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I remember your love




新城は酒に強い。あまり酔っ払わない、というか酔っ払ったふりはするけれど、本気で前後不覚になって記憶が飛ぶことは無い。強い弱いじゃなくて自分の限界を分かっているかどうか、セーブできるかどうかの話なのではないか、と本人は当然のような顔をしていたけれど、一杯でぐらぐらになっちゃう俺にそれを言うか?と思ってそれを言われた当時は殴った。
精神的にも弱いわけではないのだと思う。自分があまり打たれ強い方ではないから、余計にそう思うのかもしれないけれど、あいつだってそれなりに厳しい道を歩いてきてるはずなのに、全く気にせずへらへらしている。ちゃんとしている、わけではないけど、足元はしっかりしている、ようには見える。俺だったら、新城と同じことはできない。だからせめても、支えにくらいはなりたいのだけれど、なかなかそれも成功した試しはなくて、でも新城が嫌がっている素振りもないので、挑戦だけが積み重なっていく。ちなみに、つかれたよー、とか言ってふざけて甘えてくることは多々ある。あれは俺が嫌がる様が好きなので、べたべたされて困る俺を見てにまにま笑っているのだ。
そんなことはどうでもよくて。
新城は、基本的に記憶力が良くて、ちょっとした気が回せて、世話焼きで、俺関連のことで覚えていないことはない。滅多に、ない。その、滅多に、の部分が重要なのだ。赤でなみなみの下線を引きたい。その原因は、ある時はお酒だったり、ある時は疲れだったりするのだが、とにかくあの新城出流が、根元からへし折れて臆面なくしがみついてくる時が、本当に稀にある。しかもそうなってしまうと、本人はあまりそのことを覚えていない。追い詰められすぎて限界を迎えている時にしかそうはならないので、多分心が壊れないように脳味噌が勝手にセーブをかけているのだろうと思う。
時系列としては、新城が俳優の仕事をやりはじめて、軌道に乗り始めた頃のことだった。水棹さんがマネージャーについてしばらくした頃。
「……どうしたんすか」
「潰されました。偉い人に」
新城が、ぐったりと身体を水棹さんに預けている。今日は打ち合わせがあるって言ってた、から夜ご飯は置いてあった。遅くなるもんだろうと思っていたけれど、こんなんなって帰ってくるとは思ってもみなかった。
どうも、強い酒をそうと知らずに飲まされていたらしい。ほぼ意識のない新城を二人掛かりでベッドに寝かせて、水棹さんは少し申し訳なさそうだった。さっきまでは起きていたことや、飲まされたのは確実に二日酔いに悩まされる量であると予想されることなんかを聞いて、彼女にお礼を言って。頭を下げて、明日はお休みなので、と言い置いて出て行ったお仕事のできるマネージャーに、俺も頭を下げる。もう風呂も入って寝る寸前だったけど、こんなになって帰ってきて、心配でないと言ったら嘘だ。急性アルコール中毒?とか、あるらしいじゃん。
「……新城?水飲む?」
「……ん″ん……」
低く唸った新城は、いらない、ということなのか小さく片手を振って、眉を寄せた。一応、声は聞こえているらしい。辛そうなのに隣に寝たら迷惑かと思ってそっとベッドの横に腰掛けていると、10分くらい経った頃、薄っすらと新城の目が開いた。ぼやけた瞳が俺を認識して、まばたき。
「……………」
「……し、んじょう?」
「……………」
「おき、起きたなら、水……あ、風呂?は、だめか……水持ってくるから、寝ててもいいけど起きたら飲んだらいいし、な」
我ながら支離滅裂な言葉を吐きながら、ベッドから立ち上がる。無言で見つめられるのは嫌いだ。何の感情も浮かばない目。もうほっといてくれと吐き捨てられた時の恐怖や、噴水に向かって突き飛ばされた時の冷たさなんかを、思い出してしまう。どちらかが演技というわけではなく、どちらもが新城の本当だと分かっていても、あの目で見られるのは未だに堪える。へらへらと笑っている間抜け面に、慣れてしまったからかもしれないけれど。
水と空のコップを持って部屋に戻ると、新城は目を閉じていた。ドアを閉めた音に反応はあったので、寝ているわけではなさそうだけど。どうするんだ、と声をかけるのも躊躇われて、手の中のものをベッドサイドに置いて、音の無い新城のことを見下ろす。寝息すら聞こえない。人形みたいだ。布団もかけずに横たわっているので、呼吸に合わせて動く胸で、辛うじて生きていることが分かる。腹の上に投げ出された手と、切り揃えられた爪。上向いた睫毛。通った鼻筋。いつもなら飽きず懲りずにくるくると動いては周りを翻弄する唇は少し開いたまま動かずにいて、すこしさみしいな、と思う。俺は新城のかたちが好きで、最初に目で追うようになったきっかけも身体がかっこよかったからで、今更まじまじと見る機会もないから、ぼんやりと気が抜けたように、眠る新城を見ていた。いつのまにか俺はベッドの横に座り込んでいて、何の脈絡もなくゆるやかに開いた瞼に、ちょっと残念さを感じるくらいだった。数度まばたきをした新城が、目線で何かを探して、ちょうど真横にいる俺を見つけて。
「……あ、水、飲むか」
「……………」
「新城?」
「……なかはらくん」
舌足らずな、子どもみたいな声だった。少し渇いた声。伸ばされた手は熱くて、握られた指から溶けそうなくらい。水云々の話は全く聞こえていなかったのか、まだ芯がぼやけたような、とろんとした瞳で俺を見て、しばらく間を開けて。
「……きて」
「ん、うん……寝る、なら電気」
「やだ」
「え、っ」
「……いやだ」
電気のスイッチを押そうとした指が止まる。いや、ともう一度、はっきりと拒否した新城が、俺の手を引っ張った。されるがままにベッドに寝そべると、すわりがいいように、もそもそと調整される。明るいんじゃ寝られないだろう、きちんと休まないと、と口出しした俺に、小さな反論。
「……暗いのは、きらいだから、いやだ」
「……そ、んなこと、知らなかったんだけど」
「やだ……」
「じゃあ、ちょっとだけ、少しだけ暗く、な?これじゃあ目ぇ痛くなるし、ゆっくり寝てられないし……どのくらいならいい?」
ふるふると首を横に振っていた新城は、俺が二回スイッチを押した時点で、もういや、と細く告げた。そんなに暗くなってない。お互いの顔はばっちり見えるくらい。けど、嫌というなら仕方がないだろう。様子がおかしい、どうにも弱ってる、ってのは分かるし、暗いのが苦手だなんて知らなかったし。
いつもと逆だ、と思った。いつもは、新城が俺を抱きしめて、俺の頭は新城の胸元にある。今は、新城の方から俺の胸あたりに滑り込んできたから、俺の頭は新城の頭の上にある。らしくもなく、ぎゅうっと握られた服の胸元を見下ろして、いつもはどうされていたっけ、と思い返す。いつも新城がしてくれているように、後頭部と背中に手をやって、ついでにあやすように撫ぜれば、新城の身体から力が抜けていった。寝るのかな、このまま。
辛いことでもあったんだろうか。嫌な思いをしていても、新城はあまり口に出さない。俺に対しては特にそうで、かっこつけたいからとか、意地張りたいからとか、ふざけてそんな風に誤魔化すところは何度も見てきた。高校生の時に一度、新城が寮を飛び出してうちに泊まりにきたことがあった。あの時だって、新城が言わなかったから俺は知らなかっただけで、新城のお母さんが毎晩電話をかけては彼を追い詰めるような恨み言を吐いていたのだと後から知った。それでも新城は、母さんが悪いわけじゃないでしょう、と困ったみたいに笑っていた。受け止めてあげるべきだったのだと、まだ自分は子どもなのだと、悔やんでいた。そうじゃ、ないのに。暖かな頭を撫でながら、思い出してこっちが泣きそうだった。あの時だって、あの時だって、お前は強いから。
近くにいるから聞こえるようになった寝息に、つられて意識が遠のく。目が覚めたら、元どおりになっていますように。

