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おはなし



「町田くん、最初はつんけんしてたよね」
「へ」
「年上嫌いって顔に書いてあった」
そうだったっけ。自分で思いかえそうとしても無理だった。中原さんはぷうすか寝息を立てている。ぶちちゃんはそのお腹の上で丸くなっている。苦しくないんだろうか。さかのぼりましてはー、と指を立てた新城さんにつられて上を向いた。
「いや、別にシリアスな話したいわけじゃないから、お菓子食べながら聞いて」
「そうすか?」
「そうすね。期間限定のバウムクーヘンがあるよ」



遡りまして、多分、新城さんと出会ったばかりの頃。中原さんの存在すら知らなかった時。
雑誌のインタビュー、後。生憎のゲリラ豪雨。今日は運悪く自分の車じゃなくてタクシーで他局から来たところで、傘がないなあ、と楽屋でぼんやり思ったのだ。一緒にインタビューを受けた女優さんは、マネージャーさんの車で帰るようだった。それならば頼りになる俺のマネージャーは、と思ったけど、少し時間はかかるけれど車を回してきましょうか?と聞かれると同時、楽屋の扉がノックされた。
「おじゃまします。町田くんまだいる?」
「ぇあ、新城さん」
「いたいた。やっぱこの雨じゃ足止め食らうよね、良かった」
ひょこりと顔を出した先輩俳優に、マネージャーさんがお辞儀をする。軽く笑って応対した新城さんは、ドラマの宣伝収録で来たのだけれどあまりの天気に続きはまた後日ということになったらしく。
「車乗ってく?」
「え、直帰すか」
「うん。この雨だもん、外撮影全没だよ」
「えー……、と。どうしましょう?」
「この後の予定はないので、町田くんに任せますよ」
「そっかあ……」
マネージャーさんを一応伺ったものの、マジでどちらでも良さそうだった。新城さんを頼りたい気持ちはあるけれど、迷惑だろうなあとか、手間だよなあとか、そういうことも普通に思うわけで。数秒考えて、お断りすることにした。元々ちょうど、車回してもらうつもりだったわけだし。
「いいすよ、車持ってきてもらうんで」
「そう?でも」
「マネージャーさんにお願いするとこだったんすよ、ねっ」
食い気味で新城さんの話を遮る。ええ、まあ、と頷く眼鏡の彼は、それでいいのか?と目でこっちに問いかけてくるので、頷きを返した。だって足になんか使えないでしょ、先輩のこと。俺とマネージャーさんの会話を聞いた新城さんが、ふむふむと頷いて。
「差し入れでもらった10個入りのドーナツがあるんだけど、町田くん食べる?」
「どーなつ」
「一個単価200円のやつ」
「にひゃくえん」
「でもドーナツの箱、車に置いてきちゃった」
「くるまに……」
「食べたい?」

「……………」
「ドーナツにまんまと釣られたから拗ねているんだね、町田くん」
「分かってるなら言わないでくださいよ……」
ドーナツの箱を抱えさせられたまま、動く車窓の外を眺める。突発的な豪雨のくせして全く止む気配もないので、ほぼなんにも見えない。ほんとにマネージャーさんに送ってもらうつもりだったんだぞ。新城さんが、いや、新城さんのせいではないのだけれど。いいじゃないの、好意は受け取るべきだよ、と普遍的な言葉で流しかけた新城さんが、ばたばたと窓を打つ洪水のような雨に、言葉を止めた。
「それとも、年下なんだから甘えられる時は甘えるもんだぞ、って言うべき?」
「……年下扱い、やめてください」
「事実だしねえ」
雨の日はなんとなく気分が良くは無い。めーちゃんに、雨が降りそうな日は環生レーダーを見て決める、機嫌が悪かったら降る、ご機嫌なら降らない、と天気予報扱いされたのをぼんやり思い出した。それにしたって我ながら態度が悪いなあ、と運転席の新城さんにちらりと目を向ければ、気にしてないよ、と先手を打たれた。気回しが早すぎる。
家の前まで車をつけてもらうのはなんとなく嫌で、最寄りの駅まで送ってもらって、そこで別れた。コンビニでビニール傘を買って、足元をびしょびしょに濡らしながら帰る。開いた傘は撓んで、今にも飛ばされそうだった。なんか、大人なとこばっか見せつけられたっていうか、子ども扱いされてるっていうか。ドーナツ、10個も食べきれるかな。



