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おはなし



どらちゃんは、絶妙に駄目な感じで女の子に手を出すので、そこが人間として駄目だと思う。

例1。ちょこちょこライブに出れるようになった頃、三回連続で出待ちしてくれた女の子がいた。バンドでやってる広報用のツイッターとかインスタにも、いっぱい応援のコメントをくれた。あの超ド級のマイナス思考のべーやんが、「よく来てくれるあの子」と呼ぶ女の子だったのだ。あのべーやんが、だ。そんなの有り得ない…何かの間違いだ…俺みたいなのにそんなのあるわけない…出待ちなんて畏れ多い…すごくこわい…絶対に何か裏がある…金銭を騙し取られるかもしれない…って頭抱えててもおかしくないと俺は思う。けど、べーやんも普通に嬉しそうに、あの子はまた来てくれるかな、と楽しみにしてた。そういう応援してくれてる人がいるって分かると、やっぱモチベーション上がるじゃん。少なくとも俺は上がった。別に女の子だからとかじゃない。ぎたちゃんは女の子だからっぽかったけど、俺は相手の性別とか年齢はどうだってよくて、星の数ほどいるクソほどマイナーなインディーズバンドの中から俺たちのことを見つけてもらえたことが、嬉しくてたまらなかったのだ。
しかしまあ残念なことに、四人が四人とも、普通に社会人なので、忙しい時期は忙しい。趣味の範囲内である音楽については二の次、生活が第一、になってしまう時期は、どうしたってある。ライブどころか、しばらく全員まともに集まって練習すらできない日が続いて、次にライブハウスを訪れるまでには、かなりの間が空いた。そのライブには、あの女の子は来ていなかった。ちょっと寂しかったけど、きっとあの子もまた新しい好きなものを見つけたんだろうなあって思って、それはそれで良いことだと思った。それに、そのライブでちょっと有名なバンドから対バンしようって誘われたのとかもあって、俺たちにできたはじめての固定ファンらしき女の子のことは、いい思い出になったのだ。ああいう人が増えてくれたらいいなあ、って感じの。
んで、それから数年が経って判明した事実なのだけれど。
「はァ!?」
「声でか」
「あ″!?でかくもなるわ声!はあ!?」
「今ので鼓膜三回破けた」
俺の正面には、耳を塞いで嫌そうな顔のどらちゃん。べーやんとぎたちゃんは先に帰って、明日お休み同士で飲み直しの二次会真っ最中なのだけれど、ひょんな事から軽い気持ちで俺が聞いた「どらちゃんの彼女遍歴」が、ド地雷だった。もっとこう、高校生の時はじめて付き合った子が〜みたいな話が出てくるかと思ったんだよ、こっちは。
「共通の知り合いだから顔が分かりやすいかと思って」
「てめえに引っ掛けられて乗せられて破局したらそりゃ二度とうちのライブに来てくれるわけねーだろがボケナス!」
「はは」
全然悪びれてない。ていうか絶対そもそもにして悪いとも思ってない。そういう奴だよ、どらちゃんは。
『何年か前にライブハウスで何回か見たことある女の子に声かけたら喜ばれたから付き合ってみたけれど結局全然上手くいかなくて秒で別れた』なんて話だったので、最初は、ふーん、そう、へーえ、コミュニケーション能力が高くていいですね、ぐらいだったのだけれど、どらちゃんが不思議そうな顔で、お前も知ってるはずの女の子なんだけど、喜んでたじゃん、ファン一号とか言って(笑)とへらへらしたので、完全に合点がいった。おいこら、てめえには人の心がないのか。べーやんが知ったら三日は寝込むぞ。あのぎたちゃんですら眉をひそめるかもしれない。
「だから秘密にしてあげてたんじゃん」
「ひどい……全方位にひどい……」
「でも俺も二股かけられてたし」
「やめて!これ以上思い出を汚さないで!」
「下着クソ派手だし」
「やめろっつってんだろ!」
「うける」

