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おはなし



前回までのあらすじ!見た目は幼女、中身はおっさんの常盤博士、またの名をイドラちゃんを仲間に加えた丹原探偵事務所なのであった!その博士の口から語られる、おおかみちゃんの父親の存在!どうなるどうする!?

「どうなるもどうするもなかったねー」
「なかったなあ……」
あらすじ終了。にはー、と笑ったアンちゃんの二の腕が眩しい。秘書服、夏エディションである。そんな露出の激しい秘書はいないと思うんですけどね、俺は。新しく買ったの!かわいーでしょ!ってアンちゃんが嬉しそうに鏡の前で服を当ててたのを知ってるので何も言えない。
なぜどうもこうもならなかったかというと、理由は至って簡単、イデアが「検索に引っかかりませんね」と一言で切り捨てたからである。イデアシステム、ないしはアンちゃんの研究に少なからず携わっていた、プラス、今は脳味噌がデータなので忘れるとか間違えるとかいうことは起きない常盤博士からの確かな情報だったのに、イデアで探せないということは、俺たちにできることは最早なにもない。「なかったことにされている」か、「そもそもそんな人はいなかった」の、どちらかだからだ。そんなわけのわからないなにかを追いかけるわけにはいかない。おおかみちゃんに一応家族のことを聞いたけれど、両親ともに健在です、時々連絡もしますよ、とにこにこしていた。まあ、おおかみちゃん本人からして、うちで拾う前に多少なりとも、生きていた事実が断たれている時期が存在するので、信じられた話でもないけれど。
なので、おおかみちゃんの父親の話はそれでおしまいなのである。一応常盤博士にも、どういうこと?と伝えたけれど、嫌そうな顔で口を濁された。その場に最も適する人物への成り代わりと溶け込みの技術と言っただろう、とだけ返されて、よくわかんなかったけど、頷いておいた。わかんないっていうと博士怒るからなあ。常盤博士という人は、研究者としては随一なんだろうけど、人との接し方が下手なのである。
「……ところでアンちゃん」
「なあに、てーちゃん」
「博士は無事に帰ってくると思う?」
「アンちゃんわっかんない☆」
ばちこん☆とウインクをかまされた。怖。
時間は少し遡って。常盤博士が入ってるイドラの機体のメンテナンスが定期的にあるのだけれど、そういえば最近それに行ってないなあ、とぼんやり思ってはいたのだ。まあ安定して過ごせてるってことなんだろうなあ、とか。別に不具合も起きてなかったし。勝手にそう思っていたのが悪かったようで。
四日前のことだった。いつも通り、なにかしらにぶーすか文句を垂れながら、今日のおやつのプリンをつついていた博士が、全然かわいくない悲鳴をあげて、突然ソファーから転がり落ちた。
「ぃぎゃー!」
「うわなに!」
「博士がおっこちたー」
「大丈夫ですか?」
慌ててソファーの陰の様子を見に行ったおおかみちゃんが、困った顔で体を起こしたと思ったら、その手にはぐったりと力を失った博士が抱えられていたのだ。目が半開きで怖い。武装機能をオールカットしてあるので軽量化済みで、力持ちのアンちゃんはもちろん、おおかみちゃんや俺でも抱っこが可能になっている。ていうかそれはどうでもよくて。
「きゃー!博士が壊れたー!」
「え?俺弁償とかさせられるかな?払えると思う?無理でしょ。確実に」
「はかせー!えーん!」
「眠たくなっちゃったんですかねえ」
縋り付くアンちゃん。ずれているおおかみちゃん。金銭面の心配しかない俺。抱っこされた状態からソファーに寝かせられた博士は、ぴくりともせず、どうする?イデアに連絡する?ていうかマジで弁償になったらみんなでがんばって逃げようね、恨みっこなしだからね、なんて話をしていると。
「眠たくなってません。ただのお姉ちゃんによるハッキングです」
「うわ」
「わあ!イデアちゃん!」
「どうも。あ、プリンじゃないですか」
ばち、と目が開いて、博士が中身だったら確実にあり得ないにっこりを浮かべて、体が起き上がる。アンちゃんはどうして中身が入れ替わったことが分かったんだ。
知識としては知っていましたが食べたことはありませんでした、とプリンをぱくついているイドラインイデアは、端的に説明してくれた。なんでも、博士はメンテナンスが嫌いらしい。それで、なにを思ったかメンテ部のスケジュールを勝手にハッキングして操作し、自分に対しての予定をちまちませこせことずらしていたそうで。イデアも気づいてはいたけれど、まさか人工知能分野の権威的存在である常盤博士が、そんな自分にとっての利しかない、周りにとっては意味のない行動はしないだろうと泳がせて、泳がせて泳がせて、今日に至るそうで。メンテナンスをしてくれている人たちの堪忍袋の尾が切れたそうだ。博士大人気なっ。
