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おはなし




「デートしよ」
「……………」
なぜ、と顔に書いてある。中原くんは、俺のことが好きで俺とお付き合いしてるくせに、俺と一緒にいるところを他の人に見られるのが嫌らしい。いじめられっ子だった俺の周りをあれだけちょろちょろしていたくせに、いじめられなくなった途端にちょろつかなくなったので、周りの方が若干戸惑っている。中原くんはそもそもにして友達が少なかったけど、俺は友達が増えたので、主に俺の友達が戸惑っている。仲良かったんじゃなかったの…?、と聞かれたことが数回ある。だって中原くんがすごい俺といるの嫌がるから。そんなことってある?付き合ってんのに?
お昼ご飯の時間は、一緒に過ごしてくれる。大概、校舎の裏。人通りが少ないことが、中原くんと過ごす場所選びにはとにかく重要なのである。先述したように、中原くんは友達が少ないので、お昼を一緒に食べることはできても、その時間を楽しく過ごせるほどの仲良しはいないのだ。付き合いたて当初、俺から逃げて顔もぼやけたクラスメイトのところに行くので、さぞかし仲良しなんでしょうなあ!と影からこそこそ見張った上で得た確証である。合わせて釣られ笑いこそするものの、自分から口を開くことは稀だし、お弁当を食べることで時間を過ぎ去らせようとしているのが見え見え。だからお昼ご飯の時間ぐらいは無理矢理引っ張ってきて一緒に食べることにしている。二人きりになって誰の目もなくなれば、離れようともしなくなるし。
「デート。放課後デート」
「しない」
「ええー。ちゃんと寮にも届け出すよ?」
「したくない」
うん、まあ、予想通りだけども。ぷい、と顔を背けて、なんなら俺に背中を向けて、壁の方を向いてお弁当を食べ始めた中原くん。どうしたものか、と黙っている俺のことをちらちらと窺っているのが背中からよーく伝わってくる。そんなんなるなら突っぱねなければいいのに。
「クレープ食べに行こうよお」
「……好きくない」
「じゃあゲームセンター行こ」
「うるさいから嫌だ」
「なになら来てくれるのさ」
「行かない。まっすぐ家に帰る」
「じゃあそれについてってもいい?」
「は?」
中原くんの帰り道に、俺もついていっていい?重ねてそう言えば、複雑な顔をされた。何を言っているんだ、もしくは、何がしたいんだ、とでも言いたげな顔。でもそのぐらいしか、今の俺ができそうなことってないじゃない?

それから数日。
寮にはきちんと外出の届けを出した。しばらく前に無くなったけど、お仕事以外では初めてのそれに、寮母さんはびっくりしていた。ただ付いて行くだけだから、別にどこか寄り道したりしなくてもいいから、と中原くんのことも説得した。一応の承諾、複雑そうな顔だったけど。
「かえろ!」
「……………」
授業終わりのチャイムと同時に自分の教室を駆け出す。中原くんの教室に飛び込んで、寮住まいの俺からしたら有り得ない「帰ろう」に、周りのクラスメイトが若干ざわついて、何だ出掛けるのか、と収束して行く。別に寮に住んでるからって外に出られないわけじゃないし、届けを出せば夜ご飯を友達と外で食べてくることだってできるし、ちゃんとした理由があれば泊まりがけだって不可能じゃない。俺が今まで寮直帰だったのがおかしいのだ。
しかめ面の中原くんが、無言のまま鞄を持って教室を出て行く。宣言通りその後を付いて行きながら、そういえば俺、中原くんがどこに住んでるのかも知らないし、どうやって帰るのかも知らないなあ、と思い至った。財布にお金は入ってるから、公共交通機関になら乗れるけど。チャリ通学だとかいうのは聞いたことがない。まあ、もし万が一中原くんが自転車でも、俺は走ってついていけば良いか。
下駄箱について、校門を出て、知り合いの顔も同じ制服も、どんどん減って行く。一番最寄りの大きい駅とは、多分反対側の方面だ。同じ制服を着ている人がたくさん待っているバス停も通り過ぎてしまった。中原くんちはこっちだったのか、と飽きず懲りずに後をつけると、ついに彼が立ち止まって、振り返って。
「……しつこいな」
「えー、だってついてっていいって言ってくれたじゃない」
「うちはこっちじゃない」
「じゃあなんでこっちに来たのさ」
「……お前がついてくるから」
「それじゃあ家つかないよ?」
「うっさい」
「ねえー」
人通りの少ない住宅街。どこかから美味しい匂いがして、子どもの楽しそうな声が聞こえてきた。曲がり角を折れた先には、小さな公園が見える。行き当たりばったりに歩いてたら迷子になっちゃうよー、と等閑な声をかけながらスマホで地図を開いていると、ぎしぎしと音がしそうな遅さで、中原くんが振り返った。いや、まさかね。土地勘があるからずんずん歩いていくんだと思ってたんだけど、まさかね。
「……図星?」
「……うるさい……」