例2。これはぎたちゃんから聞いた話なので、ばっさりあっさり。その場にいたのは、どらちゃん以外の全員である。というか、どらちゃんがいないからどらちゃんのこういう話をしているとも言う。なんでいなかったのかは忘れた。
「りっちゃんの今付き合ってる人、12歳年上の人妻なんだけど」
「……………」
「娘もいるらしくてねえ」
べーやんが顔を青くしてオナカイタイポーズをしている。ぎたちゃんは特にどらちゃんのそれに関してはなにも感じないらしく、娘さん小学生なんだって、もうすぐお誕生日なんだって、りっちゃんプレゼントあげたいらしいんだけど今時の小学生女子ってなにもらったら嬉しいのかなあ、とのんびりのびのび話している。いやあ、前半のパンチが強すぎて話が入ってこないよ。
「……それ、ぎたちゃん相談されたの?」
「ううん。りっちゃんの携帯見たら人妻と不倫してたから、いけないんだーって言ったら教えてくれた」
「ううん……」
「……な、なんで勝手に携帯見るの……?」
「勝手になんか見ないよ、りっちゃんが見ろって言ったから見たんだよ」
「え……えっ……?」
意味分からない、ってノンストップで顔が青いべーやんの顔に書いてある。俺にも意味が分からない。もう意味が分からないことだらけだから、一番普通の質問であろう「今時の小学生女子はなにをプレゼントされたら嬉しいのか?」の話に戻した。検索したら、今時の女の子は思ったよりもませているらしく、はじめてメイクセット☆みたいのとか、なんか宝石もどきっぽいブレスレットとか髪留めとか、出てきた。俺が子どもの時なんか、花の蜜啜っておやつにしてたのに。仲良しの女の子も笹舟とか作ってたよ。時代の進歩である。
その後。どらちゃんがその場に戻ってきたのでその話は有耶無耶に掻き消えて、俺はどらちゃんが作ってくれた新しい曲の話をするのに残されて、べーやんとぎたちゃんはコンビニに行った。そんでもって、どうしても気になったから聞いちゃった。
「どらちゃん、人妻と付き合っ」
「付き合ってない」
食い気味っていうか食ってる。付き合ってる人の隠し方じゃん、もうそれ。付き合ってるの?って聞こうとしたわけじゃないかもしんないのに。付き合ったとしたらどんな人妻がいい?ちなみに俺は吹石一恵!かもしれないじゃない。
「付き合ってない」
「……つ」
「人妻とは、付き合わない」
「ど」
「倫理的に」
こっちも見ずに何回も言われた挙句に、にっこりされた。普通に怖いんですけど。いつもそんなにっこりとかしないじゃん。どらちゃんの笑顔の効果音、どちらかというと「にたり」じゃん。俺が怯えている間にぎたちゃんとべーやんが帰ってきたので、その話はなかったことになった。ていうかなかったことにさせてよ。12歳上の人妻と不倫してる疑惑があるドラムは抱えきれない。