「はかせがわるーい」
「そうですねえ」
「なので、無理矢理にでも連行するために、イデアが身体を借りました。暴れられても困りますからね」
お迎えは明日の朝です、ちなみに中に入っているイデアは高度人工知能機能も検索機能もないただの抑制用プログラムなのでご容赦を、と片手を上げられて、別にお仕事もなにもないからいいよ、と返した。壊してなくてなによりだ。完全に弁償まっしぐらコースかと思った。
イデアは、物質に触れるイドラの身体がたいそう楽しいらしく、いろいろ食べるわ、ちょっかいを出すわ、お散歩したがるわ、やりたい放題だった。博士が中にいる時よりも積極的だ。このデータも全て持ち帰ってイデアシステムの礎となるのです、感情がまた育ってしまいます、と本人もうっきうきだったし。
そして、イデアがイドラの身体を連れて行ったのが今から三日前。今日戻ると連絡があったので、夕ご飯のお買い物がてら、とおおかみちゃんがお出迎えに行ってくれているのだ。俺とアンちゃんはお留守番。我儘放題したのは博士の方だから庇う気はさらさらないけれど、無事に帰ってくるかなあ、博士。罰として変な改造されたりして。ロケットパンチ出るようになってたりして。あはは。
なんてアンちゃんと笑ってたら、玄関が開く音がした。おおかみちゃんの、ただいま戻りました、と礼儀正しい声。
「おっかえりー!」
「おかえり。あ、博士、見た目は普通」
「いけないんだー、メンテさぼっちゃー。アンちゃんもすっごいやだったけどがんばったことあるもん、博士覚えてるでしょー?」
「……………」
「もー。ぷいぷーい」
「……………」
博士が無言だ。アンちゃんにほっぺたを指先で突っつかれても無言のままを貫いている。表情はいつも通り嫌そうだけど、なんで喋らないんだろう。どうかしたの?とおおかみちゃんに聞けば、冷蔵庫に荷物をしまっていた彼が、首を傾げた。
「送ってきてくれた方からは、数日すれば治る風邪みたいなウイルスです、って聞いてるんですけど。お喋りできないわけではないと思うんですよね」
「へえ」
「俺が会った時にはもうむくれてて。お買い物中も、食べたいものは持ってきてくれるんですけど、口はきいてくれなくて」
ねえ、博士、と困り顔を向けたおおかみちゃんからぷいと顔を逸らした博士が、ぷんすこしながらソファーへ向かう。よじよじとのぼって、こっちに背中を向ける。怒ってます、口は開きません、拗ねております、のアピール。らしくもなく、子どもっぽいじゃないか。中身はおっさんのくせして。はかせえ、とアンちゃんが寄って行って、構おうとしている。無視されてるけど。
「でもでもお、はかせがいけないんだよー?アンちゃん守ってあげらんないよ、はーかせ。いい子にしてなくちゃあ」
「……………」
「もおー。博士のごほーびに、ちょっぴり高級なアイス買っといてあげたんだよお?」
「!」
現金。元々なのか、機体に拠っているのか、甘いものが割と好きな博士なのである。目を輝かせて振り向いた、ものの、自分は悪くないとばかりにまた顔を背けた。今度からはちゃんとメンテナンスに行きます、という気にもなれないらしい。悪い子だ。アンちゃんも、ほっぺたをふくらませて怒っている。
「あー!博士がそーなら、アンちゃん食べちゃうからね!アイスもらっちゃうんだから!」
「ぅ、ゃっ、やだっ、はかせのアイス!」
「……………」
「……………」
「……あっ……」
「……えっ……?」
世界が凍った。ようやく口を開いてアンちゃんに飛びついた博士の口から出たのは、聞き間違いじゃなければ、「はかせのアイス」。しかも「やだ」。博士の口調からしたら有り得ない。しおしおと黙ってしまった博士に、フリーズしていたアンちゃんが、まばたきする。きっかり5秒。
「えー!博士なに今のっ、かわいー!」
「ぅぶっ、ぅ、うぐぅ」
「やー!ほんとの女の子みたい!もっかい喋って!ねー!おねがい!おねがーい!」
「ゔゃっ、やだっ、しゃべんない!いたい!いたいぃ、アンちゃんやめてえ!」
「アンちゃん!!!!!」
アンちゃんが壊れた。幼女の見た目で幼女の声で、幼女らしい口調で抵抗している博士に、一歩引いて見るといっそ食べようとしているのではないかとすら思う勢いでアンちゃんが抱きついている。抱きついているっていうか、弄っている。服の中に手が侵入している。博士は半泣きでやめてやめてと悲鳴をあげている。なんだこれ。俺はいったいどうしたらいいの。助けを求めておおかみちゃんの方を向けば、ぽん、と手を打った彼が破顔した。
