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みじかいの



「おつかれさまです」
「あっ、お、おつかれさまです!」
「今日は早いのね」
「はい、えと、部長に確認してもらってる計画書が戻ってくるのが明日なので」
「うん。えらいね」
にっこりと笑いながら言われて、榎本先輩は、こういうところがずるいと思う。普通に喜びそうになって、さすがにそれは子どもっぽすぎるので目をぎゅっとしていると、エレベーターが来た。そういうことするから、あの三月さんが「……っす……」とかしか言えなくなっちゃうんだ。本人に悪気無いし。特別可愛がってるつもりもなさそうだし。鞄を抱きながらエレベーターに乗り込む。ていうか、俺もいつもより早い、といっても一時間は残業してるから定時ではないけど、にしても榎本先輩も早いと思う。ふと腕時計を見て、ああ、と声を上げた。
「木曜日ですね」
「うん。ん?」
「あっ、えっと、木曜日だから榎本先輩もこの時間なんですね」
「そう、……えっ!?」
「えっ!?」
「なんっ、べっ、別に関係ないけど!?」
「あっ、え、そうですか?」
てっきり、横峯くんがいる木曜日だから、早いものだと思った。だってお付き合いしてるのはもうみんな、みんなではないか、ある程度の人は知ってるし。だから、会えるからこの時間なんだとばかり。俺もコンビニ寄りたいんだけど、一緒になっちゃうの申し訳ないかな。でも家の近くのコンビニで欲しい雑誌売り切れちゃってたんだよな。探すだけだし、もし見つけたらすぐ買って帰るし、覗きたいわけじゃないから、いいかな。いいですか?と聞くのも変な感じになってしまったので、違うけどお…とぶつぶつ言っている榎本先輩と同じ道を歩くことになった。目的地はすぐそこだ。会社を出て、暗い道を行く。コンビニの制服を着た人が外で箒持って立ってるから、ほら榎本先輩、と指さそうとして、固まった。
「……………」
「……………」
怖い。真顔だし、ただ突っ立ってるだけなので尚更怖い。箒持ってるならせめて掃除をするふりくらいしてほしい。あれ?俺、横峯くんと話したことあったよね?もしかして嫌われてた?それはそれでショックだ。こう、いつも割と朗らかで、手を振ってくれたり挨拶してくれたりするイメージだったから、暗がりの道で明かりを背に長物を持ったままじっと佇まれるとちょっと、普通に怖い。改めて見ると背高いなあ、とか現実逃避してしまう。真顔の暗い目がどこからどう見ても俺に照準を合わせているので固まっていると、隣を歩いていた榎本先輩が、ぱっとこっちを向いた。
「あのっ、田幡くん、ほんとに別に木曜日だから急いでたとかじゃないからね、関係ないからねっ、明日コンペ9時半からだからそれまでに部長から計画書もらってくること!おつかれさまでした!」
「……あ、はい……」
呆然としている間に、ぷんすか!と行ってしまった榎本先輩に置いていかれた。俺もコンビニ行きたいとか言える状況にない。俺から視線を外した横峯くんが、榎本先輩を見て、何か話して、こっちを指さしながら何か笑って、こっち来た。嘘。嫌。ずんずん近づいてきてしまったので、悲鳴じみた声を上げた。
「殴らないで!」
「殴んないよ。えっ?なんで?」
「こ、怖かったから……」
「なんもしないよお。誰だかよく見えなかったから、誰といんのかなーって目ぇこらしてただけだよ」
「え、榎本先輩はいい先輩であって、俺からはなんの感情もないからっ」
「うん?」
「本当に……」
首を傾げられたけれど、まだ箒持ってるから怖い。こないだ話しかけられた時は普通に話せたと思うんだけど。怒られてる感じがする。それとも俺が勝手にやましく思ってるだけなんだろうか。多分そうだ。雑誌は諦めよう。ほんとにごめんね、また今度、とぺこぺこしながら立ち去ろうとすると、あ!と横峯くんが声を上げた。
「こないだ言ってた雑誌入ったから取っといたんだけど、もう買っちゃった?」
「えっ!?」
「付録がほしいって言ってなかったっけ。いらなかったら友達に回すからいいんだけど」
「いる」
「いる?」
「大好き」
「わはは」
愛が溢れてしまったので、勢い任せに抱きついた。だって、今探してる雑誌の話したのも、ちょっと前だし。よく覚えてたなあ。こういう人がモテるんだろうな。こっち、と呼ばれてついていくと、榎本先輩と合流してしまった。そういえば二人の邪魔をしている、と今更気付いて小さく謝れば、俺より更に小さい声で榎本先輩が言った。
「……男の子同士だと、すぐハグとかできていいですね……」
「えっ?」
「……え?」
「あ、いえ……」
そっかあ、と思った。多分、言ったつもりもないんだろうな。数少ない彼女遍歴を遡ってみても、なにか相手の利になることをしたからといって突然抱きつかれたりしたことはなかった。同性同士の方がスキンシップには抵抗ない。異性だと違う意味を持つから、なのだろうけれど。
「……………」
「田幡くん?」
「あっいえ、あの、おつかれさまでした」
「うん。また明日」
「ばいばーい」
二人に手を振って、「抱きついたら喜ぶと思いますよ」とは言わなくて良かったな、と一人頷いた。


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