「覚えてます?」
「あー、覚えてます」
「ずっと気になってたんだけど。あれ、ドーナツどうしたの?」
「食べましたよ。夜ご飯代わりに」
「町田くん、あの頃はまだ俺に対しての目つき悪かったのにね」
「不信感を抱いていたんです」
「今は?」
「わかんねっす」
分かんないのかー!と笑われて、分かんないですね、と返した。年上が好きでなかったのも、自分から関わりたくなかったのも、全部本当だし。けど今は結局、兄が生きていたらを仮定したよりもいくつか年上になるこの二人の家にしょっちゅう遊びに来ては甘えているんだから、不思議だ。他に友達いないのか、と中原さんには言われたけれど、別に友達いるし。
「これうまいすね」
「中野さんがくれたんだー。いいお店のやつらしいよ」
「へー」
「あれ、町田くんも中野さんと関わりあるよね?」
「ありますよ、ドラマ一緒だったじゃないすか」
「俺たちより上だと更に嫌なの?」
「別に嫌とかでは……」
「年下はどうなの?」
「なんなんすか、もー」
「女の子なら年下と年上どっちなの?」
「中原さあん、新城さんがしつこい」
「んん」
唸りはしたものの、起きなかった。ぶちちゃんは起きたし、そのまま俺の膝の上に乗っかってきた。かわいい。ふかふかの毛並みを撫でながら、ねえねえ、としつこく揺さぶってくる新城さんに、生返事をする。
「だって、そういえば町田くんの女の子の好みの話とか聞いた時なかったから」
「話したことありませんもん」
「彼女いたことぐらいはあるでしょ」
「ありますよ」
「かわいい系?きれい系?」
「しーつこーい、このおっさん」
「おっさんというほどの年ではなーい」
恋バナして♡と顎に手を当ててかわいこぶられて、普通に嫌だった。いや、新城さんのぶりっこ、演技ならまだしも素で見せられても気持ち悪いし。彼女はいたことありますよ、とふわふわ返事をしていたら、そういうところでさっきみたいに回想に入れよ!と頰をつねられた。いたい。
「いやです、プライバシーなんで」
「さかのぼって!」
「遡りません」
「彼女遍歴の話して!」
「しません」
「じゃあなんか若々しい話して!高校生の時の青春ぽい思い出話とか!」
「んー。新城さんも知ってる話があるじゃないですか」
「ん?」