「博士は風邪を引くと年相応の女の子になるんですね!」
違うと思う。

「はかせ、わるくないもん。おねーちゃんがいじくったんだもん」
「はあ」
「こんなんしてほしいなんて、はかせはゆってないもん。おめめあけたらこうなってて、すーごいやだったけど、なおしてくんなかった」
「博士からこうしてくださいって依頼してたらこっちも引くよ……」
「いたずらするおねーちゃん、きらい。わるいから」
「イデアからしたら完全におふざけだろうしねえ」
「もうメンテナンスいかない」
「メンテ行かないからこういう罰を与えられてるんでしょうが」
「ぷん。はかせ、てーちゃんもきらい。おおかみちゃんもきらい。オムライスはすき」
「アンちゃんは?」
「こわい」
まるまるとクッションを抱いて拗ね倒している博士。こうして見ると可哀想だ。
我儘ばっかりの博士に罰として入れられたウイルスは、精神は博士のままなのに行動や口調が大変幼くなる、もとい、見た目に適切な可愛らしいものになる、イデア特製のやつらしい。さっき詳細のメールがイデアから届いた。反省したら遠隔で戻してあげる予定です、と綴られていたけれど、博士は全然反省していないようなので、戻れる気がしない。これに懲りて、もしくはうんざりして、早いとこ折れてくれたらいいんだけど。なんせ、普段なら理性で我慢している行動が、抑制できない。ぶっきらぼうで乱雑な口調は、舌足らずで語彙力の低いものになってしまう。重ねて、イデアのことは「おねーちゃん」。最後に至っては完全に趣味だろうけれど。
今現在、おおかみちゃんとアンちゃんはお風呂中だ。博士も一緒だったんだけど、アンちゃんのことをアンちゃんと呼ぶ博士に大興奮の金髪美女が、俺やおおかみちゃんにはどうにも抑えられなかったので、博士に一人で先に上がってきてもらった。今は髪の毛を乾かしてあげているところ。人工毛髪なんだろうけど、ふわふわのもふもふ。触り心地が良い。
「てーちゃん、はかせねむたいよ」
「そっかー。なんかだんだん慣れてきちゃったな」
「はかせも」
「博士、今日アンちゃんと寝るの身の危険感じない?」
「……………」
ざっと顔を青くされた。想像したらしい。お風呂であれだったんだ、添い寝なんかしたら他でもない博士が危ない。無言のままゆるゆると首を横に振られて、今日はおおかみちゃんにお願いして一緒に寝てもらおう、と二人で決める。おおかみちゃんなら、嫌とは言わなそうだし。
「いいですよー。はかせ、おいで」
「ん」
「おやすみなさい」
「おやふみ」
笑顔のおおかみちゃんと、その腕にナチュラルに抱かれた欠伸交じりの博士。悔しさのあまりなのか、アンちゃんが血涙を流している。普通に怖い。
「てーちゃん!どうしてはかせとアンちゃんを引き剥がすの!」
「博士がかわいそうだから」
「かわいそくないよ!アンちゃんのがもーっとかわいそうだよ!あんなにかわいい博士、二度と見れないかもしんないよ!」
「いや、博士全然改心する気なさそうだから多分しばらくあのままだよ……」

「妹探し?」
「はい、お願いします」
次の日。珍しくも、依頼人さんが来た。どう見ても幼子でしかない博士が見られるとややこしいことになりかねないので、博士には事務所奥へ引っ込んでもらっている。まあ、博士のことだから勝手に盗聴器とかを仕掛けてるんだろうけど。
依頼人は19歳の女子大生。枡川柚理ちゃん。依頼内容は、3ヶ月前から音沙汰がなくなった妹を探し出して見つけて欲しい、とのことで。妹ちゃんの名前は、杏理ちゃん。17歳の女子高生。かなり意を決して弊探偵事務所に頼っているらしく、おおかみちゃんの出したお茶に手もつけなかった。いやまあ、そりゃ破茶滅茶に怪しいしね。探偵事務所って。我ながら、よくこんな胡散臭い雑居ビルの一室に女子大生が頼りに来たもんだと思う。大丈夫、怪しくないですからね。頰に手を当てたアンちゃんが、それは心配だねえ、と漏らす。でもその前に。
「警察には届けてあるの?」
「はい。父と母が……でも、なにもなくて」
「最後に一緒にいたのは?」
「私です。でも、ちょっとしたことで喧嘩別れして、先に家に帰るって杏理は私を置いて行ってしまって、それきり」
「ふむふむ」
「けーさつの人たちは、なんで何もしてくんないのかなあ」
「分かりません……何かに巻き込まれたとか、そういうことも、一切分からなくて……」
