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辻家がただだらだらするだけ



「いっいゆっだっなっ」
「……朔太郎か?」
「あははん」
無視か。絶妙に外した音と何処か違う歌詞で、ふにゃふにゃと歌いきった海が、さくちゃんがうたってたのー、とようやく答えてくれた。そうか。だろうよ。
一人で髪の毛洗えるようになった!と自信満々だから任せてみたら、目に泡が入ったと泣き。俺の背中を洗おうとして、石鹸に足を取られてすっ転んでは泣き。そんなことが少なくなったのは、いつからだったろう。小学生になったら一人でお風呂も入れるから、と胸を張られて、ちょっと感動した。今だって、自分の身体と頭はすっかり自分で洗えるようになった。適当にするとすぐ洗い残しがあるけど。
俺の膝の上でゆらゆらしていた海が、頭の上に乗っていたタオルをお湯に浮かべて、なにやらもそもそとやりだした。なにかしたいことは分かる、けど、漏れる唸り声から失敗してることも分かる。
「こーちゃん」
「ん?」
「くらげつくって」
「おー」
なんだ、それか。タオルに空気入れて、お湯に浮かべて、手でつかんで口閉じるだけ。簡単だが、これが好きらしい。自分だとまだうまく空気を入れられなくて、それで苦戦していたようだった。くらげ、と呼び出したのは海だ。満足げにふんふんしている海は、指で突っついて、両手でそおっと包んで、思いっきり潰した。水泡を撒き散らして破裂したくらげに、大喜び。もう一回!とはしゃがれて、もう一回作った。また潰されるけど。
「こおちゃあん」
「ん」
「うみがー、うみがもしも、おさかなになっちゃったらー、どおする?」
「……食べる」
「やだあ」
「どうしてほしいんだ」
「しゃけ、チーズのっけたやつにしてほしー」
食べられてるじゃないか。しかもそれ、お前が好きなメニューだろ。突っ込みどころは多かったけれど、ぶこっろりーはのせないでね!と肩に頭を預けて振り向かれて、とりあえず頷いておいた。ブロッコリーだし。
「こーおちゃんっ」
「なんだ」
「うみー、こないだてべっ、てれびみてたの、そんでそしたら、わにがー、わにのからだを、あらうかかりのひとがー」
「ああ」
「こうやって、こー、わにのせなかをごしごしして、わにがこっちむいてにげてー、そんでうみがわらった!」
「そうか」
「ぷふー!わにのせなかあらうかかりのひと、きゃあってゆってた!ふふ!」
ふすふすと笑っているが、思い出し笑いなので全然伝わらない。思い出し笑いついでに、保育園でお友達が牛乳をこぼした話もしてくれたけれど、「友達のまさきが牛乳をこぼした」ということしか伝わらなかった。思い出し笑いなのに身悶えするほどウケてる海が面白いからいいけど。
「こーちゃんのおもしろかったことゆって」
「おもしろかったことか……」
「ない?つまんない?」
「あるよ。なくないよ」
「そお?」
「……こーちゃんと一緒のお仕事のおじさんがな、この前、家族で動物園に行ったんだって」
「いいねえ、どーぶつえん」
「それで、動物園で、ひよこ触れるとこ行ったんだって。ふれあいコーナー」
「うみしたことあるね!」
「そう。ニワトリに追いかけられて海がすごく泣いたところ」
「そんなことない」
「そんなことあったろ」
「わすれた」
「嘘つけ。まあいいや、それでおじさんが、ひよこを手に乗せようとしたんだ」
「うん」
「捕まえられたと思う?捕まえられなかったと思う?」
「わ、わかんない……どきどきしてきた……」
「全部逃げたんだって」
「ぜんぶ!」
「ひよこが」
「ひよこが!
「おじさんはちょっと泣いたそうだ」
「どんなおかおで!?」
「こんなんじゃないか」
「あっはー!」
大喜び。話の内容というより俺の顔で笑ってるような気もするけれど。ひよこをつかまえられなくてないてるおじさんのまね!と嬉々として真似しだしたので、これを保育園でやっても周りはポカーンだろうなあと思う。
そんなこんなしてる間も、ほっぺを赤くした海が、あのねそれでねえ、と話し続けるので、そろそろ上がろうと持ちかけてみれば、ちょっとごねられた。風呂好きだからな。というか、二人でゆっくり喋れる時間が今ぐらいしかないっていうのもあるんだけど、それを海が正確に理解しているかと言われるとそうでもないと思う。
「うみ、からだふける」
「おう。タオル」
「ん!」
わしわしと自分の身体を拭いた海がパジャマを着込む前に、背中に残った水を拭う。ドライヤーで髪の毛を乾かして、俺が自分の髪を乾かしている間に、歯磨きは寝る前!と海は逃げ出した。ほっとくと全身かさかさになるのでいつもは塗ってやってるクリームを、自分でやったところは評価しよう。歯磨きから逃げたのはあれだけど。とりあえず、仕方がないから一緒に牛乳を飲んだ。風呂上がりの牛乳はなんでこんなにおいしいんだろう。
「ぺはー!」
「……ひげができてる」
「あ!いま、せがのびた!」
「うそお……」
「のびた!ほらみて」
「……そうかもな」
「ふふん!こーちゃんよりおーきくなる!」
それは朔太郎の血が入っている以上、無理だと思う。


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