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おはなし




「おはよ」
「ああ」
「?」
ぼけっと自分の席に座っていた航介に、挨拶がてら絡みに行こうとした瀧川が、変な空気を察してさらっと隣を通り過ぎた。きょろ、と周りを見回している瀧川に手を振れば、こっちに寄ってくる。お前は馬鹿なのに察しは良いよな。馬鹿なのにな。内心でそう思いながら頷いていると、何か言うより早く頭を叩かれた。うん、察しはいいよな。
「なにあれ。熱?」
「朔太郎と喧嘩中。ばい当也」
「はあ。なんで」
「知んね」
「はあ」
はあ。と、はあ?の隙間の声をあげた瀧川が、なんなん?と繰り返したので、知らねえ、ともう一度ご丁寧にこちらも繰り返してあげた。あの幼馴染は、性格がてんでんばらばらで共通点もなく、お互いの気持ちを理解するとか譲り合うとかいうこともできず、煽りあって貶しあっているくせに共存しようとするので、時々こういう風になるということは知っていた。けれどまあなんというか、子どもじゃないんだから、というか。いがみあってギスギスしながら朝を迎えても、周りが気を使うような喧嘩は今までなかった。とりあえず、高校入学から本日までは。
喧嘩のきっかけがなんだったかは知らないし、当の朔太郎は当也のところに逃げている。当也は当也で、そういうのに巻き込まれるのは勘弁です、というスタンスらしく、深入りは絶対にしない。ので、航介が今現在自分の席で一人ぼっちでぼけっと座っているわけなのだ。俺もおはようはいったけれど、おはよ、と軽く返されただけで、その後の会話も全く弾まなかった。へえ、ふうん、そうか、のリピート。いつも通りと言えばいつも通りではあるんだけど、なんていうか、違うのだ。こいつ一応俺の話聞いてはいるけど絶対違うこと考えてるよなあ、って感じ。
「朔太郎引きずってきても仲直りとか出来なそうじゃん?」
「めんどくせ」
「はーあ、今日アイスが31%オフの日だからみんなで食べ行こって思ってたのに」
「都築はそればっかな……」
「昨日気付いて一人でワ″アアアッ!!って言っちゃったし」
「そのワーは一人でどうにかしろよ」
「ワーじゃない。ワ″アアアッ!!」
「うるさ」