ごめんなさい、と耐えきれずに顔を覆ってしまった彼女に、つらいことを思い出させてごめんね、とアンちゃんがそっと寄り添う。手掛かりのない、人捜し。しばらく、柚理ちゃんが辛くならない程度に色んなお話を聞いて、それでも手掛かりらしい手掛かりはもうありそうになかった。こりゃイデアに頼んだ方が早いかもしれない。あれで見つからないってこたないし。一番直近ではおおかみちゃんのお父さん疑惑の人とかいたけど、それは例外として。
お金はきちんとお支払いします、と自分の名義の銀行口座の残高まで見せてくれた柚理ちゃんを返して、博士が事務所に帰ってくる。どうせ大学生の端金、的なことをうまく変換されたかわいい言葉で博士が毒づいていたけれど、あれだけ切羽詰まってるとこ見せられたら、ちょっとねえ。アンちゃんのファンの人、意訳としては刺客的な人たち、ではなさそうだし。
「見つけてあげたいねえ」
「イデアに聞いてみようか。博士が可愛く殊勝にお願いしたら今のイデアなら法外な金取らない気がする」
「はかせやだもん、おねーちゃんきらい」
「そこをなんとか……おいしいプリン買ってあげるから……」
「ぶー」
すげえ嫌そう。口をとんがらせている。でも、弊事務所はそんなにお金持ちでもないので、例えイデアを頼れば楽な案件でも、あれを利用することによって発生する金銭のやりとりを避けたいのは事実なのである。使えるものはなんだって使うぞ。イデア個人としては金銭に対しての執着はないのだけれど、そのシステム自体を貸してくれてる研究所はボランティア事業ではないので、当然レンタル料や情報料が発生してくるのだ。まあ調べてみて駄目そうなら偽物の妹(中身はおっさん)による可愛いおねだり攻撃で攻めよう、と勝手に決めていると、おおかみちゃんが挙手した。
「はい」
「はい、おおかみちゃん」
「依頼主さんが未成年の方なので、まず保護者の方にご相談した方がいいんじゃないかと思うのは俺だけでしょうか」
「はっ……」
「……てーちゃん完全に通帳に目がくらんでたよねー」
「ぐう……でもそれでもしも依頼がおじゃんになったらどうするんですか、おおかみちゃんさん……」
「それはそれで仕方がないと思います」
「てゆか、ホゴシャノカタってなにー?」
「はかせしってるよっ、おうちのひとのことだよっ」
「やーん、はかせかしこいー!」
「おうちのひとにおかねたくさんくださいっておねがいしたらいーんだよ!」
「あっ!その手が」
「ありませんからね」
博士のナイスアイデアに手を打ったものの、おおかみちゃんに釘を刺された。そしてアンちゃんは「保護者の方」を知らなかった。まあアンちゃんにはいないしね。完全に外人の発音だったので、ああそうだ、アンちゃんって外人なんだった、って思っちゃったし。日本人だよ。いや日本人かな?違うか。
次の日。依頼の時に書いてもらう紙を元に、柚理ちゃんの家に行ってみた。アンちゃんと俺で行った。おおかみちゃんは博士の子守だ。彼女本人はいなくて、お父さんもいなくて、お母さんがいた。昨日の事情を説明して、詳細なことは本当に分かっていないのかと聞けば、お母さんは困った顔をして、少し辛そうに眉をひそめた後、口を開いた。
「……杏理は、しばらく前に亡くなりました」
「へっ」
「柚理は、杏理がいなくなったことを受け止められていないんです。お葬式にも出ましたし、うちには御仏壇だってあります。けど、それと杏理がいないことは、あの子の中で結びつかないみたいで」
「……じゃあ、柚理ちゃんは、んー……簡単に言うと、現実逃避してるってこと?」
「そう……なりますね。お医者さんにも相談しているんです。心因性のものだろうということで、心の整理がつくまでは待つしかないと」
「心の整理……」
「皆様にはご迷惑をおかけして、本当にごめんなさい。依頼は取り消させてください。柚理には私からも話しておきますから」
深々と頭を下げたお母さんに、俺たちは何も言えなくて。迷惑ではないこと、そういう事情は知らなかったこと、依頼料その他を取るつもりもないこと、を説明して、家を出る。玄関までお見送りして、再び頭を下げたお母さんに、アンちゃんが口を尖らせた。
「……柚理ちゃんも、おかーさんも、悪くないのに。あやまってばっかり」
「人が一人いなくなるってことは、そういうことなんだよ。向き合えなくても、責められた話じゃないしね」
「アンちゃん、いろんな人のこといなくしてきたけど、そうゆうこと?」
「んー。どうだろ。でもまあ、もしかしたら、アンちゃんに痛い目に遭わされた人たちの中にも、家族はいたし、大切な人もいたかもしれないよね」
「むー……」
