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クリスマス戦線



クリスマスイブとかゆって、天皇誕生日の振り替え休日とかゆって、学校も塾も休み。彼氏のいる友達は彼氏と遊ぶんだってさ、はー、そりゃいいもんだ、なんてやけくそで、予定のない友達と三人で駅前のファーストフード店に集まったはいいけれど、することがない。一応、形だけでもって、みんなでプレゼントは用意して交換してみたけど、プレゼント交換の間は楽しくてもそのあとは虚無感がすごい。夜は家で家族のみんなでパーティーがあるけれど、それはそりゃあ嬉しいけど、こうなんというか、年頃の女の子としては、こう、クリスマスデートとかいうやつに憧れちゃったりもするわけで。ドラマとかであるやつ。クリスマスツリーの前で待ち合わせして、二人でイルミネーションを見て、なんかすごいきらきらしたレストランで美味しそうなご飯を食べるやつ。
「はー……大人になったらそういうこと出来んのかなー……」
「みなみ出来なそう」
「なによ」
「あいか出来そう」
「でしょー?」
「藤乃」
「だってー、みなみ自分がそういうことしてるの想像できる?無理しょ。あたしはあたしがそういうことしてんの思い浮かばないもーんだ」
「う……」
想像、ぐらいできる。駅前の大きいクリスマスツリー。あたしはおしゃれして、ハイヒールとか履いてて、髪の毛も巻いてて、そこにこう、駅の方から先生が、あー、先生じゃないかもしれないけど、先生がってことにしておくと幸せだし、先生が来て、手にはプレゼント持ってて、待たせてごめんねって、
「みなみ顔真っ赤」
「しかも全部口に出てるし」
「えっうそっ」
「その大学生のセンセーも彼女とデートしてるかもしんないじゃん」
「愛佳!ぶつよ!」
「ぼーりょくてきー」
「プレゼントは最後じゃん?レストランを出るとき?」
「えっ……そ、そうかな……そうかも……」
「妄想にマジになってる」
「うるっさい!」
「みなみ声おっきー」
「だ、っ……!?」
「みなみ?」
勢い余って立ち上がった、先。あたしたちがいるのは、二階席の階段のすぐ横で、店の真ん中には長い机と仕切りがあって、だから窓際は見えなかった。窓際の一番端の席。マグカップしか置いてない机の上。目を伏せて、窓の外を見ている、黒い眼。がちゃん、と座り込んで小さくなったあたしに、藤乃と愛佳がきょろきょろした。やめて、お願いだから目立たないで、いつからいたの、気がつかなかった!
「みなみー?」
「腹痛いの?」
「ち、ちが、せ、せん、せんせいが、っ」
「え!?」
「どこ!?」
「うるさい!うるさいうるさい!」
「センセーって呼んでいい!?」
「さいってー!」
がたがたとふざけられたけれど、二人も悪いやつではないので、というかずっとあたしの話を聞いてくれていたので、どの人?気づいてないっぽいの?とぼそぼそ聞いてくれた。そろそろと椅子の上に縮こまって指差したあたしに、二人が覗き込む。
「背中しか見えない」
「えー、みなみよく気づいたね。すご」
「さっきちょうど窓の外見ててえ……」
「あ、ほんとだ。下向くとちょっと顔見える」
「かっこいい……」
「ん?んー」
「うーん」
「かっこいいでしょ!」
「いった!みなみ叩いた!」
こそこそと、いつからいたのか全然気づかなかった、店出る?いやでも出た時に先生がちょうど窓の外見てたらあたしが出て来たこと分かっちゃう、別にいいじゃんそんなの、ダメ今日服全然可愛くないから、と言い争う。愛佳がポテトをつまみながら、じゃあもうあたしが話しかけて来てあげる、とか爆弾みたいなことをいうので、ぶった。
「ほんと暴力的……」
「てゆーか、なんで先生さんここにいるんだろうね?」
「あー。誰か待ってんのかな」
「デートじゃん」
「でっ、先生彼女いないもん!」
「いないといいな〜?でしょ」
「大学生は彼女とかいるよ」
「い、いないもん……」
「いるよ。うちのお姉ちゃんいるもん」
「彼女?」
「彼氏だバカ」
「あー、わかった。先生さんの彼女さんがー、遅刻してー、じゃあ外で待ってるのは寒いからここにいるってことになってー、早く来ないかなーって先生さんは外見てる」
「うううう……!」
的を射ていそうな藤乃の言葉に、頭を抱える。勝手に、先生には彼女はいないと思ってた。いてもいつかあたしが告白したら受け入れてくれるんじゃないかと思ってた。でも、クリスマスにデートする二人の間になんて、入れるわけなくない?今日プロポーズとかしちゃうんじゃない?無理。先生の結婚式とかマジ無理。泣いちゃう。
「美波泣いてる」
「かわいそー。よしよし」
「泣いてないぃ……」
