このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

さみしいと口に出せたら



「あ、伏見。今年の旅行も二月になった」
「いってら」
「いちごいる?」
「箱で」
「うん」
去年は夏で、その前は冬だった気がする。小野寺本人と母はどうとでもなるとして、小野寺父の仕事の関係と、創さんの都合が絡んでくるらしい小野寺家の家族旅行。学食の中ではまあ美味しい方に入る味噌カツ定食を頼んだ小野寺の皿から、勝手にカツを奪って食べていると、俺の正面で野菜炒め定食を食べていた弁当が、お腹空いてるの、と自分のおかずの皿を寄越そうとするので、いや、そういうわけじゃない。俺は俺で肉うどんと揚げ出し豆腐食べてるし。ていうか弁当の定食全然腹に貯まらなそうだし。それダイエット中の女子が食べるやつじゃないの、野菜多め油少なめの炒め物に雑穀米って。不本意ながら同じことを考えているらしい、弁当の隣にいた有馬が、自分の油淋鶏を勝手に弁当の皿に乗せていた。
「小野寺どっか行くの?」
「ばあちゃんち。おみやげいる?」
「どこなの」
「栃木」
「なにがうまいの?」
「……行ったことないから知らない」
「うーん、いちごじゃない?今の時期」
「へええ、じゃあいちご」
「あ、レモン牛乳おいしいよ。レモン牛乳買ってきてあげる」
「いちごは?」
「……俺の皿に変なの乗せたの誰?」
「油淋鶏あげる」
「こんな油っぽいのいらないよ……」
「明日の朝起きたら骨になってたら困るだろ!食え!」
「ならないし……」
弁当がすごく嫌そうな顔をしている。ので、有馬の足を机の下で蹴っておいた。
今度の三連休だから、と言う小野寺は、昔よりは申し訳なさそうでなくなった。まあ当然毎年のように行ってるわけだし、重ねて小野寺家の全員と俺は面識があるわけで、毎度大量のおみやげを用意するとか「うちによく遊びに来る伏見くんって子がねえ」なんて話を小野寺母が小野寺祖母にしているとかで、会ったこともないのに小野寺のおばあちゃんは俺のことを知っているらしい。高校生の時に俺が美味しいと言ったいちごは、生産量の少ない有名でない品種らしく、小野寺のおばあちゃんはそれを喜んでくれているんだとか、どうとかこうとか。
家に帰るのはいい加減嫌なので、高校生の時よりも実家にいる時間はめっきり減った。弁当の家に行くこともあるし、誰か適当な友達を誘うこともあるし、小野寺がいなくても案外いくらでもなんとかなるのだなあ、と。まあ、小野寺家で過ごすことがぶっちぎり多いのだけれど。なので。
「弁当、三連休泊めて」
「……ええ」
「ありがとー」
「まだ良いって言ってない……」