帰りの道すがら、アンちゃんはずっと考え込んでいた。おおかみちゃんと博士にお土産を買っていこうとケーキを選んでいる頃には、けろっとしていたけど。そう見えるだけかも。アンちゃんは何にも考えていないように見えて、いろいろ思っているらしいから。
「たっだいまー!はかせー、いちごのケーキだよー!」
「いちご!」
扉を開けたら、とたとたと博士が走ってきて、アンちゃんに飛びついた。そのまま袋を奪おうとする博士と、博士を弄るアンちゃん。おかえりなさい、と奥から出てきたおおかみちゃん。二人にも分かるように、お母さんからの話を説明する。
「というわけだった」
「……やっぱりむだなおしごとだったー」
「博士、無駄とか言わない」
「おかねないー、はかせおっきいプリンたべたいのにー」
ぐでりと博士が机に伏して文句を言う。杏理ちゃんは見つからないし、柚理ちゃんを無理やり現実と向き合わせるのも違うし、できることは無いのかもしれないね、とアンちゃんと俺も話したところだったのだ。だから、この仕事はおしまい。そう終わらせるつもりだったのに、黙って聞いていたおおかみちゃんが、そっと口を開いた。
「……柚理さんは、杏理さんを探して欲しいって、見つけて、会いたいって、言ったんですよね?」
「そうだねえ」
「でもさ、おおかみちゃん、死んじゃった人とは会わせてあげらんないよー」
「そうでしょうか」
そうなんでしょうか。そう、ぽつぽつと繰り返した彼が、博士を見て、アンちゃんを見て、俺を見た。
「たとえ嘘でも、会わせてあげられないんでしょうか」

よくよく考えてみれば、どこまでもうちの事務所向きの仕事だった。なりたい相手のパーソナリティをコピーできるアンちゃん。周りから求められた人に成れるおおかみちゃん。加えて、報酬をきちんと支払えば持ち前の悪知恵で誤魔化し騙しを存分に効かせてくれるであろう博士。相手が死人であろうが、問題はない。
もう一度呼び出した柚理ちゃんに対面しているのは、おおかみちゃんだった。だってこれは、おおかみちゃんが言い出したことだから。
「え、っ」
「杏理さんが、見つかりました」
「ど、どこに、今、なにを」
「病院です。お母様方は柚理さんにはわざと黙っていたようで、まだ僕たちが杏理さんを見つけてしまったことは言っていません」
「病院……」
「一時的な退院も、面会ですらも、考えられない状況にあるそうです。病院側にも黙秘権があるので、病名その他はお教えすることができなくて」
「……………」
呆然、とする柚理ちゃん。勿論、全部おおかみちゃんの嘘だ。杏理ちゃんは、数年前に交通事故で亡くなっている。柚理ちゃんが言っていた通り、彼女と出かけて、ちょっとしたことで喧嘩別れして、怒って先に帰路を辿った杏理ちゃんは、命を落とした。それが事実で、現実で、ただその現実から目を逸らすための逃げ道に、嘘を使っているだけ。それが良いことなのか悪いことなのかなんて俺には分からないけれど、おおかみちゃんの話に乗ることに決めたのも、柚理ちゃんのお母さんとお父さんに、勝手な我儘を許してほしいと頭を下げたのも、俺だ。責任はとるからと、所長として、大人として、頼み込みに行った。勿論、一度は断られた。でもそこで、お金を積むとか、アンちゃんの魅力スキルを使っちゃうとか、そういうのは違うと思って。最終的に頷いてくれたのは、お母さんだった。それで柚理ちゃんの心が救われるなら、いつまでも囚われて前を向けないよりは、と。
「……じゃあ、杏理に会うことは、出来ないんですね」
「はい。残念ながら」
「そう……ですか」
「ですが、お話しすることが出来ました」
「へっ」
「なので、病院に黙って、杏理さんに繋がる手段を置いてきました」
重ねて言うが、そういう嘘だ。柚理ちゃんの目の前に差し出された携帯電話には、至って普通のメッセージアプリが入っている。繋がっている先は、杏理ちゃん、ということになっている常盤博士だ。お金も入らないのに、めんどくさい、とぶつくさ言っていた博士のことは、ハーゲンダッツとドーナツとおっきいハンバーグで買収した。良い子にしたらイデアが元に戻してくれるかも、と体のいいことも言った。後者については知らない。
おおかみちゃんが博士に頼んだのは、イデアから引っ張ってきた杏理ちゃんの通信データを元にした身代わりだった。イデアのやつ、俺が頼むと金金金ってうるさいくせに、おおかみちゃんが頼んだら、一回だけ無料サービスしてあげますよ、とか言っちゃって、みんなおおかみちゃんに甘くない?俺もだけど。勿論無料とは行かなかったが、法外な値段はとられなかった。いつもに比べたらかなり良心的だ。博士も、毎度毎度ご飯をくれるおおかみちゃんが自分に頭を下げていることで強くは出られなかったらしく、もにゃもにゃ言い訳はしていたけれど、結局それ以上とやかくは言わなかったし。
