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みじかいの



自分はそもそも根がオタクなので。
好きなものはとことんまで調べて知らないと気が済まない。新着情報には誰よりも早く辿り着きたいし、一刻も早く分かち合いたい。公式の供給によって阿鼻叫喚に叩き落とされたい。新規のファンが新しく手に入れた情報に興奮する様を腕組みしながら頷いて眺めたい。ただ、あまりにのめり込みすぎて、好きだと公言するのは恥ずかしい。なんといっても、語ってしまうから。世の中そう言う人ばかりだと思いながら過ごしてきたのだけれど、案外そうでもないらしい。それかみんな隠しているだけだ。俺みたいに。
元々バンドは好きだった。マネジメント側の仕事についてからもそれは変わらなくて、むしろ裏方を知れるのは助かった。楽しいから。その分、あー知らなきゃ良かったかもな、ってこともあるけれど、それは仕事として仕方ないことだから、まあ。自分の仕事が軌道に乗っていろいろなことを任せられるようになってきた頃、あるバンドの担当を指示された。結成してからすぐに人気が出て、うちの事務所が見事に他を押し退けてメジャー契約を結んだらしい。らしい、とわざと言っているのは、それ以前にはちゃめちゃ調べて、ライブ行きたかったのに既にチケットが取れなくて家で大の字になりながら呆然とした自分を隠すためである。だから返事も、「そうなんですか?疎いもので、申し訳ないですが……」と一旦引きつつの了承となる。引くのが重要だ。食いついてしまうと、あっこいつ…と思われるから。
「明日は雑誌の撮影が入ってます。スタジオが10時から。迎えいりますか?」
「いらない」
「だ、大丈夫です……」
「どこ?」
「ここです。いつものところとは少し離れてますね」
「迷子になる!」
「遅刻する」
「何自信満々に言ってんの?」
「じゃあ我妻さんと横峯さんは駅まで行くので車で拾います。二人は平気ですね」
「じゃあ俺も歩きたくない」
「えっ、え、お、いや、俺は平気です」
「べーやんも乗るって」
「うう……」
「最初から全員車で行きますと言いなさい」
「そしたら何時になりますか」
「そうですね。あ、明日日曜か……9時でもいいですか?道が混みそうで」
「いいよ」
「分かりました。駅の待ち合わせ時間は守ってください。みんなで遅刻は困るので守ってくださいね」
「お前に言ってんだよ」
「あたっ、なんで叩くの」
「余所見してるから」
ぱしんと横峯さんの頭を叩いた秋さんが、眉を寄せながらため息をついた。大変そうだな。自分が担当する前は、こういう細々した仕事の全てをほぼ一人でやっていたらしい。メジャーデビューに足掛かってる、売れ出しのスパートかけたい時期なんて、忙しかっただろうに。今はいろいろ、外と繋がることは自分がしているから、その分自分のやることに集中はできるそうだ。本人談。
最初の話からずれた。そもそもにして根がオタクなのだ。定期的に何かにハマるし、ハマったが最後しばらくSNSとかで一人で延々呟く羽目になる。同志を見つけられれば良い方。見つからなかったら壁打ちだ。それは正直どちらでもいい。どっちも楽しいわけだから。ジャンルとして繁栄していれば尚更。
ファンアートという文化をご存知だろうか。それ自体は昔からあると思うが、昨今はSNSの隆盛により、探せばいくらでも出てくるようになった。ほんとマジで助かる。レポとか。お前その場にいただろうが、と自分でも思うが、ライブレポとかまとめてくれてると超ありがたい。絵がついてると可愛いし見やすいので更に嬉しい。あの四人はそういうのに一切興味がないらしくそもそも調べてもいないようだけれど、人によってはエゴサーチかけたりする人もいる。代わりにといってはなんだが、俺が夜な夜な調べては、一人で目の保養にしているわけだ。
そしてうっかり辿り着いてしまった。
「……………」
自宅だから誰も見てないので、急に大の字になっても大丈夫。見つけてしまった事実から一旦遠ざかるために投げ捨てたスマホを拾って、暗くなった画面を再びつける。ふむ。あるだろうとは思っていたが、今時に即してちゃんと自衛しているらしくなかなか見つけられなかった。今回はうっかりだ。あっこの作者さん別アカある〜!と思ってウキウキ飛んだら踏んだだけ。だからまだ内容は見てない。「ある」を確認しただけだ。何があるって、ド直球に言えばナマモノ創作である。いやね。ここまで人気が出てあれだけ動画出して、バンドの活動以外のことも楽しそうにやって仲良くしてたら、これは絶対あるな!とは思ってたよ。分かんのよ、そういうのは。有名になれば付き物だし、ファン層も若いし、ていうかこの人たちもちゃんと自衛してるし、怒られないように表記とか全部変えてるし。うーむ。
「……うわ鍵……」
自分でも絶望的に哀しげな声が出てしまった。見たかった。正直ここまで分かってたら見たかった。しかもパスワード式の鍵じゃなくて、作者が認証するタイプの鍵だ。ちゃんと隠そうとしててえらい。俺にも見せてくれ。でもリクエスト送っても弾かれるかもなあ。身内じゃないし、突然出てきた人に公開するほど界隈のルールが緩そうでもない。どうしよっかな。

「おはようございます」
「ギターくんが寝坊しました」
『してないしてない!もう改札出るから!今つくから!』
スピーカーにしてる向こう側から言い訳が響いてくるが、他の全員が揃っていて一人だけいないので、擁護できない。9時だし。ただでさえ昨日は夜更かしして眠いのだから、勘弁してほしい。いつもよりとっ散らかった頭でてろてろ走ってきた横峯さんを確認して車に戻る。全員乗り込んだのを確認したところで、スマホが鳴った。
「あっ」
「どうかした?」
「いえなんでも。なんでもないです。なんでも」
咄嗟に画面を自分に押し付けて隠したが、メッセージが来ているぐらいじゃ疚しくもなんともなかった。ていうか返事してくれたよ。昨日悩みに悩んだ末にとりあえずメッセージ送って、突然リクエスト送っても通らないかと思って…と素直に書いたのだけれど、その返事が来た。一呼吸置いてからスマホを置くと、後ろから我妻さんが伸びてきた。
「彼女!」
「いません」
「好きな人!」
「いません。シートベルト」
「奥さん?」
「シートベルト」
「はい……」
無事去ってくれた。確認は後、今は仕事。でも楽しみだな。早く帰りたい。

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