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みじかいの



「デモ」
「だって?」
「違う。耳貸して」
「いいよ」
煮詰まった。どこをどう弄ったら野暮ったいこの曲が垢抜けるのか分からなくなった。しかし完成形でないものをいろんな人間に聞かせて意見をもらってリテイクするのは癪に触るので、一番マシそうなボーカルくんにだけ聞かせることにした。実際歌う人だし。昨日の夜からずっと頭が痛いのであまり考えたくない。
「かっこいい」
「かっこよくない。変なとこなかった?」
「うーん?もうちょっとかっこよくなれそうな気はした」
「どこが?」
「どこ……?全体的に……?」
「どうしたらいい」
「どらちゃんがそんなこと言うの珍しくない?」
「うるさい。いいから黙って言え」
「黙るの?」
「余計な口をきかずに必要なことだけ喋れパンチ」
「痛。グーじゃん」
やめてよー、と言われたがそんな小さいことに構っている余裕はないので、無視した。クマやばくない?って聞かれたけどそれも無視した。だから余計なこと言わずに必要なことだけ喋れっつったろ。
切羽詰まっているのが伝わったのか、黙ったボーカルくんが何度か繰り返し聞いて、気になったらしいところを戻して、としだしたので自販機でなんか買ってくると言い置いてその場を一度離れた。確かさっき通り過ぎた時に見た自販機にエナジードリンクが売ってたはずだ。ドーピングしないと今日は多分保たない。人間にも充電機能があったら便利なのにな、と思いながら戻ると、ボーカルくんがぱっと顔を上げた。
「あれ欲しい。びよよよんってやつ」
「……は?」
「びよよよんのやつ……なんていうの?あれ」
「知らん」
「えー……びよよよ……あれ入れてほしい……びよよよんって調べよ……」
何を言っているんだ。全然意味が分からない。今俺が疲れてるから意味が分からないのか、ボーカルくんの言語能力が低レベルすぎてそもそも伝わらないのか、微妙なところだ。出てこない…と呆然とされても困る。なんのアドバイスもできない。
「音……音の素材ばっかり出てくる……楽器だよ、どらちゃん分かるでしょ」
「分からん」
「あ!楽器って調べれば良いんじゃん。がっ、き」
あれえー?とこっちを見られたが、そんな顔を向けられても困る。細かく聞くのも面倒だ。誰か通訳してくれ、と思った途端にベースくんが戻ってきたので、椅子にもたれたまま手招きをした。
「ひっ……」
「来い」
「……………」
「早く」
「す、ごっ、ごめんなさい……」
何故か固まったまま首を横に振られたので、手招きしながら唸るように呼べば、青い顔で寄ってきた。なんでだ。まだなんもしてないだろ。ギリギリ手が届かないぐらいの距離で止まったベースくんが、なんでしょうか…と小さく言うので、ボーカルくんを顎で指した。
「あ、べーやん!あのさあ、びよよよんって音が出る楽器あるじゃん、こうやってかーんってやるやつ。あれなんて名前?」
「えっ……?」
「日本語に直してくれ」
「……えっと……」
「こうやってやるやつ!検索しても出てこないんだよー」
ベースくんがボーカルくんの面倒を見出したので、そのなんだかよく分からない何かがなんなのか判明するまでちょっとでいいから休ませてもらおう。椅子に座ったまま目を閉じたら、引き摺り込まれるように体が重くなった。今日はもうダメだ。早く帰って寝たい。腕に頭を預けたら、そのまま落ちた。

「どらちゃん」
「……………」
「どらちゃん。ねえ」
「……起きてる……」
「べーやんが見つけてくれたよ。これだった」
「……うるさい……後で見る……」
「そお……ん?うん。ダメだって。え?ダメじゃ……なに?ダメじゃないけど……えっ?早く起きろってこと?なにべーやん。うん?」
「……………」
うるさい。ベースくんも何か言いたいことがあるなら直接言って欲しい。腕の隙間からしょぼしょぼする目で覗けば、ボーカルくんの背中に隠れていた。妙に視界が暗いので、とろとろと瞬きをして顔を上げる。何かが頭の上からずり落ちた。
「……?」
「それぎたちゃんの」
「……………」
「ぎたちゃんはいないよ。べーやんがどっかに忘れてきちゃったから」
「わ、忘れてきちゃってない!ちが、俺、一緒についてきてると思わなくて、いついなくなったかも分かんなくて、さっき連絡したけど返事ないから、あの、わざととかではなくて」
「うるさい」
「ごめんなさい!」
「ぎたちゃんが置いてった上着を俺がかけた。気がきくから」
「……暑い」
「あそう?ごめん」
体を起こしたら滑って落ちたパーカーをそのまま放っておいたら、ベースくんが拾った。本体がいないのはどういうことだよ。また徘徊してるのか。気づいたらいなかったから、いなくなったことにすら気が付かなかった。
なんで起こされたんだっけ、と思い出して、ボーカルくんに向き直る。日本語に訳せたのか、あのわけ分からん言葉を。
「なんだったの」
「これだった。えーと、ビブラスラップ?」
「……を?どこに入れろって?」
「分かんない。俺これ鳴らしたいから俺がぴよよよんって出来るところに入れて欲しい」
「めんどくさ」
「でもこれあったらかっこよくなると思う。絶対に」
どこからその自信は来るんだ。それにかっこよくはならないと思う。そもそも明るい曲調なので、別に適当に入れれば良いか。ボーカルくんがこれ持ってウロウロしながら歌ってるのは想像すると面白いし。試しにサビ終わりで突っ込んで聞かせれば、ボーカルくんは超ウケてたので、もうこれでいいと思う。そんな笑っちゃってる時点でもう既にかっこよくないじゃん。いいか。タイアップ先に投げて拒否られなければセーフ。もう今日は疲れた。
「熱が40度出たから帰る」
「えーやば、病院行きな」
「今すぐ行く。マネージャーは?」
「分かんない」
「ボーカルくんに分かることってこの世の中にあるの?」
「足し算」
「三桁危ういくせに……」
「じゃあもうなんも分からん。字が綺麗なところが取り柄」
「あと声がでかいこと」
「そう。あと歌が人よりちょっと上手いとこ」
「ちょっと」
「嘘。いっぱい」
「もっとボーカルくん喋って。俺今すぐにここで寝そう」
「じゃあ俺喋ってるからべーやんマネージャーさんにどらちゃんが限界って言って」
「あっ、はいっ」
「2秒で寝れる」
「こないだカレー作ったら味見の段階で過去最高に美味くできたからウキウキしながら炊飯器開けたら生米だった話してあげる」
「俺が大好きな話じゃん。して」

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