大分仲良くなって、俺が新城さんと中原さんの家にしょっちゅう行くようになってからのことだ。
「町田くんの秘蔵映像が動画サイトに上がってるよ」
「えー?俺別に秘蔵してるもんなんか無、はっ!?新城さんなにしたんすか!?」
「ナチュラルに俺が流したと思うの信用なさすぎない?」
「どれすか!?」
「痛いし君中原くんじゃないんだから人の上に乗り上げてこないで、いたた、成人男性として普通に重い」
「なに暴れてるんだ」
呆れ顔の中原さんが、今日の用事であったところの、借りたかったDVDを片手にリビングに戻ってきた。今度出させてもらうシリーズもののドラマ、シーズン1を新城さんが持ってるって言うから借りたくて、でも当の新城さんは「どこにあるか忘れちゃった。中原くんのクローゼットの奥かな?」とのことで、お前に服を触らせると数枚無くなるから嫌だと中原さんが探し役を買って出てくれたのだ。誰が悪いって、新城さんが悪い。携帯片手の新城さんの上に乗り上げていたのを渋々降りて、中原さんからパッケージを受け取る。
「ほら。あった」
「中原くんありがとー」
「ありがとうございます!」
「局から借りたりできないのか?そういう資料って」
「お願いしたら出来るんじゃないすかね?お願いしたことないんで分かんないけど」
「お願いすれば局か事務所か武蔵ちゃんが色々用立ててくれるよ」
「俺のマネージャーさんは新城さんのとこのほど完璧じゃないんで」
「抜けてて面白いよね、町田くんのマネージャーさん」
じゃなくて。秘蔵映像ってなんだ。俺は別に、隠し事が多いわけでもないし、バレたら社会的に死ぬことだって、まあ、片手の数ぐらいしかない。片手の数ある内の一つを握っているのが目の前で携帯をすいすい弄りながら、見たい?と小首を傾げている赤茶の髪のイかれ野郎なので、心配なだけなのだ。
「すげえ失礼なこと考えてない?」
「また新城がなんかしたのか」
「あいつ、俺を社会的に殺そうとしてきます。中原さん、たすけて」
「最低。男の嫉妬は醜い」
「まだ俺なんもしてないよねえ!」
中原さんの背に隠れながら言えば、違うんだってば!と画面を突きつけられた。何が出てくるか分からなかったので、取り敢えず背中に隠れ続けて現実逃避をしていると、へえ、と思ったより明るい中原さんの声。
「町田、全然殺意ないやつだった」
「ええ……?」
「見ろって。懐かしいんじゃない」
そろそろと顔を出した先には、確かに懐かしいものが映っていた。あれ、全部消したはずなのに。このご時世、広大なインターネットに一度でもアップロードしたものでコピーされていないものなどあるわけがないだろうということなのだろうか。サムネイルを見て、なんだ、と中原さんの背中から出る。
「いくつん時の?」
「高校生です。もー売れたくて売れたくて、淀と必死で考えて」
「あ、隣のこれ、星川くんなんだ。雰囲気違うね」
「前髪の長さは変わんねえすけどね」
新城さんが見つけた動画。俺と淀が、高校生の時にお互い鳴かず飛ばずで、どうしたら売れるんだ、そもそもにしてなにをしたら他人の目を集めることができるんだ、と毎夜毎夜話し合った挙句に絞り出した、苦肉の策である。俺は俳優になりたかったし、淀はミュージシャンになりたかった。今でこそ俺も淀もテレビに出るのがお仕事になったけど、全然誰にも見てもらえなくって踠き苦しみのたうち回った日々が、ないわけでもないのだ。家族からも諦めろと言外に匂わされ、レッスンやらオーディションやらなんやらで遊ぶ暇もなく、しかもそれは実らず全部ドブ。あの時、同じ境遇に淀がいてくれて良かったと思う。あいつが先に売れてたら俺はきっと淀を刺してた。
動画自体は、俺が戦隊ものに出るのが決まった段階で、「あれ消した方がいんじゃない」とあっさり淀が消去した。その時点では再生数も全く伸びてなかったし、広告塔として成り立ってなかったわけだし。けど、今現在なぜだかその動画はネットに上がっていて、いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、と下から順番に丁寧に数えていっても目を疑うような再生数を弾き出している。淀に後で教えてあげよう。憤死するかもしれないけど。
「見ていい?」
「いいすよ」
「やったー」
内容としては、ただの料理動画だ。淀が手先が器用だから、完成した時の見栄えも含めて、それをチョイスした。けど、俺は特に料理好きでも得意でもないし、そもそも淀も特段料理が好きというわけでも、食べるのが好きなわけでもないので、クックパッドに載ってそうな時短料理を実際に作ってみて食べるとか、そういうことしかしてない。なんなら淀は面倒がりなので、時短料理を更に時短しようとしたりする。見所がないので伸びるわけがない。なんなら淀が一人で弾き語りしてる動画の方が、当時は再生されてた。けど、今となってはどうだ、この再生数とコメントの数。高校生の俺は大層かわいいらしい。やってることただのつまみ食いだし、結果淀にカメラの外で蹴っ飛ばされてるけど。
「あは、若ーい」
「お前、余計なことしかしてないじゃんか」
「料理なんてできないすもん」
「俺も料理してるとこ動画にしたら色んな人に見てもらえるかな」
「何時間かかるんだ、それ」
うんざり顔の中原さんに、編集するんだよ!と新城さんが弁解している。確かに、新城さんの作る料理は、時短とか手抜きとか簡単便利とかいう言葉とは程遠い。冷蔵庫の中に意味の分からない仕込みがされている肉が眠ってたりするから。そんなもん本業シェフしか見ない。けどまあ新城さんが料理してるとなれば視聴者は喜ぶだろうな。この人、こんなに出来るのに、何故かメディアに露出するところで出来ることを披露したりしないから。
うめー!とただのチャーハンを掻き込んでは頬張っている高校生の俺を指差した中原さんが、可笑しそうに眉を下げた。
「今と変わんないのな」