休み時間になった。朔太郎と航介の喧嘩をどうにかして、俺がアイスを美味しく食べるため、頑張るしかない。瀧川も非常にめんどくさそうだったけれど、このまま航介の機嫌が悪くなり続けることで瀧川が600人前後死に至る危険性や、朔太郎が航介に叱り飛ばされないことで相対的に女子からのかっこいいランクが上がり瀧川に彼女が出来ない恐れなどを、事細かに説明したら洗脳出来た。ちょろ。
「どうすんだよ」
「まずは喧嘩の原因を聞こう」
「どうやって」
「なんかそれとなく」
「ふわふわじゃねえか」
「綿菓子系男子だから」
「濡れるとベタつくってこと?」
んなわけねーだろ。まずは朔太郎から聞いてみることにした。え?ちょっとよく分かんないんだけどどういえこと?えっ?とうるさい瀧川には、俺が上手くやるからよく見てやがれ、と啖呵を切った。ただよしくんにおまかせよ。こんな小さな揉め事、ちょちょいのちょいで解決してやる。当也にも見捨てられたのか、自分の席で一人携帯を弄っている朔太郎に声をかける。
「さくたろー」
「ん?」
「あのさ、こう」
航介となんで喧嘩してんの?と直接聞くことになんの得があるだろうか。否。得などない。一切ない。「は?なんでそんなこと聞くの?都築うざ。もう友達やめるから」とか言われたら泣いちゃう。やっぱりやめよう。航介となんで喧嘩してんの、の、こう、まで言ってしまったけれど、直接聞くのはやめよう。上手く軌道修正するしかない。こう、こう、
「……こう、じりん、と、広辞苑の、違いってなに?」
「え?なに?」
「だから、広辞林と広辞苑って、なにが違うのかなーって」
「……え?」
「……ググるね……」
「うん……」
出版社の違いらしい。ジャンプとマガジンみたいなもんだって。しかもちなみに今はもう広辞林じゃなくて大辞林だって。朔太郎からのコメントは「……一つ大人になった……」だった。引いた顔エディション。そういう差分はいらないよね。黙ってくれていた瀧川の冷たい目が痛い。
「ダメじゃん」
「……なんか……不安になっちゃって……」
「なにが広辞苑だよ」
「朔太郎が俺のことを嫌いになる未来が見えたんだもん……」
「なんで突然千里眼開眼してんの?」
次は航介のところに行こうと思う。次こそはちゃんと聞け、と瀧川にどやされたが、だったら自分で聞けばいいと思う。俺には見える。どうして朔太郎と喧嘩してるの?と聞いた俺に対して、嫌そうな顔で「は?なんでそんなこと聞くの?意味分かんないし都築うざ。すごく嫌いになったから友達やめたい」と言い放つ航介の姿が。泣いちゃう。なんならもう今ちょっと泣いてる。だから瀧川お願い。
航介はクラスにいなくて、ちょうど廊下でばったり会えた。手にペットボトルをぶら下げているので、自動販売機に行っていたらしい。何故か仲良し女子三人組(内訳:高井珠子・羽柴真希・本橋灯)と一緒にいた。いた、というか、囲まれていた、に近かったけれど。なにしてたんだ、と抜け出してきた航介に聞けば、ぽかんとしていた。今ちょっとハーレム的なシチュエーションだったの気づいてる?
「捕まった。チョコくれた」
「江野浦くんにこの前灯ちゃんが本借りてー、その話してたんだよねっ」
「……真希が貸してくれないから」
「だって私も読んでるから」
「一巻は貸してくれたっていいでしょ」
「途中で気になって一巻も読んだりするから」
「ケチ」
「……………」
「もー!ギスギスしないの!恥ずかしいからって!ね!」
一切こっちを見ずに何故か小競り合いはじめた二人の背中を押して、高井さんが行ってしまった。航介と委員長がそういう趣味が合うのは知ってたけど、そこから本橋さんに飛び火するのはちょっと面白い。
もらったらしいチョコの包装紙をいじくっている航介に、そういえば女子と連れ添っていたことについて一切突っ込まなかった瀧川が、口を開いた。まさかお前。
「航介、お前、あー、あの、さく、んーと」
「あ?」
「さく、サクラ大戦やったことある?ほらあのアレ、ゲームの、あれ、ていこーくかげきだんー……って歌の……やつ」
「ない」
「んん……」
「……………」
「……?」
「……瀧川」
「ごめん……ちょっと……なんでもないからちょっと……ごめん……」
「ああ」
不思議そうな顔の航介を置いて、瀧川の耳を引っ張って廊下を曲がれば、無言でされるがままだった。耳引きちぎったろかい。
「だって……嫌われる未来が見えた……瀧川なんかゲボカス!死ね!って言われたら立ち直れない……」
「航介がそんな口利くわけないだろ……」
「不安になっちゃって……」

昼休み。さっきは大爆死だったので、今回はどうにかしたい。いつもだったらご飯食べる時とか、押しかければ四人で食べたりするのに、瀧川が誘いに行った朔太郎は「ごめん、委員会の集まりがあるから」と行ってしまったらしい。あり得ない話じゃないけど、タイミング的に朔太郎にとって良すぎるような気もする。逃げられた感が強い。まあ航介はいるから、ゆっくり話を聞き出すか、と思っていた矢先。
「吉村ヶ丘せんぱーい!せんぱい!せんぱい!せんぱ」
「砧に用があるから、先に行くな」
と、突如現れた後輩くんを連れて何処かに行ってしまった。しかも、遅れて聞こえてきたでかい声からするに、恐らく航介から呼び出していたようで、だから砧後輩も若干テンションがおかしくなってバグっていたのだろう。縦揺れが激しすぎて見てるこっちが目眩起こしそうだったもん。
「逃げられた」
「見て都築。俺の弁当チーズが6個も入ってんだけど、これはもう6Pチーズをそのまま入れてくれた方が良くない?キャンディーみたいなチーズばっかり6個も入ってるとすげえかさばるし俺の母ちゃんなに考えてるんだと思う?」
「ねえ!逃げられた!」
「1個あげる」
「ありがと」
というわけで、帰りまでになんとかどうにか仲直りさせて、俺はアイスを食べたいので、作戦会議をしようと思う。瀧川がもう既に喧嘩云々についてすっかり忘れてチーズの虜になってたことについては忘れてやるから。
「直接聞くのは諦めよう。嫌われる想像で胃がねじ切れるから」
「チーズ食べないの?」
「後でね」
「胃はもうねじ切った上で直接聞けよ」
「じゃあお前がねじ切れ」
「無理、俺お腹弱いから」
「俺も」
作戦、というか、理由を聞いて俺たちが何かする方向を諦めるとしたら、後は二人にどうにかしてもらうしかない。だから、場をセッティングして俺たちは繋ぎになる感じで行くのが一番理想的だ。お見合いみたいなこと。そう話していると、瀧川が頭の上に電球を掲げた。それリアルではじめて見た。その電気どこから出したの?
「鞄に入ってた。昨日買って母ちゃんに渡すの忘れた」
「どこの電気?」
「風呂場。それはどうでもいいだろうがよ」
「じゃあ瀧川家の風呂場は先日から真っ暗ってこと?そんな状況でよく風呂入れるね、お化けとか出そうなのに」
「違えよ、電球が一昨日切れて、ストックの電球を新しく付けたんだけど、在庫が無くなったからそれを買ってきたんだよ」
「思ったより理知的」
「俺は馬鹿でも母は頭良いんだよ、ハーバード大出てるから」
「嘘!」
「嘘」
「死んで欲しい……」
「そんなことどうだっていいんだけど」
「いいから早く航介と朔太郎を仲直りさせる方法を考えろよ!」
「だから考えてんだろ脳味噌綿菓子野郎!」
「ゆるふわでかわいいってこと?」
「ブス」
「誰がブスだ!?!?」
瀧川が出した案は、口で直接誘うんだとまたさっきのように失敗する確率が高いので手紙を書いてみよう、というものだった。あれね、下駄箱に入ってるラブレター的なやつね。瀧川にしては良い案だ。しかしラブレターを装って呼び出すのは難しいんじゃなかろうか。
「瀧川時満渾身の丸文字見せてやろうか」
「おお……」
「待って。今女子降ろすから」
「降霊術なの?」
「俺の右手に宿れ!女子!」
「右手に女子宿らせてなにするつもりなの?」
「集中が切れるから黙れ」
「うっす」
かわいらしい丸文字で、ものすごく時間をかけて、「つじさくたろうさま♡」と書いてくれたが、何故に全部平仮名なんだ。馬鹿だと思われる。素直に聞けば、いやだって平仮名しか書けないから、だそうで。ボツ。帰ってください。
「そういえばさっき朔太郎に、なんで揉めてんの?ってラインしたんだけど」
「おお」
「主語がなかったからあいつおっぱいの話だと思ってて失敗した」
「なんで?」

