビっていても、平気な面をしている。夏に保育園で簡易お化け屋敷みたいなのを先生たちが作ってくれて遊んだ時にも、仲良しのまさきくんはギャン泣きだったのに海はケロっとしていた。まさか分かっていないのかと思って、その後一度説明をしたけれど、怖いものだということは知っているようだった。どうせ作り物だから、とかいうスレた理由でもなく、不思議なことに、ただただ海の中ではお化けが恐怖の対象にならないだけらしい。
俺も航介も、別に怪談話を頭から信じているわけじゃない。けど、一応、怖いもんは怖いじゃないか。深夜の墓地とか。誰もいない廃病院とか。ホラーゲームでびっくりしないわけじゃないっていうか。だから海のガチで怖くないのがちょっと信じられない。感性が鈍すぎるのではないだろうか。
と、海を寝かしつけてリビングに戻ってきた航介に言ってみた。ああ、さっきの話、と合点がいったらしい航介は、少し宙に目を泳がせ、考えて。
「でも鬼は泣くぞ」
「お化けは平気で鬼はダメな意味が分かんない……」
「それはほら、鬼は海のこと連れ去るから」
「誘拐犯じゃん」
「去年連れ去られてたろ」
「節分の時?」
「そう」
「そうだっけ」
そういえば海は、自分にとって悪いことをした相手に対して「おにがくるから!」とさも恐ろしげに脅しをかけるんだった。尚更お化けが平気な理由が分からなくなっただけなのだが。
「見たことないから怖くないんじゃねえの」
「鬼だってマジもんじゃないじゃん」
「海の中ではマジの鬼なんだろ」
「じゃあお化け屋敷とか行ってみたらお化け怖くなるのかな」
「どうだろうな」

「海、寝るよ」
「ねなーい」
「寝る時間だって」
「ねむたくなーい」
「寝ようよ……」
やー、と布団の上で転がっている海は、いつもよりもかれこれ1時間近く夜更かしして、寝ない、の一点張りだ。普段なら航介が寝かしつけるんだけど、明日は俺がお休みだからお風呂以降の面倒を見るのを任されたのだ。えっへん、と言いたいところだけれど、全然寝ようとしないので全くもってえっへんじゃない。なんで今日に限って。完全に甘えふざけモードの海をちょっとびびらしてやろうと思って、わざと低い声を出す。ついでに手を胸の前にだらんと垂らして。
「さくちゃん聞いたことある、あんまり夜更かしするとお化けが来るんだよ」
「えー」
「お化けにさらわれるぞー」
「おばけそんなことしないもん」
「お化けの友達でもいんの?」
「んー。おばけはいじわるしないんだよ」
「そうなの?」
「そうなのよ」
何故かおばさんみたいなモーションと言葉を共にしながらそう告げる海に、どこ情報?と聞けば、逆にお化けがいじわるしてくるとはなんぞや?といった感じで聞き返された。確かに。言われてみると、殺人事件の犯人と被害者ならまだしも、お化けに恨まれる理由は俺にはない。海に諭された気分だ。
「おばけにもやさしいのがいるよ」
「そうなんだ」
「さくちゃん、やさしいおばけにあえるといいね」
「うん。会ったことない」
「そおなんだ」
「お化け自体に会ったことないんだけどね」
「こわくないよ」
「会ったことないから分かんないよ」
「へーきだよ」
とかなんとか言ってる間に、寝た。今さっきの話からして、海はどうもお化けに会ったことがあるらしい。まあマジモンのそれじゃないにしても、お化けに見まごうなにかに出会い、しかもそれが大して怖くなかった上に優しかったが故の「おばけはこわくない」なんだろう。なにとお化けを勘違いしたんだかは不明だが。
後日海に、海が会ったお化けってどんなんだったの?とお絵描きしてもらったら、とんだクリーチャーが爆誕してしまったので、これで怖くないのは嘘だ、と航介と二人で顔を突き合わせて思った。
「角生えてるぞ、鬼だろこれ」
「でも足はないよ、尻尾みたいになってる」
「キメラじゃねえか」
「目ぇ四つある」
「口裂けてるしな」
「このお化けに深夜出会ったら俺腰抜かす自信あるんだけど」

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