「それで、杏理さんから、伝言とお願いを預かっていて」
「杏理から……」
「はい。お姉ちゃんが、遊んでるところが見たいそうで」
「……は?」
「あ、えーと、柚理さんが楽しそうに遊んでいるところが見たい、と」
「は?」
二回言った。さっきまでの、現実を受け止められない唖然とは違って、理解不能が混ざった顔をした柚理ちゃんが、しばらく黙って、ちょっと意味が、と続けた。俺でもそう思う。
お母さんから聞いた話の中には、柚理ちゃんは杏理ちゃんが亡くなってから、もとい、彼女の前から姿を消してから、外にも積極的には出なくなったし楽しそうな顔をしていることなんてなくなったし、いつも不安げで悲しそうで、見ていられなくて、なんて言葉が混ざっていた。おおかみちゃんは、柚理ちゃんに前を向いてほしいのだ。嘘でもなんでも、本人が信じれば、救われれば、それは真実になる。だから、彼女の気持ちを晴らすために、遊びに行こうと持ちかけた。その姿を妹が楽しみにしていると、偽って。
「ぇ、と」
「自分は外に出られないからって、柚理さんに代わりに行ってほしいところがあるって。聞いてきました。これです」
「……ぇ、これ住所、東京なんですけど……」
「行きましょう」
「えっ!?」
ちなみに。言いそびれていたが、現在時刻は朝9時である。今から出発したら、昼過ぎには東京に到着できる計算になる。そういう計算にはなるが、彼女の都合は全く考えていない。予定があると言われたら終わりだ。けれど予定が無いのは知っていて、それでも不審がられたら断られると分かっていて、おおかみちゃんは誘っている。戸惑ったように目を泳がせた柚理ちゃんが、困った顔でこっちを見た。
「……あの、お金を、下ろしてきてもいいでしょうか…」

つきました、東京。新幹線の車内で隣り合わせに座るおおかみちゃんと柚理ちゃんは、まるでカップルのようだった。おおかみちゃんが努めて柚理ちゃんを不安がらせないようにしているのも大きかったと思う。どことなく不安げで目を伏せがちな彼女も、愛想笑いながら、口角を上げてくれるようになった。
「おーちゃんも楽しそうだよ」
「……………」
「……てーちゃん?」
「……?」
「あ!てーちゃん!アンちゃんのこと見失ってる!」
「あっ、アンちゃんか……」
金髪美女でばいんばいんのアンちゃんは、兎角目立ち過ぎるので、一般人に変装してもらっている。そのせいで俺がしょっちゅうアンちゃんを見失うんだけども。隣にいるっての。人間らしからぬ髪の色と目の色のアンドロイドである常盤博士は、はかせだけおいてかれるのなんかやだー!とごねたので、髪の毛を黒く染めてコンタクトレンズで目の色を変えた。そうすると普通の子どもに見えるから不思議だ。アンちゃんも一般人のふりをしているので、父母子の家族に見えていると助かる。
「てーちゃん、のどかわいた」
「はい」
「ぺっとぼとるあけれない」
「はいはい」
「アンちゃんが開けたげるよお……」
「アンちゃんおみずこぼすからいや」
「うえええん」
アンちゃんは力が強いので、博士のために!と頑張ることほど、大変なことになったりする。例、ペットボトルを爆散させたり、シュークリームを粉々にしたり、かわいい髪留めをぶち壊したり。ぷい、と顔を背けて俺の方に寄ってきた博士と泣き真似をするアンちゃんを見て、微笑ましそうな顔をしている斜め前の席の妙齢のご婦人。パパがいい!ママはいや!という子どもの可愛い我儘に見えているのでしょうが、ママ役のアンちゃんは博士の貞操を普通に狙っています。
基本的には、隠れながらこそこそと後を尾けることになっている。杏理ちゃんがおおかみちゃんに手渡したことになっている「行ってほしいところリスト」で、おおかみちゃんと柚理ちゃんは写真を撮り楽しく過ごして、それは博士が持っている端末に送られてくる。それに対して随時、杏理ちゃんのふりをして返事をする、という手筈である。
「めっちゃ並んでる」
「タピオカ屋さんだー、アンちゃんテレビで見たよお」
「はかせものむっ、はかせものみたいっ」
「えー、一緒に並んだらバレちゃうじゃん」
「やー!てーちゃんのいじわる!きらい!」
「おっきい声出さないで!」
「はかせもたぴおかのむのー!」
しょうがないから並んで買った。なんでこんな並んでんの?意味分かんない。博士とアンちゃんは幸せそうだけど。これと同じ値段でファーストフード店に行ってハンバーガー買った方がお腹いっぱいになれる気がするんだけど。原材料芋でしょ?タピオカって。芋ならポテト食べた方が良くない?