「聞いてきたげるって。彼女と待ち合わせですか?って」
「やだああ」
「でもさー?そうじゃなかったら大チャンスじゃん!駅の前のツリーのとこで写真撮ってもらおーよ!」
「!」
「ほら!かわいくして!マスカラ貸したげるから!」
「あたしグロス持ってるー」
「う、うぐ、あたし、なんも持ってない」
「みなみもともと顔かわいーからちょっとメイクすれば平気だって!」
「か、かわいい?」
「ほらポテト食べな」
「うぶっ」
藤乃と愛佳が、鞄の中からブラシやマスカラやリップグロスを出して、机に並べる。さっきプレゼント交換でもらったヘアゴムで、愛佳が髪を結んでくれて、なんかちょっとお姉さんになったみたいだった。全然服は可愛くないけど、藤乃のコートが真っ白でふわふわでかわいいから、それを貸してくれて前を全部閉めることにした。二人とも優しい。あたし行ってくる、と立ち上がった愛佳が、ちょうど階段を上がってきた男の人とぶつかった。
「あう」
「あ、悪い!」
「ぅ、ごめんなさ……」
「べんとー!終わったー!」
「べっ……」
大きな声で呼んで奥へと歩いていく男の人に、窓際の先生が振り返った。席の間を縫って歩いていく男の人、先生はどうもその人を待ってたらしく、椅子にかけてた上着を手に取って、静かにしろ、と注意した。へたへたと座った愛佳が割と大きめの声で、今の人のがかっこいい、と言ったので二人で口を塞いだ。
「ていうか彼女じゃないじゃん!ほら写真!」
「ぇあ、っいや、や、いや、無理」
「無理くない!この階段通らないと降りれないんだからここで声かけれるでしょ!」
「無理!愛佳押しが強い!」
「そうだよ!それで好きな人には振られてんだよ!」
「センセーって呼ぼー」
「嫌!」
「センセー!」
「やめてー!」
「……宮藤さん?」
「ひっ……」
「こんにちは……」
「っこ、こん、こんにちはあ……」
「弁当塾の子?」
「弁当塾って言うな。そうだよ」
「へー。中学生、ケーキいる?二つあるから」
「やめろ馬鹿」
「いって!」
「ごめんね。また明日」
「あっ、まっ、先生っ」
「?」
がつ、と痛そうな音でお友達の男の人を蹴った先生がそそくさと行ってしまおうとするので、引き止めた。引き止めてしまった。目の端で、藤乃が口元を覆って、ひゃああ、ってなってるのが見える。なんて言っていいか分からなくておろおろしてるあたしに、先生はちゃんと待ってくれる。いつもそうだ。塾で話してる時も、いつもそう。先生は優しくて、だからあたしは安心できる。
「……先生、時間、ちょっとだけ、もらってもいいですか……」
「うん。有馬、いい?」
「おー」
「その、写真、クリスマスツリーのところで写真を撮りたくて」
「ああ。分かった、撮ってあげるよ」
きゃあ、と藤乃の声がして、全身発火しそうなぐらい暑かった。いつのまにか準備したのか、行きましょう!と愛佳が立ち上がって、机の上は綺麗になっていた。みんなでお店を出て、駅前の大きいクリスマスツリーへ。この写真、きっとずっと大事にする。スマホを握りしめたあたしに、先生が手を出した。
「はい。三人で並んで」
「……へっ?」
「ん?」
「……愛佳、撮って」
「うん」
「……撮ってあげるよ?」
「違います。みなみとセンセーで撮るんです」
「えっ……どうして……」
なんかすごく嫌がられてる。藤乃に、ここで、と二人セッティングされたけれど、先生が友達の服の裾を全然離さないので、なんで俺まで!とお友達も言ってる。愛佳があたしのスマホを構えてくれてるけど、これじゃ撮れない。もしかして先生あたしのこと嫌いなのかな。二人で写真とかマジ無い超無理ってことなのかな。静かに落ち込んでると、お友達の男の人がようやく先生の手を振り払って言った。
「お前と撮りたいっつってんだからぐだぐだ言うなよ!もやし眼鏡!」
「もや、」
「撮ります!笑って!ハイチーズ!」

「先生あたしのこと嫌いなのかな……」
「そんなことないしょ」
「めっちゃ謝ってたじゃん。突然だったからびっくりしすぎたとか、写真撮られんのあんま好きじゃないとか」
「……先生……」
「あ!これ送りたいからってライン交換するのはどう!?」
「!」
「いーねー!あいか名案!さすが押しが強すぎて振られる女!」
「うるせー殴るぞ!」

「ケーキ持ってってくんなかったな、中学生」
「なんで二つあるの」
「一つでいいっつったんだけど売れ残ったから二つになった」
「二つも食べきれないでしょ……」
「伏見と弁当で一つ食べるだろ、俺と小野寺で一つ。オッケー」
「どこがオッケーだよ」


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