「おじゃまします」
「どうぞ」
渋っていたけど、駄々をこねたら了承してくれた。連休だからバイトもないらしい。最初は弾丸で実家に帰ろうかとも少し思っていたそうなんだけれど、面倒になったとか、母も父も犬も元気そうだから良いとか、なんかうだうだ言ってた。行くのが面倒になった、が理由の大半を占めていると思う。
弁当の家に泊まったことは何度かあるけれど、最初はなんか、ご飯作ろうか?みたいなのがあったりしたけど、数回目辺りから「食べたいものあったら自分で買ってきて」形式になった。あまりに手のかかるメニューでなければ、材料を用意すると作ってくれる。今日はオムライスが食べたかったから卵と米を買って行ったら、米は別にいらない……と困った顔で言われた。でも良い米があったから。
「高いやつじゃん」
「小さいから安かった」
「……これオムライスにしちゃうの?」
「オムライスが食べたいから」
悲しげな顔をされた。別にオムライスじゃなくてもいいけど。明日にでも食べに行くし。
弁当としてはあの米をオムライスにしてしまうのは許せなかったらしく、普通に炊かれた。けど、オムレツは作ってくれた。俺が買ってきたオムライスの具が入ってるオムレツ。うまかった。弁当はコックさんになったらいいと思うんだけれど、どうだろうか。前もそう聞いたことがあるけれど、曖昧な苦笑いで躱されたっけ。別に料理が特別大好きだとか、自信があるとかいうわけではないらしい。ただクソがつくほど真面目で凝り性なだけだ。
「ごちそうさまでした」
「はい」
「洗い物しよっか」
「……お皿無駄にしたくないから座ってて」
「はーあ。弁当がどんどん俺に冷たくなっていく。友達だと思われていないんだ」
「……………」
なんて面倒な、と両頬にくっきり書いてありそうな引きつり顔で、わざわざ体育座りして丸まった俺を見下ろした弁当が、お客さんにそういうことをやらせるわけにはいかないよ、と言いかたを変えた。ちぇっ。
シャワーを浴びる順番はじゃんけんになった。弁当がパーで俺がグーだったので、弁当が先。空くのを待つ間、ぺったんこのクッションに頭を埋めて、ぼんやりとテレビを見る。クイズ番組だが、特に面白くない。犬猫の種類なんてどうだっていい。もっと為になることをやったらいいと思う。うっかり人を殺してしまった時にどう処分したら見つかりにくいかとか。何度かのCMを挟んだ頃、いい加減に飽きて携帯に手を伸ばし、散らばる通知欄を確認して消していく。さっき弁当にも、友達だと思われていないなんて言ったけれど、顔と名前と性格を知っている人間を友達と呼ぶなら、今俺の携帯に映っているこの人たちは友達である。いてもいなくてもいい相手は友達にカウントしないのなら、友達ではない。小野寺からのメッセージも来ていて、特に考えずに返事をする。そのままソシャゲの画面に移動すると、ぺたりぺたりと足音が近づいてきた。
「おまたせ」
「ん」
「それ、明日からイベントあるっけ」
「そう。俺まだ前回の武器強く出来てなくて」
「ふうん」
ゲームのことになると弁当は食いつきがいいので、俺の画面を見て、いいなあ、これ欲しかったけど出なかった、こっちは持ってる、とぽつぽつ口に出してくる。横たわってる俺が持ってる携帯の画面を覗き込んでいるので、弁当にしては距離が近い。あとお風呂上がりだからなのか、普段より体温が高くて温かさが伝わってくる。特段気にせず放っておくと、自分で気がついたのか、ごめん、と若干の羞恥を孕んだ声が降ってきて、身体が引いた。別にいいのに。
「小野寺なんかいつももっと近いし。膝とか乗せてくるよ、収まりがいいからって」
「収まっちゃう伏見も伏見なんじゃ……」
「小野寺んち、てか部屋?椅子ぐらいしか背もたれないんだもん、もう本人を背もたれにするしかないじゃん」
「……小野寺がいない時ぐらいしか、自分の家なんて帰れないんじゃないの」
「帰れないんじゃなくて、帰らないの。帰りたくないの、そこの違いと意味分かる?」
「まあ」
「よろしい」
膝を打って立ち上がれば、弁当にしては珍しいことに、でも、と言葉が付け足された。少し言い淀むように目を彷徨わせた彼が、伝え方を探しながら口を開く。
「小野寺がいなくて、家に帰りたくなくて、伏見がさみしいとか、さみしくはなくても困るとか、……ないかもしれないけど、そういうのは小野寺は知ってるの?……とか、思ったけど」
「うん」
「……んー」
弁当自身も上手く言えないらしい。しばらく待ったものの、言いたいことと言わなくてもいいこと、言うべきでないと弁当が勝手に思っていること、なんかの間で板挟みになって、言葉は出てこなかった。諦めたらしく、濡れた髪をタオルで拭った弁当が、なんでもないや、と首を振った。なんでもなくはない。まあ、心配されていることぐらい察するし、基本的には他人に踏み入ろうとしない弁当がここまでしてくれていることに俺は特別感を抱いてしまうけれど、普通はそうじゃないんだろうな。そうなんだと同調して愚痴るなり泣き言を言うなりするか、全くそんなことはないからあっけらかんと笑い飛ばすか。俺には、どっちも出来そうになかった。理由は分からない。自分に嘘をついて無かったことにしてしまうのは得意だから、自分が何を思っているのかが理解できないことは多々あるわけで。
とりあえず。
「弁当。俺めっちゃ元気」
「……あ、そう」
「明日動物園行こ」
「うん、……は?なんで?」
「気分」
唖然とされた。いいじゃん、動物園。動物嫌いだけどさ。

「もしかして、一人で置いていかれるのが寂しいから弁当んちに泊まりに来たんだと思われてる?」
「は」
次の日、夜。宣言通り動物園に行って、人の多さに三連休を呪い、俺の好きな飯屋に弁当を連れて行って、もう食べられないと彼が顔を青くしたから、DVDをレンタルしてコンビニでお酒を買って、帰ってきた。借りた内訳は、無難な王道映画を二本。ここまでしてもらっておいて俺が好きなサイコホラー系を見せるのは流石にかわいそうだ、という俺なりの配慮である。やさしい。
お互い缶を開けて、映画のイントロダクションが始まった頃、ふと気になったから聞いてみたのだ。昨日の話の続き。驚いた声を漏らした弁当は、少し眉を寄せて考え込んでしまった。いや、そんな顔させたかったわけじゃなくて。
「俺が意地張ってるとか嘘ついてるとかじゃなくて、普通に遊びに来たかっただけだとは思ってくれないわけ?」
「……別に、疑ってるわけじゃ」
「んや、責めたいんじゃないから。一人なんて慣れっこだし。なんならちっちゃい頃からずっと一人だし」
だから別にさみしくなんかないよ。そう付け加えれば、そう、と端的な返事が来た。納得しているような、していないような。それからしばらく無言になって、俺はこういう、展開の読める話は気に入らないので、弁当をちらちらと伺っていた。夢中になってるし。さっきまで慮られていたことを振り返ると少し腹立たしくて、わざと寄りかかれば、ちょっと体重かけただけなのに、バランスを崩して弁当が手をついた。そこまで重くねえっつの。
「な、なに」
「ねむい」
「寝ていいよ……」
「人肌が無いと寝れない」
「……さみしいんじゃん……」
「そうそう。あーさみしい、一人は嫌だなー」
投げやりな俺の返事に、体勢を戻した弁当が、ほんとに寝ないでよ、とぼやいた。寝ない寝ない。弁当を揶揄いたいだけだから。
結局、二本映画を見る間に弁当は何度も寝たふりをした俺に突き飛ばされては転がって、最終的にぷんすか怒っていた。うん、妙な心配するよりそっちのがありがたい。

「はい、おみやげ」
「いちごは!?」
「え!?俺、レモン牛乳買ってくるって言ったよね!?」
「俺はいちごが食べたかったのに!」
言い争っている有馬と小野寺は放っておくとして、小野寺母からのお届け物らしいチーズケーキを弁当とつつく。これ美味いんだよな。御用邸、と大きく書かれた箱が目印だ。弁当が無言で目を輝かせながら食べ進めている。甘いものが好きです!って全身から立ち込めちゃってるけど、いいんですかね。


2/3ページ