公園のベンチに座って、迷子の中原くんが不貞腐れているのを横目に、近くの駅を調べることにした。子どもがボールで遊んでいるぐらいのもんで、誰も俺たちに注目なんかしていない。来た道を戻ることは、良しとされないだろう。だって、同じ学校の人がたくさんいる場所に戻ることになるわけだし。前述したように、中原くんといる上でとにかく大事なのは、人目につきにくいことなのだ。特に、知り合いやそれに類する人。
「あー、このまままっすぐ行くと駅に出るよ。でも学校の最寄りと路線が違う」
「……ん」
「中原くん帰れる?」
「うん」
「バスも出てるけど。バス停はこっち」
「……電車がいい」
「そう?」
じゃあそうしよう。さっきまでは一人で前を歩いていた中原くん、今度は隣を歩いてくれるようになった。手でも繋いでやろうかと思ったけど、やめた。理由は特にない。
中原くんは、歩くのが思ったよりも遅かった。背が低いから歩幅が小さいのか、とも思ったけど、もしかしたらさっきまでの無理な早足で疲れ果てただけかも。それとももしかしたら、俺といる時間を長くしたくてゆっくり歩いてるのかも。後者を思いついてしまう自分にも若干笑えたけれど、強ち間違いでもなさそうな辺りがもっと可笑しかった。冷たい風が吹き抜ける。夕暮れの空が赤くなって、向こう側は紫がかっていて、綺麗だった。
「中原くん、いつもは誰かと一緒に帰るの」
「一人」
「電車?」
「電車」
「大きい駅から?」
「そう。乗り換え」
「遠いんだ」
「そうでもない。1時間もあれば余裕でつく」
「そっかあ。知らなかったなあ」
「……言ってないからな」
「あめ食べる?」
「なんで」
「こないだ買ったから。はい」
「……自分で食う」
「あーん」
「……………」
食べさせた。不服そうな顔。コーラ味の、割とぱちぱちが強めのやつだったので、しばらくすると中原くんは目をばってんにしてぱちぱちに耐えていた。炭酸苦手なんだった。忘れてた。
夕暮れの明かりになってきた頃、ようやく知らない駅に着いた。ファーストフード店と、コンビニと、クレープ屋さんと、お花屋さんと、本屋さんがある。中原くんのお腹が鳴いて、何か食べようか、と言う前にぶたれた。恥ずかしかったらしい。
「なにがいい?ハンバーガー?コンビニ?」
「……クレープ」
「好きくないんじゃないの」
「嫌いじゃない」
天邪鬼。お前が食べたいって言ってたからだ、と付け足されて、人のせいなのか思いやりなのか微妙なラインだった。メニューをじいっと見上げる中原くんは、いつまで経っても悩んでいて、全然決まらない。ううん、って唸る声まで聞こえる。俺はなんでもいいので適当に人気ナンバーワンとか書いてあるやつにしようかと思ってるんだけども。
「……なにとなにで迷ってんの?」
「……ま、よってない」
「嘘つけ。目ぇ泳いでるよ」
「……………」
「俺はこのいちごのやつにしよっかな」
「……いちご……」
物欲しげな声だった。もしかして候補の中の一つなんだろうか。半分こしよっか?と聞けば、数秒間が空いて、もごもごしたありがとうが聞こえてきた。めずらし。
中原くんが悩んでいたのは、俺が頼んだいちごと生クリームがたっぷりのやつか、プリンっぽいカスタードがたっぷりのやつか、だったらしい。どっちも甘ったるい。別に甘いものは好きじゃないって話は嘘じゃないと思うんだけど、クレープは好きなんだろうか。注文して、作ってもらっている間、店の横に貼ってあるチラシをぼおっと読む。このクレープ屋さんの系列店のケーキ屋さんが出来たらしい。写真を見る限り美味しそうだ。
「大人になったら行こうか」
「……は?」
「ここ。どうやって行くんだろ、行き方調べてみよ」
「……ふん」
いいとも悪いとも言われなかった。俺たちの会話が聞こえていたらしく、クレープを手渡される時に、ここからだと電車で1時間半はかかると店員さんが教えてくれた。系列店だけど場所としては遠いみたい。
「いただきます」
「……いただきます」
駅前のベンチがちょうど空いててよかった。二人並んで座って、プリンのクレープを頬張った中原くんが、ぱっと目を輝かせた。前から思ってたけど、美味しそうに物を食べる人だ。中原くんのお母さんお手製のお弁当がいつも美味しそうっていうのもあるけど、食べてる中原くんも割合嬉しそうな雰囲気で物を口に運ぶので、余計に美味しそうに見えるのかもしれない。俺は料理なんかしたことないけど、これだけふわふわお花飛んでそうな雰囲気で食べてもらえるなら、作りがいがあるだろうなあ。自分の分には一口も手をつけずに見ていたのがばれて、食べないのか、と変な顔をされた。食べます。
「……半分やる」
「んお、早。俺下の方でいいや、中原くん先にこっち食べていいよ」
「それじゃいちご無くなっちゃうだろ」
「でも中原くんいちご食べたかったんでしょ」
「……でも俺はプリンも食べた」
真面目か。それじゃ受け取るわけには、という感じだったので、待っててもらって上に乗ってるいちごが一番多いところを食べる。うん、おいしい。下の方は生クリームばっかりになってしまうんじゃなかろうかとも思ったけど、ちゃんと下にはいちごのソースが入っていて、これなら渡せそうだ。交換して、ぺろりと食べきった中原くんに、間接チュー、の言葉を教えてやろうかと思ったけど、やめておいた。今日はなんだか、無闇矢鱈と揶揄うのがもったいない気分だ。二人でのんびりしたこと、無いし。俺ってばいつも、中原くんに怒られてそっぽ向かれてばっかりだし。いじめたい、泣かせたい、傷つけたい、という気持ちは勿論あるけれど、今はそれよりも、中原くんが比較的穏やかに過ごしている珍しい時間を共有してみたい思いが勝った。
「どうする?帰る?」
「……本屋」
「あ、行く?いいよー」
特に探すものもなく、雑誌コーナーをうろうろして、買いもしない漫画を見て。参考書のコーナーで当然のように中原くんが立ち止まったので、この人は普通に本当に真面目だなあ、と改めて思った。勉強好きだよね。嫌味じゃなく。
いい加減日も暮れてきたので、駅に向かう。中原くんはどこまで乗るの?と聞けば、二つ先の駅で乗り換えるそうだ。中原くんちまでついていく、が今回の目的なので、じゃあ俺もそうしようと電車に乗り込んで、ちょうど空いていた席に座る。あんまり混んでなくてよかった。あれこれとくだらない話をしているうちに。
「……………」
「……………」
「……?」
あの。件の、二つ先の駅なんですけど。全然中原くんが立ち上がろうとしない。俺の数え間違いだろうか、まだ二つ先ではなく実は次の駅だったのかもしれない、と俺が逡巡しているのも知らず、中原くんはただ一心不乱に向かいの窓の外を見ている。何をそんなに気になるものがあるんだ。ついに扉が閉まってしまったので、中原くんの目線の先を覗いたものの、何もなかった。看板でも見ていたんだろうか。
「……降りなくてよかったの?」
「……降りたかった」
「は?」
「……………」
「……なんでもない……」
矛盾している。中原くんは嘘がつけないので、降りたかった、の言葉は本当だろう。どういうことだ。足でも痺れたんだろうか、正座もしてないのに。俯いてしまった中原くんに、路線図を見上げて。
「もうちょい先まで行ってみる?」
「……………」
無言。だけど、こくりと頷かれた。言葉にするなら、もうちょっと一緒にいたい、だろうか。やぶさかではない。夜ご飯、一緒に食べたことないし。
「デートっぽいねえ」
「……、」
うん、と返ってきたように聞こえた。気のせいかもしれないけど。

