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I pray, as this is the last fight




「ただいまあ」
アンちゃんは、珍しくぼろぼろのまま帰ってきた。傷が治ってることがほとんどだから、おおかみちゃんは大層びっくりしたようで、持ってた洗濯物を全部取り落として、半泣きで救急箱を持ってきた。内臓や骨の大きい怪我は治癒しているらしく、表面上の擦り傷や切り傷、打ち身ばかりが残っていたけれど。髪の毛もぼさぼさで、アンちゃんも落ち込んだ顔だった。なにかやり残したことが、博士に伝えたかったことが、まだあったのかな。
イドラ、の中に入ったイデアは、事務所まで戻ってきたところで、タブレットに無事帰還し、イデアの本拠地からお迎えがすぐに来た。ここまでイデアの入れ物であった一体のイドラは、「研究材料にします」の一言でお持ち帰りされた。イデアとしては、イドラの中にいる間は全ての機能が使えなかったようで、「やはり端末での探索は今のところ不可能に近いものがあります」と不満そうだった。なのにイドラを欲しがったのは不思議だけれど、タブレットの中でにやにやしていたので、なにか企んでいるに違いない。何も知らないおおかみちゃんには、イドラのことはイデアが直します、お姉ちゃんですからね、とか平然と嘘をついていた。
「……イドラさん、また遊びに来てくれますかね」
「ねー……」
あれから3日経ったけれど、さようならも言えなかったおおかみちゃんと、思い残しのあるアンちゃんが、暗い。アンちゃんの怪我は大分治って、頰に大きい絆創膏を貼ってるくらいになったけれど、心は全然立ち直っていないみたいだった。元気出そうって、都築さんちにみんなでご飯食べに行ってみたり、事務所をお休みにしてお出掛けしてみたりしたけど、あんまりだめだった。俺にはなんにもできない。
一週間が経った。アンちゃんは、やっと綺麗になった髪の毛を弄っていて、おおかみちゃんは都築さんちにご飯を食べに行った。最近ちょっと仲良いみたいだし、気分転換になればと思って。俺はなんにもしてない。言うなれば、ぼーっとしている。だって仕事ないし。
「あ、誰か来たよ」
「んー……」
「アンちゃん、出て」
「いいよお」
「……………」
えー!てーちゃん行ってよお!ぶー!とか言わないで素直に行くなんて珍しい。それだけ弱っているということか。呼び鈴の音に、ふらふらと事務所の出入り口に向かったアンちゃんが、悲鳴を上げたのが聞こえた。なんだどうした。
「はかせー!」
「えっ」
「はかせだはかせだー!イデアちゃんが直してくれたあ!はかせー!」
「うるせえ!重い!やめろ!肉団子が!」
「んー!んー!」
「ん″ー!クソ!やめろっつってんだろ筋肉ダルマ!んぐっ、キスをやめろ!痴女が!」
どたどたどた、と帰ってきたアンちゃんは、イドラを腕にぶら下げていた。イドラが、あの鉄面皮だったイドラが、アンちゃんにブチ切れている。ぎゃんぎゃん吠えているし、暴言も吐きまくっているし、容赦なくキスの雨を降らされた挙句に逃げようと暴れ疲れてぜえぜえしている。わけがわからん、どういうことだ。今の一瞬ですっかりつやつやになったお肌をイドラに擦り寄せて、髪の毛をハートにして跳ね回っているアンちゃんに、どういうことなの、なんなの、と聞いたものの全然耳に届いてなかった。
『直しました。どうも、帝士さん』
「うお、イデア」
『ご報告までに連れてきました。戦闘能力もない、ただの「常盤博士」の成れの果てです』
「はかせー!」
「ぐえっ、ぉえっ、え″ぇっ……」
「……アンちゃん、博士死んじゃう……」
イドラとアンちゃんの背後から、研究員さんとその手に抱えられたタブレット、イデアが出てきた。ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅうう、と微塵も力加減無く抱きしめられられているイドラが白目を剥いている。あの馬鹿強い機械の体はどうしたの。
『戦闘機能を剥奪すると同時に、人間の構造に近い躯体構成を与えています。バックアップはあるので、これが壊れても代わりはあります。今までと同じですね』
「……なんで?」
『自分で言ったんでしょう。イドラはイデアの手足だと。法螺話にするつもりはありません。イドラの視覚、嗅覚、味覚、感情情報、その他すべての情報をイデアのデータベースに蓄積、人工知能の発達のための糧とします。そのために博士には、イドラの中身になってもらいました。無感情な人形では何も得られませんから』
「マジで?」
『マジです。博士には許可は取っていませんが、データ化した以上その全てはイデアのものです。イデアがどう扱おうと勝手です』
「お前……あの悪い顔はそれだったのか……」
「はーかせ♡はかせはーかせ♡今日は抱っこして寝る♡」
『アンデッドエネミーさん。イドラの肋骨が砕けています。今日は連れて帰ります』
「えー!」
「味覚ってことは、イドラもの食べれるんだ」
『その機能もつけてみました。イデアではできないことなので。ではまた後日、イドラの保護観察お願いしますね』
「は?」
『直し次第再度送ります。ああ、壊れたらうちに通信が来るようになってるので、研究員が直しに来ます。安心してください』
「は!?」