ふわりと、浮き上がるような感覚。目が醒める前の微睡み。どこか心地よいそれを享受しながら、きもちいいなあ、と思う。口の端がつめたい。よだれ、垂らして寝てたかも。身動ぎしようとして、腕の中にある暖かな重みに、新城とくっついて寝たんだっけ、と思い出す。あったかい、きもちいい、……きもちいい、?
「……ふ、ゃ」
甘ったるく漏れた自分の声に、現実が押し寄せてくる。あつい。新城があったかすぎる。咄嗟に押しのけようとした身体は重くて、がっちり足でホールドされてるのに気づいた。いつのまに、ていうか、こいつ起きてんのか。意識がはっきりしたならふざけてんじゃねえ、と髪の毛を引っ張りあげて、
「……………」
後悔した。戻した。いや、だって、寝てんだもん。完全に安らかな寝顔だったから。どうせにやにや笑って煽られるんだろうと思っていたから、予想外すぎて、そっと戻した。
しかしながら、戻した後にまた後悔がこみ上げてきた。だって、俺の服は首元まで捲り上げられていて、それは恐らく新城がやったんだろうけど、あと胸の辺りがじんじんして、なんならどこかひんやりして、冷たいってことは多分濡れてて、俺の胸は自主的には濡れないだろうから胸元にいた新城が舐めてたはずで、というところまでは予測が立てられるのだけれど、本人が寝ている。すやすやと寝ている。寝惚けて舐め始めて寝落ちたんだか、下心ありきの確信犯で舐め始めて寝落ちたんだかは、もう知らないけれど、腹が立つからやるなら最後まで流し切ってくれ。中途半端にされたこっちの身にもなれ。
とにかく、新城に足を絡め取られている以上、俺が逃げるのは無理だ。ここで逃げられるようなら、今まで何度も泣かされたり鳴かされたり啼かされたりしない。妙に熱いのは無視して、二度寝の体制に入る。一応服を戻そうとしてみたけれど、新城が俺の胸板にべったりくっついていて、無理だった。これ以上何も起こりませんように。
「……、」
馬鹿だなあ、と、溢れそうになったのを、飲み込んだ。馬鹿はどっちだ。いつまで経っても素直になれない、気持ちを誤魔化し続けている自分だって馬鹿だ。俺がそんなんだから新城が弱みを見せられないんだと、分かっている。けど、甘えたいならふざけないでまっすぐに甘えればいいのに、と思ってしまうのも事実で。折れる前に頼ればいいのに、と人のせいにしてしまう。彼に弱さを曝け出せないようにしているのは、自分のくせに。何処かでぽきんと心の根っこが折れたとしても、新城は俺にそれを悟らせない。一人で勝手に接ぎ木して、黙ったまま勝手に立ち直って、いつも通りを演じ続ける。安らかに眠っている頰を片手でつまめば、少しだけ眉が寄った。きっと、なにかを新城が抱え込んでいたんだとしても、今回も俺はその全容を後から知るのだ。彼を守れるようにはなれない。守ってやらなきゃいけないほど、弱くもない。弱いのはむしろ自分の方。だけど、せめて、支えにくらいなれたらいいと思う。そうなりたいし、そうなろうとして、果たしていつになったらそうなれるかは、分からないけれど。
何故か泣きたくなった。泣きたいのも、泣いていいのも、俺じゃないのに。

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