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クリスマス戦線





「……………」
「……ちょっと早くない?」
「……でも一年でこの時期しか着られないんですもん……」
「25日に着たらよかったんじゃない?」
「25日にも着ます」
「ああ……」
ほのちゃんが、白いファー付きの真っ赤なコートを大学に着てきて、一人で落ち込んでいる。早すぎた、ということらしい。去年も着てたよね、そのコート。クリスマスの時期になるとお目見えするらしいが、今年はイブが祝日なこともあって、三連休前の最後の平日である今日着てしまったらしいが、まあ、たしかにまだちょっと日がある。目立つー、と机に突っ伏しているほのちゃんは、コートを脱いで脇にかけてしまっていて、あたしはそのコート可愛いと思うんだけど。
「サンタサンタって馬鹿にされたからもういやです」
「誰によ」
「椎名くん」
「椎名は彼女いなくて今荒んでるから」
「うう……」
「ねー。クリスマス限定のパフェ食べに行こって言ったじゃん。行こ?」
「……家帰ってコート着替えてきてからでいいなら」
「やだよ。あんたんち遠いじゃん、夜になっちゃうよ」
案外気にしいで周りの目に敏感な彼女は、コートを着て外に出るのがどうしても嫌らしい。着てきたのは自分でしょうに、と思わなくもないが、椎名が囃し立てさえしなければ、きっとここまで落ち込まなかっただろう。椎名の奴め。だから彼女ができないんだ。
あたしの上着を貸してあげてもいいかもしれないが、あたしとほのちゃんは身長も体格も服の好みも違うので、貸しっこはできない。この寒さの中コート無しでうろうろしてたら、体の芯まで冷え切ってしまう。今日はパフェは諦めるか、と思いながら、突っ伏したほのちゃんの髪の毛を指に絡めて遊んでいると、伏見が教室に入ってきた。珍しい、一人だ。しかもなんでここに。次の時間授業ないから使ってたのに。
「おー。伏見だ」
「あ。なにしてるの」
「ほのちゃんが落ち込み中」
「うん?」
「椎名がほのちゃんを馬鹿にしたから」
「なんでさ」
「コート。かわいいのに、サンタだーって」
「あー。椎名はこうだな」
こう、と軽くファイティングポーズを取った伏見が笑って通り過ぎ、教室の一番後ろの棚の鍵を開けて、そこから記録簿を出した。教授の使いっぱ、と説明されて頷く。あたしも使いっぱされたことある。なんか提出したついでに、あれ取ってきてお願い、とかあるよね、あの人。そう話している間、ほのちゃんはだんまりを決め込んでいる。いつもだったら、ひゃあ伏見くん!やだー!ときゃあきゃあしてもおかしくないのに。
それじゃあね、と教室から出て行った伏見に、ほのちゃんが顔を起こす。きっと伏見くんも浮かれサンタ野郎だと思いましたよねえ、と暗い声で言われて、情緒不安定にもほどがあるだろうと呆れる。そんなこと伏見は言ってないじゃん、あたしだって言ってないじゃん。いっそ椎名が憎くなってきた。まだめそめそしているほのちゃんに、そんなに嫌なら今日はパフェなしでもいいから、でも絶対今度行くからね、と肩を揺すっていると、また扉が開く音がした。咄嗟にほのちゃんが突っぷす。
「あ。伏見リターンズ」
「うん。サンタさんにプレゼント」
「?」
近づいてきた伏見が、ほのちゃんの頭にこつりと缶のココアを当てた。腕と前髪の隙間から見上げたほのちゃんに、伏見が笑いかけて、着てるとこ今度見せてね、と言い置いて、棚の鍵を閉めてまた出て行った。閉め忘れてたんかい、と思うと同時に、内心で舌を巻く。ほのちゃんに対しての下心全開じゃない辺りが、また。あたしの分もあるしね、ココア。
「ほのちゃん」
「……伏見くん好き……」
「おい。あたしより伏見かい」
「一生飲まない、このココア……」
「おいこら」
「まゆちゃん!パフェ食べに行きましょ!パフェ!ほのサンタと一緒に!」
「てめえ」


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