例3。対バン相手に女の子がいた。打ち上げ会場でどらちゃんとその女の子が消えた。
「あれ?どらちゃんは?」
「知んない」
「トイレかな」
「まひろもいないよー?」
「トイレ?」
「……………」
「……………」
顔を見合わせているのは、俺とぎたちゃんである。他のみんなは、どうしちゃったのかねー、なんてのんびり話している。あんまり気にしていないご様子。ちなみにべーやんは、飲み会の序盤で駆けつけ三杯ぐらい一気飲みしてトチ狂ってみんなのテンションを上げた挙句に、一瞬で酔いつぶれた。打ち上げ花火か?
一応どらちゃんに、どこ行っちゃったの?ってラインしてみた。うわ既読早。返事はない。もうだめだ。終わった。九割九分手ぇ出した。さようなら俺たちの信頼。どらちゃんはもうちょっと落ち着いてほしい。
白目剥く勢いで寝てるべーやんを何とかタクシーに詰め込んでその日は終わった。多分明日になれば元に戻るだろう。記憶の有り無しとか細かいことは知らないけれど、あんな感じになっちゃっても次回会う時にはいつも通りのべーやんなので、特に心配はしていない。それよりもどらちゃんだ。
後日、スタジオ。練習の日です。俺がついた時には、べーやんがもういて、ぎたちゃんはいなかった。いつも通り。どらちゃんは?と聞いたものの、首を傾げられた。直後、開いた扉。
「ちーす」
「あ!来た!」
「こないだベースくん家帰れたの?やばかったけど」
「えっ……」
べーやんが困っている。べーやんよりやばいことした人に言われたくないぞ。ていうか。
「……どらちゃん、なにそのほっぺ」
「え?あー。これ?」
「それ」
おっきいガーゼが貼ってある。青痣、と端っこをめくって見せられた中は、確かに変色していて、痛々しかった。なにしたらそんなんなるんだ。
「んー」
「……………」
「……………」
どらちゃんが、嘘を考えている時の顔をしている。流石にここまで来ると分かる。べーやんも察しがついているらしい、俺とどらちゃんをちらちら見比べながら黙っている。三秒黙ったどらちゃんが吐いた嘘は、「痴漢されてる女子高生を助けたら痴漢のおっさんに逆ギレされて殴られた」だった。ハイ嘘!どらちゃんどっちかっていうと痴漢する側!
「失礼すぎやしねえ?」
「……………」
「ベースくん、そっちで黙って頷いてるの見えてるからな?」
「あっ……ご、ごめんなさい……」
「俺のことなんだと思ってんだよー」
「犯罪者」
「あ?」
「ひっ……」
「なあ、おい?ベースくん?」
「だ、っぼ、ボーカルくんが言った……」
「あ!べーやん!人のせいにしないで!?」
「ベースくん。そこに立て」
言い訳するわけじゃないが、自分の身を守るために弁解しておくと、どらちゃんを犯罪者呼ばわりしたのはべーやんである。しかも珍しく、ほんとにうっかり漏れちゃった、って感じで、彼らしからぬ低く小さい声で吐き捨てられたので。起立、その場で、すぐに、と指さされて、完全に怯えながら縮こまっているべーやんは可哀想だけれど、俺はそこまで言ってないので我関せずでもいいはずだ。ていうか、そうじゃなくて。べーやんを壁際に追い詰めてないで。
「嘘じゃん、痴漢」
「ばれたかー」
「ばればれだよー。どうしたの?」
「なんか、女の子に殴られた。趣味が合ったから仲良くなったのにさー、別に俺、その子と付き合うとか全然考えてなかったし?勝手にそういう感じにされて、俺も腹立つっていうかー」
どらちゃんが、べーやんを背中で潰しながら、ぶつくさ言っている。べーやんがひいひい言ってる。ていうか女の子にしては力強くね?と聞けば、カバンで殴られた、そうで。
「俺悪くなくね?」
「知らないよー、どうせどらちゃんが悪いよ」
「あー?」
「い、いたい、ご、っごめんなさい、ごめんなさい……」
「壁が喋るな」
「ひっ……」
「ていうかどらちゃん、こないだの飲み会途中で抜けたじゃん。どしたの?」
「ちょっと用事」
「あ″っ待っ、痛、ほんといたい……」
「仕事の用事ー」
これ以上深く追求すると、べーやんが壁とどらちゃんのサンドイッチの具にされて潰れてしまうので、なにも聞けなかった。それからほどなくして、ぎたちゃんが来たので、べーやんは解放された。ちょっと薄っぺらくなったんじゃない?べーやん。
「げほっ、げ、ぉえっ……せ、っ咳が、止まらない……」
「べーやんがぺらぺらになっちゃったらどらちゃんのせいだよー」
「暑い。脱いでいい?」


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