そんな俺の疑問はともかくとして。おおかみちゃんがこのルートをどうやって考えたのか、俺は知らない。けどアンちゃんが、有名なとこだよ、テレビでやってたよ、と教えてくれる。ので、柚理ちゃんが楽しめるように心から考えてくれたのだろう。
「柚理ちゃん、楽しそうだねー」
「ね。笑ってくれてるね」
「んん」
「あ、送られてきた?」
「ん!」
ほっぺに生クリームを付けながらエクレアを頬張っている博士が画面をこっちに向ける。さっきのタピオカ屋さんにはじまり、服屋さんで服を見て、アクセサリーを選んで、猫カフェで猫を撫でて、おやつを食べて、と、デートコースに近い道を二人で辿っている。1枚目より2枚目、2枚目より3枚目、と柚理ちゃんが楽しそうになっていくのが、こっちも嬉しい。杏理ちゃんのふりをした博士が返事を逐一しているのも、恐らくは安心材料なのだろうけれど。
「博士、杏理ちゃんと柚理ちゃんって仲直りしそうなの?」
「わかんない。ごめんなさいはしてない」
「それも見て見ぬ振りなのかなあ」
「む!それはアンちゃん、おおかみちゃんに頼まれてるよ!」
「なにを?」
「なかなおり!」

あっという間に、夜になった。突然のことなので、流石に泊まるところは用意していない。帰りの新幹線は、夜9時半出発だ。博士、じゃなくて、杏理ちゃんからのお返事が届いた携帯を見て、嬉しそうに笑った柚理ちゃんが、おおかみちゃんの方を向いた。
「……ありがとうございました、探偵さん。このことは、両親には言わない方がいいんですよね」
「できれば……柚理さんのことを思って黙っていてくれていたようですし、そのことでお父様お母様と柚理さんの間に溝が開くのも、きっと杏理さんもあまり嬉しくはないかな、と」
「はい。分かってます。父と母の気持ちも、分かった気がします」
「制限ばかりでごめんなさい」
「いえ。杏理がどうしてるか分かっただけで、文字でも会話できただけで、充分です」
「……いいえ」
笑顔を浮かべたおおかみちゃん。はしゃぎすぎたからか、バッテリー切れでいつもより早くねむねむになっちゃってアンちゃんに抱っこされてる博士が、のろけた手つきで端末を取り出した。それをすいすいと操作したアンちゃんが、耳にそれを当てる。えっ、なにしてるの。
「……った、探偵さん」
「はい」
「……電話が……」
「はい。杏理さんからだと思いますよ」
「……………」
「アンちゃん!?」
「てーちゃん、しーっ」
「だ、だめでしょ、流石にバレるでしょ!姉妹だよ!?」
「だいじょぶだよお。柚理ちゃんは、アンちゃんの声を、杏理ちゃんだと思い込むよ。絶対。杏理ちゃんに会いたければ会いたいほど、アンちゃんの声は杏理ちゃんの声に聞こえちゃうから」
そうやって、おおかみちゃんが言ってたから。そう、木陰に隠れながら、アンちゃんは細く呟いた。柚理ちゃんの震える指が、携帯の画面の前で迷う。通話のボタンを押せば、それで繋がる。通話先は、数十メートルしか離れてないアンちゃんでも、柚理ちゃんにとっては。アンちゃんの耳に当てられた携帯から漏れ聞こえる、コール音。柚理ちゃんは、まばたきもせずに携帯を見つめていた目を、おおかみちゃんに向けた。
「……出、て、いいんでしょうか」
「いいんじゃないですか?」
「……誰からなんですか?」
「妹さんからでしょう」
「だから、誰からなんですか?」
「……枡川杏理さんからですよ」
「だから!」
悲痛な声だった。きっと、柚理ちゃんは気づいているのだ。見ないふりをしていることにも、杏理ちゃんはもういないことにも。自分への落とし所がつけられないまま、ここまで来てしまっただけで。ぱたぱたと、彼女の足元に雫が落ちていくのが見えた。至って当たり前のことのように小さなタオルハンカチを差し出したおおかみちゃんが、小さく囁いた。
「……その電話に出るか出ないかは、柚理さんの自由です。ただ僕は、言いたいことが、言い残してしまったことがあるのなら、伝えた方がいいと思うんです」
あなたの心を軽くするためにも。そう付け足したおおかみちゃんは、あっちで待っていますから、と少し離れた自動販売機を指差して、歩いて行った。一人残された柚理ちゃんは、しばらく迷って、そっと、画面に指を当てた。
「……もし、もし」
細い声が、アンちゃんの耳に当てられた携帯から漏れ聞こえてくる。今にも千切れて飛んで行きそうな、聞こえるか聞こえないかぎりぎりのラインの、震えた声。アンちゃんは、何も言わなかった。ただ静かに、携帯を耳に当てて、黙っていた。ざあっと風が吹き抜けて、柚理ちゃんの髪が揺れる。それを引き金にしたように、背中を押されるように、彼女の口が開いた。
「……杏理、ごめんね。ごめんなさい……ごめん、私、あんな風に言うつもりはなかったの、でも、……でも、杏理が怒ってるの見て、だけどどうしても謝れなくて、譲れなかった……」
柚理ちゃんと杏理ちゃんの間に、何があったのか、俺たちは何も知らない。何がきっかけで喧嘩をしてしまったのかも、彼女が何を悔いているのかも。もしかしたら、どちらかが決定的に悪いのかもしれないし、どちらも悪くないのかもしれない。けれどどうしようもなく、遺された側は一方的に、罪悪感を引きずって生きていくしかないのだ。アンちゃんが息を継いだ音が電話越しに柚理ちゃんに伝わったようで、何も言わないで、と静かな公園に響いた声は、酷く悲痛を籠めた色をしていた。へたりこむようにその場にしゃがんだ柚理ちゃんの足元に、ぱたぱたと雫が落ちていく。