夜ご飯は、ハンバーグを食べた。中原くんがお店の前で釘付けになってたから。確かにおいしかったし、今度はあっちのハンバーグを食べようね、なんて約束までした。それから、また電車に乗って帰ってきて、中原くんちの最寄駅。すっかり夜になってしまったので、道を歩く人も随分少なくなって、俺はここからまた電車に乗って学校の方へ帰ればいいわけだ。要は、中原くんが学校に向かう道。
五分で着く、と言った割に、中原くんの歩くのが遅いので、あんまり着かない。歩き疲れちゃったのー?なんてふざけながら手を取ると、意外にも振り払われなかった。手のひら同士をくっつける、所謂恋人繋ぎじゃなくて、中原くんのグーを俺が握るような形だけど、彼なりの譲歩だろう。暗がりでも分かるぐらい真っ赤っかだし。誰かが通ったら、と思わなくもなかったが、高校生が手を繋いで歩いていたところで、誰も何も気にしやしないだろう。それに、中原くんはゆっくり歩くし。
「……うち、ここだから」
「お。そっか、じゃあね」
中原くんは手がグーになっているので、俺が手を緩めれば、離れ離れになってしまう。ぱっと離れた距離に、俯きがちだった中原くんが、重たげに顔を上げる。
「……きょ、う。あの、ありがと」
「ん?」
「……途中で帰んないでくれて……」
「……途中で帰られると思ってたの?」
「う……」
心外である。それは流石に。自己評価が低すぎる。そう思うならあれだけ振り回さなければいいとか、つんけんしないで素直になればいいとか、思わないこともないけれど、飾りもせず中原くんらしい中原くんとデートちっくなことをできた事実の方が大きいので、許してあげてるのに。彼氏だよ?デートの途中で帰るとかありえないでしょ?だって俺中原くんと付き合っててるんだよ?と自分を指さしながらやいのやいの騒げば、声が大きいと口を塞がれた。
「また行くからねっ、デート!」
「……だから、声が、大きい……」

「おっはよー!」
「……おはよう」
「昨日楽しかったねっ、デート!」
「、は!?」
俺の声より中原くんの声の方が大きかったけれど、周りの注目を引くには充分で、その日一日中いじられまくったのは言うまでもない。中原くんにはお昼ご飯を一緒に食べてもらえなかった。ちょっと反省。



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