放課後。おい!放課後になってしまったじゃないか!どうしてくれるんだ瀧川!
「だからもう呼んだよ」
「えっ!?」
「アイス食べんの?」
「アイスアイスー」
航介と朔太郎が二人で来た。どういうことだ。自作のアイスの舞を踊っている朔太郎に、うざったいからやめろ、と航介が怒っている。いつも通りに怒っているし、朔太郎もいつも通りに殴られてぶっ飛んでいる。
「どういうことだよ!喧嘩してたんじゃなかったの!?」
「けんか?」
「誰が」
「お前らが!」
「なんかそうでもなかったっぽかったから呼んだ」
「誰に聞いたの?喧嘩って」
「当也」
「あー、当也の伝え損ないじゃない」
喧嘩してるのは、俺の妹と、航介。そう朔太郎に指差し確認されて、航介も頷いているので、しれっと浅い情報を教えてくれた当也に一瞬殺意が芽生えたけど許した。当也の少ない言葉から読み取れなかった俺がいけないよね!
話を聞くに、昨日みんなでババ抜きをして、連続で負けた朔太郎の妹が珍しくふてたらしい。連続で負けるのも珍しければ、あからさまにふてくされるのも珍しい、と兄二人は語る。あんな顔初めて見た!嬉しい!とやばい方の兄は感涙ものだったみたいでちょっとばかし気持ち悪かったけれど、普通かつ家族ですらない兄は、申し訳なくて今日一日そのことを考えていたんだと。朝航介と朔太郎がばらばらだったのは単純に、航介が考え事をしていたのと、朔太郎が寝坊した上に当也にシャーペンを借りに行ったことの、バッティング。休み時間もばらばらだったのも、ただの偶然。というか、移動教室が多い時間割だったので、よく考えたらクラスが違う二人が休み時間まで一緒に居られるわけもなかった。昼休みの、朔太郎の委員会も、航介の後輩くんへの用事も、全部マジもんのマジ。んでもって、結局放課後になったので、妹ちゃんはまだ機嫌が悪いだろうか、いやいやもういい加減熱も冷めてるはずだしむしろ拗ねたことを謝ってくるかもしれない、と帰ろうとしていた二人を瀧川が見つけた次第である。
「当也は?」
「部活」
「アイスなに食べる?」
「……俺の1日を返して欲しい……」
「ゆりにアイス買ってってやるか」
「溶けるだろ」
「ねえ!ただよしくんをもっと労ってよ!俺、二人が仲直りできるように今日必死だったんだよ!?」
「うける」
「そもそも揉めてないし」



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