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おはなし




有馬は顔が広い。それは伏見にも同じことが言えるけれど、伏見の顔が広いは「周りに自分の顔が知られている」「自分も相手のことを知っている」に近い。有名人、と言ったらいいんだろうか。だから割と引っ張りだこだし、いろんな人に声かけられるし、上っ面だけは楽しそうに喋る。有馬の顔が広いは、どちらかというと「みんな友達」だ。誰とでも親しいし、誰とでも楽しそうだし、誰とでも何かしらのエピソードを持ってる。どうしたらそういう風に生きられるのか俺にはさっぱり分からない。こちとらどうせ、友達も知り合いも少ない方だ。
「あー、はるくんだー」
「ん」
道端、住宅地。こんなところで声を掛けられるとしたらご近所さん程度のものだろう。かなたちゃんに渡したいものがあって有馬家に向かう途中、髪の毛と喋り方がふわふわしている男に声を掛けられた。ひさしぶりー、なんて口ぶりと有馬の態度から、何となく一歩引く。知り合い、ていうか、仲良しだろうなあ、と。男に向かって片手を上げた有馬に、不思議そうな笑顔で振り向かれて、いいから前を向けと念じた。こっちに構わないでほしい。
「なにしてんの?」
「帰るとこ」
「おともだち?こんちわー」
「……こんにちは」
「叶橋なにしてんの」
「犬の散歩ー」
「……犬いねえけど」
「彼女が連れてっちゃって、走ってって、見失ったー」
あはー、と困ったように笑う男。なんだそれ、と軽く笑った有馬が、高校一年生の彼女だろ?と爆弾を落としたので、聞かなかったことにした。同い年だとしたら、俺も有馬もこの人、叶橋さん?も二十歳は超えてるはずなんだけど、十五歳とお付き合いしてるとしたら、ううん、聞かなかったことにしよう。自分がなまじ学習塾でバイトしているだけに、高校一年女子の顔ぶれが頭に浮かんでしまい、無理やり振り払った。
「あ、ゆうちゃんがまた飲みに行こーって」
「今度はまともな居酒屋に行くなら行く」
「えー、前回もまともだったー」
「女子向けのきらきらしたおしゃれ居酒屋に行くなら俺はもう二度と行かない」
「ゆうちゃんと同じこと言うー」
「飯食いに行って腹減るっておかしいじゃんかさ……」
「そっかな、あ。ライン来た」
「彼女?」
「うん、あー、迎えに行ってくるー」
「じゃーな」
「またねー。おともだちも、引き止めてごめんねー」
とたとたと小走りで、俺たちが来た方に走っていった。それを見送った有馬が、無言の俺に、叶橋さんが走っていった方を指さす。高校の友達、中学も小学校も一緒、この辺に住んでる、ガキの頃から割と一緒に遊んでた、と説明されて、とりあえずこくこくと頷いておいた。その付き合いの長さは、世間的には幼馴染と呼ばれるものではないだろうか。
「次の飲み会弁当も来る?」
「……え、っなん、なんで?」
「声変な風なってるけど」
「い、行かない。行かない、行かなくていい」
「そお?」
なにを言いだすんだ、この馬鹿は。驚きすぎて声が裏返った。前もそんなようなことを言っていた気がする。友達の友達はみんな友達になれるとでも思っているのか。無理だ。少なくとも俺は無理。有馬はいいかもしれないけど、俺は絶対に無理。

後日。
「あ、有馬先輩」
「ん?」
駅前、人混みの中。こんちわー、と手を振ってきた男の後ろに、似た顔をした男がもう一人立っている。双子だ。あんまり見たことない。物珍しさからじろじろ見ては失礼だろうと目を逸らして一歩引けば、またも笑顔のまま器用に不思議そうな目をした有馬に振り向かれて、いいから、と口パクで伝える。俺に声を掛けてきた男はそのまま近づいてきたが、そうでない似た顔の男は、すいっと人混みに紛れて消えてしまった。俺もああしたかった。
「お久しぶりっす」
「おー、元気?」
「はあ、まあ。大学生って大変ですねえ」
「お前馬鹿だもんな」
「あー!馬鹿にした!先輩も馬鹿のくせに!」
「あ!?」
「すぐ俺のこと馬鹿扱いする!」
「先輩だぞ!」
「後輩ですよ!?」
でかい声で張り合わないでほしい。周りの目を引く。ピアスがちゃらちゃらしている男は、ねえ!と同意を求めるように後ろを振り返って、あれえ!?と素っ頓狂な声を上げた。同行者がいなくなっていたことに今更気づいたらしい。最初からいなかったよ。
「幹!どこ行っちゃったの!」
「直の双子?俺まだ顔見たことねえんだよな」
「そうですよ。でも顔は同じなんで、ほぼ。見なくても平気ですけど」
「お前みたいのが二人いるの?唯山家大変」
「中身は違いますから!」
それに幹には先輩に会えない理由があるっつーかなんつーか、ともごもご付け足したのは有馬には聞こえていなかったらしい。なんて?と聞き返した有馬に、笑顔で首を横に振った後輩くんが、携帯を見て金切り声を上げた。すごく声が大きい。
「あ!電車乗り損なう!先輩さよなら!なんで幹先行っちゃうんだよお!」
「おー、じゃあなー」
俺が知らない有馬の知り合いに会うと恒例なのか、あれは高校の後輩、成績がすこぶる悪かった、俺みたいなのがいるって先生に言われて会いに行ったらあれがいた、でもなかよし、と説明した有馬に、曖昧に笑って誤魔化す。絶対二度と会わないから、細かい情報はいらない。
「あ。弁当も今度」
「行かない」
「そっかー?」
「俺を巻き込まないで」
「なんで俺ばっか声かけられんだろうな?弁当が友達に声かけられてるとこ、俺見たことないよ」
だからそれは俺に友達が少ないからだ。言わせないでほしい。