というわけで、所員が一人増えた。アンドロイドのイドラ、もとい、データ化された成り代わりの権威、常盤博士。見た目が幼児なのに中身は口の悪いおっさんとは是如何に。アンちゃんはべったべただし、おおかみちゃんは突然表情豊かになり砕けた態度になったイドラに目を白黒させていたけれど、「めんどくせえな。アップデートしたんだよ、いいだろそれで」の一言で納得した。イドラと呼んだらいいのか常盤博士と呼んだらいいのか微妙なところだが、常盤博士と呼ぶと不機嫌になるし、イドラと呼ぶと返事をしてくれないので、あの…その…とやんわり声をかけることにしている。今のところは。「博士」とだけ呼ぶのが一番しっくり来そうだけど。
「はかせ♡あーん♡」
「うぜ。一人で食える」
「こぼしてますよ、博士」
「うるせえ。手がちいちぇえんだ、この体」
「博士」
「あ″ぁ!?話しかけんな!」
あれ?これ俺のことだけが嫌いなのかな?まあ好かれていない自信はある。てめえのせいでアンデッドエネミーは弱くなった、と頭をぶん殴られたこともあるし。実際、博士の見立てではあの計画は失敗に終わるはずだったらしい。全てのイドラの機体は、アンデッドエネミーに壊されて、おしまい。今までのアンちゃんならそうしてただろうけど、博士と話したかったアンちゃんはそうはできなかった。だから、弱くなった、のだろうけれど。優しくなった、と言ってほしい。
博士はアンちゃんと一緒に寝ることになっている。見た目が幼児なので、ソファーに転がしとくわけにも、俺と一緒に寝るわけにもいかないのだ。おおかみちゃんかアンちゃんの二択で、アンちゃんが選ばれたという話。しかも博士、充電が持たないらしく、夜9時になると眠たくなってしまう。くそお、とぼやきながらぷーすか寝息を立てて、めろめろのアンちゃんに寝室へと運ばれていく。防水加工済みなのでお風呂にも入るし、ご飯も食べる。食べたものはお腹の中で燃焼されるらしい。なので、ほぼ人間の子どもである。口が悪いことと頭が回ることを除けば。

そして、後日。おおかみちゃんがお買い物に行っている間。
「おい」
「どしたの?」
「あの若い男、三上っつったか」
「おおかみちゃんのこと?」
「あれの父親、だと思うんだがな。昔、生きてた時だな。アンデッドエネミーの研究チームで見たことがある」
「……え?」
「顔がそっくりなんだよ。名前は記憶容量の関係で削除したが、顔は記録にある。部門が違ったが、大層な変わり者で覚えてるんだ。確か、あー、最適化の担当だったか?その場において最適な人間として溶け込む技術だ。知っているだろう」
「……知っ、てるけど」
「おーちゃんの、パパ?」
「なんだ、お前覚えてるんじゃなかったのか?殺した相手の顔と名前」
アンデッドエネミー、お前が殺した中の一人だよ。そう、目を丸くして、口の横にプリンをくっつけた博士は、なんでもないことのように、言った。イデアから、身内らしい身内がいない、過去が不明である、と言い切られているおおかみちゃんの、父親。



願わくば、これが最後の戦いであるようにと。



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