「あの動画のおかげで料理番組のオファーが来ましたよ」
「え、町田くん料理できないじゃん」
「はい」
「はいってあんた……」
「でもゆで卵作りました」
「あー、なんか、中原くんが見てたかも……」
一人暮らし歴はそれなりなので、経験がゼロではないわけで。適当になんとなくならできる。その「適当になんとなく」すらも面倒で、外食が多いだけだ。
淀と仲良くしたいらしい新城さんが、星川くんは、星川くんが、とつらつらいくつか俺に質問をして、はっと思い出したように顔を上げた。
「彼女の話は!?」
「チッ、そのまま記憶失えば良かったのに……」
「……うるっさ……」
ごろりと器用にソファーの上で寝返りを打った中原さんが、がしがしと髪の毛を掻き回してまた寝息を立て始めた。よく寝るな、この人は。ぶちちゃんとセットのようにこのソファーに横たわって、一人と一匹でぐーすかしているイメージが強い。俺はそんなに眠りが深い方ではないので、というか、短い時間でもぐっすり寝れるし、無闇矢鱈とお昼寝すると逆に頭が痛くなるので、いっそ羨ましい。
新城さんは放っておいてもいくらでも喋って場を持たせてくれるので、一対一でも特に気を使うことがない。無口な人といると、じゃあ俺が喋んなきゃかな、って思っちゃうじゃん。淀は無口寄りだけど付き合いが長いから例外だし、中原さんも別にお喋りではないけど特に気は使わないので例外なのだけれど。あんまり関わったことない同年代の女優さんとか、喋りはするけど、正解が分からなくて着地に迷うことは多々ある。新城さんはそういうのあるんだろうか。
「俺?人付き合い悪いから、ない」
「……そうでした」
「会話をしなければいいと思う」
全然参考にならない。家にいる時の新城さんと仕事モードの新城さんは、似ているようで別人だし、人懐こいように見えて確実に一線を引いているし、誰も寄せ付けない。使い分けが上手いというか、何を基準としてどう分けているんだかは俺には不明だ。出来る気もしないし。
「そういえばこないだ、おいしいお寿司食べたんです」
「なんかの番組?」
「はい。お昼の番組で、すげーおいしかったんすよ」
アワビとウニとイカと、と指を折っていけば、背後のソファーで中原さんがむくりと体を起こした。まさか寿司ネタにつられて目を覚ましたのか。どんだけ食いしんぼうさんだ。と思ったけれど、どうやらそうではなかったようで、ふらふらしながらトイレの方へ消えていった。通り道で新城さんの足に蹴つまずいて、たたらを踏んでいたけれど、お互い何も言わなかった。無視かよ。
「魚好きだっけ」
「魚も肉も好きですよ」
「中原くんがお肉大好きマンだからなー、魚ばっかりになっちゃうけど。お寿司いいなあ」
それからしばらく、全然関係ない話をして、顔が綺麗だと鼻から牛乳を吹き出してても綺麗で羨ましいばかりだ、という話題になったところで中原さんが帰ってきた。なんでそんな話になったかって、こないだ出たバラエティでそんなことがあったからなのだけれど、そこだけ聞くと異様なようで、戻ってきた中原さんが回れ右して台所へ消えた。巻き込まれたくない、と背中に書いてある。
「中原くん、ついでにお茶持ってきてよー」
「……………」
「無視かー」
結局なんだかんだで中原さんはお茶を持ってきてくれたし、バウムクーヘンはおいしかった。何味かはよく分からん。なんか緑色だったから抹茶のような気がしたけれど、当てずっぽうなりにその旨を新城さんに伝えたところ、一口食べて微妙そうな顔をされたので、多分間違えている。
「そんじゃ、おじゃましましたー」
「またおいでね」
「あ。次来る時、こないだのパン買ってこい」
「人使い荒いすよね、中原さん……」
「うまかった」


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