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さみしいと口に出せたら


「あ。いちごだ」
そんな声が玄関から響いて、宅配便を取りに行った小野寺が、嬉しそうに箱を抱えて戻ってきた。クイズです!なーんだ!じゃない。いちごだろ。
「なんで分かったの」
「いや、聞こえたから……」
「地獄耳……」
お前の声がでかいんだ。ばあちゃんからだー、とテープを開けた小野寺につられて覗き込む。
小野寺家の家族旅行は、小野寺が実家を出ると同時に自然解散した。創さんも結婚してしまったし、息子二人があの家からは一気にいなくなったわけで。母と父でもしかしたら行ってるのかもしれないけど、声がかからなくなった、とは小野寺の話だ。その代わり、小野寺のおばあちゃんから、定期的に宅配便が届くようになった。会ったこともない俺の名前が必ずしっかり添えられている辺り、小野寺家の血を感じる。中身は時期によってそれぞれだけれど、二月には必ずいちごが届く。俺が一番最初に好きだと言った品種。いつのまにか、有名なパティシエが使ったとかで、すごく稀少で価値のある品種に成り上がっていたけれど、絶対に送られてくる。有難い話だ。
「ばあちゃんこないだハワイ行ったって」
「元気だな……」
「FaceTimeで教えてくれたって母さんが言ってた」
「……ほんとにそればあちゃん?」
「そう」
年寄りにも近代化の波が押し寄せている。冷蔵庫にしまっておこう、といちごを抱えてうきうきの小野寺を目で追って、途中で一時停止したドラマを再生する。すぐに戻ってきた小野寺がいそいそと俺の隣に座って。
「前にさあ、旅行行く度伏見が不機嫌になるから、俺ずーっと、伏見もさみしいんだなあって思ってたんだよ」
「は?」
「え?気づいてなかったの?こっちの都合でうち来れなくなると超不機嫌になってたじゃん、伏見」
「……なってない」
「なってた」
「なってない」
「なってた!俺意味無く殴られたり頭突きされたりしてた!」
それは意味無くじゃない。お前が俺の話を聞かなかったり話が通じなかったり、とにかく腹を立たせるから物理的にどうにかするしかないだけの話だ。そう思ったけれど今更そんなことを説明するのも面倒で、鼻を鳴らして一蹴する。そんな俺の反応はまるっと無視した小野寺が、でもねえ、と言葉を続ける。
「伏見のことだから、さみしいわけないなって途中で気づいて。だって、一人嫌いじゃないでしょ?」
「嫌いではないな」
「だから、じゃあいいのかーって思ったりもして」
「はあ」
「でも、二人で暮らし始めて分かったけど、伏見って鈍感なだけだよね」
「……あ?」
「あー、や、他人には敏感なんだよ、多分。そうじゃないと、みんなに良い顔できないし、でもそうじゃなくて、自分に鈍感なんだよね」
だから大好きないちごも別に好きじゃないって普通に言えるんでしょ?と満足そうな顔で言われて、今更、と思う。自分で自分の気持ちが分からないのなんて、嘘つきに慣れきってしまっていてどうしようもなく今更なのに、腑に落ちるのはなんでなんだろう。他人に指摘して欲しかった?それとも、それでもいいと受け止めてほしかった?さみしいと口に出せないで、その感情に蓋をして見なかったふりをしてきたことは、今更どうにもならないのに。無言の俺に、狼狽えるでもなく、言い募るでもなく、論うでもなく、小野寺は普段通りに話す。
「今度、ばあちゃんとこ一緒に行こうよ。きっと喜ぶよ」
「……休みが合えばな」
「うん」
伏見が気づかなかった気持ちは俺が拾うからいいよ、と。さみしいとか、好きだとか、一緒にいようとか、口に出せなかった時にはそうするから、と。いつだかも同じようなことを言われた気がする。いつだかはそれに答えられなかったけれど、今ならそれに答えられそうだった。

「でもいちごは別に本当に特別好きなわけじゃないんだけど」
「うんうん」
……このしたり顔と誤解は、どうしたら崩せるのだろうか。しかし特段嫌いでもないので、最早面倒になってきている自分がいた。

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