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だめだめ同士の平行線




「こがねいくん」
「……なんだ」
「俺のこと好きなんじゃなかったの?」
「好きじゃない」
「自信なくなるからそういう嘘つかないで」
「じゃあ自分で言うなよ……」
溝口がめんどくさい。大変にめんどくさい。俺のせいなのだろうか。違う、そうではないと思いたい。
自分が好かれていると知ってからこっち、というか、「好き=キスできる=セックスできる」という方程式を組み上げてからずっと、俺のこと好きなんじゃなかったの、ちゅーしないの、えっちなことしないの、なんでもしてあげるのになんでどうして、と迫りに迫って来る。律儀に操立てて、売春行為に手を出すことは無くなったのが唯一の救いで、好きだと告げた特典がそれならばもっと早く告白していれば精神的に楽だったのではないかとすら思う。ただ弊害として、しつこい。しないの?好きなんじゃないの?とべたべたしてくるが、そういったことをするつもりは、俺には一切ないのだ。自発的にそういうことをしようと思ったことが、そもそもない。性欲が無いわけではないので、自慰行為はそりゃするし、彼女とセックスしたこともあるけれど、自分から誘ったことはない。だからこそのノーなのだが、溝口は「そういうのちょっとよくわかんない」と臆面なくにへらにへら笑う。彼の知っているコミュニケーション手段が、性的な方面に偏りすぎているのだ。いろいろあるだろう、手を繋ぐとか、そういうプラトニックなこと。
しかも、誘い上手ならまだ流されてやれるものを、こいつは誘うのがはちゃめちゃに下手だ。歴代の彼女の方が数段上手かった。まあ人に睡眠薬を飲ませて寝込みを襲うようなやつだ、上手な誘い文句なんて知ってるわけもない。今までだって、求められたから差し出してきただけなわけだし。溝口の中では、「なんでもしてあげる」が最上の誘い言葉だったらしく、なんでもしてくれるならばそういうことをしたくない、と初めて断った時のドン引いた顔は絶対に忘れない。性欲の獣にでも見えていたのか。別の手段があるだろう、自信があるところはないのか、と問いかけてみれば、身体ぐらいしか自信がない!と両手ピースで言い切られた時の残念さといったら、もう。
「なんでえ?」
「何度も言ったろ」
「勃起不全」
「なんとでも言え」
「むー」
ふくれたってだめだ。