「私が、私がただ謝りたいだけなの、許してとは言わないから……どうしてあの時、杏理に、あんなこと、私……ごめんなさい、杏理、ごめんなさい……っ」
「……、わかった。お姉ちゃん」
わかったよ。はっきりと、そう繰り返したアンちゃんが、電話を切った。弾かれたように顔を上げた柚理ちゃんが、通話の切れた携帯に目を向けて、声を上げて泣き出した。杏理ちゃんのふりをしたアンちゃんは、許しも謝りもしなかった。だって、本人じゃないから。勝手に他人の心を決めることはできない。けれど、聞いてもらっただけで、きっと柚理ちゃんは救われたのだ。ただ、謝りたいだけだった。死人に口無しとはよく言ったもので、一方通行で謝罪して許された気になろうなんて、とんだ傲慢だ。そんなこと、きっと彼女も分かってる。分かっていても、救われたかった。あの日言えなかったごめんなさいを、喉に詰まっていたそれを、吐き出したかっただけで。
泣き声が聞こえたからか、ペットボトルを二本ぶら下げて小走りで戻ってきたおおかみちゃんが、地面に伏して泣く彼女を、近くのベンチまで連れて行って、ぱたぱたと土を落とした。
「……おつかれさまでした。柚理さん」

後日譚。
「直った」
「おめでとう、博士」
「いいことをすると気分が良いな。おい痴女、プリン」
「……………」
「プリンよこせっつってんだ」
「……アンちゃん、こないだまでのかわゆいはかせのが好き……」
「うるせえ」
杏理ちゃんと柚理ちゃんのいろいろに博士が協力してくれた旨を伝えると、イデアはあっさり博士を直してくれた。良いことをしたからですよ、と泉の女神みたいなことを言っていたけれど、通信が切れる前に「タピオカは興味深いですね、私が直接外に出て知覚認識できるデバイスの開発を急いでください、ハリーアップ」と研究員さんを急かしているのが漏れ聞こえてきたので、そっちに釣られてどうでも良くなった説が残っている。あの人工知能、無駄に食い意地張ってるよな。食べるというシステムが存在しないだけに、無い物ねだりなのかもしれないけれど。
柚理ちゃんに、あの携帯はプレゼントした。もう誰とも繋がれないただのおもちゃだけれど、最初にここに来た時よりは笑顔が明るくなった彼女に、それぐらいはしてもいい気がして。杏理ちゃんがいなくなってしまったことには、まだ完全には向き合えてはいないようだったけれど、折り合いをつけて、前を向こうとするのはいいことだと思う。律儀な彼女はお代をきちんと払ってくれたので、それが丸々携帯代と、イデアから引っ張った杏理ちゃんの諸々代に当てられた感じだ。なので、今回弊事務所の利益はゼロである。残念。なので、博士のプリンはやっすい三連のやつで我慢してもらっている。気に食わなかったらしく、普通に噛まれたけど。
「帝士さん、コーヒーです」
「ありがとー」
おおかみちゃんは、あれから至って普通に過ごしている。自分が一つなにかを拾い上げて救ったことを、まるで何もなかったかのようにしている。もしかしたら本当に、特段何も感じていないのかもしれない。けど、あの一件は、妹を喪った姉を救った、という事柄よりも、おおかみちゃんにとっての一歩の意味合いの方が、俺にとっては強かったりもして。
「……おおかみちゃん」
「はい?」
「おおかみちゃんって、やりたいこととかないの?」
「やりたいことですか?」
「うん。将来の夢、みたいな」
「うーん。ないですけど」
いや。ないんかい。困ったような顔で頰に手を当てて、あっさり切り捨てられてしまった。聞かれた以上は答えねば、と思っているらしく、数秒考えたおおかみちゃんが、ぱっと頰を緩めて言った。
「帝士さんとアンさんのお手伝いが、もっと上手にできるようになったら嬉しいです」
「てーちゃん、アンちゃん泣いちゃう」
「アンちゃんも?奇遇。てーちゃんも泣いちゃう」
「良い子ぶりやがって。こんなところに骨埋めないでとっとと普通の職について良い女見つけて結婚でもなんでもした方がいいぞ」
「博士身も蓋もないじゃん……」
「今日の飯は?」
「あっ、ご飯、お買い物に行くので、博士も来ますか?」
「行く」

「おーちゃんはすごいねえ」
「ねー」
「アンちゃんもなんか、こう、成長したい」
「したいと思ってできるもんなの?それ」
「そろそろアンちゃんのスキルアップのための事件が起こるはずと思うの」
「その事件のせいでうちの事務所どのぐらい壊れる?」
「はんぶんぐらい」
「もう大家さんに顔向けできないから勘弁してほしいな……」
「おーちゃん、柚理ちゃんのこと好きだったかなあ」
「えっ!?そういう感じになっちゃう!?おおかみちゃんもついに!?」
「二人は付き合っちゃう!?」
「ええっ!?」

アンちゃんと二人でいいだけ盛り上がったけど当然付き合いませんでした。

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