また後日。コンビニで有馬が立ち読みしてるのを横で待ってたら、男二人が明らかに不審な、悪巧みしてる感じで近づいてきた。有馬の関係者だろうなあ、と特に触れずにいたら。
「だーれだっ」
「ぎゃああ!?」
「だー、れ、だっ」
「誰だよ!?怖えよ!弁当助けて!」
誰か分かんないのかよ。困った。そう経たないうちに、げらげら笑っている男が有馬の目から手を離した。驚きのあまり雑誌を握り潰したらしい有馬は、ぐちゃぐちゃになっちゃったよ!と怒っている。が、男の顔を見ると怒りを引っ込めた。
「なんだ、須藤かあ……」
「はー、笑った。ぬい、動画撮った?」
「撮ってないです」
「はー!なんでさ!しょーに見せてやろうと思ったのに!」
「それならそうと言ってくださいよう」
どっかで見覚えがある。からからと笑っている快活そうな男と、身長の低い不満げな男。俺が見たことあるって、なかなかないと思うんだけど。そもそもこっちに知り合いいない状態で上京してきてるもんで、大学入ってからのつながりしかないはずで、じゃあ誰なんだ、と。暫く記憶を引っくり返して考えてみたものの、いまいち思い出せなかった。有馬の言葉にヒントはないだろうか。
「なにしてんの」
「外から有馬が見えて、こいつはいじめてやろうと思って」
「お前中学の時そんな奴じゃなかった……」
「俺、悪くなったから。な、ぬい」
「すあまさん子猫拾う系の良い人じゃないですか、嘘はいけませんよ」
「なんでお前最近俺にばっか小言いうの?しょーにも同じこと言えよ」
「言いません。しょーさんは悪ぶらないので」
「なんなの。クソ生意気」
「あ。お金貸してあげませんよ、事務所に財布忘れたくせに」
「ごめんて……」
「須藤まだ遊園地にいるの」
「いるよー。また遊びに来いな」
「ん。今度は小野寺が仕事してる時にするわ」
「はは、かわいそ。一緒に遊べねえんだ」
小野寺のバイト先の遊園地の人だ。夏頃遊びに行った記憶がフラッシュバックして、休憩室を貸してくれた人と伏見と同じぐらいの大きさの人、が目の前のこの二人とようやく被る。やっぱり俺も知ってる人だった。知り合い、と呼ぶにも関係性が薄すぎる気もするけれど。
なに買うんですか、お茶だよお茶、なんて話しながら店の奥へ歩き去ろうとする二人に、有馬が声をかけて引き止めた。なんだ、まだ何か話があるのか。「じゃーな」をやらないとさよならした気にならないわけでもあるまいに。
「須藤、俺よくいろんな人に声かけられんだけど。なんで?」
「なんでって、なんで」
「お前も外からわざわざ意地悪しに来たろ」
「あー。有馬目立つもん。見つけやすいし、声かけやすいんじゃね」
「めだつ」
「そー。なに?」
「……なんでもない。そんじゃな」
「んー」
ひらひらと手を振って売り場の角を曲がっていった須藤さんに、手を振り返した有馬が、よれてしまった雑誌の表紙を見下ろしながら呆然としたように言った。
「……俺目立つのか……」
「……………」
いや気づいてなかったのかよ。目立つよ、めちゃくちゃ。頭の色も服の色も顔も、目を惹く要素ばっかりだよ。思わず絶句していると、気を取り直したらしい有馬が、雑誌を買いにレジの方へ行った。朔太郎の言葉を借りるわけじゃないけど、有馬はもう少し自分の外見に頓着した方がいいとは思う。お会計を済ませた有馬が、ビニール袋をぶら下げて、ぽつりと言った。
「べんと、俺目立つって」
「……そうだね」
「弁当のがでかいのにな」
そうじゃない。そうじゃないが、そうじゃないんだと伝えたところで、分かってもらえなさそうだ。納得いかない感じで口を尖らせている有馬は、駅に向かう道すがら、毎度お馴染みと言った様子でまたしても声をかけられてお喋りするのだろう。それでまた「なんで俺ばっかり声かけられんだろうな?」と俺に聞くと思う。賭けてもいい。なんなら次はなにの友達なのかを当ててもいい。俺は、次はバイト先の人だと思う。この辺、有馬がバイトしてたガソスタの近くだし。
「あ、有馬だ」
「お」
ほら、来た。茶髪の男の人と、彼女らしき女の人だ。男の人が有馬の友達に一票、と脳内の自分が一人挙手して、いや今回は女の人の方だと思う、でも両方というパターンもある、と脳内でがやがやと会議をしている気分になった。もうなんでもいいけどさ。
とにかく、友達の友達は友達理論に巻き込まないでくれればそれでいい。俺を誘わないでください。



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