折れない俺をどうにかしたい溝口は、どういう手段に出るだろう。
まず、寝込みを襲う、リターンズ。あり得る。今時24時間営業のドラッグストアで簡単に手に入る性欲増強剤を使う。あり得る。物理的に俺のことを縛る。あり得る。じゃあやっぱり他の人のところに行っちゃうんだからね!とカマをかける。あり得る。物覚えの良くない壊れた脳味噌ではカマをかけたことをすっかり忘れて、何事もなかったかのように再び身体を売り始める。あり得る。どれもこれも、あり得そうなことばかりだ。常識が欠落したあの男に関して、これはやらねえだろ、ってことはない。求められたらなんでもするし、そもそもにして「なんでもしてあげるから」と乞うのがモチベーションに成りうるのだから。
男として、ここまで相手に求められて、しかもそれに胡座をかいておいて、あちらからの好意は一切無いのが、いっそ悲しい。まあ、好意というか、恋愛感情というか。俺の抱えるこれだって、小学生以来長らく拗らせた執着に体良く「恋心」という型を嵌めただけで、恋心だと認定してしまえば、単純な脳味噌は彼を特別扱いして俺の身体に異常を来すわけで。異常の詳細は、今まで自分に起こったことの無い赤面だったり、四半世紀以上生きてきて片手で事足りるくらいしかしたことが無い大笑いだったり、醜い嫉妬や束縛欲だったり、要は人間らしくなったということにしておきたいものだけれど。
ジャンル問わずいろいろなことを教えられ足りていないせいで頭の中が幼い溝口は、悪巧みも隠し事も苦手だ。だから、すぐ分かる。冷蔵庫に隠してあった袋入りのビンは捨てたし、あからさまに背中を隠しながらうちに来たので服を引っぺがしたらどこから調達したんだか荒縄を持っていたので取り上げたし、寝込みを襲われないように玄関にトラップを張った。俺が寝る前にかけた紐に、暗がりで足を引っ掛けてすっ転んだ溝口が、わあわあ泣き真似をするので大変うるさかった。玄関口にそんなことをする前に、ドアのチェーンをかけるか、溝口に預けているうちの合鍵を取り上げれば良いのでは無いかと気づいたのは、次の日の朝だった。
ちなみに、一度だけだが、回避不可能な事案もあった。
「小金井くん、ご飯作りすぎちゃったから食べて」
「……………」
「ね!俺頑張りすぎちゃったから!ねっ!」
夜。照れ照れとタッパーを差し出してきた溝口からそれを受け取って、中身を覗く。肉じゃがだ。普段ほとんど買って食べてるか俺にたかりに来るくせに、こいつ料理できたのか?と疑わしく思ったものの、ただ食材を突っ込んで煮ればそれなりの肉じゃがにはなるだろう。食べられないわけじゃない。お礼を言って、まあ少しの高揚もあって、玄関を閉めてからはっと気づいたのだ。これ絶対なんか入ってる、と。
捨てるのも忍びなかったので、食べた。その日ばかりは申し訳ないことに玄関にチェーンをかけたし、溝口には「熱が出た」と連絡をした。それを本気で信じた彼が、めそめそしながら、もう二度と料理なんかしない、俺のせいで小金井くんが熱を出した、と反省していたので、手作り料理に何か仕込んで持ってくる作戦はもう二度とないだろう。
こうして、打つ手も尽きてきた溝口は、ふと気向いた時に確認のように「俺のこと好き?」と聞いてくるようになった。そうだ、と答えてやるのは簡単で、溝口もなんとなく納得したような顔はするけれど、口先だけになっているような気がしてならない。言葉と心が乖離していくような。ただのルーチンになるような。それはそれで、そういう日常となってしまうのなら良いのかもしれないけれど、せっかく手に入れた普通の感情を、手離したくはなかった。だってそれさえ持っていれば、世界から隔絶されずに済む。普通の皮を被って生きるのが楽になる。好意とか嫌悪とか、独占欲とか。普遍的な感情を動かすのが下手な俺も、常識らしい観念が欠落しているこいつも。
だから、迫られ続けて俺が困り果てるよりも先に、溝口の意識を別のところに逸らしてやればいいのでは無いかと思ったのだ。人様に尽くしてお金を貰うのが過去のブームで、「俺のこと好き?」と聞き続けるのが今のブームなら、新しい流行りを溝口の中に流してやればいい。例えば、外出、とか。散歩程度に落ち着けられたら一番いい。カメラぐらいなら買ってやってもいいかもしれない、そういうのがあると張り合いもあるだろうし。
「溝口」
「んー?」
「来週の土曜、暇か」
「ひまー。お仕事お休み」
「出掛けるぞ」
「どこに?」
「……どこがいい?」
「えー、んー、あ、遊園地でイルミネーションやってるんだって。見てみたい」
「じゃあそうしよう」
「……その前にゲームセンター行きたい」
「それも行こう」
「……映画見る」
「ああ」
「……小金井くん?」
「あ?」
「俺口説かれてる?」
「は?」
デート、という体を取りたければ、そうしてくれて構わない。頰に手を当てた溝口にそう告げれば、テレビで見た!カノジョイチコロデートオススメイルミネーション!と、きーきー騒ぎ出した。彼女もくそもお前は男だし俺も男だ。
「お肉食べよ」
「ファミレスでいいだろ、お前」
「よくない!もっと素敵なところがいい!こないだテレビで見た銀座のレストランがいい」
「テレビもう見るな」


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